筧の算段
目の前に賢君のお母さんが!?
勇次はどうしていいかわからず、 とりあえず
彼女から目を離しソワソワした。
「なに?」
真紀子が突然割って入ってきた見知らぬ女性に 不愉快を隠さず言った。
「人が大勢いるところで騒ぎ過ぎ
じゃないですか?」
美波は冷静に返した。
「なんなの、あなた?」
「通りすがりの者です」
「通りすがりの人がなんでちょっかい出すの?」 「我慢出来なくて」
「なにが?関係ないでしょ、引っ込んでて」
「彼に“働け”って命令してましたけど、 この人の何を知ってるんです?」
「は?」
「働きたい、お金を稼ぎたいと思っても 本人の
意志だけじゃどうにもならない事も あるんです」 「そんな事、私には関係ないわよ。
さあ、通りすがりの人はどっかへ行って」
真紀子は、美波を追いやる様に手を払った。 「お幾らですか?」
「は?」
美波の言葉の意味を真紀子は計りかねた。
「家賃。お幾らですか?」
勇次も美波の言葉にキョトンとする。
「二か月分で、八万八千円だけど・・・・」
真紀子から金額を聞いた美波は紙袋から 9枚の一万円札を取り出し、真紀子に手渡した。
「これで文句ないですよね?釣りは
結構ですから」
美波の毅然とした行動、物言いに唖然と
しながら 真紀子は金を受けとり、粛々とその場を去っていった。
「ごめんなさい、余計な事して」
美波は大きく息を吐くと、バツの悪そうな
顔を勇次に向けて言った。
目の前のやり取りに唖然としていた勇次が
我に返る。
「え?いえっ・・・・・ていうかー」
「それじゃ、私急ぐから」
勇次の言葉を遮り、美波は駆け出した。
「あの!」
勇次の言葉に振り返る事なく、美波は
あっという間に雑踏の中に消えてしまった。
家に戻った美波はリビングに入ると ソファに
沈む夫には目もくれず、 テーブル上、夫が
用意した紙袋の隣に 自分の紙袋を置いた。
「残りのお金です」
憮然として動かない一郎の対面に座っていた
筧が立ち上がり、テーブルにやって来ると
紙袋の中身を確認する。
「9枚ほど使ってしまいました」
美波はバツが悪そうに筧に言った。
「え?」
怪訝な表情の筧に美波は慌てて首を横に振る。 「二階の私の部屋に、その分を補填するくらいのお金がありますから」
「・・・・あとはホシからの連絡を
待ちましょう」
筧は自分の顔が綻ぶのを我慢しながら言った。
筧のスマホがズボンのポケットの中で
バイブする。
「眠気を覚ましてきます。洗面所をー」
「じゃあ私はお金、取ってきます」
2人でリビングを出た。 廊下に出た筧は一緒に出てきた美波が階段上に 消えてくのを見届けると洗面所に入った。
スマホを取り出し、ショートメールを開く。
―移動中 環八 用賀通過―
運転しながらメールを打ったんだろう。 端的な情報がメールに記載されていた。
筧は洗面台の水道蛇口を大きく捻った。
勢いよく出た水が音を立てる。
右の掌で水を受け、派手な音を立てながら
左手でスマホを操作し、島川を呼び出した。
1コールで島川が出た。
ーもしもし。ヨシー
「小声で話せ。雑音は気にするな」
筧は小声で告げた。
ーえ?わかったー
これならリビングの一郎たちに声を
聞かれることはない。
筧は島川との会話に集中した。
ーこれからどうすればいい?ー
筧同様、島川が小声で聞いてくる。
「アジトに向かってる筈だ。ホシが全部で
何人いるか確認しろ。
人数を把握しとかないとな」
ー思ってたんだけどさ。俺たちでダチを襲って
身代金頂いちまえばいいじゃん?ー
「警察(オカミ)を舐めんじゃねえよ」
ーオカミ?ー
「サツだ。強盗はリスクが高い。それに俺の足、わかってんだろ? 下手は打てねえんだよ」
ーでも、ホシから金奪うのとダチから奪うのと
何が違うんだよ?ー
「大違いだ。それが重要なんだからな」
ーえ?ー
「ホシは悪党だ。俺らに金奪われても
警察に届け出る なんて真似は出来ねえだろ?」
ーそうかー
島川は合点のいった声をあげた。
「金手に入れたら、煩わしい事にケリつけて 海外にでも飛ぼうぜ」
ー二人で?ー
島川は今度は嬉しさに満ちた声をあげた。
「もちろんだ」
筧も嬉しかった。
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