第5話 女たちの復讐

「なんだい、新しい女を連れてきたのかい?」


 赤い短髪で頬に傷のある褐色肌の女が、吊り上がり気味の目をさらに吊り上げて御者を睨んだ。


 ぼろぼろの布切れ一枚という格好なのに、妙に迫力があるものだから、外見は小物そうな御者がすっかりビクついてしまっている。


「あー……助けにきた、という感じでいいんですかね」


「ずいぶんとはっきりしないんだね」


 視線を俺に向けた、思わず姉御と呼びたくなる二十代後半程度の赤髪女が、若干イラついた様子で言った。ずいぶんとせっかちな性格らしい。


「アジトにきたのもなりゆきなものでして」


 簡単に事情を説明すると、姉御はふっくらした唇を楽しげに歪め、俺の背中へ隠れようとしている御者を再び見た。


「つまりだ。アンタの後ろ盾はもうないってこったね、ガラル」


 どうやら御者はガラルというらしい。そういえば名前を聞いていなかった。男のことを心底、どうでもいいと思っていた証拠である。


「待てよ、アニータ! 俺の命は、こっちの姐さんが保障してくれてる!」


「え? そうでしたっけ?」


 俺が首を傾げると、ガラル氏は目を剥き、アニータと呼ばれた姉御は愉快そうに目を細めた。


「戦いの音は聞こえてた。連中の悲鳴もね。全滅したんだろ? なのにアンタは最後まで戦いもせず、そこの姐さんにくっついてる……仲間を売ったね?」


 姉御に姐さん呼ばわりされたぞと、意味不明な感動に浸っていたのも束の間、空気が張りつめたようにピンとした。


 これはもしや、漫画などでよく目にする殺気というやつではなかろうか。なんとも格好よく、とうに失われたはずの中二病の心がざわめいてくる。


 俺が身をよじりたくなる葛藤と戦っている間にも、図星をつかれたガラル氏と姉御の話は続いていく。


「ククク、お調子者にはふさわしい裏切りっぷりだよ」


「うるせえ! 俺に舐めた口をきくな!」


「偉ぶるんじゃないよ。媚を売って、上に気に入られるしかない能無しが」


 辛辣な台詞とともに、床へ唾を吐き捨てる姉御。どうやらガラル氏に対して、並々ならぬ恨みを抱いている様子。下手に口を挟まない方がよさそうだ。


「なにが悪い! 弱い奴はそうやって立場を築いていくしかねえんだよ!」


 ガラル氏の叫びが、アラフォー王妃へのクラスチェンジ前は、アラフォー社畜だった俺の心に突き刺さりまくる。思わず頷きそうになってしまったじゃないか。


「強くなろうとしない言い訳かい? とことん小さい男だね」


「俺を小さいって言うな! クソ女が!」


 ガラル氏が、両腕を縄で拘束されている姉御に襲いかかろうとしたので、襟首を掴んで止める。その反動で襟が喉に食い込んだらしく、ガラル氏は苦しそうだ。


「アッハッハ! 無様だね、ガラル。アタイを裏切者に仕立てて頭目に取り入り、こんな目にあわせてくれたんだ。覚悟はできてるだろうね」


 姉御があお向けになるなり、床でうずくまり中だったガラル氏の首に長い脚を巻きつかせた。下着ははいていないらしく、魅惑的な肌色がチラ見えする。


 肉体は同性でも心は男。地球で俺の体を使って、よろしくやりまくっているあんちくしょうと同類になるわけにはいかない。羨ましいけども!


