満額じゃない
遠藤家。
二階から何事も無かった様にリビングに
戻った筧に、 テーブル上に置いた紙袋を挟んで 椅子に座っていた 一郎と美波が視線を寄越した。
筧は頷くと一郎の隣に腰掛け、袋の中にそっと目をやる。 ・・・・大量の札束を見て、筧は
笑いたいのを堪えた。
がーすぐに何か違和感を感じた。
札束を一個ずつ紙袋から出し、テーブルの上に
置いていく。
美波が怪訝な表情で筧を見た。
一郎は筧から視線を外し、天井を見上げた。
「・・・・額が少なくないか?」
全てを取り出す前に聞いた筧に一郎は
無言を貫いた。
「どういう事?」
対面の美波が怪訝な表情を夫に向けた。
一郎は視線を躱す様に立ち上がる。
「あなた、答えて」
美波がきつい口調で聞いた。
「・・・・誘拐犯なんかに一銭も渡したくないんだ!これでも用意した方だ」
「本気で言ってるの?」
美波は唖然とした表情で言った。
「一郎、金は一度渡した上でホシを捕まえるって言ったろ?」
バカが。筧は苛立ちを抑え、一郎に言った。
「向こうが中身を見る前に捕まえればいいじゃ
ないか」
一郎は完全に開き直っている。
筧は更に言葉を投げる。
”自分が得る額が減る”、そうならない為に。
「それは危険だ。金を渡した後、もしホシに
巻かれたらどうするんだ?」
筧の言葉に一郎が顔を上気させる。
「おい、金を渡したらすぐに捕まえるって言ったじゃないか!」
「もちろん、言った。けど、リスクも念頭に
入れとかなきゃならないんだよ。 そして、
そのリスクは出来うる限り小さくしなきゃだなー」
「嫌だ!これ以上は絶対出さないぞ!」
一郎は頑なに言った。
やれやれ、まったくこのバカは。
昔からそうだ。普段はスマートぶってるが、
ちょっとでも自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。
学生時代も、この性格が災いし、同級生と
しょっちゅう喧嘩になっていた。 腕っぷしが弱いくせに、意地だけは一丁前だ。
何度こいつを助けてやった事か。
「幾らおろしてきたの?」
美波が夫に尋ねた。醒めた声で。
「・・・・二千万」
不貞腐れた一郎が答える。
三千万も足りねえじゃねえか。 筧のストレスはピークに達した。 いよいよこのバカを怒鳴って やろうか。
筧が口を開きかけた時、他立ち上がった美波がリビングを出て行った。
「?」
筧も美波の後を追ってリビングを出た。
美波は階段を昇っていった。 すぐに階上でドアの開閉の音が聞こえた。 階段下で筧は舌打つ。
おいおい、夫婦喧嘩かよ。どうなってんだ、
バカ野郎。 取引はどうすんだ? 二千万じゃ
全然足りねえ、やっぱ殺るしかねえのか?
筧が大きく息を吐くと再び階上でドアの開く音が聞こえ、 美波が階段を下りてきた。
筧をやり過ごし玄関へと向かって行く。
「どこへ?」
筧が美波の背中に問う。
「私の口座から足りない分をおろしてきます」
妻の声を聞いた一郎が、リビングから飛び出してきた。
「おい、勝手な事をー」
美波は夫の声を聞かず、玄関を開け出て
行った。
筧は、とりあえず胸を撫で下ろした。
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