ぎこちない尾行
一郎が銀行に向かう為に出ていって間もなく。 筧はリビングのカーテンが掛かったままの窓辺にいた。
カーテンの向こうは、遠藤家の正面。 カーテンを薄く開ける。 窓の向こう、左手には門が見え
真正面には十坪程の小綺麗に手入れされた
芝生スペースがあった。 その向こうにはブロック塀があり、向こうの見渡しを遮っていた。
遠藤家の前はT字路になっており、 公園沿いの道と垂直に交わる様に 筧がいるリビングの直線上に道がある。 その道を一郎は進んでいる筈だ。
犯人は最低でも2人いる。その内の1人が
一郎の後を尾つける筈だ。
「奥さん」 壁に寄り掛かり、俯いていた美波が
筧の声で 顔を上げる。
「コーヒーか何か、頂けますかね?」
「あ、はい。すみません、気が利かずに」
美波は申し訳なさそうに、リビングに
直結している キッチンスペースに向かった。
「・・・・トイレお借りします」
筧はリビングから廊下に出るとー トイレには
入らずー足音を忍ばせて階段を上がった。
2階にはドアが5つあり、筧は方角を
確認しつつ ひとつのドアを開けた。
室内の壁には大きな書棚が設置されており、
部屋の奥には高価であろう、木製のテーブルと
椅子がある。 一郎の書斎めいたスペース
なのだろう。
なんなんだ、この差は?バカ野郎。
こんなに贅沢してんのかよ。 ガキ1人、
死んだくらい何だってんだ。絶対に助けて
なんかやらねえ。
そんな事を考えながら、筧はテーブルの 向こうの窓辺に駆け寄った。 窓の向こう正面、
道を歩いていく一郎の背中が遠目に見えた。
「?」
その背後に若い男が後に続いているのが
見えた。 ソワソワしている。背後を気に
しながら、腰を丸めて歩いている。
見るからに怪しい男だ。
「あんな野郎が?」 筧は男の背中を見送りながら小さく笑った。
勇次はお父さんの背中を凝視しながら緊張した 足取りで後を追った。
「気配を消す。気配を消す・・・・」
失敗する訳にいかない。 俺の失敗は賢君の危険を意味する。 だから今は、あの怖い人に言われたことを忠実に守るしかなかった。
大丈夫。気配は消せてる。消せてる。
勇次の前方、何事もない様に歩くお父さんの
背中を凝視しながら歩いた。
突然、勇次の背後で車のクラクションが
響いた。
「わっ!!」
思わず声を発した勇次は慌てて電柱の陰に
身を飛び込ませた。
・・・・。
深呼吸して、そ~っと陰から顔を覗かせる。
一郎が立ち止まっていた!
こっちを見られる!!
勇次は慌てて身を 隠そうと・・・・
だがこれ以上隠れる場所がない!
電柱からモゾモゾさせた身体が半分以上
はみ出している。
終わった!!
勇次はギュッと目を閉じた。
こっちを見てるんだろうなぁ・・・・。
諦めた勇次は薄っすらと目を開けた。
「!?」
が、一郎は振り返ることなく再び歩き出した。
胸を撫で下ろす。 よかったぁ。 尾行を再開した。再び、お父さんを凝視しながら。
一郎の背中、その向こうからチンピラ風情の男が やって来た。 一郎とすれ違う。
勇次はお父さんを見逃さない様に、チンピラの 向こうを凝視し続けていた。 チンピラは当然
そのまま、勇次の方に向かって 歩いてくる。
このままお父さんと同様、チンピラと
すれ違う。
勇次は邪魔にならない様に横へ避けた。
が、チンピラは勇次の行く手を阻む様に
立ちはだかった。
「てめえ、なに睨んでくれてんだ!?」
チンピラが勇次を睨みつけながら言った。 「え!?」
「俺に勝負挑んでんのかぁっ!?」
「い、いえ!あなたを睨んでたんじゃ
ないです!!」
「こっち来い、コラ」
お父さんに向けていた凝視を自分に
向けたモノだと 勘違いしたチンピラは勇次の
胸ぐらを掴むと 細路地に引っ張り込んだ。
「いやいやいや!違いますって!!」
勇次は必死に抵抗した。が、無駄だった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
勇次はポケットからガラケーを
取り出した右手でチンピラを制した。
「ああっ!?」
チンピラは今にも殴り掛かりそうな勢いで
怒鳴る。
委縮した勇次は震える指でガラケーを操作し、 鉄男を呼び出した。 すかさず鉄男の声が
返ってくる。
ーどうした!?ー
鉄男の声は緊迫していた。
「・・・・あ、あの、何かあったら連絡しろって 言いましたよね?」
ーあ!?だから、どうした!?ー
何か異変が生じたのか?
