第五話 姉の告白
「あー、あのさ、ハルちゃん。ちょっといいかな?」
「どうしたの? 全然いいけど」
お話ししよ、と言ってたのにこずちゃんはコンビニを過ぎてから急に口数がすくなくなった。どうかした? と聞いてもううん。なんでもない。と言われたので置いておいた。
そうして私の家が近くなり、あそこが私の家だよ。ここまでありがとね。と言ったところ、そう言って引き留められた。
立ち止まってそう言われたので私も足をとめて振り向くと、正面から見たこずちゃんはなんだか真剣な顔をしていた。いつもの軽い声音と違っていて、ギャップでドキッとしてしまう。
「……あのさ、こういうの、やっぱり黙ってるのってずるいと思うから言うね? 別に、いますぐ返事してってことじゃなくて……はあ。ごめん、ガラじゃないよね」
「うん? どうしたの? 何か、真剣な話なら家寄ってく?」
なにか緊張したようにやや早口でそう言われて首を傾げる。黙ってるとずるい? 何の話だろう。
なんだかわからないけど、大事な話なら外で立ち話じゃない方がいいだろう。私はどうしようかなと迷うこずちゃんの手を引いて家に帰った。
母に日が暮れないうちに帰すようにと厳命されながら私の部屋にこずちゃんを通す。窓を開けたままにしていたけど部屋は十分に暑い。
「そこ座って」
「あ、ううん。ごめんね、すぐ帰るから、大丈夫」
「あ、そう? うん、じゃあ、どうぞ」
座椅子に座ってもらってもらおうとしたけど、落ち着かないのかこずちゃんは立ったままなので私は窓をしめてクーラーをいれてから正面に向かい合うよう立って改めて促した。
こずちゃんは私をまっすぐに見つめ、またさっきと同じように少し赤らんだ顔でためらうようにしながら口を開いた。
「……うん。あの、私……ハルちゃんが好きみたい」
「うん。……え?」
「わかってるよ、ハルちゃんが私のことそんな風に見てないってことは。でもこれからもっと仲良くなるにあたって、黙っておくのは、違うかなって思って」
頷いてから意味がわかったけど、すぐには飲み込めない。だって、そんなことある?
困惑しているとこずちゃんはどこか言い訳をするように、意味もなく腕を動かしながらそう言った。
「びっくりさせて、ごめんね?」
「あ、ああ、いや、うん。びっくりはしたけど、謝らなくていいよ。好かれることは悪いことじゃなくて嬉しいことだし」
「そ、そう? なら、よかった。えへへ。まだそこまで親しくないのに好きって言われても、気持ち悪いって言われる可能性もあるかなって思ってたから」
照れたようにはにかんで頭をかきながらそう言うこずちゃんはどこか卑屈さがあった。だから私は否定したくて、でも、この状況で踏み込む勇気もなくて、あいまいに笑いかけながら核心を聞くことにする。
「そんなことは、言わないけど。その、改まって言うってことは、恋人になりたい好きってことだよね?」
「え? ふふっ。ふふふふ。それはそうでしょ。ごめん、ちょっと、ふふ、あははは、ピュアすぎる。もう、ほんとに、可愛いなぁ、ハルちゃんは」
この流れなので間違いないだろうとは思うけど、サキのことがあったので確認しないわけにもいかなかった。だというのにその姉であるこずちゃんはきょとんとしてから爆笑してしまう。
ピュアとか言われた。うぬぬ。悔しい。と思っていると、笑いをおさめたこずちゃんは実感を込めて言うように、なんて言えばいいのか、こういう話し方を甘いと言うのか。聞いているだけで好意を感じる包み込まれるような気持ちいい声音で、私を褒めた。
さっきも可愛いと言われたけど、今のはかなり、私の胸に響いた。めちゃくちゃ本気で心から言ってると感じたし、同時に、そのうっとりした表情が大人っぽくて、なんだかドキドキしてしまう。
サキとのやりとりも告白みたいなものだった。だけどこずちゃんははっきりと、明確に愛の告白をしてきた。
「うん、そうだよ。私はハルちゃんが恋愛感情で好き。恋人になりたいの」
照れる私に、こずちゃんはまっすぐ私を見つめたままそうはっきりと言い直した。
そうしっかり言葉で言われると、全然違う。サキの時はいきなりキスを誘われて困惑ばかりだったけど、最初からそう言い切られたらこっちだってそう言う風に意識せざるを得ない。
「そ、それは……どうして、そう思うの? 普通の好きと恋愛の好きって、どう違うの?」
だけど、どうしてそう信じられるんだろう。なんでそう思うんだろう。私は純粋に疑問だった。さっき私はサキと恋人の距離感だからそんな気になった。だけど私とこずちゃんは本人も言うように、まだそんなにめちゃくちゃ仲良しでもない。学校では話すけど二人っきりで放課後遊んだりもしていない。
なのにどうして恋愛感情で好きって言いきれるんだろう。
「ハルちゃん、手、握っていい?」
「う、うん」
私の再びの質問にもこずちゃんは馬鹿にすることなく、一歩私に近づいてそう微笑んだ。言われるまま頷いて反射的に右手をだすと、こずちゃんは私の手を両手で握った。
