お兄ちゃんと待ってる
勇次と賢は息も切れ切れで走った。
ここはどの辺りだろうか?
少し思考に余裕が出来たのか、勇次は
今自分たちのいる場所がどこなのか 気になった。
電柱のプレートに目を留める。
“大田区 京浜島六丁目”とある。
確か羽田空港の近くじゃないのかな?
勇次にとっては初めての場所だった。
あの工場から大分離れた筈だ。
5分以上は走った。
怖い二人も、まだあそこで半死人状態の筈だ。
「け、賢君・・・・少し休もうか?」
当面、危機はない。勇次は休息を選んだ。
二人は走るのを止め、その場に並んで
へたり込んだ。 東京湾に掛かる橋の上だ。
「や、やったね・・・・お兄ちゃん」
賢が息をゼエゼエさせながら、 笑顔と安堵の
混じった表情で言った。
勇次もゼエゼエ言いながら、笑顔で大きく
頷いた。
強めの風が吹いた。 走ったから汗をたくさん
掻いた。 今、11月の寒風は特に堪える。
特に賢君には。
勇次は脱いだ紺のPコートで、
上半身長袖シャツだけの賢の小さな体を覆った。
「ありがとう」
賢の感謝の言葉に、勇次は笑顔で顔を
横に振った。
「帰ったら、お母さんに謝らなきゃ」
賢が言った。
「喧嘩した事?」
「そう」
賢は不安げな表情で頷いた。
勇次は一瞬、悩んだが
「・・・・お母さん、賢君のこと凄く心配してたよ」
「?なんで知ってるの?」
「・・・・実は、あの人たちの手伝いさせられて 君の家に行ってきたんだ」
思い切って言ってみた。
「え!?」
賢は当然、驚いた表情を勇次に向けた。
「ごめんね」
賢は首を横に振った。
「お兄ちゃんは悪くないよ。あのおじさんたちに 命令されたんでしょ?」
「・・・・ありがとう」
賢の言葉に勇次は救われた思いだった。
「行こ。お母さんに早く会いたいから」
体力が回復した賢が元気よく立ち上がった。 「だね。そろそろ行こうか」
勇次も笑顔で・・・・賢ほどではないが体力も 少し回復できたので立ち上がった。
が、
「とはいいながら、最寄りの駅までどのくらい
あるかもわかんないんだよなぁ」
「まだまだ時間かかるの?」
困っている勇次を見て、賢は寂しそうに肩を
落とした。 勇次の胸が少し痛んだ。
少しでも早く賢君をお母さんと会わせて
あげたい。
そうだ。ガラケーに地図アプリをダウンロードしよう。
ん?・・・・ガラケー?
ソファに沈む一郎の目の前、テーブル上の
スマホが鳴った。
壁際に立っていた美波が駆け寄る。
画面は、犯人の番号を表示していた。
着信音を聞いた筧が廊下からリビングに戻ってきた。
縋る様に自分を見てきた一郎に筧は
無言で頷く。
それを受け、一郎は通話をオープンにした。
三人でテーブル上のスマホに耳を傾ける。
「・・・・もしもし?」
一郎は慎重に応答した。
ー僕だよ!!ー
??? 思いもよらぬ声に3人は唖然とした。
が、誰よりも早く我に返った美波が スマホを
手に取った。
「賢!!賢なの!!?」
ーお母さん!ー
美波は息子の元気な声を聞いて感極まった。
リビングにしばし、美波の嗚咽だけが響く。
ーお母さん?-
やがて、心配そうな息子の声がした。
美波は涙を拭い、
「無事なの?痛いとかない?」
ー大丈夫!逃げてきたから!!ー
「逃げた?」
ーうん!お兄ちゃんと!ー
「お兄ちゃん?」
美波は一郎と顔を見合わせた。
一郎が筧に目をやる。
だが、筧は何も応えずジッと何かを
考えていた。
「・・・・で、今どこなの?」
”お兄ちゃん”の事はひとまず置いて 美波は息子に尋ねた。
