第7話 顔がいいと褒められたのです

 悪事を働くにはリスクの高い町で堂々と……かどうかは不明だが、盗みを働いたのであれば、それなりの自信があるということになる。もしかしなくとも、三人の実力はカイルより上だろう。


 本来なら隠れているべきだったかもしれないが、賊を目の前で黙って逃がして怯えていたとなれば、冒険者としての名前に傷がつく。


 ギルドで仕事を請けるにも、本当にできるのかと疑われて紹介すらしてもらえなくなるかもしれない。冒険者として生きていくには、突発的なアクシデントを解決して名を上げるのも重要だ。


 やるしかないか。覚悟を決めてカイルは衛兵に協力すると告げる。三人の男たちは、すでにこちらに気づいている。無関係を装おうにも、目撃者は殺すいう展開になる可能性も十分にある。


 それならば衛兵と協力した方が、幾分かはマシな状況で戦える。上手く捕らえれば恩も売れる。


「俺は冒険者で戦士のカイル。隣は盗賊のサレッタ。あとは……」


「ナナはどらごんなのです。えっへん」


 やはりどらごんだと自慢を開始したナナ。着ぐるみ姿で胸を張り、即座に現れたばかりの三人の男たちを見下ろそうとする。


 当人は威圧感たっぷりの威嚇のつもりかもしれないが、相手からすれば着ぐるみを着た子供が遊んでいるようにしか見えない。案の定、目をパチクリされたあとで、腹を抱えて笑われる。


「おいおい。何の冗談だ。もしかして、俺たちの戦意を削ぐためのマスコットか? だとしたら作戦は成功だな。たっぷり笑わせてもらったぜ」


「むーっ。恐るべきどらごんのナナを笑うと、後悔するのです」


「へへへ。だったら、させてみろよ。ただし、できなかったらおとなしく捕まってもらうぜ? 男の方はいらねえが、そっちの女と嬢ちゃんはなかなかの面をしてるからな。たっぷり稼がせてもらおうか」


 腹立たしい発言をした男たちに憤怒を感じて、腰のロングソードに手をかける。カイルの動きを見て、隣に立ってくれた衛兵も槍を持つ手に力を込める。


「冒険者カイル。協力に感謝をする。だが妻はともかく、子は逃がした方がいいのではないか? その、変わった子供ではあるが……」


 カイルもそうしたいのだが、生憎とその二人が逃げようとしてくれない。それどころか――。


「えへへ。顔がいいと褒められたのです。あの人たちは、なかなか見どころがあるのです」


「そうね。なんといっても、ナナちゃんは私――お母さん似だもんね」


 売られるという部分は聞こえなかったのか、なかなかの面をしてると言われて、満面の笑みで喜んでいる。


 迂闊な反応を注意するべきなのに、一方のサレッタは褒められたと喜ぶナナの姿にでれでれだ。こういうのを親ばかというのだろう。


「ククク、いいねぇ。そうやって客の前でも、幸せそうな笑顔を浮かべててくれよ。そうすりゃ、痛い目にもあわねえだろ。そこに立ってる衛兵と冒険者の男みたいにな」


 瞬間的に場を包む緊張感が膨れ上がる。先ほどまでは戦う気にすらなっていなかったのがよくわかる。


 相手は三人。こちらはサレッタを数に入れて三人。数は互角で実力は向こうが上。町の出入口に近く、周囲には住居がない。物陰に隠れて、死角から敵を狙うのも不可能。まさに四面楚歌である。


