第二話 その姉との距離感

 私は……弱い。まさかこんな展開が待っているなんて。こんなことなら少女漫画なんて読むんじゃなかった。

 でもサキがコイバナ好きでこのタイミングをはかってたなら……うん? サキが初めからそのつもりだったと言うなら、もしかして、本当に、本気で私を好きでさっきのは告白だった可能性があるのでは?


 ……そうだとしたら、どうすればいいんだろう。


 トイレに行ってもそのまますぐに戻ってどうすればいいのか決めきれなくて、私はそのまま台所による。コップを借りてウォーターサーバーから水をもらう。

 結構この家に来て勝手知ったるとはいえ、さすがに許可をとらずに冷蔵庫をあけるほど非常識ではない。


「ふー」


 水を飲んで隣のダイニングのソファに座る。うーん。ふかふか。

 ダイニングはテレビが大きくてゲーム機が置いてあって、漫画に飽きた時に利用しているので、ここもなれてはいるのでわが物顔で座らせてもらおう。


「ただいまー。あ、晴美ちゃんじゃん。今日も来てたんだ」

「姉崎、おかえり」


 じっくり考えよう。と思ったところで姉崎が帰ってきた。サキの姉で、私のクラスメイト。

 前は仲がいいわけじゃないけどお互い顔と名前は知ってて、名字の山崎が気に入らないから名字で呼ばないでと自称しているのは知ってる程度の知り合いだった。


 サキの家で初めて姉妹と知って、そんなに親しくはないのに名前で呼ぶのも抵抗あってなんとなく流れで姉崎と呼んでしまった。

 それが受けて面白がられたのでそれからずっと姉崎と呼んでいて、なんとなく学校でも絡む程度には仲良くなった。


「晴美ちゃん、徹はどうしたの?」

「サキなら図書室だよ」


 サキもまたあだ名だ。下の名前の徹が男の子みたいだから山崎からとってサキと呼んでくれと言われていた。下の名前っぽいけど、名字からだからまあいいかな、とこれは最初から呼んでいる。


「そっかー、仲いいねぇ、二人とも」


 そう言いながら姉崎は冷蔵庫から飲み物を出してコップに入れながら、すっと私の隣に座って話をする流れになった。

 とりあえず後で戻った時に時間かかった言い訳にもなるしいいか。


「まあ。姉崎はどっか行ってたの?」

「宿題しに友達の家行ってたー。晴美ちゃん夏休みの宿題ちゃんとしてる?」

「午前中にちょっとずつしてるよ。もうほぼ終わってる」

「さっすがー。えー、読書感想文もした?」

「それはまだ。あれ苦手」

「そうなんだ? 私も苦手ー。ふふふ、おそろだね」


 姉崎は明るく笑った。姉崎は友達が多くて、と言うかクラスみんな友達くらいのノリだ。私はそう言うノリが苦手だったけど、いざこうして仲良くなって見ると姉崎は言動こそなれなれしいけど気軽にスキンシップしてこないし、案外付き合いやすいタイプだった。


「姉崎も苦手なんだ。意外かも」

「そう? 勉強苦手そうってよく思われてるけど」

「そんなことないでしょ、姉崎は頭いいじゃん」

「え? 通知表とか見せたことあったっけ?」


 苦笑していた姉崎は私の言葉にきょとんとして不思議そうに首を傾げた。姉崎が頭悪そうに見えるって言う人がいる方が私には不思議だ。


「ないけど、見てたら頭いいのわかるって。空気読んで気ぃつかうとことか、人とのうまい話し方とか、頭よくないとできないじゃん」


 私は交友関係が狭い方だ。だからこそ、色んな人と仲良くしてそれぞれの距離感とか付き合い方をちゃんとできるって、頭よくないとできないってわかる。

 誰と話しても相手を笑顔にしている話が上手な姉崎なので、自分の考えを文章にしてまとめる作文も上手だと思うのが自然だろう。でも苦手だったらしい。お世辞じゃなく普通に意外でしょ。


「……よく見てるね。あはは、晴美ちゃん私のことめっちゃ好きじゃーん」

「なにそれ。好きだから、そういうからかいはやめてくれない?」

「え? あー、……ごめん。褒められて恥ずかしくて、つい。その、私も晴美ちゃんのこと好きだから、許してくれる?」


 さっきのこともあり、ついイラっとして強めに拒否ってしまった。すると姉崎は罰が悪そうに頭をかいて照れたように頬を染めながら上目遣いに謝罪してきた。

 うーん、謝り方もそつがない。可愛らしくて、こっちが申し訳なくなる。いや実際、強く言いすぎたかも。


「いいよ。別に怒ってないから」

「ほんと? よかったー」


 ほっと胸に手をあてて喜ぶ姉崎に、私もほっと胸が温かくなる。


「えへへ、なんか恥ずかしい会話しちゃったね。恥ずかしいついでに、思い切って言うんだけどさ」

「え? な、なに?」

「私のこと、そろそろ名前で呼んでよ。いつまで姉崎なの?」

「あ、あー……」


 照れ顔のまま言われて、サキのこともあって思わずドキッと動揺してしまったのだけど、そんなわけなかった。姉妹から同時に変に迫られるわけない。

 姉崎の名前……なんだっけ? 三文字で、ぜぇー、みたいに呼ばれていたような。漢字はなんとなく思いだせるけど、最初の読めなかった記憶しかない。やばい。この流れでは言い出せない。


