第12話 ハイムの優しさ

その日の夕方。

支倉ハイムは学校から帰宅すると、いつもなら机に向かって取り掛かる受験勉強には手をつけなかった。


ドサッ


と音がして、ハイムは自室のベッドに倒れ込むように突っ伏した。

「告白されてしまった」

腕を伸ばしてギュッと枕を抱きしめて、今度は仰向けになった。

「驚いたなぁ~!」

ハイムは本当はとても驚いていたのだった。よく話す穂谷野が好意を寄せていて、嬉しい気持ちもあったが、本当は何より驚きが勝っていた。

「穂谷野君が私を好きになっちゃったんだ…」

ハイムは穂谷野に初めて教室で出会った日を思い出した。それは4月の頃だった。穂谷野は身体が大きいだけで男子達の輪の中ではあまり目立った存在では無かった。

「ちょっと嬉しかったな。最初に会った時は柔道部かと思ったな…」

携帯電話にメッセージアプリには、北条セナや女子の友達が何人か登録されている。学校にいる間は回収されていて触れないし、必要とも思えないから穂谷野と連絡先交換はしなかった。

「穂谷野君は受験勉強のほうが大事だってわかっているのに、気持ちを伝えてくれたんだよね」

ハイムは、単純に「嬉しい」と言って良いのかよくわからなかった。たとえば旅行のお土産を貰った時だって、受け取ったまま御礼が出来ないのはいけない気がするのだ。

「穂谷野君が行きたい高校に合格できたらいいな」

今日は勢いで穂谷野を自分とセナの勉強の輪に入れたが「間違ってはいない」と自分自身に念を押した。


ハイムは携帯電話のメッセージアプリを開くと、セナに、

「今日は突然穂谷野君を勉強会に混ぜちゃってゴメンね。あれから悩んだけど、穂谷野君にも行きたい高校に合格して貰いたいから、今後も一緒に勉強したいな」

と送った。


ハイムは送った後で、セナが「嫌だ」と言ったらどうしようかと思った。確かに、親から日根野谷高校への志望校変更を打診されてから、少しずつ、長空北高校を志望するセナからは心が離れつつあるかもしれなかった。


メッセージを開いたセナも悩んだ。学校では了承したものの、長空北高校を受験する繋がりでハイムと親しくなった。二学期からコツコツと信頼されて今がある。そこにハイムを好きという理由で穂谷野が横から入って来る。


それでもセナは、よく考えてから、

「一人ではやる気が出ない日は、ハイムが隣で黙々と勉強していると『やらなきゃ』って思えるよ。それが既にハイムに甘えていないか心配だったから、ハイムが『勉強の輪を広げたい』って思っていてホッとしたかな」

と少し曖昧な言い回しにして伝えた。


ハイムは、「勉強の輪を広げたがっている」と思われた事が少し自分の心境とズレていると思った。穂谷野を思いやっての事だったから。ただ「むしろ案外そういう事なのかな」とも思えた。セナ然り自分に好意を寄せる者の合格を今後も願って、勉強の輪を広げるというのは今この場で二人で出した答えとも思える。


ハイムは、

「ありがとう!そう言ってくれて、助かるよ!」

と送った。


そして遅ればせながらこの日の受験勉強に取り掛かったのだった。この日は英語の問題集を解いた。夏休みに夏期講習で習った文法の復習問題だ。夏休みの頃は部活動が終わって、部活の友達と少し疎遠になって、友達がいなくなるような不安な日もあったかもしれない。部活動は女子テニス部になんとなく入部して、先輩後輩の軋轢に耐えながら何とかやり切ったものだ。いま部活の友達とは、教室で少し話すくらいになった。


問題集を一問一問解いていると、親から打診された日根野谷高校への受験が頭にチラつく。このまま無難に高校受験を終えれば問題なく合格するであろう長空北高校と、日々問題集の正解率を気にしながら模試の高得点を毎回目指さなければならないハイレベルな日根野谷高校。ハイムは偏差値の高い高校に闇雲に行きたいわけではないが、親が頑張れと諭してくる。


セナが晒されている高校受験とは後者だ。志望校は長空北高校だが。ハイムは、自分が止まり木のようになって、セナや穂谷野が勉強をしたり、勉強するぞと奮起したりする事が全く嫌では無かった。もちろんハイムのような好成績者が全てそのような心意気ではなく、むしろ稀有な存在かもしれない中で、ハイムはそうだった。


夜。

寝る前に携帯電話を手に取ってみると通知が来ていて、よく見るとメッセージアプリにセナから返信が来ていた。

「前田も仲間に入れて欲しい」

セナはあのやり取りの後で悩んで、よしとを輪に入れて欲しいとお願いしていたのだった。ハイムは、明日学校で直接話そうと思い、器用に未読スルーのまま携帯の電源を切った。


ハイムは、よしとだけは胸がチクりとするのだった。よしとは、熊谷のようなイケメンではないが風貌が男らしく、少し狡すっからい所もある。それが話しかけられる度にじわりじわりとハイムに伝わっていた。ハイムは明確にそのような日本語でよしとを認識しているわけではないが、何かがもどかしく感じられるのだった。よしとは男子である前に人であると思いつつも、どうしても「前田君は男子だから」という感情が先立つのである。


次の日の朝。

ハイムは学校に行くと真っ先にセナに話しかけた。

「前田君もいいけど。どうして?」

セナは、照れくさそうに笑うと、右手をハイムの耳元に当てて小声で、

「受かったら同じ高校だから」

と言った。

セナはそれ以上言わなかった。


ハイムは「もしかしてセナは前田君が好きなのかな」と思ったが、

「前田君が『いいよ』って言ったらねぇ~!」

と言った。

セナはクスクスと笑うと、

「ありがとう!」

と言って喜んだ。セナのショートカットの髪が揺れるように動いて、何かに安心したような表情を浮かべる。ハイムは、受験勉強の事以外で何か悩みがあって、セナはホッとしたのだろうかと思った。

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GLORIA 藤倉崇晃 @oshiri-falcon

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