勇次の今の状況を早く知りたい鉄男が吼えた。
「・・・・あの、絡まれちゃいまして」
ーあ!?誰にだ!?まさか、サツか!?ー
「いえ!違います・・・・あの、
全く無関係なお兄さんにですね・・・・」
ーはぁっ!?ー
鉄男の声が急に腑抜けた。
勇次はそ~っと目の前のチンピラに
ガラケーを差し出した。
「誰と話してんだ!?コラ?」
チンピラは勇次から受け取ったガラケーを
耳にあてる。
「誰だお前!!?」
チンピラが威勢よく言った。
ー・・・・お前こそ誰だ?ー
鉄男の落ちついた声が返ってくる。
「ああ!?聞いてんのはこっちだ。
お前、何モンだこの野郎!!?」
ー随分、威勢がいいじゃねえか。
腕に覚えでもありそうだなー
「だったらどうした!?舐めてっと、
やっちまうぞテメエ!さっさと名乗れ、
コラ!!」
ー俺は若の護衛を任されてる梶健組のモンだー
「え!?・・・・若?」 チンピラの顔が
強張った。
ー梶健組。腕に覚えがあんなら 知ってんだろ?
お前が一緒にいるのは 組長(オヤジ)のご子息だー
チンピラが息を呑む。 「て、適当
謳うたってんじゃねえぞ、この野郎!」
チンピラは不安な表情を浮かべつつ、
怒鳴りつけた。
ー嘘だと思うなら、目の前の男を殴ってみろー
「え?」
ーまぁ、俺は勧めねえがなー
チンピラが息を呑む。
ーおい。若にもこの会話を聞かせろよー
「は?」
ーいいから。お前がもし若を殴っちまうなら、
俺が止めたって事を 若には分かって欲しいからな。じゃなきゃ俺はコンクリの下駄吐いて
東京湾に沈められちまうからよー
「・・・・」
チンピラは、勇次を恐る恐る手招くと、
自分の耳に傍立たせた。
勇次とチンピラ、2人でガラケーに
耳を寄せる。
ー若。大丈夫ですか?ー
”若!?” これまでのやり取りを把握
出来てなかった勇次は戸惑う。
間近な距離で目をやったチンピラは、
疑心暗鬼な表情でこちらを見ていた。
・・・・。
もう一度ガラケーに集中し、耳を傍立たせる。
ー若。俺は今、どうしても外せねえ組長(オヤジ)の用件が あって、若につけてねえが若い衆が
遠くで見守ってるー
”は?何言ってんだ、この人は?” 勇次は更に混乱する。
ー俺は今は守る事が出来ねえ。すみません。
若は目の前の男に殴られちまうかもしれません。 だが、若を見守ってる若い衆がその後、必ず仇は討ちますから。 俺らの気持ちは汲んでください。お願いしますー
勇次はなんとなく鉄男の意図を汲んだ。
チンピラは怯えた様子で辺りを
キョロキョロ見渡している。
ーおいー
「は、はい?」
チンピラは姿勢正しく返事をした。
ー若は今、真面目な学生でな。組長(オヤジ)も
いずれは 跡目継いで欲しいと思ってんだが、
今はまだこっちの世界がお嫌いでよ。
それでも俺らは、若を守んなきゃならねえ。 組長の命令だからな。そんでもって、 遠目から
見守ってんだー
チンピラが顔を強張らせ、勇次に目をやる。 「・・・・あんた、マジか?」
完璧に鉄男の意図を汲んだ勇次はー
「も、もうさ!早く殴れよ!!
その後、どうなっても良ければさ!!!」
大声でチンピラに怒鳴ったー
「!!!?」
チンピラは勇次にガラケーを突き返すと、
とてつもない速さでその場から
逃げ去って行った。
「ふぅ~」 勇次は胸を撫で下ろすと、ガラケーを 耳にあて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
ーバカ野郎!!!ー
鉄男の怒声が飛んできた。
ー余計な面倒掛けやがって! さっさと父親
追いかけろ!!誰かと接触してたら
どうすんだ!?ー
「は、はい!わかりました!!」
通話が切れると、勇次は一目散に駆け出した。
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