第11話 最前線

 視界が黒く染まり、海の底から浮かび上がるような感覚を経て、俺の意識は闘技場で覚醒した。


 新たにもう一発の蹴りを食らっていたらしく、崩れた闘技場の壁へ体が半分以上めり込んでいた。


 どんな馬鹿力だよと思いながらも、それでも死んでいない。


 これはいよいよ、その場での復活ありが真実じみてきたぞ。その際の出迎えが地球で、外道王妃様なのはいささかもの申したいこともあるが。


 とはいえ、死に直面する事態にぶつかるたび、女神様よりチート能力を奪ったベアトリーチェに、対抗策を授けてもらえるのは素直にありがたい。


 しかしあの外道王妃様。好き勝手にやりすぎて、女神様の上司とかから、チート能力を没収されたりしないだろうな。その場合は俺も詰みなんだが。


 そんなどうでもいいことを考えていられるあたり、体力の回復に伴って余裕も取り戻しているのだろう。


 地球での光景を見て、心も癒されているのかもしれない。いや、そんなことないか。


 そうこうしている間に、ドスドスと迫りくるオーク。


 壁の外側へ両脚を投げだすような格好の俺の両手には、無限ショットガン。


 ハンドガンは吹き飛ばされた拍子に落としたのか、石畳の上に転がっている。


「グオオオ!」


 勝利を確信しているかのような雄叫びを上げ、オークは汚物皇帝や観客の声援を背に俺へ手を伸ばす。


「こっちには女神様じゃなくて、外道王妃様がついてるんだ。そう簡単にやれると思うなよ」


 強力な武器を手にし、トリガーハッピー気味な性格になるおまけに影響を受けた俺は、対人の場合とは違って、荒々しい言葉をぶつけながらショットガンを敵に向ける。


 引き金を引くと、ハンドガンの時とはレベルの違う振動と発砲音が響いた。


「うお!?」


 身体能力が向上しているにもかかわらず、反動で後頭部を床にぶつけかける。


 ギリギリで耐え、安堵の息を吐いていると、なにかが弾け飛ぶ音がした。


「今度はなんだ!?」


 顔を上げると、オークの片腕が吹っ飛んでいた。


「グギャアアア!」


 狂ったように悲鳴を上げ、残っている腕を無秩序に振り回す。あんな適当な攻撃であっても、普通の人間なら食らえばひとたまりもない。


 もちろん俺もだ。


 そんなわけで、今のうちに豚男から離れる。


 ハンドガンの時は、俺をあれだけ苦しめた再生能力がまだ追いついていない。


 断裂面から肉が盛り上がり始めているが、元に戻るにはまだかかりそうだった。


「勝負を決めさせてもらう!」


 立ち上がって踏ん張り、両手で構えたショットガンをぶっ放す。


 こちらもご丁寧にポインタが敵に表示されるので、狙いも簡単につけられた。


 もう片方の腕も失ったオークが、唾液をまき散らしながら悲鳴を上げる。


 観客席はもう誰も騒いでいない。いきなりの状況変化に誰もが戸惑っていた。


「ハハ、なんだか楽しくなってきた」


 外道王妃に渡された銃を持つとヤバい奴になるのは考えものだが、戦闘の恐怖で身が竦んだりしないのは好都合だ。


 オークの体当たりを防ぐために右足も破壊しておき、まともに動けなくなったところで頭部に狙いを定める。


 この威力があれば、そこまで近づく必要もない。トリガーにかけた指へ力を入れた次の瞬間には、オークの頭部は粉々になっていた。


 主催者兼審判が口を開けてこちらを見ている。


 本物のベアトリーチェも知っていたくらいなので、こちらの世界においてオークはかなり脅威度と知名度の高い魔物なのだろう。


 それが半裸のアラフォー元王妃に負けた。


 歓声はない。ひたすらシーンとしている。


 どうすんだ、この空気。


 俺がショットガンを肩に担いで息を吐くと、汚物皇帝がやおら立ち上がって拍手をし始めた。


 すると貴族たちもそれに倣い、観客席はお祭り騒ぎになったのだった。


     ※


 試合を見ていた者にすれば、突然現れたであろうショットガンの出どころを聞かれることもなく、俺はオーク戦に勝利した報酬を受け取った。


 確かに闘技場からは解放された。


 しかし、だ。


 あの汚物、隣国の元王妃を最前線送りにしやがった。


 六人乗りの馬車で、周りを屈強な兵士たちで固められ、移動すること数日。


 多くの山々が遠くに見えるただっぴろい荒野に到着し、やはり兵士たちに囲まれての移動で、リュードンとの国境のよりも立派な砦に入った。


「せいぜいその身を帝国の役に立てるのだな」


 フルプレートアーマーを着こんだ移送団の団長が、俺の背中を押して、元犯罪者や傭兵団などが多い一般兵の宿舎へ放り込んだ。


 すでに砦の指揮官には話が通っており、魔物の襲撃があれば即出撃を命じられる。


 武器を奪われなかったのは不幸中の幸いだが、闘技場で試合するよりも危険度は確実に増しただろう。


「やれやれ。なんだかどんどん変な方向に転がってくな」


 石で造られた砦は頑丈そうだが、オークみたいな魔物が大群で現れれば、あまりもたずに破壊されそうだ。


「さて、宿舎は男女別だったな」


