脱出

 プレハブ事務所のドアが静かにゆっくり僅かに開き、 そこから勇次と賢が顔を覗かせた。


「・・・・死んでるの?」 視線の先の光景を

見ながら言った賢は怯えていた。

「いや、死んではないと思うけど・・・・」


 鉄男は変わらずテーブルに突っ伏し、 直也も

トイレから出た所で床に突っ伏している。

 薬を飲んでも、すぐに効く訳じゃないよね。

勇次は安堵した。


「行こう」

 勇次の言葉に賢がしっかりと頷くと、 二人は

シャッター脇の小さな扉へとゆっくり 忍び足で

歩を進めた。


「ウヒョぉッ!!」

 突然、直也が呻き出した。

 勇次と賢は慌てて、なるだけ足音を 立てない様にコンクリート柱の陰に身を隠した。

  と同時に直也が飛び起き、お尻を押さえながら ゾンビの徘徊の如くヨレヨレの足取りで トイレの中に入っていった。


 二人は柱の陰からそ~っと顔を覗かせた。

鉄男は変わらず突っ伏したまま微動だにしない。


 勇次と賢は改めて、シャッター脇の扉に

向かった。


 トイレ中から聞こえる直也の呻き声の中、

勇次は扉に到着すると、丸いノブの サムターンをゆっくり音を立てない様に回す。


 “カチャリ”。

 耳を澄まさなければ聞こえない程の 開錠の

知らせを聞いて勇次と賢は顔を見合わせた。

「さ。早く行って」

 勇次は扉を静かに開け、賢に囁いた。



  建物の裏手まで見に行っていた島川は脇の細い路地を 表に向かって歩いていた。


 中へ入れるような侵入口はなかった。見通せるような場所も。


 しょうがない。一度車に戻ってヨシに指示を

仰ごう。


 と、ドラッグストアで見たホシが少年と共に

視線の先を横切って行った。


「?」


  島川は小走りで表に戻ると、 二人が駆けて

行った方向に顔をやった。

 ホシと少年が辺りをキョロキョロしながら

駆けていく背中が見えた。


 どういう事だ?誘拐した男と誘拐されたガキが 一緒にどこかへ向かっている。

 この場から急いで離れたくて走っている。

そんな風に見えた。 訳がわからない。


 ふと振り返ると、先程諦めた正面シャッター脇の 小さな扉が薄く開いている。


 二人の後を追おうか?いや、あの二人には

すぐに追いつける。島川は建物の中が気になり、 そっと扉に近づくと中を窺った。


 大男がスチールテーブルに突っ伏してる。

 それと、多分トイレだろう。そのドアの向こうから呻き声が聞こえる。

「??」

 島川はまた訳がわからなかった。



 筧は美波と、十個重ねた百万円の束を

サランラップで包んでいた。

 現金を目の当りにしていると心が逸(は)やったが、 今はそれを堪え作業に集中した。


「連絡こないですね」

 筧が美波の言葉に黙って頷いた時、 ポケットの中のスマホがバイブした。


「ちょっとトイレへ」


 筧は作業を止め、リビングを出た。 廊下で

メッセージを見る。


―ガキが逃げたー


!?


 トイレに静かに素早く駆け込み、島川を

呼び出す。


 ーヨシー

 1コールも鳴りきらない内に相棒が出た。


「逃げた?どういう事だ?」

 筧は小声で聞いた。


 ーああ、ホシと。家の前にいたヤツー


 訳がわからなかった。

「なんであいつが一緒に逃げるんだよ?」

つい怒気を孕はらんでいた。


ー怒らないでよ。俺だって訳わかんないん

だからさー


「・・・・仲間は?」


ーいた。二人。でもぶっ倒れてたー


「倒れてた?」

 また訳がわからなかった。

「あの若いのがやったってのか?」


ー言葉間違えた。厳密にいえば、 なんか

病気なのかな?グロッキーな感じだった。

1人はトイレで呻いてさー


  筧は思考を巡らせた。そしてー 一つの結論に

辿り着いた。推論の域は出ないかもしれないが。 「・・・・だから交渉役が代わったのか」


ーえ?ー


「ガキと逃げた若いのはやっぱ素人(トーシロ)だ。 なぜかは分からんが無理やりやらされて

たんだ」

 大男ともう一人が、実際のホシだ。

 で、あの若いのはなんのいきさつか分からないが 体調不良の2人に代わって交渉役を

やらされてたんだ。

 でなきゃ、朝の稚拙な身代金についての

やり取りが説明できない。


ー無理やり?どういうこと?ー

  筧とは違い、勝手がわからない島川は更に

続ける。

ーねえ。ガキが家に戻っちゃうよ、どうすれば

いい?ー


 そうだ。ガキがココに戻っちまったら

全てパアだ。


ー今、車で二人が逃げてった方に走ってる。

攫(さら)っちゃおうか?ー


「ダメだ!」

 思わず声を張ってしまった。

 咄嗟にトイレレバーを引く。水洗の音が室内に溢れた。


「言ったろ?直接手を下すのは無しだ」


 俺たちが犯罪行為を行ったという事実は

作りたくない。 身代金の受け取りまでは

誘拐犯にやらせるべきだ。 その後に奴らを

襲撃しなければ元も子もない。


 どうする?どうすればいい?? 焦りが生まれる中で何かを思いついた時、 リビングの方から

スマホの着信音が聞こえた。

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