第2話
帰りのホームルームが終わったあと、神田と教室を出た。
「さて、何おごってもらおっかな」
「安いのにしろよ」
歩きながら、横目でドアのガラス窓を見る。
ホームルームが短い隣のクラスはすでに電灯が消され、人の気配がなかった。
確認したかった窓側最後列の席には、九月中旬になった今でも花瓶が置かれていた。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
慌てて目を逸らしたが、神田が何かに気付いたように言った。
「尾崎真宙だよな、死んだの」
ああ、と僕は答えた。
「同じクラスになったことないから分かんないけど、あれだろ。イケメンで、頭よくて、山田が賞とった写真のやつ」
神田は芸能人の死でも語るみたいに言った。
「成績優秀、容姿端麗って漫画かよってな。今回のは、まぁ、恵まれすぎた運がまわってきたのかもな」
そして神田は、同級生の死で興奮しているようにも見えた。
「でもそんだけ人生ガチャ当たれば、楽しかったんだろうよ」
* * *
高校から自転車をとばして四十分。
家に着くころには、シャツが身体に張り付くほど汗をかいていた。どうしてこんな遠い高校を選んでしまったんだろうと一瞬、後悔がよぎる。でも、この暑さの中を通学するのは、もう一月もないのだ。この苦しみからは解放される。この、ちっぽけな苦しみからは。
寄り道することなく帰ったため、家にはだれもいない。母はまだ帰ってきていなかった。
自室で制服を着がえ、気休めに制汗シートで汗を拭きとり、身体をベットに預ける。
枕元の棚の時計を見る。
17:35
これから何しよう。
17:45
なにがしたいんだろう。
17:57
そういえば神田の言っていた人生ガチャは、なにを基準に決められているだろう。顔? 頭のよさ? 何かの才能? 家の裕福さ? 運動神経? だったら僕は人生ガチャに外れているのだろうか? 尾崎は人生ガチャに当たっているのだろうか?
18:45
やることがない。以前だったら撮った写真を整理していたが、撮っていない写真を整理することはできない。
学習机の上に置かれている一眼レフに、目をやる。
二週間放置されていた一眼レフには、うすくほこりが積もっていた。レンズには、薄く僕の影が映っている。自分の気の抜けた輪郭を見るのが嫌で、僕はクローゼットに片付けることにした。ほこりを軽く払って、ケースに入れる。ついでに賞をもらったときの盾も、クローゼットの中にしまう。
すっきりした。読まないのに捨てられない本を処分したときみたいに。使わない子どもの頃の思い出が詰まったおもちゃを、売りにだしたときみたいに。
自由になった僕はスマホで動画サイトにアクセスした。時間を浪費して、一時的に脳を刺激するような動画を見た。動画には、人生に役立ちそうな情報は一切なかった。時間は面白いように過ぎていった。
でも唐突に充電が切れて、動画は黒い画面に沈んでいった。僕は冷めた頭で、その画面に映る自分の顔を見て、少しだけ泣いた。
その夜、僕は尾崎の夢を見た。
彼は夢の中で、ファミレスのポテトを食べながら泣いた僕を笑った。
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