真実なんかいらない

「ああ、ヤバいなあ。見失っちゃったよ」

勇次は辺りを見回しながら走った。


 まあ、銀行行くんだから大概は駅前とか?

けど、この街の土地勘ないしガラケーで

地図見てる暇も無いし。。。


 とりあえず、今勇次が走っている通りは

まだ住宅街の色を濃く残していた。


 無我夢中で走った。こんなに走ったのは

いつ以来だろう? 息が上がる。脇腹が痛い。

足が痛い。


 突如その足が急ブレーキ!

立ち止まった勇次の40メートルほど先に、

一郎の背中があった。

「よかった。変わりはないようだー?」


変化はあった。一郎は歩いておらず立ち止まっており、 若い女性と対峙していた。

  勇次は慌てて電柱に身を隠すと そ~っと

顔を覗かせ、向こうの様子を窺う。


 女性が何か喚きながら、手に持っていた

長形封筒ーかなりの厚みがあるーを

一郎に押し付ける。

一郎は、それを受け取ろうとせず彼女を

窘める。


  何してるんだろう?というか、あの女性に

見覚えがある。凄く美人だ。どこで

見たんだろう? まるでー。


 勇次がそう考えていると、背後で

“パシャパシャ”ーカメラのシャッター音がした。

 勇次が振り返ると、モジャモジャのアフロヘアの小男が 望遠レンズの付いたカメラを手に立っていた。

「へへへ(笑)、お宅は何処の出版社?」

ニヤニヤ顔のアフロは勇次に小声気味に聞いた。

「え?」

「あ、ごめんなさい。こっちから 声掛けたのに

礼儀なってないよねえ」

 そういってアフロは、上着のポケットから

皺くちゃの名刺を出し勇次に差し出した。


「黒田さん?」

勇次が受け取った名刺には、

『カメラマン 黒田甚平』 とある。

「オタクと同じ、ゴシップ誌にスクープ写真を

売ってるフリーのカメラマンさ」

黒田は楽しそうに言った。

「スクープ?いや、俺はー」

黒田は勇次の言葉を聞かず、改めてレンズを

一郎たちに向け、シャッターを切り始めた。

「ホントはさあ、ジャーナリストって名乗りたいんだけどねえ。 でっかいヤマ、スクープして

世の中を斬る!的な事やりたいのよ」

アフロは言いながら、無心にシャッターを

切り続けた。

「はあ。で、なんであの人たちをー」

「昨日出た根本里穂ちゃんとYou Tuberの 熱愛現場押さえたのも俺なのよ」

根本?里穂?テレビをあまり見ない勇次も 歌番組かなんかで見た事があるアイドルだ。

「まぁ、熱愛っつっても手も繋がなけりゃ

腕を組む、 なんて事もなくただの食事だったんだけどねぇ」

 黒田はにべもなく言った。

「・・・・じゃあ、なんで”熱愛”なんです?」

 黒田はシャッターを切る手を休め、

勇次をシレっと見た。

「なんで?って盛り上がるからに

決まってるでしょ」

「・・・・」


 黒田は勇次の身体をマジマジと眺め始めた。「ところであんたカメラは?胸ポケットにでも

仕込んでるの?今、ちっちゃくて高性能な

ミッション・インポッシブルみたいなの、

あるからねえ」

「いや、だから俺はー」

「オタクも若菜ちゃん、追ってんでしょ?」 「は?」

そう言われて、勇次は振り返ると改めて女性に

目をやりハッとした。

そうだ。彼女は人気若手女優(と言われてる)、岩田若菜だ。 以前、暇つぶしにテレビを

ザッピングしてる時に 出演ドラマの番宣かなんかで見た顔だった。


「いいよなあ、彼女。売れっ子だってのに

プライベートは恋に奔放、惚れた相手には

猪突猛進で。ていうか、いつまで泣いてんだか」

 黒田の言う通り、若菜はいつの間にか

泣きながら一郎の胸を叩いていた。

「あんたもやるね」

黒田は勇次に気色悪い笑みを向けた。

「は?」

「あの子、なかなか神出鬼没でさ。俺ら みたいなのを警戒して、マンション 張ってても変装

したり、気付かない内に 裏口から出て行ったりで中々捕まえられなくてさ。 じゃあ、相手を