大事そうに下からエスコートするように支えてくれて、上から重ねるようにして包んでから、ゆっくりと撫でられる。
「……」
背筋がそわそわする。やっぱり、こういう触れ合いは苦手だ。居心地が悪くて、どうしたらいいかわからない。
だけど前にいるこずちゃんは私を見ているから、逃げることもできない。目を見ていると、離れたいと感じているはずなのに、何故か吸い込まれそうな気にさえなる。
「こうやって、手を握るなんて言う些細なことで、ハルちゃんが相手なら私はドキドキするよ」
ああ、この目が、私のことが好きって言う目なんだ。それがわかって、私までドキドキしてしまう。違う、ただ手を触られているだけで、どちらかと言えば嫌なはずなのに。
「だ、抱きしめても、いい?」
「え、う、うん」
恥ずかしくて、自分のことがわからなくて視線をそらしているとさっきまでと違う固い声音でそう聞かれた。思わず顔をあげると真っ赤なこずちゃんが緊張したような顔をしていて、通常時に言われたら断る内容なのに、思わず受け入れてしまった。
こずちゃんは私の手を離すとまた一歩近づいて胸がくっつきそうな距離から手を広げ、そっと私を抱きしめてきた。
遠慮がちにだけど私の腰と背中に手が回ってきて、ぎゅっと体がくっついた。
正面からしっかり体があわさると、胸が圧迫されて苦しいくらいだ。そしてその分こずちゃんの瞳が近づいてきてしまって頭がくらくらしてしまう。暑い中、熱い体をふれ合わせたせいで、体が沸騰しそうだ。
「こんな風に、触れ合いたいって思うのも、ハルちゃんだけだよ。ドキドキするのも、キスとか、もっと過激なこと、したいって思うのも、ハルちゃんだけ。これで、説明になったかな?」
「……うん。教えてくれて、ありがとう」
こずちゃんにとってはそれが答え、と言うのはわかった。じゃあ私に照らし合わせてどうか、という判断をしたかったのだけど、全然、そんな状況にない。
こんなに至近距離で見つめあい、抱きしめられてこずちゃんのドキドキまで聞こえてきて、私のドキドキとあわさってものすごい音がしているのだ。冷静になれない。暑さ以外の汗もかいてきた。
「そ、そう。それなら、よかった」
「うん……疑うみたいな質問して、ごめんね」
なんとか返事をしてから、ふいに、その唇に目が行ってしまう。サキの唇の感覚がよみがえる。こずちゃんの唇はまた違うのかな。なんてことが脳裏に浮かんでしまう。
何を考えているんだ私は。手を握られるのも気持ち悪いと思っていたのに。
「ううん。大丈夫。いきなりだし、私の気持ち、信じてくれただけで嬉しいから」
「……うん。その、私、まだ、よくわからなくて」
頭がおかしいままで、全然考えられない。何が恋で何がこいじゃないのか。今日のところはいっぱいいっぱいすぎて、もう限界だ。
「うん。わかってる。来年、中学生になってもまだ駄目だったら諦めるから。中学生になるまで、頑張ってもいい? 迷惑じゃない?」
「……迷惑じゃないよ。気持ちに答えられるかはわからないけど、とりあえずこれからもよろしくね」
じっと見つめてくるこずちゃんと目をそらしたいけどできなくて、汗だくだし早く解放されたい。でもこれでさすがにひと段落だし、今日のところは終わりだろう。
「うん。ありがとう。……あの、頬にキスしてもいい?」
「えっ」
「こ、こんな機会、そうそうないと思うから。お願い、告白の記念に」
「う……うん」
自分でもおかしいと思う。完全にキスに対するハードルが下がっている。でもサキとキスをしてるし、ここまでくっついていたらもう抵抗はない。私は恥ずかしいけど目を閉じた。
「っ、ごめん、ありがとう」
「!?」
どっちの頬だろう。そうドキドキしながら待っていたら、まさかの唇に感触があった。思わず目を開けると、目を閉じたこずちゃんのまぶたがあった。
「……ごめん。ハルちゃんが可愛すぎて、我慢できなかった」
「う、うん。いや、大丈夫、だよ?」
驚く私に、しばらくそのままキスしてからゆっくり離れたこずちゃんは目を開けて眉尻をさげてはにかんだ。びっくりして訳の分からない返事をしてしまった。
「私、責任取るから。絶対、私のこと好きにさせてみせるから」
「……うん」
きらきら光るこずちゃんの瞳に、私はただ頷くしかできなかった。
確かに突然だけど、キスになれたせいか、別に、嫌ではなかったと言うか、ドキドキして、姉妹でも唇の感触は違うことを学んだ。
そして私はこずちゃんを見送ってから、自室で一人、卒業するまでどうなってしまうのか、これから二人とどう向き合えばいいのか、自分がどうしたいのかを考えていた。途中、二人の唇の感触がよみがえって、全然考え事はすすまなかったけど。
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