第4話 拠点襲撃
反撃されないように、御者の後頭部に銃を突きつけながら歩くこと数時間。
すっかり日も暮れた頃になって、森の中にある洞窟に到着した。
ひとけのないところに連れ込んで悪さをするつもりかと疑ったりもしたが、どうやらきちんと案内してくれたらしい。
「とはいえ、セオリー道理なら……」
小声で呟いていると、御者が身を低くして走りだした。
「大変だ、お頭がやられた! 皆、きてくれ!」
御者の呼びかけによって、どやどやと強面の盗賊たちが顔をだす。
なので、もぐら叩きのごとくハンドガンをぶちかましていく。
無限ハンドガンの特性なのか、銃撃音は聞こえるものの、火薬のにおいはしない。仕組みがどうなっているのか気になるところである。
分解して壊したら元も子もないので、中身を調べたりはしないが。
「あ……あ……あ……」
瞬く間に数を減らしていく仲間を目の当たりにして、どうにも弱々しさとずるさに同族意識を覚える御者が尻もちをついた。
ようやく乾いたばかりのズボンに新しい染みを作っているが、どこにも需要がない光景なので気持ち悪いだけだ。
ついでに御者も撃ってしまいたい衝動を堪え、盗賊の残党相手に引き金を引き続けていると、アホみたいに外へ出てきていたのが止まった。
全滅してくれていれば嬉しいが、こちらの攻撃に恐れをなして隠れた危険性もある。
本物のベアトリーチェ曰く、俺には復活機能つきらしいが、あくまで彼女の予想でしかない。
実際に地下牢では回復していたが、あれもただの偶然かもしれないのだ。
そう考えるとむやみに特攻もできず、俺は御者を立たせて先に歩かせる。
「大きな声で仲間をお呼びしてもいいですよ」
本来なら背中のひとつくらい蹴ってやりたいが、哀愁の漂わせ方がどうにも本来の自分を思いださせる。
(俺はあの女どもと違う)
悪党とはいえ、盗賊を散々銃殺しておいてなんだが、そんなことを考えつつ洞窟を改造したアジトを歩く。
たまに不意をついて攻撃をしてくる輩もいたが、この体は反射神経も動体視力も抜群らしく、致命傷を負う前に気づいて対処できた。
やがて御者は完全に諦めたのか、自分の命を優先して、お仲間が潜んでいそうな場所を自分から暴露し始めた。
おかげでたいした苦労もせずに制圧していき、御者が一味は全滅したと言ったところで終了となった。
「結構な人数がいたみたいですけど、有名な盗賊団だったんですか?」
俺が問うと、御者が少しばかり得意げな顔をする。
「何回か国による討伐も切り抜けて、近隣に恐れられてたんだぜ!」
だが、彼に元気があったのもそこまでだった。
「それなのに、元王妃ひとりに全滅させられるとか、一体どうなってんだよ」
「心中お察しします」
反射的に返したら、いやそうな顔をされた。
「ですが、それだけ有名な盗賊団だったなら、被害も多かったでしょうし、討伐されても文句は言えないでしょう。私も被害にあいかけましたし」
食堂と思われる広いスペースで、木で作られた円形の椅子に座る。
男の時の癖で足を開いて座ろうとしたため、スカートが引っ掛かって悪戦苦闘する。それを御者がなんとも微妙そうに見ていた。
「なあ、アンタ本当に王妃様だったのか?」
「そうらしいですよ。あ、そうだ。あなたたへの依頼者は国王ですか?」
頷いたあとで逆に質問をすると、御者は苦いものでも食べたみたいに顔をしかめたが、やがて大きく息を吐いた。
「今さら隠しても仕方ねえか。実際に依頼してきたのは違うが、城の関係者には間違いねえよ。チンピラを装ってたが、姿勢の良さからして騎士様だ」
「うわあ、とことん腐ってますね、この国」
そもそも正統な血筋の王妃が地下牢へぶち込まれたのに、誰かが助けにくるどころか、面会者すらいなかった。
「アンタら王族や貴族が腐らせてんだろうが」
どうやらこちらでも貧富の差が激しいらしく、その日生きるので精いっぱいな社畜をせっせと量産中みたいだった。
「だからと言って、盗賊行為が正当化されるわけでもないでしょう」
長い脚を組み、低い天井を見上げてため息をつく。ランタンは天井に引っ掛ける場所がないので、木製の大きな丸テーブルにいくつか乗せられていた。
「さて、これからどうしよう」
王妃という身分だったにもかかわらず、無駄遣いが原因で追放されてしまった身だ。使ったのは、正確には俺ではないんだが。
「戻れば今度こそ殺されるだろうし……」
どこか適当な町を探して住むにも、市民権を得るには領主の許可が必要になる。日本ほどしっかりした戸籍制度はなくとも、元王妃だと露見する可能性は高い。
「ガーディッシュへ亡命しようにも、娘に引き取りを拒否されてたんだっけ」
この体に入り込んでパニクっていた時に、確か元夫が得意げに話していた。
「アンタ、腹を痛めて産んだ子にも捨てられたのかよ」
