第2話 前田君に話しかけてみよう

給食の時間。


献立通りの学校給食が中学生3年生・支倉ハイムの昼食だ。配膳は列をなして当番から受け取る。ハイムは配膳を自分の席に運ぶと椅子に腰かけて食べる時刻を待った。




【献立】


白飯


チーズタッカルビ


トックとわかめスープ


バナナ




トックスープは浮かんだワカメの美味しそうな匂い♪


顔を覗かせる脂の乗ったウインナー♪


チーズタッカルビは頼んで少量に(辛かったら嫌だなと思った為)♪


白飯も綺麗なお米の白♪




学校給食にハイムはソワソワしていた。校内放送の音楽に合わせて踊る心で、思わず話しかけるように給食を眺める。スプーンを手に取ってスープをかき混ぜてしまいそう。それは行儀が悪いかな。




そういえばハイムの好きな女性アーティストの新曲が先日リリースされた。まだダウンロードして聴いていない。長空第一中学で携帯電話は登下校中のみ携帯できる。校内では、朝のホームルームで教諭が回収する。家に帰ったら聴こう。




ナキムシ~な♪私の~♪頬を~♪つたう~♪




ハイムは鼻歌を思わず歌いそうになる。




ハイムがふと正面を向くと、班で向かい合わせになった男子がハイムを見ていた。「なんだろうな?」と思ったハイムがニコッと笑うと、男子は、




「支倉さんは嬉しそうに給食を眺めるよね…」




と言った。




ハイムはケラケラと笑って、




「お腹減ったもんね~!」




と言う。




ハイムは、




「チーズタッカルビが辛かったら嫌だね?」




と会話を続けた。




「僕は辛いの嫌いじゃないよ…」




「え~!羨ましい!」




ハイムは、人から話しかけられると嬉しそうにした。日頃はやや寡黙なハイムも、給食の時間は明るかった。




食べる時刻が近づくと配膳を済ませた男子の集団がガヤガヤと騒がしくなった。その騒音の中に前田よしとの声が混じっていた。




ハイムは急に静かになった。




前田よしとの声が聴こえて来た。




よしとは班の男子達と雑談をしていて、ハイムに話しかけた訳ではないのだが。ハイムはよしとの声が聴こえると急に大人しくなって、また独りで給食を眺めた。




「支倉さん。バナナは好きですか?」




「…え?」




「バナナ好きですか?」




「…うん」




「聞いただけ!」




ハイムは「あははは!」と笑って、また雑談を始めた。




「穂谷野君はチーズタッカルビが辛くても平気なんだね!うんと辛かったらあげるね!」




「ありがとう!」




「バナナはあげないよ~?」




「大丈夫!」




ハイムはまた「あははは!」と笑った。




穂谷野は剣道部だったが、よく柔道部と間違われる男子だった。それから周辺の生徒達を交えて楽しく談笑した。あと半年程このクラスの友達と中学校生活を送る。皆、爽やかな笑顔だ。




するとまた、よしとの声が聴こえて来た。昨日見たテレビ番組の芸能人の真似をしている。「前田はそんな時間にテレビを見ているのかよ」と聴こえてくる。「こいつ勉強できるのにふざけてるよな」と言われているのが聴こえてくる。




よしとが通っている塾は長空駅前の集団授業塾だ。長空北高校への合格実績も良い。よしと自体も定期テストの学年順位が一桁だし、おそらく合格するのだろう。




「支倉さんは学年1位だっけ?前田君も頭いいけど…」


「…うん」


「前田君と同じ長空北高校でいいの?」


「…う~ん」


「あ…ごめん。楽しい給食の時間に…」


「…いいよ穂谷野君。穂谷野君も勉強頑張ってね」




そして食べる時刻になった。




ハイムはバナナから食べた。




チーズタッカルビは適度な辛さだった。




穂谷野は秘かにハイムの事が好きだった。勉強が出来て、大人だなと思って。好きと言っても、心臓が口から出るような感覚の高揚というよりは、むしろ穏やかな熱の自家発電だった。給食を眺めるハイムを眺めて心を癒していた。一足早く冬服を着始めたハイムが可愛い。




午後の授業は技術家庭科だ。この時期はプログラミングの授業だ。席が近いため一緒に作業する事もある。




「支倉さん。プログラミングが上手く行くといいね」


「えぇ~?」


「午後のプログラミング」


「そうだね!」


「いつも黙々と作業しているけど、たまにわからなくなるじゃん…」


「…うん」


「あ、ごめんね。お節介…」


「穂谷野君。ありがとう!」




ハイムは食べ終わると、配膳を片付けて、昼休みは北条セナと図書室に行った。まだ夏服のセナは渡り廊下を上履きで闊歩しながら「昼休みの少しの時間だけど勉強するぞ」と意気込んでいた。少し前まで部活動の仲間と親しかったハイムは、9月から同じ高校を受験するセナと急速に親しくなって、仲良くしている。




渡り廊下の窓から見える中庭。


長空第一中学の風景を見るのも後半年間かと思われた。




ハイムは、来春からの高校生活が少し気がかりだった。




「セナ…前田君と仲良いの?」


「前田は!中1からずっと同じクラスの腐れ縁だよ!」




ハイムは、ふと立ち止まって下を向いた。それで最近特に私にも友達みたいに馴れ馴れしいのかなと思った。




「…どしたの?」




ハイムは悩みを打ち明けた。




前田君と特別親しくするつもりは無いのだけど、それじゃ凄く失礼だよね?




セナはキョトーンとして、




「そんな事を悩んでいるの?」




と言った。




そして、右脚をサッカーボールを蹴るように空振りさせて、




「蹴っ飛ばしちゃえ!」




と笑った。




「私は中2の時に一回蹴とばして注意されたよ」




「本当に?…でも前田君って背が高くて少し怖いよ」




「あぁ!そっか!前田は中2の時は背がまだそこまで高くなかったんだ!」




「どうしよう」




「う~ん!思い切って仲良くなってみたら?」




「えぇっ?!」




「思い切って仲良くなりなよ!思い切ってハイムから話しかければ怖くなくなるよ!」




「…あぁ~そんなものかな~…わかった!やってみる!」




セナは、ハイムの本当は気さくな性格を見抜いてアドバイスをした。皆で長空北高校に合格すれば行った先で同級生になるかもしれない。仲は良い方がよかった。




ハイムは、




「音楽について聴いてみる!」




と言って笑った。

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