第四話 後輩の宣言

 サキと、何度唇をあわせただろうか。ファーストキスって、何回してもファーストキスなのかな? なんて下らない疑問が浮かんで、それを流す様にさらにキスをされた。


「先輩、私のこと、特別に感じてくれていますか?」

「……こんなことして、特別じゃないわけないでしょ」


 サキは前から特別だよとか、そんな言葉も頭をよぎったけど、サキが望んでいるのはそっちではないだろう。それに確かに、今までとは違う特別な何かを感じている。

 今、唇をあわせていないのに感触が残っていて、サキの目を見ているだけで頭が真っ白になりそうだ。もう、サキとキスをするのに抵抗はない。今までとは同じではいられない。


「えへ、えへへ。だったら、嬉しいです」


 笑いながらサキが自分の唇をなめた。そんな何気ない動作一つで、私はどきりとしてしまう。赤らめた顔。ただそれだけで、意識してしまう。


 そんな相手は他にいない。サキだけの、特別だ。でもこれって、恋愛の特別じゃない?

 肌が触れるのさえ好きじゃなかったのに、無理やりゼロ距離で抱き合うようなことを長時間続けられて、感覚がマヒさせられた。今は腕をつかまれていて体重をかけられているくらいなのに全然嫌じゃなくて、むしろ、それが自然なことのように感じている。

 無理やり距離をつめられた結果、簡単に恋愛感情かもしれないと意識してしまうなんて、私ってもしかして、めちゃくちゃちょろい?


 そう思うのに、えへへと笑うサキが今まで以上に可愛く感じてしまう。

 ドキドキしながらサキの顔を見ていると、サキは黙って私を見つめ返してから、ふふっと微笑んで口を開く。


「先輩……、さっき、恋人になりたいかはわからないって言いましたけど……やっぱり、恋人がいいかもしれないです」

「え、ど、どうして?」


 その大人っぽい微笑みに見とれていたので、言われた言葉がすぐに頭に入らなかった。なので遅れて問い返してしまったけど、そんな私にサキはまたふっと顔を寄せて、囁くような声を出す。


「だって……先輩のキスした顔、可愛かったから。他の人に、見せたくないなって……」

「か、可愛いのはサキの方だって」


 うっ。と呻き声が出るかと思った。あんまりに可愛すぎたので。特別にしてって言われるのは困っていたけど、今の言い方は、その、発言だけでドキドキしてしまった。

 でもなんというか、それを素直に言うのは先輩として恥ずかしすぎるから、なんとかそう言い返す。


「え……えへへ、じゃあ、私のキスも、独り占めしたいって、思ってくれました?」

「…………そ、その返事は……ちょっと、待ってくれない?」


 ドキドキする。恋人になるのも、いいかもって正直思ってしまっている。でも、でも恋人ってこんな急に、キスしたからなるっていうのも。

 いやわかってるよ? わかってる。サキが勇気だして言ってくれてるって。それを中途半端にのばすのが一番最低な答えだってわかってる。

 わかってるけど、でも、こんな、サキに正面から見つめられた状態で冷静な答えなんて出せないよ! 流されて恋人になるのは、サキに誠実に答えたことにはならない。だから、これしかないんだ。


「えぇー、そ」


 不満そうに可愛く唇を尖らせたサキが何か言おうとしたところ、遠くからカラスの歌が流れてきた。

 サキの家は少し離れたところに小さい公園がある。そこそこ離れているとは思うけど、立地の関係なのかその公園の五時になる帰りの音がここまで聞こえてくる。

 サキの家に遊びに来た時はいつもこれを合図に帰っている。


「……しかたないですね。今日のところは、許してあげます」

「あ、ありがと」


 音楽に希望の光を見出した私に、サキは苦笑してそう言って私から距離をとった。

 ほっとしてお礼を言いながら立ち上がると、サキも立ち上がってそっと私の手を取った。


「でも、卒業までには、保留にできないくらい、私のこと特別だって思わせて見せますからね」

「う……うん」


 そしてぎゅっと私の手を握ってまっすぐ私を見ながらそう宣言した。その熱に、私の胸はまた高鳴った。









「あ、ハルちゃん、今帰るとこ?」

「あ、う、うん。お邪魔しました」


 サキはこの顔でこずちゃんに会ったら気まずいから、と部屋で見送ってくれた。私も顔を合わせたくないので顔を撫でつつそっと出てきたけど、リビング横を通るところでこずちゃんに見つかってしまった。

