第14話 奪還作戦

 指揮官先頭の精神で突っ込むと、まずはアグーが。


 そして意外と戦闘意欲が旺盛なメルティも続いた。


 短剣がメイン装備のアニータは少し離れた位置で、主に俺への不意打ちを警戒中だ。うしろをさほど気にせずに済むのは正直ありがたい。


「まずは私が突破口を開きます」


 呼び鈴を鳴らす代わりに、見張り台に向けてショットガンを一発。


 さすがに粉々にはできないが、かなりの爆音が響いたので、耳がいいらしい魔物がわらわらと建物を飛び出してくる。


「では順番にいただいていくことにしましょう」


 知らずに下唇を舐めていた舌を口内にしまい、引き金を引いて引いて引きまくる。無限に補填される弾丸が、一匹また一匹と魔物を粉砕する。


 怯えるということを知らないのか、魔物たちは仲間が倒れても構わずに突進してくる。


 俺がひとりでさばききれなくなってくると、アグーがすかさず前に出た。彼女の左右には、大きな盾を持った取り巻きが陣取っている。


「姉御の元へは行かせるんじゃないよ!」


 なんとも頼もしい戦士ぶりである。ヒョウみたいな魔物の体当たりを鉄の斧で受け止め、アグーが腕力を活かして押し返す。


 あいつはあいつで本当に人間か?