張っとけばいいじゃん、て 社長の家向かって

たら、たまたま社長 見つけてさ。

で、後を尾けようと思ったら、 既にあんたが後を追ってたってわけ」

黒田は早口で捲し立てた。

「はあ・・・・あの、2人はどういう関係

なんですか?」

 勇次はいきさつを理解した様なしてない様な

まま尋ねた。

「はあ?」

 黒田が怪訝な表情を浮かべる。

「!いや、自分もまだフリーの新人で。

なんかネタになるかな?って追ってた

だけなんで」

 勇次はなんとなく、黒田の同業に徹する事に

してみた。 こんな状況でも、、、好奇心てのは

湧いちゃうモノなのか。 勇次はちょっと

恥ずかしさを覚えた。

そんな勇次には気も留めず、黒田が得意げに口を開く。

「そんな事も知らないで追ってたの?

今をときめく若手女優と、ビジネス界を

賑わせてるイケメン社長の秘密の 愛じゃないの。1年前、雑誌の対談で 意気投合して急接近したんだよ。あ、これはガチ」

  黒田はまた一郎たちに向けてシャッターを

切り出した。

「・・・・2人がそういった関係だって証拠は

あるんですか?」

勇次の問いに、黒田はシャッターを切りながら

答える。

「今撮ってるのが証拠だろ?まあ、まさか

別れ話だとは思わなかったけどさ」

「・・・・やっぱそうなんですかね?」

「はあ?あんなモン、どう見たって恋人同士の

痴話喧嘩にしか見えないじゃない」

「はあ」

 ひと段落ついた黒田が勇次を見据える。

「ていうかさ、真理言っちゃうよ?」

「真理?」

「この世に真実なんか要らないんだ。それっぽい写真撮って雑誌に 載せちゃえば、

世間はそれにコロッと傾くんだからさ」 「・・・・」


  勇次が目をやると、一郎が若菜を強引に

振りほどき、 足早にその場を去って行く。

若菜はその場にしゃがみ込み、両手で顔を 伏せて泣き始めた。


 勇次が一郎の後を追おうとする。

「あらら。完全に別れちゃうみたいね。 社長も

冷てえなあ。自分トコの会社が 上手くいってないからってさ」

 黒田がしみじみと言った。

「え?」

 勇次は足を止めて振り返る。

「あんた、話してみたらいい奴っぽいから 教えてあげるけどさ。社長の会社、表向きは 羽振り良さそうなんだけど実際は火の車らしいのよ」 「・・・・」

「そっちの方もそれっぽい裏が取れたら。

ま、最悪 取れなくてもいいんだけど、 スクープ

しちゃおうと思ってんだ」

 得意げに黒田が言う。

「・・・・よかったですね。それじゃ」

 勇次は改めて一郎を追うべく黒田に

頭を下げた。

「ちょっと待った!」

駆け出そうとする勇次の肩を黒田が掴む。

「君さ、ちょっとバカにしてない?」

 黒田は醒めた眼で勇次を見据えた。

「は?そんな事はー」

「さっき言ったろ?俺だって、ホントはこんな

くだらねえゴシップなんざ追いたくはねえさ。

もっとでっかいヤマ、スクープしたり

したいのよ。 けどさ、今はしょうがねえのさ。

こんなことでも やんなきゃ食ってけ

ねえんだから」

「あの、俺急いでー」

「そういえば、名刺貰える?

俺、あげたでしょ?」

「あ。・・・・今、ちょっと切らしちゃってて」 「は?じゃあ、名前は?」

「・・・・植田です。植田勇次です」

「植田君ねーあ!」

 黒田の視線を追うと、若菜が立ち上がり 一郎が去って行ったのとは、別の方角に去って行く。 「おっと。やっと獲物を捉えたんだ。 俺は

後を追うよ。君も行くだろ?」

「いや、俺は今日はこのへんで」

「そうか。じゃあ、なんかいいネタあったら

いつでも連絡くれよな」

  黒田はそう言うと若菜を追う為、勇次を

残しその場を去って行った。

「やばいっ」

  勇次は黒田を見送ると、

一郎の後を 追うべく駆け出した。

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