「今更恥ずかしいって。いいじゃん、姉崎で」

「よくない。それだと、私が徹のおまけみたいじゃん」


 ぐっと顔を寄せて言われた。サキみたいに無遠慮に肌を触れさせたりはしないけど、それでも顔は近い。サキより元気そうな爛々とした瞳がきらきらしている。


「そんなつもりは……サキのことも実質名字呼びみたいなもんだし、誰かを下の名前で呼ぶことないから」

「まあ他の子のことも名字で呼んでるし、それは知ってるけどさ……。でも、私のこと好きなら、名前で呼んでくれてもよくない? それとも嫌なの?」

「……」


 この姉妹、似すぎじゃない? タイプ違うと思ってたけどこういうとこ似てるんだ、へー。ってちょっと面白がってる場合じゃない。


 今まである程度仲良くなったからって改めてこんな風に呼び方をあらためるように言われたことはなかった。でも、まあ、確かに仲良くなったし下の名前で呼ぶのが嫌ってほどではない。これ以上拒否は怪しいかもしれない。

 何か、自然に名前を姉崎の口からひきださないと。


「えっと、じゃあせめてあだ名とかはどう? なんて呼ばれたい?」

「えー、私三文字だしあんまりあだ名で呼ばれることなんだけど」

「じゃあ、私だけが呼べるあだ名ね」

「……そこまで言うなら、こずちゃん、とか? いや、やっぱはずいって! ちゃん付けはガラじゃないか!」


 それを聞いて思い出した。こずえだ! 梢とかいてこずえって読むんだ! あー、すっきりした。


「いいじゃん、こずちゃん。可愛いし、合ってるよ」


 姉崎本人が人に対してだいたいちゃん付けだし、自然だと思うけど、そう言えばクラスでちゃん付けされてるのあんまり見ないかな? 意識しないけど。

 それより私の方が人にちゃん付けしないので正直恥ずかしいけど、まあ、名前を忘れてたの誤魔化せたししょうがないか。自分がちゃん付けされるのは親からされるからなれてるし、お互いちゃん付けならしょうがないでしょ。


「そ、そう? なら、いっか。えへへ。じゃー、晴美ちゃんのことはハルちゃんって呼ぼうかな」

「え、まあいいけど」

「やったー。ハルちゃん、これからもよろしくねー」

「わっ、ちょっ」

「先輩! お姉ちゃんとなにやってるんですか!?」

「うわっ!」


 こずちゃんがにっこり笑って抱き着いてきた。つい身を引いても避けれない勢いで、危ないなぁと文句を言おうとしたけど、その前にソファの後ろから飛び出す様にでてきたサキに大きな声が出てしまった。


「び、びっくりしたー」

「びっくりしたじゃないです! 私を置いて、お姉ちゃんとなに話してたんですか?」


 サキはそう言いつつぷんぷんしながらこずちゃんと反対側から押し込むように座ってきた。二人用ソファなのでだいぶ

狭い。


「なにって、別に、宿題したかとか? そう言えばサキは宿題してる?」

「うっ……し、してますけど?」


 露骨に目をそらされた。そう言えば冬休みの宿題もお正月終わってからやってたな、この子。


「徹、もう八月すぎたし半分は終わらせておかないと。お盆になったらおじいちゃん家に行くのに持ってくつもり?」

「もー、お姉ちゃんうるさい! だいたいなんで先輩に抱き着いてるの!? 先輩は私の先輩なんだから触らないで! 離して!」

「はいはい。わかったわかった」


 私にはいつも従順で可愛い後輩のサキだけど、姉に対してはどこかつんつんしている。そんなサキになれているようで、こずちゃんは苦笑して私から離れた。


「行きますよ、先輩」

「わ、わかったからそんなに引っ張らないでよ」


 それを確認してから私の腕に抱き着くようにしてぐいぐい引っ張るサキに、私は引きずられるようにソファから立ち上がる。


「ハルちゃん、またね」

「うん、またね」

「もう!」


 最後だし挨拶をしただけなのに、またサキは怒ってずんずん私を引っ張ってさっきの部屋に戻らされた。

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