コミュニケーション

「お兄ちゃん」

賢が並んで拘束されている勇次に声を掛けた。

「なに?」

「お兄ちゃんは、何かスポーツやってる?」

「え?特にやってないけど」


沈黙。苦手なヤツだ。勇次はシドロモドロした。


「あのさ」

賢がまた口を開いた。

「え?」

「僕が今、お兄ちゃんに質問したじゃん?

そしたら普通、今度はお兄ちゃんが

『そっちは?スポーツやってるの?』

とか聞かない?」

「あ」

「そういうコミュニケーションて大事だと

思うんだ。じゃないと相手がどんな人か

わかんないでしょ?母さんがよく言ってたよ」

 仰る通りだ。こんな小さな子に

諭されてしまった。

 勇次は恥ずかしくなった。




「・・・・ごめん。じゃあ、そっちは?」

「僕はサッカー」

 賢は誇らしげに言った。が、

「けどー」

 顔が曇る。

「?けど?なに?」

勇次は優しく聞いた。

「この前、練習で転んでケガしちゃって。

それからはお母さんが大反対で。

今朝も僕がまたサッカーやりたいって言ったら

喧嘩になっちゃって」

「・・・・よっぽど好きなんだね、サッカー」

「うん。今は下手だけど、将来はサッカー選手になりたいんだ」

「いいね」

 勇次は本心からそう言った。


「お兄ちゃんは?なりたいモノとかないの?」

「俺?」

「あ!さっきの、絵本書く人とか?」

 勇次は、鉄男たちから返された

トートバッグに目をやった。

「・・・・」

 だが、賢のように自分の夢を堂々と

話す事が出来ない。


 勇次は話題を変える事にした。


「あ、あのさ、ところで怖くないの?」

「なにが?」

「なにが?って、誘拐されてんだよ?」

「さっきまでは怖かったけど、今は

お兄ちゃんがいるから大丈夫」

 賢は勇次の顔をしっかり見て言った。

「・・・・俺なんか頼りにならないよ」

「なるよ。お兄ちゃんは」

 この子は俺なんかより、とても

しっかりしてる。


 こんなんで、このままでいいのか、俺?

勇次は複雑な気持ちになった。


「ねえ、お兄ちゃんー」

賢が別の話題を持ちかけてくれる。

 勇次は、今は目の前の少年との会話を

楽しむことに集中した。



 プレハブの方からチビたちの笑い声が

長い事、聞こえていた。

「うるせえええっ!」

 遂に我慢出来なくなった鉄男がプレハブに

向けて怒鳴り散らす。


瞬時に笑い声が止んだ。


「てめえらの状況わかってねえのか?


ちったあ、怖がれってんだバカ野郎」

 そう呟き、缶ビールを飲み干す鉄男の

目の前、酔っぱらった挙句突っ伏し

寝ていた直也が

おもむろに飛び起きた。

「怖くねえぞ!貧乏なんかよおっ!!」

 鉄男は直也の額目掛け、空き缶を投げた。

「んがっ!」

 空き缶を額に受けた直也は

再び突っ伏して寝てしまった。


「さあ、明日勝負だ。俺も寝るとするか」


 そう。勝負だった。俺たち兄弟にとって、

初めての本格的な犯罪だった。

今までやってきたような、チンケなカツアゲや

用心棒もどきの仕事なんかとは訳が違う。


 今回手に入る金を元に、商売か

何かをやりたい。

 具体的には・・・・無事に事が済んだら

弟と話し合えばいい。

 こんな稼業はずっと続く訳ない。

いずれ破滅する。


 だからこそ、絶対に成功させる。

いや、成功する。

綿密に準備をしてきた。

シミュレーションも完璧だ。


 やるぞ。全てを変えるんだ。


 鉄男は自分を鼓舞すると、パックに残っていた

最後のコハダの握りを口に放った。



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