 軽く深呼吸しながら応える。大丈夫。顔の赤みも多分ひいた。


「ふーん? 私もちょーどコンビニ行こうと思ってたし、途中まで一緒に行こっか」

「あ、うん、行こっか」


 なんだかわからないけどそう言うことになった。こずちゃん単体と友達になっているとはいえ、やっぱりサキの姉ではあるわけで、なんだかとても気まずい。

 と言うか、もし私がサキと恋人になったらこずちゃんが姉になるのかな。って、そんなこと今まで考えたこともなかったのに。あー、やばい。脳内にサキが入ってきてる気がする。


 混乱した頭を誤魔化しながらサキの家を出る。八月はまだ五時を過ぎても明るくて、夕方の感じがない。室内に比べて暑いはずなのに、クーラーのきいていたあの漫画部屋は涼しいのにすごく熱かったから、風がある外の方が私の熱を冷ましてくれる気さえした。


「ねぇ、ハルちゃん今日何の漫画読んでたの?」

「え? えっとね」


 質問されて少し焦りながらもすすめられたあの少女漫画の名前をだす。結局ほとんど読めていなかったけど、それしか出てくるタイトルがないので仕方ない。


「そうなんだ。へー、意外。少女漫画も結構読むんだ?」

「意外かな? 確かに少女漫画は今日初めて読んだけど」

「あ、やっぱりそうなんだ。ふふ。ごめんね、馬鹿にしたとかじゃなくて、単に、あんまり恋愛系とか興味ないのかなって思ってたから」

「うん? 謝らなくてもいいけど、まあ、人並みにはある、よ?」


 たわいない話に混乱も収まってきた、と言うところでまたなんだか話が怪しくなってきた気がする。姉もコイバナが好きなのか。いや、妹はあの話の流れにするために?


「そうなんだ。でも少女漫画初めてならそのチョイスはいいかもね。過激なとシーンもないし、初心者向き」

「過激なシーン……」

「あー、顔赤くして。ふふ、可愛いね」

「うっ。こずちゃんの方が可愛いから」


 私も読んでいた限りではそう思っていたけど、でも、キスを思い出してしまう。漫画だと普通に流していたキスも、現実にするとものすごくドキドキして小学生には過激なんじゃないかと思ってしまう。

 思い出して赤くなってしまう私に、こずちゃんがからかってくるけど、でも、キスを過激じゃないと笑う方が可愛いと思う。だってまだあのドキドキを体験していないからこそ無邪気にキスぐらいと言えるのだ。


「えっ、そ、そう? へへ、照れるなぁ」


 と普通に可愛いと思ってだけど、ちょっと皮肉っぽくなってしまったかな? とも心配したのだけど、幸いこずちゃんは普通に受け取ってくれた。


「あー、あのさ、ハルちゃんって、恋人とか、欲しいとか、そういうの思ったりしてるの?」

「え? うーん、まあ、ない、では、ないけど。こ、こずちゃんこそどうなの? 恋人すでにいてもおかしくないけど、いるの?」


 聞かれると嘘をつくのも不誠実な気がして答えてしまう。これは駄目だ。と思って私は自分から話をふることにする。コイバナが好きなら自分のを話すのでいいだろう。


「えっ、こ、恋人とか、いないし」


 自分が聞かれると思ってなかったのか、こずちゃんは照れたように頭をかいた。自分が言われると照れるなんて、ちょっと可愛い。あれ、もしかしてコイバナって聞く方は楽しい野かも?


「そうなんだ。こずちゃん明るいし積極的だからモテそうなのに」

「そう? ……ふふ。ハルちゃん、積極的なタイプが好きなんだ?」

「えっ、わ、私の好みになるの?」

「だって、そこがモテそうって思うってことは、ハルちゃんも魅力的だって思ってくれるポイントってことでしょ?」

「そ、そうなのかな」


 楽しいかも、と思ったところで急角度で自分に戻ってきてしまった。つ、強い。

 どう反撃すれば、と思っているとコンビニが近づいてきた。今日のところはちょっとね、これでコイバナは終わりと言うことで。いやー、今日は一日でだいぶコイバナの経験値つんだんじゃないかな。


「もうコンビニだね。じゃあ、ここまで送ってくれてありがと」

「あ、えっと……せっかくだし、もうちょっと付いて行こうかな」

「えっ!?」


 そんなことある? と思って結構びっくりした声がでてしまった。するとこずちゃんはちょっとしょんぼりした顔になってしまう。


「……嫌? さっきは徹にゆずったし、もうちょっと話したいっていうか」

「い、嫌ではないよ。ごめん。ちょっとびっくりしただけで」

「じゃ、行く」


 そう言ってこずちゃんはコンビニを素通りした。もしかして私の家まで送ってくれる感じなのかな? こずちゃんの家はそう言えば共働きだから門限厳しくないんだっけ。


 こうしてもうちょっとこずちゃんとお話しすることになった。

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