ひとり言を聞いていたらしい御者が、同情的な視線を向けてきた。
「そうみたいですね」
「……そのわりには悲壮感がねえな」
「お腹を痛めた記憶がないせいでしょうね。どうにも他人という感じが強くて」
「そんな……ものなのか? 王族の価値観は俺にはわからねえな」
お手上げポーズでおどけつつ、くたびれた男は少しずつ出入口へ向かって後じさりしている。隙をついて逃げるつもりらしい。
「あ、指が滑った」
パアンと音が鳴り、御者のネズミじみた顔のすぐ横を弾丸が走り抜ける。
壁に着弾した音が、やや薄暗い洞窟に反響した。
「それ以上逃げようとすると、もっと滑るかもしれません」
「なんだよ! もういいじゃねえか! アジトだって教えたろ!」
「解放されたいなら、貯めているお宝をください。ありますよね?」
言い逃れできないくらいに完璧な脅迫だが、先立つものがないので仕方ない。幸いなのは相手が一般人ではなく、悪党なので罪悪感を覚えずに済むことだ。
「出したら逃がしてくれんのか?」
「ええ、もう用はないですし」
洞窟へ案内させた時みたいに、後頭部に銃口を押しつけて先を歩かせる。
一番奥の部屋に木の扉つきのスペースがあり、室内は絨毯が敷かれているだけでなく、少ないとはいえ壺などの調度品も飾られていた。
御者は壺に手を突っ込んで、数枚の紙幣を取りだす。
こちら側では紙幣経済が発達しており、小銭はないみたいだった。なのに単位はびっくりの円である。得た知識で判明した時はかなり驚いた。
単位は一円、十円、百円、千円、一万円となっている。地球とは違って五の単位のお金がない。
紙幣は国が木版印刷で刷っているらしく、偽札は死罪となる。それでも日本と違って精巧な印刷技術がないので、偽造事件はそれなりにあるようだ。
「俺が知ってるのはこれで全部だ」
想像よりも多くの紙幣が、頭目が使用していたと思われる机に積みあげられた。三下かと思いきや、意外に頭目と近しい立場だったのかもしれない。
考えてみれば、使用する者のいない裏口とはいえ、王城へ王妃の身柄を預かりにいく役目を任されているのだ。
「全部合わせて五十万ないくらいか。庶民の食事ってどれくらいでしたっけ?」
「黒パンひときれなら、ものによっては一円でも買える。お貴族様が食ってそうな白パン一斤なら百円を超える。庶民が気軽に毎日食えるものじゃねえよ」
「なるほど」
御者からさらに話を聞いてみると、普通の国民は一ヶ月二千円もあれば暮らせるらしいので、下手をすれば物価は日本の百分の一程度だ。
それなのに白パンは日本と変わらない値段がするのだから、こちらの世界ではかなりの高級品になるのだろう。
「そんなことも知らねえなんて、やっぱり王族だよな」
面白くもなさそうに、小柄でくたびれた男が吐き捨てる。
「じゃ、俺は消えさえてもらうぜ」
ひとりで部屋を出ようとするので、追いかけてホールへ戻ったところで、女性のすすり泣きみたいなものが聞こえた。
御者が排泄物を溜めておくところで、女性を案内するような場所じゃないと言っていた方からだった。
「誰かが泣いてるみたいなのですが」
「空耳だろ。洞窟内は風が反響したりもするからな」
「いえ、そうではないみたいですね。最後に向こうを案内してください」
男が前と同じ説明をしていやがるので、足もとへ銃弾を放っておとなしくさせる。
俺の気が変わりそうもないと判断したのか、やがて諦めたように俯き、ひどく重そうな足取りで、頭目の部屋を北とするなら西の細い通路を進んでいく。
奥には鉄の扉がはめこまれており、掴むところには鎖が巻きつけられた上に南京錠を取りつけられていた。
「悪いが鍵の場所は知らねえ。この奥がどうなってるのかもだ」
「それはおかしいです。汚物を溜めておく場所だと言っていたはずです」
鎖と錠をハンドガンで壊そうと銃口をずらした瞬間、男が動いた。
素早くしゃがみ、俺を転ばせようと両脚でこちらの足首を挟もうとする。
地球で社畜をしていた頃ならあっさり倒れていただろうが、現在のベアトリーチェの体は特別なのか、余裕を持って回避できた。
呆気にとられる男の足を踏みつけ、悲鳴をあげている間に鍵を破壊する。
「早く扉を開けてください」
銃口を額へ向けると、御者が観念して立ち上がる。
「なあ、信じてくれよ、俺は無関係なんだって」
早口で言い訳じみた台詞を並べる男を急かし、扉を開けさせる。ランタンがひとつだけ壁に取りつけられた室内では、数人の女性が身を寄せ合っていた。
「なるほど……何があったかは想像したくもないですね」
童貞卒業を夢見ていた自分だが、マニアックな趣味はない。女性と肌を重ねる時はラブラブイチャイチャが至福だ。その機会は得られなくなってしまったが。
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