第12話 防衛戦

「おはようございます、姉御。昨晩はよく眠れましたか!?」


 翌朝、手に入れた個室から外へ出ると、ボスの雌オークもどきことアグーが直立不動で廊下に立っていた。いつから待ってたんだ、こいつ。


「ええと……なにかご用ですか、アグーさん」


「そんな、姉御、さん付けなんて他人行儀なまねはやめてください。どうぞ、呼び捨てにしてください。なんなら豚でも結構です。あ、足を舐めましょうか?」


 昨日の二階ホールでの一騎打ちで鉄の斧を破壊後、ショットガンの銃口を向けて次はどこを撃とうか悩んでいると、アグーが腰を抜かして失禁した。


 戦いを見ていたアニータ曰く、俺は終始笑顔でとても怖かったそうだ。危うく自分も漏らしそうだったと頬を赤らめていた。


 そんな彼女は昨日、あれからなにくれと世話を焼いてくれて、夕食の席では一緒に連れてこられた元山賊団のメンバーとも顔を合わせることができた。


 全員が最前線の緊張と、宿舎での武力を元にした上下関係に疲れきっていたが、俺がカーストの最上位にいたらしいアグーを倒したと知って、涙を流して喜んだ。


 というのも宿舎では派閥なるものが存在しており、俺がトップとなったからには、その取り巻きも周囲から一目を置かれるようになるのだという。


 そう。元山賊団のメンバーは俺を姉御と呼んだことで、派閥の構成員と周囲に認識されている。


 なんとなくだが、全員がそれを望んで俺の近くに居座っていた気がする。


 部屋も右側通路最奥の個室を与えられ、その周囲に派閥というか元山賊団の面々がお引越し。


 これまでは大部屋にいて、下っ端として雑用をやらされたり、いじめられたりしてきたらしく、またしても号泣しながらの感謝を受けた。


 どんだけ地獄だったんだよ、ここの環境。


 で、俺に負けただけでなく、盛大に恥をかいたアグーだが、復讐戦を望むのではなく、自分の派閥ごと俺の傘下に入った。


 今、俺が着ている白のワイシャツと綿パンみたなズボンも、アグーが用意した。以前に、宿舎の男どもから取り上げたものらしい。


 体格がいい女性が多いので、男物のサイズが大きい服を好む者もいるらしい。胸と尻が若干苦しいが、布切れを巻いているだけよりはずっといい。


 ちなみにこの宿舎、元々は一階が女性で、二階が男性だったという。


 だが最前線だけに人的消費が激しく、対策として犯罪者も次々と送られてくることになった結果、女とは名ばかりの凶悪な生物が多数襲来した。


 さほど時間をかけずに勢力が逆転。個室の多い二階を女たちが奪い、良質な装備も率先して獲得。


 とどめに魔物が攻めてくれば、盾になれとばかりに男たちが真っ先に突っ込まされるそうだ。


 気の強い女ふたりにいじめられていた元社畜としては、男性陣の悲惨な境遇に涙を禁じえませんよ。


 だからといって擁護するつもりも、変わるつもりもないが。


 だって今の俺は女だし。元の体に戻れないからには、ベアトリーチェとして生きていくしかないわけだし。男と致すのは絶対に無理だが。


 そんなわけで、たった一日で俺は一大派閥の長になったらしい。


 一階にも伝わり、俺に絡んだ連中はガクブル状態だったとか。報復はしないので安心してくれ。


 一日ももたなかった山賊団時代と同様に、緑髪のテレサはここでも生活班みたいな感じで調理や洗濯を担当していた。


 戦闘中は砦を守る役目を担い、魔物の咆哮が聞こえるたび、慣れないショートソードを構えて、他の生活班一同と身を寄せあっているらしい。


 そんなか弱い女性もいる中、男どもから必要以上の手出しを受けないのは、アグーを始めとした派閥の長連中が目を光らせているおかげだった。


 その分だけ二階における権力は絶大で、昨日目撃したアニータみたいに玩具扱いされる女性も出てくるらしい。


 それでも一階へ放り込まれるよりはマシということで、一度砦内での立ち位置が決定すれば、逆らう人間はほぼいなくなるみたいだった。


「世知辛いというかなんというか……」


 アグーを倒した俺と争うのはごめんと言いたげに、他の派閥の女がちょっかいをかけてくることもない。


 テレサに給仕してもらっての朝食を終えると、食後のコーヒーを飲みながらひと心地つく。


 この世界にもコーヒーがあるのを初めて知ったよ。聞けばチョコレートなんかもあるらしく、食糧事情は地球とあまり変わりない。


 もっとも主食は米でなくてパンなので、中身が純粋な日本人としては食のホームシックになりかけ中である。


 さらに驚いたのは、昨日アグーにされて驚いたが、こちらの世界でも土下座の文化があることだった。


「魔法もないし、そのうちに銃火器も発展してくるんだろうか」


 左右をアニータとメルティに挟まれながら、天井を見上げていると、恐らくは外からと思われる鐘の音がうるさく鳴りだした。


「姉御! 魔物が攻めてきたみたいです!」


 アグーが新たに一階の男どもから奪ったという鉄の斧を肩に担ぐ。


 アニータやメルティも支給品のレザーアーマーなどを装備し、それぞれに片手剣や槍を持つ。


 最前線の魔物は揃って屈強かつ凶暴なせいで、砦にこもっていても安全ではないらしい。ただし、士官用の住居は別だそうだ。身分階級なんてクソッタレだ。


