第15話 魔物の正体
「間違いない。その皇帝には公にはできない野望があった」
「それは?」
問いかけた俺に、事情通らしきゴブリンがこちらを向いて天井を見上げた。
ゴブリンらしく顔面偏差値が底辺なので、いちいち格好つけるような動きをとることに、器の小さい元社畜はどうにもイラッとしてしまう。
「不老不死だ。年齢を重ね、終わりが見えてきた皇帝は、配下の者たちに不老不死の薬を作るように命じた」
権力者にはありがちな話だが、地球に比べると文明の発展度が低く、魔法もないこの世界ではあまりにも無謀すぎる。
「フフフ、無理だと言いたげであるな。さもありなん。吾輩らも到底作りだせるとは思えなかった。しかし拒否すれば、帝都に残してきた家族がどうなるかわからない。吾輩らは必死になって研究を続けた」
「だが結果は遅々としてでてこない。やがて業を煮やした皇帝は、死刑が確定した者を実験に使えと送りつけてくるようになった」
おっと、嫌な予感がしてきたぞ。他の面々も同じらしく、ひとりの例外もなく迷惑そうに顔をしかめていた。
「もちろん嫌がる者はいた。だがそうした薬師は帝国への反逆罪で死刑を言い渡され、一族もろとも実験送りとなった」
少々どころじゃなく、胸糞の悪い話である。
アグーなんぞは、ゴブリンの脳天へすぐにでも斧を振り下ろしそうだ。
するなら宣言が必要だぞ? してくれないと俺が先に撃てないからな。
……いかん。思考が完全に犯罪者モードに突入しているじゃないか。
深呼吸だ、深呼吸。
ひっひっふー。
ひっひっふー。
……これ、なんか違うくね?
俺ひとりが取り乱している間に、話しているゴブリンが椅子に座り直す。
他の二匹は身じろぎもしない。
ひょっとして、ひとりじゃ寂しいがゆえの置物だろうか。
確かめるために撃ってみるのはどうだろうか。これは名案ではなかろうか。さあやろう。すぐにやろう。
待て待て。まずは話を聞くんだ。撃つのはそれからでも遅くない。
勿体つけるようなためを必要以上に作ってから、ゴブリンは重々しさを演出するような低い声をだした。
「己の命や家族を人質にとられ、帝国中から集められた薬師はこれまた各地から取り寄せた様々な薬草類を使って実験を繰り返した。その中で、今も使われている傷薬なども開発できたが……誇るわけにはいかんな」
「これまでの語り口からして、ゴブリン殿は関係者のように見受けられますが」
「その通りだ。このような姿になって寿命も延びたようでな」
「つまり不老不死の薬は完成したと?」
「いや、残念ながら不老でも不死でもない。だが病に蝕まれた皇帝はそんな薬であっても縋った。そして恐ろしい化物へ変貌した」
なにがどうなってそんな薬効になったのか不明だが、所詮は地球で只人にすぎなかった己に、原因の究明などできるはずもない。
「元皇帝陛下はどうなったのですか」
俺の問いに、ゴブリンが顔を俯かせる。
「魔王として討伐された。その後、皇帝が秘密裏に我々へ行わせていた研究が発覚し、上層部は即座に中止を決定。そして北の地を封鎖した」
「国民もろともでしょうか?」
「なにも知らなかった民は帝都への避難を余儀なくされた。魔物という正体不明の脅威が攻めてきたとな。そして帝位を継いだ新皇帝は魔物の殲滅を宣言した」
ゴブリンがここで大きく息を吐いた。まとっていた悔しげな雰囲気と怒りが諦観に変わる。
「関係者はその前に家族を北の都に呼ばせられていた。そして我々に避難の指示は出なかった」
「では?」
「前皇帝の不始末を謝罪すると領主の館で振る舞われた料理に、未完成な不老不死の薬……かつての上層部は魔物薬と呼んでいたが、それを混ぜた」
「どうにも不愉快な話になってきましたね」
俺が主に相槌を打っているのは、その他の面々が衝撃の事実を聞かされて硬直中だからである。
敵であればいい的なのだがと自然に思った俺は、もうだめかもしれない。
「そのまま領主の館に軟禁され、皇帝直属の討伐軍に関係者の大半が始末された。魔物薬もろともな。だが戦闘に紛れて逃れられた者もいた」
そうした者はすでに異形の存在と化していたため、人が暮らす地域にも行けず、山の中で木のみやらを食べる日々を過ごしていたようだ。
「肉体は魔物でも心は人間。そのような生活に耐えられず、森の奥で自ら命を絶った者もいた。大きな問題はここで発生した」
ゴブリンが苦いものを口に含んだような顔をする。
「息絶えた者を、森に住む動物や虫が糧としたのだ。そしてそれらが魔物と化した。おまけに魔物になっても交配が可能だった」
元人間はゴブリンやオーク、オーガなどに変化したそうだが、ショックと混乱で誰も生殖活動を行おうとはしなかった。
動物がベースの魔物同士が交配して純粋な魔物が生まれ、元人間は元人間で肉体に心が引きずられるように理性を失っていく。
俺が闘技場で倒したオークや、先の砦侵攻を指揮していたオーガもそのうちの一体だったのだろう。
