第10話 明かされる事実

 俺の体に入っている元外道王妃ことベアトリーチェとの会話はなおも続く。


『それにしてもオークを出してくるとは、あの汚物皇帝はよほどわらわに執着していると見える』


「そうなんですか? 若い娘の方を嫁にしてウハウハかと思ったんですが」


『あれはそこいらのクズとは格が違う。過去のわらわと重ねて楽しんでおるやもしれぬが、心のうちではわらわを望んでいよう。その歪みきった妄想と願望の果てが、他の魔物より性欲が強いと言われるオークとの試合であろう』


「オークの前に十試合は戦ったんですけど。下手をすればオークと戦う前に、俺というかベアトリーチェ様の体が死んでましたよ?」


『恐らくはそうならぬように手を打っていたのではないか? 衆人環視の前で肌を晒させ、恥をかかせても命を奪わぬように対戦相手へ申し渡していたとかな。そして締めがオーク戦というわけだ』


「なるほど。聞きしに勝るクズっぷりですね」


『うむ。汚物皇帝などと呼んではいるが、汚物の方がまだ肥料になるゆえ、世の役に立っておる。汚物に悪いかもしれぬな』


 元社畜の俺に対しても、ここまで嫌悪感を露わにはしない。どうやらあの皇帝はよほどに気に入らないみたいである。


『当たり前であろう。わらわが婿にせざるをえなかったあの男も同類よ』


 ベアトリーチェが、ますますもって不機嫌そうに吐き捨てた。


「それは元夫のことで?」


『権力欲の塊で色狂いの愚物よ。そのくせに人に取り入るのだけは当代随一ときておる。先王も簡単に騙されて、わらわとの婚姻を認めおったわ』


 その結果が、お家どころかお国乗っ取りだと元王妃様が嗤う。


『奴は伯爵家の出だが、取り入りの上手さで成り上がった者どもの家系でな。正統な王家の血は入っておらぬ。どこぞの有力貴族と手を組んではいるだろうが、いずれは……いや、飾りとなるのを受け入れておるのやもしれぬな』


「と言うと?」


『要するに建前だけでも国王として敬い、色を楽しむ生活を送らせてくれれば、実権は後ろ盾の貴族にくれてやるとでも言ったのであろう』


「政治というやつですか。うんざりしてきますね」


『まったくだ。その点、こちらの世界はいい。前にも言ったが向こうと違って娯楽が多い。そしてその気になれば、庶民でも政治家を志せる』


「そこまで簡単ではないと思いますが……」


『わらわにとっては造作もない。女神より奪……もとい、譲り受けたチート能力があるからの』


 今、奪ったと言おうとしなかったか? やっぱり外道じゃないか。


『言葉のあやというやつだ。それよりもそなたの話に戻そう。いかにしてあの汚物を消毒するかということであったな』


「いえ、そこまでは望んでないです。一応は娘の嫁ぎ相手ですし」


『ふむ? それなら気にする必要はないぞ。あれはわらわの実の娘ではないのでな』


「……は?」


 今度は俺がポカンとする番だった。


『あの腐れ婿に体を許す気になれなくてな。明かりを消した上で、容姿が多少似ておる、昔から王家に仕えている家の娘をあてがったのよ。最後までわらわだと思っていたらしく、得意げに色々とさえずっておったらしいぞ』


「らしいぞって、夫婦の営みに影武者使うとか、とことん外道じゃないですか。それに終わったあとはどうしたんですか」


『睡眠薬を混ぜた水を飲ませ、奴が寝ている間に身支度を整えたことにして、以降も同様にしているうちに娘が子を宿してな』


 さして興味もなさそうに、外道王妃が当時のことをつらつらと述べる。


『妊娠中はつわりで気持ちが悪いと言って奴と顔を合わせずに済み、出産後も子の世話は乳母任せではなく自分でやりたいと、奴と生活の場も変えたのだ』


 自分のお腹を痛めてもいないのに、この外道王妃、実に得意げである。地球だろうが異世界だろうが、関わり合いになりたくない人間第一位だ。


『そう言うな。わらわとて気に入った男が相手であったならば、王族の義務として子をなすのもやぶさかではなかったのだ』


「では、外道らしく、他の男との子を入れ替えるなりすればよかったのでは?」


『そのような悪逆が当たり前に頭へ浮かぶのだ。そなたの本性もなかなかに外道と思うぞ。さて、質問に関してだが、わらわが気に入る男をついぞ見つけられなかったのだから仕方あるまい』


 仕方あるまいって、王族の義務やらはどこへいった。


 あれ、ちょっと待てよ。元夫と肌を重ねておらず、他の男との逢瀬もなかった。となれば、外道王妃様ったらもしかして……アラフォーな清らかな乙女?


