第8話 虐めはよくないのです

「カイル!」


 悲痛な声を発したサレッタが、助けに入ろうとする。


「何をしてるんだ! さっさと逃げろ!」


 盗賊に蹴りまくられながらも、カイルは叫んだ。


「嫌よ! カイルを置いていけるわけないでしょ! 私も戦う!」


 サレッタが懐に隠し持っていたショートソードを抜き、カイルを蹴りつける盗賊に突き出す。


 動きの遅い獲物ならともかく、狙った盗賊はサレッタよりも格上。回避するどころか、逆にショートソードを向けられる。


 金属同士がぶつかるような甲高い音がしたあと、サレッタの右手から持っていたショートソードがこぼれた。


 勝敗は一撃で決した。どうあってもサレッタと慰み者にしたいらしく、盗賊は体に傷をつけないようショートソードだけを叩き落としたのである。


「お前はそこでおとなしくしてろ。あっちの衛兵を殺して、この男を動けない程度に痛めつけたら、一緒にアジトへ連れて行ってやる。そこで、この男が見てる前で盗賊団全員の相手をするんだよ。死ぬまでな」


「させるかよ!」


「なっ――!」


 盗賊の視線がサレッタを向いている間に足を取り、手で払ってバランスを崩させる。その隙に立ち上がり、カイルはお返しとばかりに奴の脇腹に蹴りを入れた。


 身軽さを優先して革鎧すら装備していないので、まともに靴底がぶつかる。さすがにダメージを負ったらしく、盗賊の男は顔を大きく歪めた。


「この野郎。手加減してやればいい気になりやがって。お前は少しの間だけ生きてりゃいいんだ。だったら、手足を切り落としてやっても問題ねえよなァ!」


 どうやら反撃を成功させたおかげで、カイルは盗賊のひとりを完全に怒らせたらしい。ますます生き残るのは難しくなった。


 押し寄せる殺意とプレッシャーに気圧されて、たまらず後退りする。


 頼みの衛兵は自分に向かってきた盗賊と、武器を合わせている最中だ。カイルを助けに来られるような状況ではない。それどころか、ニヤニヤと見物中のリーダー格の盗賊が参戦すれば敗北が確定する。