 俺の疑問も当然のことで、大抵の人間は魔物に飛びかかられると、なすすべなく倒されて喉笛を噛み切られたりするらしいのだ。


 しかしアグーは、真正面から魔物の一体とやりあっている。


 俺がチート武器を持っていなかったら、アニータともども奴隷のように扱われる日々が待っていたのだろう。


 あれ? なんだか悪くないような……いや、気のせいだ。俺の心は男だし、なにより基本はラブラブだ。童貞なのにいきなり応用編はハードルが高すぎる。


「姉御、見張り台までの道を確保したよ!」


 アニータが男の兵士たちを何人か連れて、息を切らして隣にきた。


 どうやら俺が阿呆な考えに及んでいる間に、自分にできることをしてきてくれたようだ。頭が下がる。本当に頭に下がる。でも童貞に妄想は付きものなんだよ。


 頭の中で言い訳を並べ終えたあと、俺はアニータの案内で見張り台へ立った。


 防衛戦での活躍を見ていた者が多いのか、味方が歓声を上げる。


「護衛はアタイらに任せといてくれよ!」


 アニータの他はメルティら元山賊団の団員もいるし、俺が主戦力だと誰もが理解しているので、それなりの人数の男の兵士も見張り台付近に集まっている。


 魔物の軍勢が目算で百に届かないのに対して、こちらは五百を超えている。


 あの砦には本当はもっと多くの将兵が詰めていたのだが、いつにない大群での侵攻を受けた結果、戦わずに正規兵の八割以上も逃げてしまった。


「ありがとうございます。私は攻撃に専念させてもらいます」


 味方を巻き込まないように気を付け、魔物に組み敷かれかかっている、アグーの取り巻きのひとりを救うべく銃撃する。


 すぐ上でヒョウ型の魔物が吹き飛んだを受け、取り巻きの女性はポカンとしていたが、俺の仕業だと察するや、見張り台の方へ一礼して戦線に復帰した。


「さすがは魔物というべきか、どれだけ味方がやられても怯みませんね」


 判断も早く、俺が危険だと感じるや否や、見張り台へ複数が突進してくる。


 しかし連携が取れていないため、アニータたちがより大勢で取り囲んで無力化する。


 そちらにも折を見てショットガンをぶち込む。なんならハンドガンはもう使っていないが、持っているとバフがかかるので手放せない。


 しかも外道元王妃様曰く、俺にしか扱えない専用武器にしたそうだ。誰かに奪われて悪用される危険がないのはいいが、手が足りない時には不便である。


 魔物たちはこちらの銃撃を恐れて隠れたりもせず、人間を見つけるなり敵意を剥きだしにして飛びかかろうとする。


 俺を狙う、多少知能のありそうな奴もいるが、大抵は飢えた獣同然だった。


「それにしても、魔物とはなんなのでしょうね」


 アニータもアグーも知らない。ベアトリーチェの知識にもない。


 いきなり現れ、人間を襲う災厄。


 リュードンでもガーディッシュでも同じ認識だった。そして両国ともが被害にあっている。


「姉御、だいぶ数が減ってきた」


「では掃討戦に移行しましょう」


 アグーたちのところへ向かい、ショットガンを両手に構えて、やはり俺が先頭を進む。


 味方に損害をだしたくないよりも、真っ先に俺が攻撃するためである。


 なんの疑問も抱いていなかったのを考えるに、どうやら俺もかなりの戦闘狂になりつつあるらしい。


 アラフォーとはいえ、せっかく王妃へ転生したのに、俺は一体なにをしているのだろうか。


 これも全部、いきなり追放してくれた元夫が悪い。あとで絶対にざまあしてやる。


 そういえば、外道女にざまあされたあの二人組は元気だろうか。チート能力で催眠状態も同然になっていたので、多少は同情を覚えなくもない。


「大きな音にも反応しますし、外見からしても動物みたいですね」


「わたしもそう思いますが、何故かその説は出てもすぐ消えるのです」


 戦局が有利になるなり、ひょっこり姿を現したサブリナが、俺のすぐうしろで知識を披露してくれる。


 一連の行動を見ても、サブリナはかなりのちゃっかりさんのようだ。


「それは不思議ですね。なにかしらの理由でもあるのでしょうか」


 日本であれば豪邸と呼べる広さの砦内を見て回り、他に魔物はいなさそうだと判断して、三階の最奥にある指揮官用の執務室前で立ち止まる。


 濃い茶色の木製のドアに、身分の高さを誇示するみたいに蔓みたいな模様で縁どられた銀色のプレートが備え付けられている。


 魔物との戦闘の影響か、文字は剣らしき傷などできちんと読めず、さらには血みたいな黒っぽい染みが残っていることから、結構な惨劇がこの場であったと思われる。


「鍵は……かかっていませんね」


 誰かが使用しているのであればあるいはとも思ったが、さび付いたような音を立てて、ドアがゆっくり開いていく。


 開けたのは半身になっているアニータで、俺は敵の不意打ちに備えて正面でショットガンを構えている。


 メルティとアグーは、俺の近くで護衛をしてくれていた。


 日本での知識にある王妃生活とはどうにもかけ離れているが、これはこれで悪くないような気もする。


 室内の様子が見えてくる。椅子には地球でいうところの、ゴブリンらしき緑色の肌をした小型の魔物が座っていた。


「あなたが魔物たちの指導者ですか?」


 俺が一歩進み出て、率先して声をかける。


 ゴブリンが座る扉と同じ色合いのアンティークっぽい机には、どこぞの森ででも入手してきたのか、大皿に木のみが乗っていた。


 その机の左右には、やはり同じゴブリンタイプの魔物が二匹立っている。


「残念ながら違う」


 椅子に座っているゴブリンが苦笑する。よくよく見れば、鼻の下に髭までたくわえている。ゴブリンって髭が生えるんだな。揃ってスキンヘッドなのに。


「フフフ、この髭が気になるかな。まあ、そうだろうな。普通のゴブリンとは違うし、なによりこれは吾輩の自慢でもあった」


 当時と比べるとずいぶん少なくなったがと、ゴブリンが悲しそうに笑う。


「当時というと……」


「吾輩たちが人間であった頃だ」


 まさかと思って問うた結果は、地球人の俺はともかく、現地人の面々にはかなりショックだったようである。


「つまり、アタイらは同族で殺し合いをしてるってことかい!?」


 驚きのあまり、アニータのハスキーボイスがひっくり返る。


「そうとも言えない。この砦を奪ったのも、君たちが守っている砦を攻めたのも、純粋な魔物たちであるがゆえに」


「詳しく話を伺っても?」


「もちろんだとも。吾輩らも最近は人との会話に飢えていてな。知能とは使わねばあっという間に衰えていくのだ」


「ならば人の世で、人の断りに従って生きていけばよいのでは?」


「それが一番だと吾輩らも考えているが、そうできぬ事情もある。なにせ結果的に魔物を生みだしたのは、時の皇帝だったのだから」


 周囲で息を呑む音が聞こえた。


 誰もが独特の緊張感に包まれている中、体は女のトリガーハッピー野郎は、目の前のゴブリンを撃ったらだめかとウズウズしていたりする。


 トリガーにかけている人差し指が、いつか理性を振りきりそうで恐ろしい。


 そんな俺の邪な野望には気付かず、話していたゴブリンは子供みたいに椅子をぴょんと下りる。


 行動は可愛らしいが、外見が外見なのでキュンときたりはしない。


 ゴブリンは格好をつけるようにうしろで手を組み、背後の壁を向く。窓があれば完璧だったが、生憎となにもない。ゴブリンが見ているのはただの壁だ。


 物憂げなシーンを演出したいのかもしれないが、俺には年老いた老人がいよいよボケて、壁に話しかけようとしているように見受けられる。


 いけませんね。完全な末期症状です。手の施しようがないので、安楽死などいかがでしょうか。今ならお安くしておきますよ。


 口にしかけたとち狂ったセールストークを、すんでのところで飲み込む。トリガーハッピーここに極まれりである。


「そういえば、以前の皇帝が北で栄えていた都市に、お忍びで姿を現したこともあるという話を聞いたことがありますね」


 確認の意味もかねてサブリナを見ると、間違いないと言いたげな頷きが返ってきた。

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