第13話 北の砦
「砦が陥落していないのを知れば戻ってくるのではありませんか?」
俺の問いかけに、残った国軍の兵士たちまでしょっぱい顔をする。どうやらろくな上官ではなかったらしい。
「伝令を送ったところで、行き違いになる可能性もある。だったら、アタシらで砦を守ってればいいさ。姉御もいるんだ、問題はない」
アグーのとんでもない提案が、何故か満場一致で可決された。
「山賊団の頭目が砦の指揮官だなんて、大出世じゃないか、姉御」
「山賊団?」
はしゃぐアニータの言葉に、アグーが眉をひそめる。
元王妃なのは教えたが、最前線送りにされたいきさつまでは説明していなかった。なので、隠すことでもないしこの機会に暴露しておく。
「はー……本当に元王妃か疑いたくなるような生きざまだね……」
オークもどきの女戦士にまで同情されるとか、ベリーイージーだとか言われてたのに、やはり俺の新たな人生はブラック企業も真っ青な過酷さだ。
「しかし、そんな勝手をしていいものなのですか?」
「伝令が行き違いになったって説明しときゃいいさ」
共に戦闘を乗り越えたおかげか、丁寧な言葉遣いと態度が直ったのはありがたいが、アグーの適当極まりない説明には不安を抱かざるをえない。
「その場合は、わたしたちが説得しますよ、ベアトリーチェ様」
アグーとは違い、不自然さを感じさせない動作で、ゆるふわ系セクシーお姉さんことサブリナが俺に一礼した。
「確かサブリナさんでよろしかったでしょうか?」
「リュードンの王妃様に名前を知ってもらえていたなんて光栄の極みです。わたしのことは是非とも呼び捨てでお願いいたします」
「チッ、相変わらず媚を売るのが上手いこって」
スッと懐へ入り込むサブリナを、俺の近くで斧を担いでいるアグーが不機嫌そうに見る。アニータとメルティも同様に嫌悪感を露わにしていた。
「わたしはあなたみたいな単細胞とは違うの。そもそも最前線送りにされた罪状だって違うし、わたしはそもそも冤罪なの」
サブリナ曰く、高級娼館勤めをしていた際に、下級貴族からの愛妾への誘いを断ったら、不敬罪だと言われてあっという間に最前線送りになったらしい。
「そういうこともあるのですね」
「最前線ではどうしても、夜の相手ができる女が不足しますからね。娼婦はなにか問題を起こせば、すぐこうした戦地へ送られます」
説明の途中で、サブリナがチラリとアグーを見た。
女兵士が彼女みたいな猛者ばかりであれば、戦場でのロマンスなんかも期待できない。むしろ砦内でも食うか食われるかの争いが勃発しそうである。
「ベアトリーチェ様も、暗にそうした役目を担わされようとしていたのではないでしょうか」
俺の名前を生活班のメンバーに聞いたというサブリナが、顎先に人差し指を当てて小首を傾げる。なんともあざとく、なんとも可愛らしい仕草だ。
そして彼女の指摘はありえるどころか、まず間違いないと思われる。
あの腐れ汚物皇帝。やることなすことすべて陰湿すぎるだろう。
思わず無言になったのを受け、アニータが俺を守るべく前に出た。
「そんなに嫌わないでほしいわ。それに男を手玉に取るのであれば、わたしたちのような女は有用よ?」
「自信満々だけどよ、その男どもに見捨てられたじゃないか」
「だからより強い庇護者が必要なの」
アニータに続き、アグーにも目を見て言い返すあたり、サブリナの胆力はかなりのものがありそうだ。
「それに女同士でも……」
チラリと流し目をくれるむっちりお姉さん。実際には俺より年下なのだが、そう呼びたくなってしまうほど年上然とした色気がムンムン。
そのムチムチサブリナが、俺を見て「あら」と眉をひそめた。
「戦闘の興奮で高ぶっているのかと思ったのですけれど、少し違うみたいですね。あなたたちはボスの状態をなにかご存じなのかしら?」
アグーは首を横に振り、アニータも両手を腰に当てて悩んでいたが、そのうちにポンと手を叩いた。
「もしかしたら、暴れたりないのかも?」
「冗談だろ。姉御ひとりで何匹倒したと……」
アグーの言葉が途中で止まる。
サブリナ同様にグラマラスな体と極上の美貌を持っているはずなのに、感嘆するどころか、俺のを顔を見て愕然とする。
「なんか、ありえそうな雰囲気だね……」
「まあ、姉御だからね……」
なにやら諦めみたいな雰囲気が漂いだしているのはどういうことか。
「人を戦闘狂扱いしないでほしいのですが」
抗議してみるものの、ショットガンを持つ両手がいまだうずいているのも確か。
だって気持ちいいんだもの。
圧倒的な破壊力で、敵を吹っ飛ばすの、気持ちいいんだもの。
そんな俺の心の声が伝わったのか、サブリナが「それなら……」と口を開いた。
「この先に、以前奪われた砦があるみたいですよ」
どうやら現在の砦は、魔物に押されまくった結果、北の最終防衛ラインとして残っている最後のものらしい。
「じゃあ、昔はこの先にも人が住んでいたのですか?」
俺がショットガンを片時も離さずに問いかけると、サブリナが頷いた。
「逃げた指揮官の夜の相手を務めた時、寝物語に教えてもらいました。当時は北にも都市があり、時の皇帝もお忍びで立ち寄るほど栄えていたとか」
「平民のアタシらには、北には近寄るなとしか伝わってないね」
アグーのみならず、彼女の取り巻きもウンウンと同意している。
「一部は極秘扱いみたいね。それを自慢げに語っていただけでなく、自分が帝国のかつての栄華を取り戻すと息巻いていたのですけれど……」
「敵の軍勢を前に、誰より先に逃げちゃったと……笑い話にもならないね」
アニータが呆れ果てる。
一緒に聞いていたメルティなんかは、この場にその指揮官がいたら、首でも絞めかねないくらいに憤っている。
「ですが、その砦を奪還して、指揮官殿に贈って差し上げれば、私たちが少しばかり勝手な真似をしても処罰はされなさそうですね」
嫉妬に狂って罠にかけ、身の破滅をもたらそうとするかもしれないが、魔物の脅威にさらされている現状、利用した方がいいと考えるはずだ。
「……今の言い方からして、姉御は出世よりも戦うことしか考えてないね」
苦笑するアニータの肩を、アグーが叩く。
「いいじゃねえか。強い大将は大歓迎だ。敵がちょっと多いくらいで、及び腰になって逃げるような奴の下じゃ、安心して戦えねえよ」
アグーが「なあ?」と取り巻きに同意を求めると、それぞれの武器を高々と掲げた上での歓声が大空にこだました。
俺より彼女たちの方が戦闘狂の気があるのでは……?