 それがわかっているからこそカイルたちは焦り、盗賊たちは余裕を持っている。


「いつまで遊んでるんだよ。さっさとぶちのめして、女を捕らえろって」


 苦笑気味のリーダーに言われた、カイルの目の前にいる盗賊は「わかってるよ」と声を荒げた。


「遊びはここまでだ。殺しはしねえが、全身をズタズタに切り刻んでやるぜ!」


 雄叫びを上げるようにして飛びかかってきた盗賊に剣を向ける。先ほどは予想以上の速度だったので後れを取ったが、今回は把握している。


 隣に立っていたサレッタを突き飛ばし、サイドステップしながら死角に回り込まれないように移動する。


「その程度の対策で、どうにかなるかよ。雑魚の冒険者さんよォ!」


「くっ!」


 実際にそのとおりなので、雑魚と言われようとも否定はできない。けれど、冒険者としての意地はある。


 なんとしてもサレッタと、知り合ったばかりの少女を守ってやろうとカイルは全力で奮闘する。


 しかし、長くは持たない。元々、少なくない実力差があったのだ。本気になった相手に、いつまでもカイルが抵抗できるはずがなかった。


 腕や足に傷を負い、地面に転がったあとで顔面に蹴りを見舞われる。


「もうやめてっ!」


 涙を流しながら、サレッタがカイルに覆い被さった。自身の背中を蹴られようとも、動こうとしない。


「何を……してるんだ。早く……逃げて、くれよ……お前、だけでも……」


「嫌に決まってるでしょ! カイルがいたから、私は一緒に村を出たし、冒険者にもなったの! こんなところでお別れなんて絶対に嫌よ!」


 泣き叫ぶサレッタの台詞に反応したのは、カイルではなく盗賊のリーダーだった。


「愛ゆえにってやつか? 泣かせるねぇ。ますます、その男が見てる前でもてあそんでやりたくなったぜ」


 カイルの頭を抱きかかえたまま、両膝を地面につけているサレッタは顔だけを盗賊のリーダーへ向ける。


「お断りよ! そんな目にあうくらいなら、この場で舌を噛んで死んでやるわ!」


「そいつは困る。おい、その女が自害できないようにしろ」


 カイルを散々痛めつけた盗賊が、指示を受けて持っていた布を強引にサレッタへ噛ませた。


 苦しそうに悶えるサレッタを見て、それまできょとんとした感じで現場を眺めていたナナがとことこと歩み寄る。


「おかーさん、苦しそうなのです。いくら遊びでも、さすがにやりすぎだと思うのです」


 ナナの言葉に、サレッタの口を封じた盗賊が「はあ?」と不愉快そうに目を吊り上げる。


「売られる予定のガキは黙ってろよ。じゃねえと、テメエも痛めつけんぞ。顔や体に傷をつけたくねえが、生意気言うと本気でやるからな」


 普通の子供なら恐怖におののき、号泣してもおかしくない脅しにも、ナナは敵の期待どおりの反応はしない。ただただ不思議そうに首を傾げる。


「もしかして……遊んでるのではないのです?」


 ナナの顔が、くるりと倒れているカイルを向いた。


 一体何をどう見れば、これが遊んでるように見えるのか。声を大にしてツッコミたいが、そんな気力もない。震える声で、小さく逃げろと言うのがやっとだった。


「もしかして……虐められてるのです?」


 再度の質問にも、カイルは逃げろとしか言えない。代わりに応じたのは、サレッタを拘束しようとしている盗賊の男だ。


「そうだよ。虐めてんだよ。だったら、どうすんだ。お前が助けてやんのか? 早くしねえと、俺らのアジトでもっと酷い虐めをしちまうぞ」


 上半身を折り曲げ、身長の低いナナに男が顔を近づける。挑発するように、出した舌を左右に動かす仕草は変態そのものだ。


「虐めはよくないのです。すぐにやめるのです」


 むっとしたナナが睨みつけても、可愛らしく見えるだけ。案の定、盗賊の男は愉快そうに笑う。


「悪いが、やめられねえんだよ。わかったら、おとなしくしてな。お尻ぺんぺんしちまうぞ」


 男が手を伸ばした瞬間、大きな悲鳴が闇夜に響いた。


 伸びてきた手に、ナナが勢いよく噛みついたのである。尖った犬歯が、容赦なく男の手の甲に突き刺さっている。


「痛え! 何しやがる、このガキっ!」


 怒り狂う男とは対照的に、盗賊のリーダーは楽しそうに手を叩く。少女のナナに、部下のひとりが不覚を取ったのを面白がっていた。


 笑われた男が顔を真っ赤にして、もう片方の手でナナの頭を掴んだ。


「離れろって!」


 強引に力でナナを引き離したものの、噛みつかれた手の甲からはかなりの血が流れていた。


「よくもやってくれやがったな! お仕置きだ。ガキが調子に乗ると、酷い目にあうと教えてやらねえとな!」


「や、やめて! ナナちゃんはまだ子供なのよ!」


 男を食い止めようとしたサレッタが、おもいきり頬を叩かれる。続けざまに腹部に蹴りを見舞われ、細い体が宙に浮く。


 真後ろに吹き飛ばされ、地面に背中から倒れたサレッタの姿を見たナナが激怒する。


「よくも、なのです。おにーさんの方はともかく、おねーさんを虐めるのは許さないのです!」


 おかーさんやおとーさんといった呼称をあえて使わないのではなく、親子の芝居どうこうが頭から消え去るほど怒っていた。


 顔を真っ赤にしたナナが、口を四角くパカッと開ける。


「よくもは俺の台詞だよ、クソガキが!」


 盗賊の男が殴りかかろうとしたその時、ナナの口から真っ赤な火炎が放たれた。


 カイルやサレッタは宿屋で見て火を吐けるのを知っていたが、そうではない盗賊たち――プラス衛兵は戦うのを忘れて唖然とする。


「ぐわあああ!」


 全身に炎を浴び、文字どおり火だるまになった盗賊の男が、苦悶の叫びを上げて地面を転がる。


 致命傷にはならなかったみたいだが、強烈なダメージを負ったのは傍目からでもわかる。


「な、何だ!? ほ、炎!? あのガキがやったのか!? どうなってやがる!」


 先ほどまで冷静だった盗賊のリーダーが驚愕を露わにする。


 無理もない。初めて見た時は、カイルやサレッタも驚いた。宿屋の壁が消失したせいで、すぐにそれどころではなくなったが。

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