 士官用や正規の兵士用とは違い、一般兵はひとまとめに同じ宿舎へぶち込まれる。


 学校の体育館はありそうな広さの建物で一階が男、二階が女だと説明を受けたばかりだ。


 その際に、俺を移送してきた兵士連中がニヤついていた気がするので、ガラの悪い男たちに絡まれるのを想像していたのかもしれない。


 現に俺はアラフォーといえど類稀な美女でスタイルも抜群。


 おまけに闘技場の時と変わらない露出度の高い服装なのだから、育ちのよくない連中は好き者女がきたと勝手な勘違いをしてもおかしくなかった。


 凌辱ものはかわいそうで楽しめない派の俺にとっては、そうしたジャンルのヒロインに抜擢されるのはノーサンキュー。


 ニヤニヤと集団で近づいてくる男連中をひと睨みし、近くに置いてあった防御力の高そうな鉄の盾をショットガンで撃つ。


 一発で穴が開いたのを見て、男たちの足が止まる。


「最前線ではきっと死傷者も多くでるのでしょうね。上の方々も、末端の兵士が少しばかり減ったところで気にしないと思いませんか?」


 根っこが小市民の社畜でも、銃を持てばトリガーハッピーのヤバい人物に早変わり。


 そうとは知らない男連中も、俺の放つ危険な雰囲気を察したらしく、顔を強張らせて後ろ向きに通路の奥へ戻っていく。


 きっとそちらに各人の部屋があるのだろう。


「この分だと、寝る時もショットガンは手放せそうにないな」


 無限ハンドガンは腰布に挟んで固定してある。ショットガンは専用のケースみたいなのが欲しかったが、望んでも誰も用意してくれなかった。ちくしょう。


 絡んできそうな連中がいなくなったので、石の階段で二階へ行く。


 銃撃音を聞いて、一階ホールの様子をうかがっていた者もいたが、俺の姿が見えるなり無言で道を開けた。早くも触るな危険扱いだ。


 二階も階段を上がった先には大きなホールがあり、木製の椅子やテーブルが多く並んで食堂といった感じの内装になっている。


 ホールの左右に奥へ伸びる通路があり、チラリと木の扉が見えたことから、残りは兵士用の部屋になっていると予測できた。


 どこを使えばいいのか誰かに聞こうとしていたら、そのうちのひとつが勢いよく開いた。


「おら、さっさと運びな、グズ!」


 ボディビルダーみたいな体格の女が、赤い髪の女の尻を蹴ってゲラゲラ笑っている。


 赤い髪の女は両手に持っていたタライを落としかけ、涙目になりながら中の水を零さないようにバランスを取る。


「ここにきた頃の威勢はどこへ行ったんだい? ほら、また生意気な口をきいてみな。またアタシらが可愛がってあげるよ」


 取り巻きらしき女どもも大声で笑う。全員が俺と似た服装で、自慢の筋肉を惜しげもなく披露するアマゾネス……っていうか、あれ、もうオークだろ。


 背の高さといい、体格の立派さといい、とても同じ人類とは思えないんだが。


 そう考えると、赤い髪の女は筋肉のつきかたも丁度良く、背も今の俺と同じか低いくらいで魅力的だ。是非とも顔を拝ませてもらいたい。


「なに見てんだ……おや、お前は新入りだね?」


 俺を見て下唇をぺろりと舐めるボスオークの恐らくは雌。


 巨乳というよりは発達した大胸筋にしか見えないし、顔もゴツイので性別に確信が持てなくても仕方がない。二階にいるので女は女なんだろうけども。


「姉御!?」


 俺がそんなことを思っていると、赤い髪の女が俺を見て目を丸くした。


「アニータさん、どうしてこちらに? もしや逃げられなかったのですか?」


 俺が問うと、姉御と呼ばれるのが似合いの女が涙目のまま頷いた。


 元は盗賊の幹部で勝気な女性だったのだが、最前線に送り込まれて以降、ずいぶんと弱い立場に追い込まれていたみたいである。


「この弱虫と知り合いかい? だとしたらお前も口だけだね。オイ、まずはここの礼儀を教えてやりな」


 ボスの号令に合わせ、複数の取り巻きが素手で襲い掛かってくる。


 銃を装備しているので恐怖を感じず、向上中の身体能力のおかげで余裕をもってひとりずつ攻撃をさばき、ショットガンを鈍器代わりに腹部へ一発ずつ入れていく。


 息も切らさずに全員をぶちのめしたことで、アニータは喜色満面に、ボスは苦虫を噛み潰したような……ではなく、なんとも楽しそうな顔をしてるな。


「ゲヒヒ、これだけ教育しがいのある獲物は久しぶりだよ」


 どうやらサディストなだけでなく、戦闘狂の気質もある模様。


 場に緊迫感が高まる中、ボスはあろうことかホールへ無造作に立てかけてあった巨大な鉄の斧を手に取った。


「死にたくなければ、素っ裸になってアタシの足を舐めな!」


「臭そうなのでお断りします」


「ゲヒヒ、いい度胸だ。そんなお前に惨めな命乞いをさせてやるよ」


 斧を持ち上げるボス。ヒッと息を呑むアニータ。撃つ機会を得たとウキウキ気分で狙いを定めるトリガーハッピー。


 銃撃音がホールにこだまし、ボスの巨大な鉄の斧は粉々に砕け散った。

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