 不意打ちで首を絞められたガラル氏が、口から泡を噴いて白目を晒す。


 このままだと命を奪いそうだったので、姉御にやめるように言ってみる。


「こいつの味方をするってのかい?」


「そのつもりはないんですけど、約束は守らないと気持ち悪くなるたちなので」


 姉御に答えつつ、ガラル氏を起こす前に女性陣の縄を解いていく。この場にいるのは全員が盗賊団の討伐を依頼された傭兵団の一味みたいだった。


「アタシは盗賊団の元幹部だったんだけどね。そこのクズにまんまとはめられて、こいつらと一緒に連中の玩具にされてたってわけだ」


「それはまた、なんといいますか……」


「気にしなくていいさ。元はこいつらの傭兵団を壊滅させた側だったんだ。同じ目にあったからって、アタシだけ被害者ぶるわけにはいかないだろ」


 どうも外見通りの姉御肌な性格らしく、他の女性陣は赤髪女へ仲間意識みたいなものを向けることはあっても、敵意を剥き出しにしたりはしない。


「なるほど……それと傭兵団というのは?」


「知らないのかい? 各町に組合があって、民や領主の依頼を受けて面倒ごとを解決して回る連中のことさ。依頼の大半は魔物の討伐だね」


「魔物というのはそんなに多いんですか?」


「おいおい、それも知らないのか……って、よく見たら薄汚れてはいるけど上等なドレスを着てるね。元はお貴族様かなんかかい?」


「若い愛人を囲いたがった国王に追放された元王妃です」


 隠しても仕方ないので正直に教えると、姉御がポカンとした。


「あ……私、見たことあるかも……」


 青い髪の華奢な女性が、緑色の髪の女性の背中を撫でながら、まじまじと俺の顔を見てくる。


「確かに王妃様に似てる……けど、でも、王妃様って確か、先王様の実の娘だったはずよ。それがどうして……」


「無駄遣いが激しいと咎められました。そんな記憶はないのですけどね」


 ベアトリーチェは実際に浪費していたらしいが、現在中の人になっている俺が使ったわけではないので嘘は言っていない。


「チッ、男ってのはどいつこいつもどうしようもないね!」


 吐き捨てる姉御に、他の囚われ女子たちが同意する。どうやら意図せずに同情された結果、変な仲間意識を持たれたようだ。


「それで、話を魔物に戻したいのですが……」


「ああ、連中の出現頻度かい? ガーディッシュの方が多いみたいだけど、リュードンでもそれなりに見るね。アタシたちが討伐したこともある」


「そうなんですね」


 魔物の強さはまちまちで、弱いのであれば村人が倒せたりもする。そのあたりの情報は、ベアトリーチェに貰った知識の通りだった。


「傭兵団は主に魔物の討伐をしてるが、領主や国からの依頼があれば、アタシらみたいな盗賊団の討伐を行ったりもする」


「国の騎士団は使わないのですね」


「それでうっかり死者がでると、面子にかかわってきて、犠牲関係なしに盗賊団を殲滅しなけりゃいけなくなるからね」


「要するに、その危険を避けるために傭兵団を使うと」


 そこらは錠剤で得た知識にもある。国が盗賊の討伐に傭兵団を雇うか、騎士団を使うかで本気度と費用が桁違いになる。


 信用していないわけではなかったが、これでベアトリーチェからもたらされた知識が偽りのものではないとある程度は証明できた。


「お貴族様にとっては、傭兵団なんて替えのきく使い捨ての駒も同然よ。お抱えなんて言われたところで、消息を絶っても助けにもこないもの」


 青い髪の少女が、俯いて唇を震わせる。


 傭兵団の団員は、基本的に傭兵たちの子供か孤児が多い。しかも町では荒くれ者と蔑まれることもある。地球産ラノベの冒険者に近いかもしれない。


「よくわかりました。教えてくださってありがとうございます」


「王妃様だったんなら知らなくて当然か。アタシらに丁寧な口調も使ったりするしな。最初はコケにされてるのかと思ったよ」


「それは申し訳……あ、いや、すまないことをした?」


「アッハッハ! 無理に合わせる必要はないよ。で、だ。そんなことよりも重大な問題がある」


 赤髪アニータの血走った目が、床に倒れ伏しているガラル氏を捉えた。


「そいつをどうするつもりなんだい?」


「逃がすという約束なので、私は見逃します。アジトから逃げ切れるかどうかは、彼の運と実力次第になりますね」


 こちらの言いたいところが正確に伝わったらしく、姉御が魔物も逃げだしそうな極悪フェイスを作った。


「なら、逃がすのは少し待ってくれ。アタイにも準備がいるんでね」


 駆け足で部屋を出たアニータが、数分もせずに戻ってくる。手にはどこから集めてきたのか、多くの短剣を持っていた。


 それを床へ無造作に並べると、他の面々にも持たせる。


「こっちの準備は整ったよ」


「では、彼との約束を守ることにしましょう」


 部屋の奥まで引きずっていき、俺は気絶中のガラル氏を起こす。


 氏は目を覚ますと飛び起きて周囲を確認し、女たちが武器を持っているのを見て泣きそうな顔をした。


「おい! 俺を見逃す約束だぞ!」


「ですので今からガラル氏は自由の身です。私は追いかけたりしませんので、どうかご達者で」


 俺が離れた瞬間、姉御が突っ込んでガラル氏の顔面を蹴った。


「甚振ってくれたお返しをさせてもらうよ、ガラル」


「待て! 待ってくれ! やめろ! くるな!」


 無限ハンドガンで、すでに多くの盗賊の命を奪っている。それにこの部屋にいた女性の心情を思えば、ガラル氏にはとても同情できなかった。


「まずはなりと一緒で小さいのを切り落してやるよ」


 数人がかりでガラル氏の服を脱がせ、姉御が残虐極まりない笑みを浮かべる。


 直後、洞窟全体に響き渡る絶叫。


 うお。本当にやったよ。しかも他の女性陣も容赦なしだな。


 誰もが目を充血させ、手に持った短剣で復讐を遂げていく。


 やがて悲鳴が聞こえなくなった頃、姉御がひとっ風呂浴びたあとみたいなスッキリした表情で、俺の前へやってきた。


「アタイは孤児で、この国の貴族連中に思うところはあるが、アンタは復讐を遂げさせてくれたし、なにより命の恩人だ。アタイで力になれることがあるなら、なんでも言ってくれ」


「それはありがたい申し出ですね。実のところ、無一文で放り出されたので、これからどうするかも決められていなかったのです」


 社畜時代の癖で、どうしても丁寧な言葉になってしまうが、そういうものだと諦めたのか、姉御はもうあまり気にしていないみたいだった。


「だったら盗賊でもするかい?」


「確かに追われた身ですけど、犯罪者にはなりたくないですね」


 故ガラル氏にかき集めさせたお金があれば、次の仕事を見つけるまでの間はなんとかなるのではないだろうか。


 元王妃を働かせてくれる場所があるかは不明だが。


「まあ、元王妃様だしね、抵抗はあるか。それなら他の盗賊団を襲ってみるのはどうだい? ここらには他にも結構いるんだよ」


 姉御曰く、無許可の傭兵団みたいなものらしい。


 ここには壊滅した傭兵団の元一味もいるので、新たに団を結成して町で仕事を貰うという手もあるようだ。


 無限ハンドガンもあるし、普通に就職口を探すよりは、この場にいる全員の面倒も見られるので、それもいいかもしれない。俺はそんなふうに考えていた。

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