第16話 共闘
「森の奥は本当にやめておいた方がいい。太陽の光も届かないくらい深いし、なによりトカゲが進化したと思われる竜らしき存在も過去には確認できている」
「竜……」
恐怖よりも、撃ち応えがありそうだと思ってしまうトリガーハッピー野郎。
「ちょっと! それ以上、姉御を焚きつけるんじゃないよ!」
アニータが短剣片手に凄む。護衛らしく左右の二匹が中央のを守るかと思いきや、微動だにしない。連中はなんのために立っているのだろうか。
そんな俺の疑問をよそに、中心的なゴブリンは森の奥の情報を包み隠さずに提供してくれる。
交配と食物連鎖が行われた結果、ボス級の連中は地球であったゲームみたいなモンスターに進化しているらしい。
どうやらモンスターを狩る者たちじみた世界になりつつあるようだ。おっと、いけない。またトゥンクしてきてしまいましたぞ。
「なぜにお前たちの指導者は、森の脅威を伝えるほどに瞳を輝かせるのだ」
なんたることだ。ゴブリンにまで危険物扱いされ始めた。
「姉御だからとしか答えようがないね」
アニータの返しもなかなかに酷い。この子、俺を慕っていたのではないのか。
そして俺だって物申したい。物騒な思考が浮かんでくるのは、どこぞの外道元王妃特製武器のせいであり、世界が平和になれば元の小市民に戻れるのだ。
リュードンの元王妃という立場は変わらないので、あれこれと騒動に巻き込まれそうな気はするが、その時はその時だろう。
立ち塞がる困難はこのショットガンで……だめだ。思考が偏りまくってる。
「団長がなにやら葛藤しているみたいですが」
姉御呼びは恥ずかしいのか、メルティが山賊団の時同様に団長と呼ぶ。彼女は傭兵団出身でもあるので、そちらの方が呼びやすいのかもしれない。
そもそも俺が姉御と呼んでほしいと望んだわけでもないし、自由に呼んでくれたらいいと思う。童貞のラブラブ好きは名前の呼び捨てなんて憧れる。
もっとも今はベアトリーチェなので、名前で呼ばれても違和感しかない。
「いつものことじゃないか。でも、色々と考えてるようでいて、最後は力技で解決するんだよね」
やはり手厳しいアニータと、うんうん頷く元山賊団一同。
「娼館送りの最中に、アタイの元一味に襲われた時も、御者役だったガラルを残して全滅させ、アジトに案内させるなり殲滅戦を始めるくらいだ」
「きっと襲ってきた連中だけだと食い足りなかったんだろ」
アグーの言葉に誰もが納得する。ゴブリンよ、お前もか。
誤解に誤解が積み重なって、とんでもない人格ができあがりつつある。話だけ聞いてたら、ただの暴君じゃないか。
断じて違う。俺はあの外道女の同類ではない。
「皆さん揃って、人を狂戦士扱いしないでほしいのですが」
全員が意外そうな目を向けてくる。
そんなに不思議に思われるようなことを言った覚えはないんだが。
「よく考えてみてください。私は元王妃。宮廷で過ごしてきた王族が、そんなに物騒な人間のはずないでしょう」
「……そこらを危惧されて追放されたとか」
「無駄遣いというのは建前か」
以前に少し事情を説明していたので、アニータがアグーの懸念を即座にあと押しする。
誰も俺を理解してくれない。いっそグレてやろうか。
「そう考えると、姉御はよく城の連中を虐殺しなかったよな」
「意外と面倒見がいいからね。アタイたちもそれで助かってるし」
頼りにされているのか、からかわれているのか。判断が難しくはあるが、悩む時間はゴブリンの申し訳なさそうな声で中断させられた。
「そろそろ吾輩らの話に戻ってほしいのだが」
「そうでした。ゴブリン殿としては、元人間の勢力をまとめて帝国内で村を作りたいのですよね。しかも認可も受けたいと」
「うむ。有事の際に守ってくれとまでは言わないし、魔物の脅威が迫っている時は率先して戦おう」
「ですが、兵力は私たちが全滅させてしまいましたが」
「主に姉御ひとりでね」
アニータうるさい。こやつ、徐々に俺への遠慮がなくなってきたな。たまにボディタッチとかもしてくるようになったし……あれ? もしかして……。
ちょっと怖くなってきたので思考を放棄し、ゴブリンの言葉を待つ。
「構わないぞ。正確には吾輩らの勢力ではなかったわけだしな」
「じゃあ、アイツらはなんだったんだよ?」
アグーの質問に、ゴブリンがニヒルに笑う。
「吾輩らは放棄されたこの砦にひっそり住んでいたんだが、森を追われ、その近くの縄張り争いでも負けた奴らがやってきてな。なんとか説得を試みていたのだが、この部屋にまでとうとう追い込まれてしまったのだ」
ビブラートをきかせた声で語ってくれたが、内容はなんとも情けない。
アグーもアニータもどう言ったらいいか、困ったような顔をしてるじゃないか。
「私たちが突入した時は、なにやら大物感を漂わせておりましたが」
「その方が話を聞いてもらえると思っていたのだ。正直に言うと、あまりの強さに吾輩は腰を抜かしてすぐには立てず、横の二人は今もガクブル中だ」
あ、よく見ると膝がカクカクしてる。目線はトリガーハッピー野郎の構える銃口へロックオン。
いつ火が吹くかわからないものな。奇遇だな。実は俺もよくわからないんだ。
「実際になんとか人の世で生きていきたいと思っていたのも確かだ。当時の皇族に恨みはあるが、もう長い年月が過ぎた。復讐などは望んでおらん」
「それを帝国の上層部が信用するかどうかですが……」
低国民のアグーへ視線を向ければ、間を置かずに顔が横に動いた。
「当代の皇帝は先代以上に愚鈍で有名だ。しかも王妃に入れ込んでいて、滅多に執務の場にも姿を現さないらしい」
一切の政務を取り仕切っているのは宰相だそうで、おまけに先代の時からそうだったので周囲はもう諦めモードだという。
「そういや、リュードンの王女だったような……」
「一応は私の娘ですね。まあ、色々と事情があるのですが」
国の闇に手を突っ込むような裏情報だと察したのか、アグーのみならず他の連中も、この話題には口を挟んでこなくなった。
「しかし、なんとも頼りない皇帝ですね」
英断など期待できようもないが、ゴブリンたちはそれでもと声を張った。
「吾輩らは少ない可能性にも縋るしかない。恐らくは子孫を残すのも禁じられるだろうが、それでも人間らしく最期はベッドの上で迎えたい」
「フン。アタシらからすると贅沢に思えるね。いくら人質を取られていたからと言っても、アンタらの作った薬が原因で何人もの人間が命を散らしてるんだ」
最初は森周辺のみだった封鎖地帯が、魔物が外へ出てくるにつれて広がっていき、今では人類の生活圏をかなり脅かしつつある。
「それはわかっている。だが人間にしても、どこかで大きな戦果を上げ、戦線を押し返せないとジリ貧だろう」
実際に前線はかなり追い込まれているので、アグーはムッとして黙り込んでしまう。
そして、最後は俺の判断に従うと言った。
他の主だったメンバーも同様で、責任が肩にズッシリと……感じねえな?
