第3話 前田君に話しかけた
午後のプログラミング実習の時間。
コンピュータ室の空調の音が微妙に聞こえるものの、雑談のような声も聞こえてくる。前回授業の続きで、お掃除ロボットのシミュレーターで最適なパラメータを探す演習時間だった。
支倉ハイムは、
「奥が深いな」
と思って黙々と作業していた。掃除面積だけでなく、バッテリ残量や壁際のきれいさ等の多面的に実行結果を評価し、トレードオフについて考える。ハイムは様々なパラメータを試して総合的に判断しようとした。
男子達の声が聴こえて来た。笑いながら、お掃除ロボットのパラメータを様々に変更して、シミュレーション結果を楽しそうに笑い飛ばす男子達の声。「掃除になってねぇ」とか「力尽きんな」とかツッコミを入れて遊んでいた。
ハイムは、
「前田君の笑い声が聴こえないな」
と思って、パソコンの画面から首をクルッと振り返って、後ろに座っている前田よしとの座席を見た。
画面を真剣な眼差しで見つめるよしとの顔が見えた。ハイムは「ちゃんとやっているな」と思った。優等生のハイムと同じ高校を受験するだけあって、真面目な性分である事がよくわかる。ハイムは、北条セナに言われた通り、今日は自分から話しかけようと思った。最近自分によく話しかけるよしとが、苦手なような、苦手じゃないような、モヤモヤがあって。
しばらく目をくれていると、穂谷野の座席が目に映った。穂谷野も真面目に演習を行っている。ハイムは穂谷野の座席まで歩いて行って、話しかけた。
「穂谷野君はイイ感じのパラメータが見つかった?」
穂谷野は驚いた。
そしてハイムの嬉しそうな顔に戸惑いながら「えぇっと…」と言う。
穂谷野は、
「うん!このパラメータ設定が一番良いかなと思う!」
と言うと、シミュレーションの開始ボタンを押して様子をハイムに見せた。お掃除ロボットはゴミをキャッチすると周辺をくまなく掃除する。キャッチしたゴミが知識で、周辺を探索する事は知識利用と言われる挙動だ。穂谷野は優等生のハイムに話しかけられて嬉しかった。
ハイムは、
「わぁ~!凄い!これは凄い!」
と喜んだ。
穂谷野は、
「いやぁ~!支倉さんに褒められるほどじゃないよ!」
と謙遜した。
見せて貰えた御礼に、ハイムは、
「バッテリー残量がやや少ないかもしれないね…」
とアドバイスをしてあげた。そして穂谷野の友達にも愛想よくして、また自分の席に帰って行った。
セナは近所の女子達と話し合いながら、最適なパラメータ設定を探している様子だった。
授業が終盤になり、クラス全員で結果の見せ合いや討論の時間になって、様々な意見が飛び交った。
穂谷野はシミュレーション結果をクラス全員に説明した。
討論が終わると、担当の技術家庭科の先生が、
「何か疑問に思った事がある者はいるかな?」
と言った。
よしとが、スッと手を伸ばして、
「実際に開発の仕事をしている人もこのようなシミュレータで研究しているのですか?」
と質問した。
先生は、
「良い質問だなぁ~!このソフトウェアは教育用だなぁ~!」
と苦笑いだった。
そしてベルが鳴り、プログラミング実習は終わった。
授業が終わると6限目の数学を受ける為に、また教室に戻る。
廊下で、セナはハイムに、
「真面目にやると凄く疲れる授業だったな~!」
と言った。
ハイムは、
「コンピュータは難しいよね…」
と言って笑った。
その前方を、よしとがノッシノッシと歩いていた。友達を横に並べて廊下を歩く背中が揺れている。
ハイムは、少し小走りにタタタタと歩くと、よしとに、
「前田君!頑張ってたね!先生に質問して真面目だね!」
と言った。
よしとは、クルッと振り返ると、
「内申点狙いとか言われますか?」
と、どこか頓珍漢な事を言って来たのだった。
ハイムは、
「違うよ~!」
と言うと、セナが駆け寄って来て、
「前田!お前が謎だってハイムが気にしてたぞ!」
と言い浴びせた。
よしとは「さいですか」という顔をして、
「う~ん…もっと成績良くなりたいです…」
と言った。
ハイムは「それで話しかけて来るようになったんだな」と思った。
穂谷野は一部始終を後ろから眺めて「支倉さんは勉強の出来る人のグループなんだなぁ」と思った。穂谷野は熱心に取り組んでいた剣道部を引退して、受験生に成るや否や、勉強の出来る、出来ないという価値尺度に放り込まれたものの、不満も無く、またひたむきに努力できる性分だった。
穂谷野は思い切って、割り込むようによしとに話しかけた。
「前田君は男子バレーボール部の活動も頑張っていたよね…勉強も出来るなんて羨ましいな…」
よしとは、笑って、
「からかわないでくれ」
と言う。
「からかってないよ」
「そっか!それ最近言われるようになったんだ!」
よしとが司令塔(セッター)を務めた男子バレー部は夏の都大会で抜群の成績だった。途中で敗れて全国大会出場は至らなかったが。
「バレーボールは高校でも絶対続けるからな!」
よしとが自信満々にそう言うと、穂谷野は笑顔になった。穂谷野は「支倉さんは、前田君みたいに文武両道の人が好きなのかな」と思った。
ハイムは、よしとの事がなんとなくわかったのだった。
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