『うむ。女としての初めてを失うより先に、男しての初めてを失ってしまったわ。しかし、わらわの性格上、男の体の方が合っているやもしれぬな』


「奇遇ですね。私も自分は男の体の方が合っていると思います」


 真面目に言ってみたが、元王妃様は湯気が見えそうな濃い溜息をひとつ。


『そなたも往生際が悪いことよな。わらわたちは単純に入れ替わったのではなく、新しい体に生まれ変わったようなものなのだ。だいぶ変則的ではあるが、これも転生の一種なのだと、謹慎前の女神が言っておった』


「うぐぐ……しかし、私にとって向こうの世界はハードすぎるのですよ」


 精一杯の抗議をすると、ベアトリーチェが重々しく頷いた。


『女神より話を聞き、そしてこの世界で過ごし、そのことはよくわかっておる。ゆえにそなたに下賜した無限ハンドガンには、持つだけで身体能力の向上と、トリガーハッピーになれるようにしておったのだぞ』


「銃を撃ってる時、妙に高揚するのは王妃様の細工でしたか」

『うむ。感謝してもよいぞ』

 確かにそのおかげで、盗賊の命を奪う際の罪悪感はほとんどなかった。そういう意味で考えれば、向こうの世界に適した特性ともいえる。


 ただ、どうにも素直に感謝するのがはばかられる。


『そなた、なかなか難儀な性格をしておるな。すでに一度失われた命なのだ。己に二度目があったのを感謝し、好きにふるまえばよいであろう』


「そんなにすっぱり割り切れないのですよ」


『責めはするまい。なればこそ、そなたは会社でこの女どもからあのような仕打ちを受けておったのだろうしな。わらわは睨まれた瞬間にチート能力を発動して、奴隷も同然にしてやったが』


 背中を反らして高笑いする元外道王妃様。愛理の谷間に後頭部がさらに埋まり、とっても羨ましいパフパフ状態へ突入する。


『わらわの元の体は、すでにそなたのものだ。気に入った男がいれば捧げてもよいし、躊躇いがあるならば女と楽しめばよい』


「追放された身では権力なんてないので、無理だと思います」


『ならば新たに得ればよかろう。わらわの与えた武器を使ってガーディッシュを乗っ取るとかな』


「思ってもいませんでしたが、それを実行するとなると、鍵は血の繋がっていない娘さんになりますね。仲はどうだったのですか?」


『他人だな』


「はい?」


『世話はすべて、あれを産んだ女をメイドにして任せておったし、わらわが気付いた頃には隣国へ嫁がされておったわ』


 元王妃様も元王妃様で、いっそ清々しいまでのクズっぷりである。


『そうでもなかろう。父親はあれだが、母親にすれば血をわけた娘と多くの時間を共に過ごせたのだ。今はあれと一緒に隣国へ行ったが、間違いなくわらわに感謝しておる』


「本人に聞いたんですか?」


『その必要はあるまい。わらわの言葉こそがすべてなのだ』


 うわあ。ファンタジー世界のテンプレそのままの王族ぶりだ。俺、自分の生まれをついてないと思ってたけど、日本に生まれた時点で勝ち組だったんだな。


『その点は、わらわもそなたが羨ましいぞ。最初からこちらの世界に生まれておれば、この歳まで無為に過ごさずに、今頃は天下を取っていたであろうに』


「チート能力がなくてもですか?」


『おかしな質問をするな。チート能力はわらわの一部。つまりはわらわの力そのもの。わけて考えるなど愚か極まりない』


 どこまでも自分中心な考え。常日頃から卑屈になりがちな社畜人生を送ってきた身には、いけないと知りながらも憧れがある。


『なればこそ、誰にも遠慮せぬ人生を歩めばよかろう』


「うーん……やっぱりまだ割り切れませんが、少しは前向きに……なるより先にオークの餌食となりそうですが」


『そういえばそのような問題もあったか。そなたの魂がいまだこの場にあるのを思えば、相当に体を痛めつけられたみたいだな。元はわらわの体、そなたにくれてやったとはいえ、いささか不愉快だ。よってこれを授けよう』


 なんの脈絡もなく、俺の目の前に現れた銃。ゾンビを倒す某ゲームで得た知識によれば、これはショットガンなるものだろう。


『話が早くて助かる。もちろん無限ショットガンで、心身の能力向上のおまけ付きだ。これならば醜悪な豚の魔物とて倒せるであろう』


 両手で受け取ると、ズッシリとした重みが伝わってくる。


 しかしながら、すでに身体能力向上の効果が発揮されているのか、すぐに重さを感じなくなり、撃ちまくりたい衝動に駆られる。完全にヤバイ奴だ、俺。


『命の取り合いでは一瞬の躊躇が勝敗をわける。本来のそなたは度胸もないみたいであるし、それくらいの方が丁度よかろう』


「確かに……仕方ありませんし、私も覚悟を決めて向こうの世界で頑張ってみます」


『うむ、それがよいぞ。そなたを足蹴にしまくった女どもには、わらわがこの通り、たっぷりざまあをくれてやっているのでな。心置きなく向こうでの生活を楽しむがよい』


 元外道王妃が言い終わるなり、俺の体がなにもない空間へと引っ張られた。


 どうやら今回の邂逅はこれでおしまいらしい。次がないのを願いつつ、俺は無限ショットガンを大事に抱えた。

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