第2話 双子と思い出


 宮の中は、酷い有様だ。全ての家具がない。全部、今までの使用人が、売ったのだろう。


「見つけた」

「……」


 怯えてる。僕が何かすると……ああ、エレだったら、あの可能性がある。


 僕からもらったものを奪われて、怒られるとでも思っているんだろう。


「エレ、僕があげた指輪してないけど、どうしたの?」

「ぴぇ」


 やっぱり。


「怒らないよ。あんなの、また買えば良いんだ」

「……」


 エレの事もだけど、ゼロもだ。何日も、人工血液を飲んでいないのだろう。あれを飲まないと、貧血になるというのに。


「ゼロ、良いよ」


 僕は、床でぐったりしているゼロを抱きしめてそう言った。


 エレは何度も血を与えていたのだろう。だから、ゼロはエレの血をこれ以上飲みたがらないのかもしれない。


 その予想は的中していたようだ。


 ゼロは、僕の血を飲んで、動けるまで回復した。


「……ぴぇ」

「君もか。指輪の事はほんとに怒ってないから」


「指輪ないと、エレはフォルと結婚できない!」

「指輪ないと、ゼロはフォルと結婚できない!」


 覚えてたか。正直、忘れて欲しかった。


 歳の差とかそういうのは気にしない。気にするのは、僕の家柄。


 ……何も考えずに返事した、自業自得か。


「指輪がないからって、だめなんて言わないよ」

「ふみゅぅ」

「……みゅぅ」


 これだけで喜ぶとは、単純すぎ。というか、ゼロ、君は、恥ずかしいと思うなら、エレの真似なんてしなければ良いのに。


 ……エレは、なにも知らないだろうけど、ゼロだったら、この状況の事もちゃんと答えてくれるかな。


「ゼロ」

「ここにいた使用人が、なにも仕事せず、ここのものを売って遊んでた」

「まだなにも言ってないよ」

「エレとずっと共有してたから」

「そうか……とりあえず、今日は都の宿屋にでも泊まろう。早急に、家具は揃える」

「都……アイス」

「クレープなの!」


 両方却下って言いたいんだけど。言ったら、大泣きで話聞かなくなるか。


 ただでさえ、エレとゼロは、特異体質だから、魔力吸収が多い甘味は避けたいんだけど。


「けほっけほっ」


 ……埃か。あまり、ここにいさせない方が良いね。都に行ってから考えるか。


「とりあえず、都行こっか。今からだと、お昼くらいかな」

「けほっけほっ」

「早く行こ。エレ、苦しそう」

「うん」


 宮の外に出れば、エレの咳は落ち着いた。今までずっと、こんな中で……


「魔の森にゃのに、魔物しゃんいにゃい」

「来るわけないよ。危険だって分かってるんだから」

「……ぎゅぅってちて良い?」

「ここで?それなら、こっちが良くない?」


 エレは甘えん坊なんだ。だから、こうして抱っこすると喜んで……


「(くぃくぃ)……」


 ゼロもか。こっちは、手を繋ぐだけで良いかな。


「……」


 あっ、喜んでる。


「……しゃー!魔物発見なの。危険ー」

「大丈夫だよ。こっちにはこないから」

「ゼロ、離れちゃだめなの。迷子になったら危ないの」


 うん。それは、君がね。今は、こうして抱っこしているけど。エレは、主宮でも、迷子になっていたから。


 ゼロと離れれば、しょっちゅう迷子だよ。……そう考えれば、こうして抱っこしていると安心かな。


 こうしている間は、迷子にならないから。


「……ぷにゅぅ」

「暇?」

「うん」

「もう少し我慢してね」

「うん」

「エレの安心してる姿、久々に見た」


 安心しきって寝そうだよ。今までずっと、安心なんてできてなかったんだろう。


 寝たら、大人しく寝せといてあげるか。


「……やっと都ついた。この姿だと疲れる。もう歩きたくない」

「お疲れ様。ベンチに座って少し休もうか」

「休む」


 かなり疲れてる。貧血だったのもそうだけど、今までろくに休めてないのが、疲れやすくしているんだろう。

 宿屋で休めれば良いけど。特にエレは、環境が変わると、休めないんだよ。


「……アイス」

「だめ。また今度買ってあげるから」

「……クレープ」

「片方に言えばもう片方から来る」

「それ、分かってるなら答えも分かるよね?」


 こくこくと二人して頷く。分かってたか。


「ベレンジェア様⁉︎双子宮へ行っていたのでは?」

「今朝ぶりだね。見回り?」

「ええ」

「そちらのお子さんは?まさか、ベレンジェア様の隠し子⁉︎」


 何言ってんだろう、この脳筋。おっと、こんな事ばかり言っていたから、辺境へ異動命令がきたんだから、言わないようにしないと。

 ……口に出さなければ良いか。


「……しゃぁ」


 ああ、警戒しちゃってる。可愛い。


「初めまして。ゼーシェリオンジェロー・ミュド・ロジェンドです」

