絶望と希望
美波は2階へ行くと、賢の部屋のドアを開けた。
壁の至る所には、有名サッカー選手の
ポスターが貼られ、部屋中にサッカーボールや
人気選手のグッズなどが溢れている。
こんなにじっくり息子の部屋を見たのは
久しぶりだった。
あの子に会えなくなる時が訪れるなんて。
しかも突然、こんな形で。
両膝から崩れ落ちた美波は、自分を責めた。
身体が漆黒の闇に包まれているのを感じながら。
「賢・・・・無事でいて」
サッカーボールを拾い上げ、抱き締めた。
今朝、あの子がまたサッカーをやりたいって
言った時に持ってたボール。
怪我するからダメ、って言ってしまった。
今、1人で怖いよね?母さんが
傍にいれなくてごめんね。
無音の室内。涙が溢れ、嗚咽が静かに響く。
「美波」
いつの間にか、一郎が部屋の入り口に
立っていた。
「何してんだ?」
美波は涙を拭い、
「この部屋に入ったのも久しぶり。
あの子の事、何も見ていなかった。
あなたもそうじゃない?」
そう言い、夫の方へ顔をやった。
一郎が何かを言いかける。がー
「・・・・なあ、筧に食事用意して
やってくれないか?夕食食べてないらしいんだ」
一郎はそう言うと部屋を出て行ってしまった。
美波は夫がつい今までいた場所を
ジッと見つめた。
筧は、遠藤家から30メートルほど離れた
場所にある公園にいた。夜、人の姿は無い。
闇に同化した筧は、咥えた煙草に
火を点けるとスマホを出し画面に指を
滑らせると耳に当てた。
1コールめで、島川の声が返って来た。
「ヨシ」
「悪いな。ちょっと戻れなくなった」
「揉めてんの?大丈夫?」
島川の案ずる声が愛おしいのもあったが、
それ以上の嬉しさに筧は笑った。
「大丈夫。むしろ僥倖ってヤツだ」
「ギョウコウ?俺、頭悪いから難しい言葉
言われてもわかんないって」
「ガキが誘拐された」
島川が筧の言葉を整理するのに
数秒の間があった。
「ガキって、ダチの?」
「ああ。で、明日の朝、身代金を
用意するんだがー」
筧は煙を大きく吸い込み、吐き出すと言った。
「それをごっそり頂く」
ホシからのメモを見た瞬間に、
電流が身体を貫くように
瞬時に思いついた。この作戦プランを。
「頂くって、幾ら?」
島川の緊張した声が返って来た。
「五千万」
「五千万!?」
「手伝ってくれるよな?」
「もちろん。ヨシの為ならなんでも」
筧はまた嬉しくて笑った。
「俺の部屋にガラケーがある。それを使え」
そのガラケーはトバシのモノで、以前何か仕事に使えるんじゃないかと、裏の業者から
手に入れストックしていたモノだ。
「それと、この後送る住所の所へ行って
チャカを仕入れてくれ」
「チャカ?」
島川の驚く声が返った。
「拳銃だ。一番安い奴でいい」
余程の事が無ければ、銃をぶっ放す気は無い。
なぜならもし撃ってしまった場合、
銃声を近隣に気付かれるリスクがデカいから。
または
弾頭を回収できなかった場合、
線条痕ーそれぞれの銃に固有のモノで、
例えば指紋みたいなモノ。同一の線条痕は
存在しないーから
銃の出元を探られてしまうから。
あくまで用心の為だ。ホシがどんな人物で
何人いるかも現状分かっていない。
身代金目的の誘拐で単独犯は考えにくい。
きっと複数いる。
だからもしもの時の為、
護身用の意味でも銃は必要だった。
「拳銃って高そうだけど・・・・俺、金ないよ」
島川が不安そうに言った。
筧は一笑して、愛する者の不安を払拭する。「心配すんな。後日払うと言っとけばいい。
店主は現役の頃、世話したジジイだから
俺の名前を出せば問題ない」
「わかった」
「頼んだぞ」
筧はそう言うと通話を切った。
声にすればこの界隈一体に響き渡る程に
なるだろう笑いを堪える。
そして遠藤家の中へ戻っていった。
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