合法的に撃ちまくれる環境が手に入りそうで、小躍りしそうなんだが。
「仕方がないので、とりあえずは共闘するとしましょう」
「うわ、全然、仕方なさそうな顔してないよ」
ちょっと引いている赤髪アニータ。
どうやら少しどころではなく、俺はかなりニヤけていたらしい。
「さすが姉御だね。前線の将はそうでなくちゃ!」
一方で大張きりなのはアグーだ。ゴブリンたちの所業を不愉快には思っているみたいだが、自身の言葉通りに俺の方針へ賛成する。
「魔物に支配された地を取り戻せるのは、帝国にとっても喜ばしいはずです」
そう。決して俺が闘争を求めているわけではない。
「……頼む相手を間違った気がしなくもないが、この砦まで魔物を押し返せる人間はここしばらくいなかった。頼りにさせてもらいたい」
一部に気になる発言もあったが、まあ、いいだろう。今の俺はとても上機嫌なのだ。
……なんでだろう? うん、原因は不明にしておこう。
「吾輩の名はミゲール。他のふたりはグレオとロイナーだ。よろしく頼む」
全員、腰ミノ一丁で服装の違いもないため、混ざると誰が誰だかわからないのだが、とりあえず俺はこちらへ進み出てきたミゲールと握手をした。
※
結論。無限ショットガンはやはりチート武器でした。
北に進めば進むほど増える魔物。
撃っても撃ってもなくならない弾丸。
爆発四散する魔物。
ドン引きする味方。
高笑いの止まらない元王妃こと俺。
なんというか相手が人間でないと、もうただのシューティングゲームですわ。
本物のベアトリーチェが俺の体で堪能していたように、仕事後はゲームに勤しんでいた社畜時代。
強制付与のトリガーハッピーのおかげで、恐怖心も罪悪感もなく、ただただ気分が高揚するとなればゲーマー魂に火が付くというもの。
全部、ベリーイージーでしかクリアできていない下手くそだったけど。
だがベアトリーチェのおかげで、こちらの世界の難易度も、闘技場ではちょっと死にかけたものの、戦闘に限ってはベリーイージー風味。
トラウマにもなってないし、戦闘への意欲は旺盛。チート武器たちを手放したら、そこらがどうなるかわからないので装備しっ放し。
そのできあがりが、常に銃を乱射したい元王妃様である。
「相変わらず、姉御の武器はとんでもねえな。あれは剣であってるのか?」
最初は巨大な斧を片手で持ち上げる怪力ぶりを発揮し、隙あらば参戦するつもりだったアグーも、今ではすっかり手持無沙汰だ。
暇を持て余し、後頭部で手を組んで歩くアニータへ話しかけている。
「前にチラッと聞いたけど、銃っていうらしくて、姉御にしか扱えないってさ」
「見たことも聞いたこともねえ武器だもんな。どっから手に入れたのやら」
「なんだか怖くて聞いてないね。山賊団の頃は特に機嫌を損ねないようにしてたし、あと、その当時はあの大きなのは持ってなかったはずだよ」
「なんつーか、謎多き元王妃様だよな」
すっかり緊張感が薄れているが、それも無理はない。
森の方へ向かうほど、魔物は自分より強い奴にでも会いたいのか、集団において一番の強者と思える俺へ、バカ正直に突撃してくるのだ。
おかげでいい的である。
今度も巨大な兎みたいな魔物を吹っ飛ばした。
兎といえば可愛いの代名詞だが、魔物化したのは全長で三メートル近い挙句に、牙やら角やら生え、目も金色で醜悪さしか感じなくなっている。
兎の命乞いをする者もいなく、遠慮なしに撃ちまくる。
お。今度はイノシシがきた。これもデカいな。
普通に歩くだけで地響きがする。全長はさっきの兎よりも上だろう。
森の奥にいるのはこれ以上のばかりというのだから、とてもじゃないが近寄りたい……もとい、近寄りたくはない。
俺は行かんぞ。
絶対に行かんぞ。
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