「食物連鎖の過程でも魔物は急速に増えた。森の奥はほとんど魔物の巣だ。人里に下りていくのは、縄張り争いに負けた連中だ」
「つまり、私たちが倒したのは、魔物の中においては弱者だったと」
「そういうことになる。もっとも、我々もその弱者に入る。森の奥は魔境だ。人が足を踏み入れていい場所ではない」
かつての皇帝直属軍は、腕利き揃いであったにもかかわらず、魔物の本拠地となった森の奥を攻めて全滅したという。
「当時の皇帝は北の地を放棄したが、その頃にはガーディッシュにも魔物の一部が流れていっており、警告を発した。真相は隠したままでな」
「事が露見したら、損害賠償でとんでもないことになりそうですね」
「うむ。魔物となった虫を食べても魔物になるのだ。渡り鳥が餌にして魔物と化し、大陸の外へ出ていてもなんら不思議はない」
「この大陸どころか、魔物の被害は世界中に広がっているかもしれないと」
そうなれば魔物の根絶など不可能だろう。ガーディッシュはそ知らぬ顔で被害者のふりをし続けるしかない。
「それが先々代の話だ。恐らくは皇族には事実を伝えられているだろうが、本気で魔物をどうにかしようという意思は感じられない」
「でしょうね」
砦に詰めていた指揮官連中のふがいなさを知っているだけに、俺も同意せざるをえない。
「むしろガーディッシュ側は北の地を解放して、当時の証拠となるようなものが出てきたらマズイとでも考えているのではないでしょうか」
「ありえるな……魔物どもは森の奥で縄張り争いを日々繰り広げているし、強大な魔物は外に出てこない。討伐の必要性を感じていないのか……」
「ゴブリン殿はどうするおつもりで?」
「吾輩か……理性を失って暴れ回るだけの心まで魔物になった者はともかく、体は人間でなくなっても、人間であった頃の暮らしを望む者もそれなりにいる」
ここで左右に立っている二匹のゴブリンも頷いた。
置物じゃなかったのか。ちょっとビックリしたぞ。危うく指が滑ってショットガンを……そうか、その手があったか。いや、待て。だめだだめだ。
俺が首を小さく横に振っているのを否定と捉えたのか、ゴブリンが慌てた様子で言葉を続ける。
「なにも帝都で暮らしたいとか言っているわけではない。吾輩らに北の地で村を作る許可が欲しいのだ。それでたまに行商人を派遣してほしい」
「なるほど魔物の村を作りたいんですね」
俺にとっては頷ける話だが、魔物の仲間みたいでいて、ゴブリンと見比べるとやはり人間に見えるアグーが口を開いた。
「その村が発展して国を興し、帝国を滅ぼすかもしれない。魔物が人間より少ない今でさえこの有様なんだ。そうなったら悲惨なことになる」
「確かにそちらの懸念はもっともだ。ゆえに吾輩たちは、自らの有用性を帝国に……ひいては人間に見せたい」
そのひとつが魔物の組織化だったらしいが、攻めてきた魔物も砦にいた魔物も、とても統制がとれているとは思えなかった。
俺が指摘すると、ゴブリンはガックリと肩を落とした。
「残念なことだが魔物になっても頭がよくなるということはなく、逆に本能へ忠実になってしまう。純粋な魔物はやはり人の世のために討伐するべきだろう」
「アンタたちが帝国の先兵となって、魔物と戦うってことかい?」
アニータはゴブリンを信用していないらしく、難しい顔をしている。
「話が事実とするなら境遇に多少は同情するけど、領土の一部とはいえ、そういう勢力が国の中にあるのは不気味で嫌だね。少なくともアタイはそう思う」
魔物が増えてくれば、リュードンも似た状況に陥りかねない。
元が孤児らしいアニータに故郷という概念は乏しいかもしれないが、それでも思うところはあるみたいだった。
「魔物が虫や動物を通して増えたのなら、かつての研究者で元に戻る薬を作ればよかったのではないですか?」
「残念ながら薬は不老不死の妙薬を作る過程で偶然生まれた産物であり、元に戻す薬は作れなかった。吾輩らも不眠不休で研究したのだがな」
元に戻すのは不可能と判断され、これ以上魔物が増えないように関係者の始末が決行された。しかし完全ではなかったので、結局被害が広がった。
「話を聞いた限りでは、もうどうしようもないのでは……?」
小さな羽虫も含めて根絶するのは不可能に等しい。これがラスボス級の魔物を倒せばすべて解決となるなら話は早かったのだが。
ラスボス級の魔物?
あれ、なんだかトゥンクしてきたぞ。これはどうしたことか。
「ちょっと、メルティ。姉御が恋する乙女みたいな顔になってるんだけど」
「これは……森の奥に思いを馳せてますね」
アニータとメルティがひそひそ話をする近くで、アグーは相変わらず巨大な斧を肩に担いだまま闊達に笑う。
「アタシらは姉御に付き合うよ」
なんたる男前。俺が男の体であったなら……ないな。
うん、ごめん。人のこと言える顔はしてなかったけど、それでもでっかいドワーフみたいな体系の女性は、童貞には難易度が高すぎだって。
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