第3話

 尾崎真宙おざきまひろは県境の橋から落ちて死んだ。


 転落事故、と警察が判断したのは、尾崎に死ぬ理由がなかったことと、彼の死体からアルコールが検出されたことが決め手らしい。つまり尾崎は飲酒をして、酩酊状態で橋を歩き、誤って転落したということだった。事件性もないらしく、尾崎が死んだ次の日には葬式が行われた。


 僕は制服を着て、葬式に出た。夏休みで都合を合わせやすかったのか、それとも単に尾崎が人気者だったからなのか、葬式には多くの同級生が出席していた。彼らはみな「信じられない」といった表情をして涙を流しては、お互いに慰め合っていた。焼香のときに、遺影に話しかけるやつもいた。また、女子生徒の中には、泣き崩れてしまう子もいた。通路側の椅子に座っていた僕からは、焼香を終えた彼らの顔がよく見えた。


 まるで芸能人の葬式だった。


 みんな尾崎の死を悲しみ、目をはらしていた。でもどうしてか、僕には、尾崎の死を本当の意味で悲しんでいる人はいないように見えた。尾崎と彼らは、死んだ芸能人と、そのファンに似ていた。テレビの中の彼の一面を見ただけで好きになり、彼の人間性を分かった気になって、死んだ悲しみに暮れる。でも結局は、彼らの間に関係はない。大半の人は一月もすれば忘れて、彼のことで悲しむことさえなくなる。


 きっとここにいる大半の生徒も来月になれば、尾崎のことを忘れる。僕はそう思って、冷めた気持ちで葬式を見ていた。


 一番悲しかったはずの蒼生は、泣いていなかった。焼香を終えたあと、彼女は唇をぎゅっと結んでただ前を向いていた。それが強がりだったのか、あるいは他の理由だったのかは、僕には分からない。でも、ここにいる誰よりも彼の死を悲しんでいるように見えた。僕よりもずっと、彼女は悲しんでいた。


 僕は呆然と、彼の死の儀式を見ていることしかできなかった。僕だって、葬式にいた多くの人と同じように、尾崎のことを知らなかった。どうして尾崎が死んだのか、どうしてお酒を飲んで橋のそばを歩いていたのか、僕には理解できていなかった。


 彼の母親の顔さえ、葬式が行われるまで知らなかった。


 尾崎に似て、きれいな顔立ちをしていた。僕の母親と年は変わらないはずなのに、ずいぶんと若く見える。長い髪は後ろでまとめられ、喪服からはすらっとしたふくらはぎが出ていた。綺麗に化粧が施された顔からは、しみ一つ見当たらなかった。涙袋にほくろがあり、それが妙に色っぽい。彼女もまた、泣いてはいなかった。ただ沈痛な面持ちでお腹に手をおいていた。


 焼香の順番が回ってきて、僕は祭壇の前に立った。

 生花で囲まれた尾崎の遺影は、生徒証の写真で、顔に表情がなかった。

 

 ——その日から、僕は写真を撮らなくなった。

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