帰還
停車させたシボレーから島川は降りた。
大田区・蒲田の外れまで来ていた。
すぐ傍に多摩川がある。
スーパーから出てきたハイエースは寄り道する事無く 下道を走り、ここまで1時間ほど
掛けてやってきた。
視線の数十メートル先、先程ハイエースが
入っていった廃工場らしき建物が見えた。
あれがアジトか。
島川はドキドキしていた。
悪いことは何度かしてきたが、
ここまで本格的なのは初めてだった。
ガラケーを取り出す。
ーアジトに着いた 蒲田にいるー
素早く打ち込んだ。
しばしして返信が来た。
ー言った通り まずは人数を確認ー
立て込んでるのかな?急いで打ったんだろう。手短な文言だった。
ーうんー
そう返すとガラケーをしまい、周囲を警戒
しながら建物に近づく。
あまり人に目撃されない方がいいんだろうな。 島川はそんな事を考えながら歩を進めた。
だが幸い、この辺りの道はたまに乗用車が通るくらいで 人通りも少なかった。 昔ながらの街並みで住宅が密集せず、静かだ。
ホシもこういった所から、この場所をアジトに選んだのかもしれないな。
そんな事を考えていると目標の前に到着した。
建物正面は頑丈で大きなシャッターが存在感を
放っており、 中を窺う事は出来ない。
シャッターの脇に、人1人通れるくらいの
小さな扉がある。
そ~っと近づき、静かにドアノブに手を
伸ばす。がー
シャッターのすぐ向こうにホシがいたら?
「ちっ」
島川は舌打つと、ホシに気付かれず窺える場所がないか、 建物の脇の方へ廻ってみた。
「あの・・・・」
勇次はテーブルに突っ伏している鉄男に
声を掛けた。が、鉄男は動かない。
「あのぉ」
死んじゃった!?まさか!
「あわわわ・・・・きゅ、救急車呼ばなきゃ!」 勇次は慌てふためき、その場で右往左往した。
「・・・・うるっせえなぁ」
鉄男が苦しそうに顔を上げた。
「!!か、買ってきました」
勇次は胸を撫で下ろして言った。
鉄男は早速、テーブルの上に置かれた
いくつかの買い物袋の一つから下痢薬と2ℓのペットボトルの水を取り出した。
薬箱から乱暴に開けて出した錠剤を用法も
見ずに 大量に口に放ると、キャップを乱暴に
外したペットボトルをがぶ飲みする。
「おい・・・・」
トイレの中から直也の声がした。 勇次はハッとすると、トイレットペーパーを持って
駆け寄った。
「あの」
「投げろ!」
「え?」
勇次が戸惑うとトイレのドアが勢いよく開く。 勇次は慌てて顔を背け、そうっと中に放ると
急いでドアを閉めた。
買い物袋の一つを手にした勇次はプレハブ
事務所のドアを開けた。
「お兄ちゃん!」
ソファに座らされたままの賢が、安堵と喜びの 表情を勇次に向けた。
「ただいま。お腹空いてるでしょ?」
もう昼過ぎになっていた。
勇次は買い物袋を賢の目の前、 木製の
ローテーブルの上に置き、賢の隣に腰掛けると
後ろ手に縛られた賢の戒めを解いた。
「大丈夫なの?」
賢は不安な声をあげた。
「うん。手は特別に許してもらったから」
勇次は袋の中からおにぎり2個と 2本の
ペットボトルの緑茶を出した。
「これだけでごめんね。お金あまり持って
なくて・・・・」
鉄男に頼まれた買い物でお金をほぼ
使い果たした。
財布の中には、もう小銭が数枚あるだけだ。
申し訳なく言う勇次に、賢は首を横に大きく
振った。
「好きな方食べて」
賢は今度は大きく頷くと鮭のおにぎりを手にし、 手早くフィルムを剥がして頬張った。
「美味しい!」
賢の笑顔を見て嬉しくなった勇次も明太子の
おにぎりを頬張った。
「うん、美味い!」
2人で笑顔を交わした。
「ところでお兄ちゃん、どこ行ってたの?」
おにぎりに集中しながら賢が聞いた。 「え?・・・・まぁ、あの人たちにちょっと
お使い頼まれてね」
勇次は少し顔を曇らせて言った。
「ふーん」
緑茶をゴクゴク飲み始めた賢が 勇次の変化に
気付くことはなかった。
まさか、ご両親の元へ行って誘拐犯の 手助けをしてきた、なんて言えるわけない。 おにぎりが
急に美味しく感じなくなった。
「ねえ。そういえば、あのおじさんたち
どうしたの?」
賢がまた訊ねる。
「え?」
「なんか、朝からずっと苦しそうな声が
聞こえてたんだけど」
「ちょっと具合悪くてね」
「へえ。てことは、寝込んだりしてるの?」
「まあそんな感じ。動けなくて大変なんだ」
ん?・・・・
勇次はハッとして賢を見た。
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