後輩とその姉であるクラスメイトに迫られる話

川木

第一話 後輩からのアプローチ

「先輩、今どのへんですか?」

「んー、ここ」


 漫画を読んでいると私の進み具合が気になったらしい後輩のサキが覗き込んできた。ソファに隣り合って座って読んでいたので、肩をべったりくっつけて腕の素肌の部分が触れ合っている。クーラーがきいているとはいえ夏だから暑苦しいし、ちょっと気持ち悪い。

 あんまりべたべたするのは好きな方じゃない。でもサキとは去年同じ委員になってからの付き合いで仲のいい相手ではあるし、避けるほどでもないからそのまま漫画を見やすいように寄せてあげる。


「あ、ちょうど付き合うシーンですね。一緒に読んでいいですか?」

「え? タイミングめんどいし、読み終わったら渡すよ」

「あわせますよ。私二回目ですから。さ、どうぞどうぞ」

「えー……まあいいけど」


 相手がどこまで読んでるか気を遣うし、自分のペースじゃないと話に集中できないのでやめてほしいのだけど、こうも言われたら断りにくい。

 そもそもここはサキの家で、サキの親の所有物である本を読ませてもらっている状態だ。私が先だ、とは言いにくい。


「……」


 仕方なく手元に戻して読み進める。右腕にべったりくっついているサキがやや重い。

 主人公が告白を受け入れたところだった。少女漫画は今まで読んでこなかったけど、主人公がいつもまっすぐなので話が早くていい。だけど一巻で早々に恋人になってこれからどうなるんだろう。


 次はデート回かと思いきや、テスト前だからと二人は勉強会をはじめた。真面目だな。まあそれ言ったらそんなに危ないテスト前に告白してる場合なのかと思うけど。

 と思っていると、なんやかや葛藤の後、二人はキスをした。展開が早いなぁ。コメディな流れがありつつ二人の感情が盛り上がったのもわかるし不自然さはないし面白いけど、これこの先どうなるんだろう。


「先輩は、キスしたことあります?」

「へ? な、ないけど」


 別にキスシーンを一緒に見たからって気まずくなるほど子供じゃないけど、呼んでいる最中に隣から囁くようにしてそんな質問されるとドキッとしてしまった。


 漫画で見る分には恋愛シーンも面白いけど、いまのところ私は自分が誰かを好きになったことはないし、自分が恋人をつくりたいとも思ってなかった。

 同じクラスで恋人がいたりするのも知ってるけど、私が恋人をつくったりキスをするのはもうちょっとお姉さんになってからだろうなとなんとなく思う。


「ふーん。そうなんですねー。興味とかはあります?」

「えー、なに、今日そう言う感じの話がしたいの?」

「今日とかってわけじゃないですけどー、ようやく少女漫画に手を出してくれたので」


 重ねて質問されて面倒になって顔をあげて尋ねると、サキはどこか悪戯っぽいような笑顔から拗ねたような顔になった。


 サキの家はご両親とも漫画好きで一部屋丸々漫画で埋まっている部屋がある。と言うことを教えてもらい今年の春休みから入り浸り、夏休みの今。今まで少年漫画ばかり見ていたけど、タイトルだけ見て気になるのは一通り見たのでサキおすすめの少女漫画を教えてもらったところだ。

 確かに最初にも少女漫画を進められていたけど、好みじゃないのにスルーしていた。それが今ようやく私がその気になったからテンションがあがっているんだろうか。コイバナとか好きなのか。知らなかった。


 そしてそう言う風に言われると、あんまりすげなく拒否するのも申し訳なくなってくる。


「まぁ、興味がないではないけど……」


 恋愛に興味がないわけじゃない。恋人がいる同級生を大人っぽくていいなとも思う。でも、自分の身になって考えると途端に恥ずかしいし、まして後輩のサキにそれを言うのって、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 そのせいではっきりしない言い方になって、なんかよけいに格好悪い。


「そうですか。へー」

「なに? にやにやして。からかってる?」

「いえいえ。そう見えたらすみません。ただ、私も、興味があるので」

「そ、そう……まあ、そうだろうね。私たち、お年頃だもんね」


 にやにや見られたので睨むと、サキはどこか照れたような顔になった。その顔は今まで見てきた後輩の顔じゃなくて、女の子って感じの可愛らしい表情で、なんだか戸惑ってしまう。

 睨んだのが申し訳なくなってごまかす様にそう言うと、サキは身を乗り出す様に顔をよせてきた。


「……先輩、よかったら、その、してみませんか?」

「え? なにを?」


 こうして間近で人間の顔を見ると、眼球って綺麗なものなんだな。光っていて、白目部分もつるっとしていて、と考えていたのでふっと息をこぼすように言われた言葉の主語がなくて察せなかった。

 恋愛に興味があると言う話から急に、してみよう、と言われても。困りながら尋ねると、サキは一瞬ムッとした顔をしてから真顔になってさらに顔を寄せてきた。


「っ!?」


 勢い良くて鼻がぶつかるかと思って背もたれにもたれるように逃げたけど、それ以上逃げられなくて、おでこも鼻もすれすれになる。

 こんなに顔を誰かと近づけたのは初めてだ。親とならあるんだろうけど、記憶がないような幼少期のことだ。


 サキの息遣い、存在感、そう言った圧が私に覆いかぶさるようで、なにか、妙な感覚だ。触れ合ってすらいなくても相手の存在が自分の存在の一部を上書きしているような、浸食されているような、そんな感じがするものなのか。


「……決まってます。キス、です」

「ええっ!?」


 そんな圧に戸惑いながらもサキとしばらく見つめあっていると、意を決したようにサキが顔を赤くしてそう説明してくれた。

 くれたけど、意味はわかったけど、さすがにびっくりしすぎてすぐに返事はできなかった。


 だって、キスって。いや、言われたら恋愛に興味があるかじゃなくて最初からキスに興味があるかと聞かれていた。そう考えると文脈はおかしくない。でも、キスって。


「ふふっ、ど、動揺しすぎじゃないですか?」

「い、いやいや。動揺するでしょ、それは。キスって、それは、好きな人とすることだし」

「先輩、私のこと嫌いなんですか?」


 どこか楽しそうに質問される。慌てている私を楽しんでいるのか。ただからかっているだけなら、やめろってとあしらえばいい。だけど笑っていてもサキの目は真剣味があって、そう軽く言えない何かがある。


「好きだけど、そうじゃなくて」

「私とキスするの、嫌ですか?」

「嫌とか、そういうのじゃなくて……」

「じゃあ、いいですか?」

「……」


 こんなの、罠だ。好きかとか嫌とか聞かれたら否定するしかないじゃないか。サキと私の仲で、嫌いなわけなくて当然好きで、肌が触れ合うのを許している時点でスキンシップを許すくらい気を許しているんだ。

 例えば漫画みたいに転んだ拍子にキスをしたら全然大丈夫だよ。何にも問題ない。と答えられる相手だ。気持ち悪いと口を拭いたりしたりもしないでいいだろう。


 いやでも、この流れでキスしたら絶対変な感じになるじゃん!?


「さ、サキは、私のこと好きなの?」

「……私のこと、なんだと思ってるんですか? 好きでもない人相手に、こんなこと言いません」


 うっ。そ、それはそう。え、もしかして断る理由がない? え? キスするしかない? え、え、え、え?


「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるっ」


 逃げた。


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