 そんなことを口走ったら、アニータに元王妃なのにと笑われた。詳しい自己紹介をしていなかったのもあり、アグーたちが驚きで硬直する。


「元ですよ、元。それにお隣のリュードンですし、ガーディッシュの現王妃の娘とは疎遠になっていますし」


 最前線で気づかいは無用と言うと、余計に周囲の目がキラキラしたように感じられる。これはもしやのハーレム展開到来だろうか。


 背中にくくりつけていたショットガンを持ち、宿舎を飛び出すと、北の国境となる山の方から、かなりの魔物の群れがやってきていた。


 サイみたいなのが中心だが、奥には鬼っぽいのもいる。


「オーガがいやがる!」


 アグーが驚愕を顔に張り付けて叫んだ直後、指揮官から砦の絶対死守の命令が伝令を通して与えられた。


 その指揮官や士官連中はといえば、遠目でもわかるくらいに逃げ支度を頑張り中だ。どうやら俺たちを犠牲にしている間に砦を放棄するつもりらしい。


 俺が士官用の宿舎を見ているのに気付いたのか、隣にきたアグーが連中はいつもあんな感じだと吐き捨てた。


「ん? なにやら女性が置き去りにされているみたいですが」


「あれは……サブリナたちですね。腕っぷしじゃなくて、女を使って士官どもに取り入っていい目を見てきた薄汚い連中です。ゲヒヒ、いいざまだ」


 茶髪のゆるふわ系お姉さんが、一番偉そうな金ぴか鎧の足に縋りついていたが、足であっけなくひき剥がされた。


「それにしても凄い混乱ぶりですね。普段の襲撃からこうなんですか?」


「いや、いつもは多くて数匹程度なんで落ち着いてます。アタシも最前線にぶち込まれて長いですけど、二桁を軽く超えてるのは初めて見ました」


 荒野で馬を走らせる洋画のごとく、砂埃を上げて迫る一団のみならず、援軍も出てきそうな空気をひしひしと感じる。


 しかも最初は小さく見えていたのが、近づくにつれてどんどん大きくなってくる。サイみたいな魔物だけでも子供より高いのではないだろうか。


 守勢にまわれば砦を一気に破壊されかねないので、俺は砦内にある見張り台に陣取り、ショットガンで狙いを定める。


 まずは先頭を突き進むサイ型の四つ足の魔物に一発。


 まだそれなりに距離があるので眉間を狙い撃ちとはいかなかったが、人間よりも大きな頭部は的にしやすくて、主に俺に大好評。


「やった! さすが姉御だぜ!」


「撃ち漏らして接近してきた奴の相手をお願いします」


 歓声を上げたアグーにお願いすると、彼女はオークと見間違う巨体を揺らして荒野へ向かって行った。元々の取り巻きたちも一緒だ。


 アニータとメルティ、他に戦える元山賊団は俺の護衛ということになっていた。


 テレサたち生活班も、俺の近くに集まっている。どうやら砦内でのもっとも安全な場所認定されているらしい。


 美女たちに頼られれば、嫌とは言えない男心を発揮し、俺に任せろとばかりショットガンを撃ちまくる。比例してどんどん気分が高揚する。


「これだけいたら的には困らないですね、フフフ」


「姉御がまたヤバい顔になってる……」


「あのアグーを一発で震え上がらせた理由がわかります……」


 アニータとメルティの会話を耳にしつつ、人差し指さんとトリガーを戯れさせている間に、敵はみるみる数を減らしていた。


 これに焦ったのか、指揮官らしきオーガが前に出る。


 フラダンスでも踊りだしそうな腰みののみで、右手には巨大な棍棒を持っている。闘技場で戦ったオークといい、魔物は棍棒が好きなのだろうか。


 狙いを定めてショットガンを発射。


 オーガが見越していたかのように、棍棒で顔を守った。


 もの凄く硬そうな棍棒だが、貫通こそさせられなくとも一撃で穴が開いた。


 さらに慌てるかと思いきや、さすが魔物脳というべきか、オーガは半ばヤケクソ気味に砦へ突っ込んできた。


 ボスの雄姿に勇気をもらったのか、他の魔物までいきり立って前進の速度を上げる。


「姉御、さすがにヤバそうだよ!」


 アニータが俺のすぐ横へやってきた。報告のためと言い訳もできるが、もしかしたら避難したのではなかろうか。


 山賊団時代は勇猛さ漂わせる女傑だったのに、最前線送り後は鼻っ柱をへし折られて、どうやらかなりのお茶目さんになったみたいである。


「問題ありません」


 最初にオーガへ集中的に弾丸を浴びせ、倒れたら他の魔物を狙う。


 仕留めるのが間に合わなかったのはアグーたちが押さえており、その他を全滅させたあとで俺がとどめを刺した。


 これで砦の危機は去ったことになるが、指揮官連中はすでに揃って退去したあとだった。


「情けない奴らだね」


 砦に戻ってきたアグーが、苛立ちを隠さずに地面を蹴った。


「騎士や正規の兵士たちも大勢が逃げだしたみたいよ」


 身軽なのを活かし、周辺の調査をしてくれていたアニータが報告のために戻ってきた。


 国軍の兵士で残っているのは、家族を守ろうと死を覚悟して魔物に立ち向かおとした面々だった。

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