ーえっとね、ショウブ橋ってトコー
美波は一瞬戸惑うが、
「周りに何か見える?目印になるモノとか」
ー海ばっかりだよー
「ちょっと、そのまま待っててね」
美波はリビングテーブルに駆け、その上に
置いていた 鞄の中からスマホを取り出すとソファに急いで戻った、 地図アプリを開きながら。
「あった!大田区よ」
美波は地図が表示された画面を一郎と筧に
見せた。
「そこにいなさい!すぐに行くから
待ってるのよ!」
美波は強い声で息子に言った。
ーうん!お兄ちゃんと待ってるね!!ー
賢も強い声で返事を返してくれた。
「行きましょう!」
美波は通話を切ると言った。
「賢の奴、なんで犯人の携帯から
掛けてきたんだ?」
一郎が怪訝な表情で言った。
「そんなの後。早く行きましょう!」
美波は足早にリビングを出て行った。
「筧、お前も来てくれ」
一郎も美波の後を追い、リビングを出て行く。 が、思い出した様に戻ってくると
「不用心すぎるよな」
そう言って、リビングテーブル上に出したままの”レンガ”作りの 途中だった現金全てを紙袋に
入れた。
「筧、何やってんだ?早く来てくれ」
「すぐ行く」
一郎は紙袋を手に足早に出て行った。
バカ野郎!ふざけやがってなんなんだ
こりゃぁよお!!
筧はギリギリと歯軋りをし、その場で地団太を踏んだ。
やがて自らを律し、落ち着きを取り戻すと
小さく舌打ちした。
・・・・行き当たりばったりだが、仕方ねえ。 というか、そもそもの計画(プラン)が昨夜 突然
訪れた僥倖によるモノだ。 そして今の所は
上手くいっている。
なら・・・・こっから先も上手くいくさ。
筧はトイレでおぼろげに思いついた
計画(プラン)の 実行を決めた。
多少強引になる。自ら課した決め事を
多少歪める事になる。
だが大丈夫。きっと上手くいく。
筧はスマホを取り出し、島川を呼び出した。
デスクに突っ伏していた鉄男がゆっくり目を
開けた。
「むお?」
トイレのドアが開いていた。
中から這いずって 出ようとしたのだろう。
下半身はまだトイレ室内のまま 前のめりに倒れている直也の姿を見つけた。
「おい・・・・」
鉄男の呼びかけで直也が顔も上げずにゆっくり目を開けた。
「鉄ニイ・・・・大丈夫か?」
「名前呼ぶな・・・・」
鉄男は改めて辺りを見回した。
奥のプレハブ事務所に目をやる。
!!?
開きっぱなしのドアを見てカっと目を開いた。
「直也・・・・直也」
「?・・・・」
直也がゆっくり顔を上げる。
「事務所の中見てこい・・・・早く」
「あ?・・・・」
直也は兄の命令を受け、反射的にヨロヨロ
立ち上がると プレハブ事務所の中へと
ゾンビウォークで入っていった。
「いないぞ、あいつら・・・・」 ゾンビウォークで出てきた、辛そうな直也が兄に言った。
!?
直也の目が鉄男の向こうに留まった。
「鉄ニイ・・・・」
直也が鉄男の背後をゆっくり指さした。
ゆっくり振り返った鉄男の視線の先、
シャッター脇の 小さな扉が開きっぱなしになっている。
「くそがぁあのガキども・・・・ まだ遠くに
行ってねえ筈だ・・・・追うぞ」
鉄男はそう言うと、気合いで立ち上がった。
が、直也はお尻を押さえトイレに直行した。
「おいバカ・・・・そんな事してる場合じゃー」 鉄男にも便意が襲ってきた。
「は、早くしろよ・・・・」
鉄男はお尻を押さえながら力弱く言った。
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