「……しゃぁ」


「エレ、警戒も分かるが、挨拶するんだ。それで、外堀から埋めてくんだ」


 全部聞こえてるよ。


「……エンジェリルナレージェ・ミュニャ・エクシェフィーでちゅ。フォルの、お嫁しゃんでちゅ」

「えらいえらい」


 この二人、僕が断れない状況を作ろうとしてるよ。


 リーグとフュリーナも驚いてる。理由は違うだろうけど。


「ベレンジェア様、流石にこれは……まだ、子供ですよ」


 一定の年齢がきたら成長が止まる。僕らにとって、年齢はそこまで意味を持たない。まぁ、子供がこんな事言うのも珍しいけど。


 普通の子供なら。


「二人とも、成人の儀を受けれる年齢だよ」

「ベレンジェア様が、誰の誘いも受けなかったのは、そちらのお姫様方のためだったんですね」

「どうだろうね」

「って、そんな事より良いのですか?双子宮」


 ほんと脳筋。って、そのうち声に出そうだから、思うのもやめておこう。


「この二人が、双子姫だよ」

「えぇぇぇぇぇ⁉︎」

「リーグうるさい」


「ゼロ、エレ達のちらない一面でしゅ」

「エレ、ゼロ達の知らない一面です」


 ぶれないなこの子ら。なんで、こんなに僕を好きになったんだか。


「その、どうして、都へ来たのか聞いてもよろしいですか?」

「宿探し」


「んぉ。フォルじゃねぇかい。久しぶりだな。元気にしっとったか?」


 ああ、またうるさいのが……ん?そうだ。良い事思いついた。


「久しぶり、デューゼ」


 この、身長百八十センチ越えの巨体は、僕の従兄のテンディーゼ。おっと、今は、兄弟という事になってるんだった。


「相変わらず、恐怖心を唆る笑顔だ。元気そうで、安心、安心」

「デューゼ、そんな事は良いから、今日泊めてよ。一晩で良いからさ」

「そん子らも一緒に?」

「うん。事情は屋敷で話すよ」

「……」

「オレぁ構わないが」


 問題はエレ、か。


 僕は、この子に警戒されない理由にもなるんだけど、この子らは、ある研究所の実験体だったんだ。

 ギュゼルの仕事で、この子らと出会った。助けたからなのかな。僕だけは、少しだけ警戒を解いてくれていた。


 けど、まだこの子は、人と関われないんだろう。信じる事なんてできないんだろう。


 ずっと、ゼロに隠れて威嚇している。ずっと、震えている。


 ……これ以上、無理させたくない。だって、エレとゼロは……


 エレとゼロは?大切。けど、それ以上の……思い出せない。


 記憶を持っていられるとは言っても、周期的に全ての記憶が消されるんだ。その原因は、まだ、分かっていない。


 もしかしたら、その記憶に、二人を想う理由があるんだろう。


「エレ、ベッドで寝れるんだ。だから……」

「……(ぷるぷる)……しゃぁ」

「……フォル、双子宮に帰る。また、発作が出るかもだけど……エレ、怖いみたいなんだ」

「ごめん」

「……しゃぁ」


 ゼロ以外の全員に威嚇してる。ここまで無理させてたなんて。


 早く、帰った方が


「……ふぇ……ふみゅぅ」


 えっ、なんで。なんで、涙が。


「なでなでなの。エレ、いっちょいりゅの」

「リーグ、フュリ、見回り中だろう。さぼらずにやれ」

「は、はい」


 デューゼ、僕に気を遣ってくれたんだ。


「……久々に見たな」

「久々……ぁ……」


 思い出した。全部じゃない。けど、エレとゼロを想う理由は、そこにあった。多分、それだけじゃないんだろうけど。


 僕は、二人と契約という名の結婚をしている。結婚という名の契約?二人はどう認識しているんだろうか。


「なでなでなの……」


 特別視されて、軽蔑されて、恐れられて……この子はずっと……まずいな。思い出したら、余計に涙が……これ、エレに心配されるよ。


「なでなでなの……」


 ずっと、なにもせずに言ってるだけって、ほんとに可愛い。


「アンタは、エレ嬢の気持ちが分かりすぎたんだろぉな」

「……エレ、また余計な事しちゃったの?」

「ううん……エレ、僕と手、繋いでいれば怖くない?クレープとアイス買い行こっか。無理なら良いけど」

「行く!」


 ……僕は、この子に似てるんだ。特異なものに生まれて、そういう目で見られて。誰も信じられない。


 けど、僕はそれを徹底的に隠し通す道を選んだ。そうしなければ、生きていけなかったから。人と関わり、信じたふりをする。誰にも弱さなんて見せない。


 そのために、自分で記憶を封じた。思い出したのは、その封じた記憶だけ。他は、思い出せていない。


「一つまでだからね」


 涙を拭いて、僕は、エレに笑顔を見せた。


 もう、心配しないで。僕は、君の前で笑えるよ?

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