 頼りは隣の衛兵だけだが、さすがに三対一では分が悪い。カイルとサレッタが、敵のひとりをなんとか抑え込めても二対一だ。不利な状況には変わりない。


「他の衛兵が戻ってくるのを待つつもりなら無駄だぜ。そっちは陽動班が上手く引き付けてくれているからな」


 布袋を抱えたままの男がニヤリとする。どうやら、三人の中で中央に立つその男こそがリーダーみたいだった。


「貴様ら……どこの盗賊団だ?」


 緊張で頬に汗を流す衛兵が、槍を構えながら中央の男に低い声で聞いた。


「教える理由はねえんだが、死にゆくお前らへの餞別代りだ。俺たちは悪の牙。想像どおり盗賊団だ。それもつい先月、結成したばかりのな」


 中央の男の説明を、その男から見て左前にいる仲間が引き継ぐ。顔を隠していても、外見から三人ともが男なのは一目瞭然だ。


「できたばかりだからって、侮ってもらっちゃ困るぜ。これまで単独で行動していた腕利きの連中が集まったんだ。いわば最強の盗賊団よ!」


「町にある金持ち商人の屋敷でひと盗みしてやったついでに、通行人の身ぐるみも剥がしてやったのさ」


 仲良く三人全員が順番に発言したあと、声を揃えて笑う。まるで下手な芝居を見ているみたいだが、そうじゃないのはカイルの背中にかいている汗の量でわかる。


 騒ぎを起こさずに盗みを終えるのは簡単だったが、つまらないからあえて騒ぎを起こした。目の前にいる連中はそう言ったのだ。


「裏事情を知れてよかったな。あの世で他の奴らに自慢していいぜ。例えば、俺にあっさり始末された商人の屋敷を護衛していた奴らとかにな」


 人を殺したことすら、当たり前のように自慢してくる。こんな連中にやられたくないと剣を構えるが、簡単に実力の差を埋められるとは思えない。


 では、どうするか。必死になって頭を働かせるが、知略に優れているわけでもないカイルには妙案が浮かばなかった。


「くそ……こうなったら、お前らだけでも逃げろ!」


 盗賊連中から目を離さないようにしながら、カイルはサレッタとナナに言った。


「俺がなんとか時間を稼ぐ。その間に、冒険者ギルドに駆け込むんだ」


 盗賊たちの仲間は陽動で動いているといった。この場から逃げたサレッタに気付けないだろうし、構っている余裕もないはずだ。


 リーダー格の男が、見えている口元を歪めながら拍手をした。


「自らの命を犠牲にして、女を逃がすか。素晴らしい精神だ。冒険者を辞めて、騎士にでもなったらいいんじゃないか?」


 リーダーの発言に、他の二人がゲラゲラ笑う。


 カイルが睨みつけたところで、下衆な笑い声は止められない。


「立派な騎士道精神に敬意を表して、お前の目の前でそこの女を慰み者にしてやるよ。よかったな!」


「へへへ。さすがリーダーだ。そうこなくっちゃな。俺の見立てでは、あの女は処女だぜ」


「処女? ガキを連れてるのにか? ま、女に関してはお前の鼻は正確だからな。せいぜい楽しませてもらうとするか」


 リーダー格の男の提案を拒否する者は誰もいない。揃いも揃って、不愉快極まりない視線をサレッタに向ける。


 気色悪そうに全身をブルリとさせたサレッタは、いつになく両目を吊り上げて盗賊連中を怒鳴りつける。


「貴方たちみたいな下衆に、体を許すなんて絶対に嫌よ!」


「そりゃ、酷いな。俺のガラスのハートが傷ついたぜ。お詫びに、組織のマスコットになってもらうぜ。どういう役割があるかは……言わなくてもわかるよな?」


 大切な幼馴染を悲惨な目にあわせてたまるかと、カイルは奥歯を強く噛んだ。こうなったら玉砕覚悟で突っ込むしかない。


「そっちのガキは貴族にでも売りつけるか。奴ら、意外に変態が多いからな」


「変なのを着てるが、ブロンドの髪や青い瞳はなかなかだしな。顔立ちもいい。高く売れそうだ」


 連中は舌なめずりをしながら、サレッタの足元にいるナナをも見た。


「狂ってやがる……」


 無意識に、そんな呟きがカイルの口から漏れた。怒りは沸点にまで到達しており、今すぐにでも飛びかかってやりたいくらいだ。そうしないのは、戦士として相手との力量差を把握してるからに他ならない。


 勝利するのが難しいなら、なんとかサレッタとナナが逃げる時間を稼ぐ。隣にいる兵士に申し訳ないと思ってチラリと見る。カイルの視線を感じて目が合った兵士は、全部わかっているとばかりに笑みを浮かべた。どうやら彼も協力してくれるらしい。


「くくく。どうやら二人揃って覚悟を決めたみたいだが、甘すぎる。こっちはこの場に多くの衛兵が残ってる可能性も考慮して、盗賊団の中でも最強の三人で来たんだ。お前らごときが敵うどころか、時間稼ぎすらできる相手じゃねえんだよ」


「やってみなければわからない!」


「わかるんだよ」


 リーダー格の男が言うなり、左右にいた二人がいきなり動いた。


 黒い服が闇夜に紛れても、口元を出しているのだから目で追えるはず。そう考えたカイルの予想は甘かった。連中のスピードはまさしく圧倒的だった。


「カイル、後ろ!」


 盗賊技能を持つサレッタの言葉を聞くなり、カイルは反射的に頭から前方へ飛んだ。


 直後、どこからか繰り出された短剣が後頭部の髪の毛を数本切り落とした。


「よくかわしたな。愛の力ってやつか?」


 ニヤニヤ笑いながら、一瞬にしてカイルの背後に回った盗賊のひとりが、追撃の蹴りを放ってくる。


 倒れたまま転がって距離を取ろうとしたカイルの脇腹に、草鎧の上から衝撃が襲う。


「ぐあっ!」


 二度、三度と蹴られ、次に顔面を狙われる。腕でなんとか防ぐものの、簡単には跳ね返せないほどの劣勢になってしまった。

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