スクランブル!?

 勇次は薄っすらと目を開けた。


 ・・・・朝、になったのかな?

 プレハブ事務所の窓外に目をやる。

昨夜から点けっぱなしだった工場の

機械的な灯りを、嵌め込み型の

曇りガラスから射す、もっと柔らかい

自然光が覆っていた。


 寝ぼけ眼で隣を見ると、賢が自分に

寄り掛かって寝ている。


 勇次は賢の穏やかな寝顔を見て少し安堵し、

少しだけ誇らしかった。


 どのぐらい寝たんだろう?何時なんだろう?


 事務所には時計もなく、スマホも

奪われたままなので時間が全く分からなかった。


 プレハブの外から何かが聞こえた。

耳を澄ます。


 ・・・・呻き声のようだ。


 更にジッと耳を澄ます。


「お~い・・・・」

今にも消え入りそうな声だ。


「お~い・・・・」

 俺を呼んでるのか?何だろう?

勇次はどうしたものか、判断出来ずにいた。


 するとー


「いい加減、起きろおおおおっ!植田ぁっ!!」

絞り出す様な怒声が響いた。

「は、はいっ!」

 勇次は背筋をピンと張った。

 隣の賢も何事かと目を開けた。


「植田ぁっ!こっち来い!!」

 また絞り出す様な怒声。

「ちょ、ちょっと待っててね」

 目覚めたばかりの賢にそう言うと、

勇次は何とか

ソファに座ったままのお尻を何度か前後し、

勢いをつけて

ソファから立ち上がった。



 縛られた両足でピョンピョン跳ね、

ドアに向かう。

 背を向け、後ろ手でノブを握り捻った。

 外から鍵は掛けてなかったようで背中に

力を入れたら、

引き戸のドアが上手く開いた。


 勇次はその場で跳ね上がり踵を返すと、

声のした方へとピョンピョン跳ねていった。

何事だろう?不安を抱えながら。



「あ!」

 スチールデスクに鉄男が突っ伏していた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 勇次はピョンピョン跳ね、鉄男の傍へ赴いた。

「は、早く来いよ、バカ野郎・・・・」

 鉄男は顔を少しだけ上げて言った。


「すみません・・・・ていうか、

どうしたんですか?」

「腹が痛ぇ・・・・」

「え?」

 鉄男が自分の目の前、スチールテーブルの上を指差す。


 勇次が目で追う。


 その先には、ガリだけが残ったパック容器が。


「寿司?」

 勇次は思案した。そして、

「・・・・もしかして、アタったんですか?」

「それしか考えられねえ・・・・」

「どのネタでですか?」

 勇次は真面目に聞いた。

「アホ!んな事どうでもいいだろ!?」

 鉄男は振り絞れるだけの怒声を上げた。

「はい!すみません!!」


 と、勇次の背後、トイレのドアが音を

立てて開いた。

「わっ!?」

 勇次が振り返ると、トイレの中から直也が

這い出して来た。

そのまま地面に突っ伏す。

「だ、大丈夫ですか!?」

 勇次は今度は直也の元へピョンピョン

跳ねて行った。

「だ、大丈夫な訳ねえだろ・・・・」

 直也も鉄男同様、消え入りそうな声で答えた。


「バカ野郎が・・・・下手なモノ

食わせやがって」

 鉄男は恨めしい目を弟に向けると毒づいた。

「あの寿司屋・・・・下手なモン

買わせやがって・・・・」

 直也も恨めしい目を・・・・

向ける寿司屋がいなかったので

とりあえず毒づいた。


「病院!病院、行きましょう」

 勇次は兄弟を交互に見やり言った。

「バカ、んなモン行くか」

 鉄男が言った。

「でも・・・・」

「病院なんか行ったら幾ら掛かると

思ってんだ?」

「デカい手術とかするわけじゃないですから

そんなにはー」

「保険証、持ってねえんだよ」

「え?」

「そもそも病院に掛かる程、ヤワに

生きてねえんだよ」

 目の前のヤワな2人を見て、

勇次は言葉に詰まった。


「それに、これから大事な取引があんだからよ」

 鉄男の言葉に勇次は首を横に振った。

「無理ですよ、そんな状態じゃ」

「ああ。今の俺らは無理だ」

「?」


 鉄男が勇次を見据える。 

「お前がやんだよ」


 は?何を言ったんだこの人は?

勇次は首を傾げた。


「・・・・あの、今なんて?」

「だから、お前が俺たちの代わりをやるんだよ」


 勇次の中で一瞬、時間が止まった。


 我に返りー


「ええっ!?」


 叫ぶ事しか出来なかったー


 ちょっと何言ってんの!?勇次はパニくった。




「指示は電話で出す。お前は俺の指示通り、

動けばいい」

「でも・・・・」

「お前も金が欲しいんだろ?」

「え!?」

 勇次の顔が強張る。

「お前、昨夜俺らに弾かれた時、

慰謝料がどうとか言ってたじゃねえか」

「・・・・」

「当たり屋カマしたんだろ?」

 鉄男は薄笑いを浮かべた。  

「や、やろうとはしましたけど、

ホントに撥ねられるとは・・・・」

 勇次は言いながら、昨夜の自分を恥じた。

「無事、手に入れたらお前にも分け前をやる」

「え?」

「金、欲しいんだろ?」

「・・・・」


 勇次は逡巡した。だが、すぐに迷った

自分を恥じた。

駄目だ。犯罪に手を貸すなんて。断ろう。

 勇次がそう切り出そうとするとー


 「お前が協力すりゃ、チビは無事に

家に帰れる」


「!」

 ・・・・断れなくなった。


「お前が頑張れば俺らにもお前にも、金が入る。

で、チビも家に帰れる。ここにいる全員

ウィンウィンだとは思わねえか?」

「・・・・それ、古いって言ったろ?」

 直也が顔を上げて言った。

「うるせえ」

「てか、マジでそんな野郎に任せんのかよ?」

「緊急事態だ、しょうがねえだろ。

まぁお前に噛みついたくらいだ。ちったぁ

骨があるーう!?」

 鉄男は立ち上がり、弱弱しい足取りで

トイレへ、向かった。


 勇次はただただ、途方に暮れるしかなかった。

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