こちらの視線に気付いたのか、アグーがニッと笑った。
「暴れるなら一緒だぜ、姉御。行き着く先が地獄でもお供させてもらうよ」
顔は雌のオークみたいなのに、なんたるイケメン的台詞。危うく抱いてとか言いそうになったぞ。そのわりには小物っぽくアニータをいじめてたけどな。
「頼りにしてますよ、アグーさん。アニータさんたちはどうします?」
「たいした戦力にはならなくても、斥候は必要だろ。アタイもついてくさ。それに姉御の隣が最前線じゃ一番安全なんだ」
メルティ他、元山賊団の戦闘メンバーも軽やかに頷く。笑みも浮かべそうな雰囲気を見れば、この場にいる誰もが俺より物騒な性格をしてそうに思える。
トリガーハッピー状態の俺と、普段の姿で同レベルとかどんだけだよ。
ただ有事の際はありがたいので、今後の方針を切り替えた俺は、希望者を引き連れてさらに北の砦を目指す。
大半が留守番を望むかと思いきや、国を守るべく残った兵士たちも含め、かなりの数が領土奪還戦に加わった。
砦に残るのは、逃げた連中が戻ってくる可能性も見越して、生活班の半分を含めて百に届くかどうかだ。
敵が攻めてきた場合は、砦を放棄して逃げることになっている。
サブリナの案内で無人の荒野を徒歩で進み、途中で野営もしたが、新たに魔物が襲ってくることはなかった。
そうして行軍三日目。かなり老朽化が進んでいそうな砦を発見した。
「誰も補修していないので、ずいぶんとボロボロですね」
目を凝らして内部を確認してみると、どうしたことか。本来の俺の視力は〇・五くらいにもかかわらず、驚くほど詳細に見えるではないか。
本来の自分のとは違う長いまつ毛をパチパチさせていると、これもショットガン装備による身体能力向上の効果ではないかと思い至った。
しかしハンドガンを装備していた時もこれほどではなかったような……ん? もしかして各武器についているバフ効果は重複するのか?
だとしたらとんでもないチート武器だが、作成者はあの外道である。
「可能性は高いか……道理で気分もこれまでに比べても高揚しているわけだ」
とんだ副作用だが、やはり戦闘をする身には有用な面も多い。
「姉御? どうかしたかい?」
副将よろしく、俺の近くで巨大な斧を担いで立っていたアグーが、怪訝そうに眉根を寄せた。
「いや、アニータさんが無事か気になりまして」
彼女は砦内における敵の戦力を確かめるため、単身で潜入中だった。
すでに二時間ほどが経過しているが、戻ってくる気配はない。
「姉御の舎弟になる前は、盗賊もやってたんだろ? なら大丈夫さ」
戦闘前の緊張感をものともせず、アグーが大きなあくびをする。
メルティたちが槍をきつく握って、額に汗を浮かべているのとは対極的な姿だ。
俺が気になった点を悟ったのか、アグーが大声で笑いだした。
「戦場で生き残るコツは、上手くメリハリをつけることさ。常に力が入ってたら、いざという時に実力を発揮できなくなっちまう」
かつては傭兵団団長の娘だったメルティは、顔を真っ赤にして口を引き結んだ。
「ゲヒヒ、恥ずかしがれるってことはまだ見込みがある。反論してくる奴はだめだね。ま、騎士連中に多かったんだけど」
アグーがメルティの背中を叩いていると、アニータが戻ってきた。
「砦には五十を超える魔物がいたよ。どいつもこいつも目を血走らせてうろついてたけど、指揮官用の部屋にこもってるらしい連中は少し毛色が違うみたいだ」
「ふん? そいつらがボスってことかね。姉御、どうする?」
敵の数を聞いて、これでまた撃てるという喜びに浸っていたところを、アグーの問いかけで現実に引き戻される。
いかん。完全な無意識だった。これ、副作用ヤバすぎないか?
だとして今は頼るしかないわけだが。
俺は全員を見渡し、声を張り上げる。
「決まってます。突撃します」
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