第3話 盗賊襲来
目を開けると、明かりの乏しい地下牢の中だった。
先ほどのやりとりは夢なのかとも思ったが、受け取った錠剤を飲んだおかげなのか、この世界の知識が当たり前のように増えていた。
「異世界ものらしくどんな言語も理解できるんじゃなくて、普通に日本語を話してたのか」
地球とは異なる地殻変動を起こし、大陸の形も違っている。そのせいで、現在いる王国――リュードンが日本かどうかはわからない。
髪や肌の色はヨーロッパ系なのに、日本語が共通言語というのに違和感を覚えるが、異世界というか並行世界なのだからと強引に納得する。
「食べ物や動物なんかの名称も変わらないのは、地球と同じ女神様が管理してたからなんだろうか」
やることもないので思考に没頭するも、答えが出るはずもない。
頭を横に振ると、長い金色の髪が首筋や肩に当たった。
改めて手を見てみる。高級なアンティークの陶器みたいに白い。シャワーを浴びていないので薄汚れてはいるが、それでも綺麗だと思った。
「転生……というよりは入れ替わりになるのか」
とはいえ、どちらも元の人生は終了しているので、やはり転生と言えなくもないのかもしれない。よくわからないが。
「あれこれ考えるよりも、今はこれをどうするかだな」
俺の手には、夢みたいな世界で受け取ったハンドガンが握られている。
どこぞのゲームのクリア特典よろしく弾丸は無限らしく、撃つのに細かい手順も必要ないという話だった。
「だからって小市民の俺に、簡単に撃てるわけないよな」
盗賊や魔物も存在するこの世界では、地球よりも命の価値は重くなさそうだが、それでも殺人を犯せば忌避される。
「でも、あるのとないのじゃ大違いだ」
徐々にやや低い女声にも慣れてくるので不思議だった。
ハンドガンを見つからないようにスカート内へ隠し、押さえるものがないので下着との間に挟めておく。
「下着や服の素材も地球と変わらない感じだな。デザインはゲームっぽいけど」
地下牢と合わせてファンタジー感が漂うが、どうやらこの世界に魔法は存在しないみたいだった。
トイレやシャワーは水洗だが、電子機器類はまったく発達していない。移動も馬や船で、ベアトリーチェの記憶にある世界地図もかなり大雑把だ。
「大陸の形だけ見ると、オーストラリアみたいなんだけどな」
海に囲まれた大きな大陸がひとつあり、リュードン王国と隣国のガーディッシュ帝国が半分ずつ治めている。
ちなみに産んだ覚えのない娘も、少し前にそこへ嫁いだ。
国家間の争いはほとんどなく、いつからか、どこからともなく現れるようになった魔物との戦いに兵力を集中させている。
とりわけ、ガーディッシュの方で出現率が高いみたいだった。
魔法もないのに魔物とはと思うが、錠剤によって得た知識によれば、人型や動物型など、それこそゲームで見たことあるようなタイプが多いみたいだった。
「環境面でも治安の面でも、日本が恋しくなってくるな」
いじめられて不満を溜めすぎた結果、俺は心臓発作でも起こしたようだが。
「……あの二人の悪意を好意に変換させたとか言ってたな」
よくよく考えなくとも、洗脳とか催眠の類である。
「躊躇せずに使ったっぽいし、あの王妃様、完全な外道じゃないか……」
こちらの世界でもあの調子で過ごしていたなら、大勢に恨まれていそうだった。
「そういや、女神様もあの女のせいで謹慎になったとか言ってたな」
俺まで巻き添えで天罰を食らわないように祈りつつ、すでに一度死んでいる事実に思い当たって、妙に気楽な気分になる。
「本物のベアトリーチェが言ってた通り、体の不調も治ってるし、本当にその場で復活ありのベリーイージーモードなのかもしれないな」
だとしたら思う存分、人生を満喫できる。
「あ、でも、俺、女になってるんだった……」
夢と希望を持ち続けた童貞の卒業が、物理的に不可能になった。
もっとも、肉体はどこぞの外道王妃様によって女を知ったみたいだが。
「……向こうの方がもっとベリーイージーじゃないか。まあ、俺が同じチートをもらっていても、あそこまではっちゃけられてはいなかったろうけどな」
両手を枕にして、ボロボロのベッドであお向けになる。
これからどうすべきか悩んでいると、多くの足音が聞こえた。
先頭でやってきたのはダンディな中年男性で、リュードンの国王だ。
ベアトリーチェの夫ということになるのだが、その夫は薄笑いを浮かべてこちらを指差した。
「ベアトリーチェ、お前との離縁が決まったぞ。あとはその身で無駄に使った民の税金分を稼いでもらおうか」
隣にはお人形さんみたいな可愛らしい女性もいる。年齢は十代半ばか後半といったところだろう。寄り添っているのを見るに、後妻っぽい。
周囲の兵士もチラチラ見るくらいの美少女なのだが、あまりにも国王とは年齢が離れている。
日本と違ってこちらの成人は十六歳みたいなので、犯罪には当たらないのかもしれないが、どう見ても事案である。
「自分の子供でもおかしくなさそうな女をそばに置きたくて、正統な血筋の王族を婿養子の分際で追放するのか。民の税金で暮らしてるのは同じだろうに、ずいぶんとまあ腐った性格をしてるようで」
呆れていたせいで、ボロッと言葉が零れてしまった。
しかし国王は怒りで顔を赤くすることもなく、負け惜しみを言うなと笑って、兵士たちに俺を牢から連れ出させた。
大量の罵詈雑言を浴びせ、ベアトリーチェの記憶でも仲はよろしくなかったロリコンの元夫が、若い女の肩を抱いて背中を向ける。
俺はといえば城の裏口から連れ出され、いつ壊れてもおかしくなさそうな馬車に押し込まれた。
ハンドガンが見つかったらどうしようかと思っていたので、持ち物検査がなかったのはありがたい。
元夫曰く、そのままの格好の方が落ちぶれた感が強くていいらしい。少女趣味なのに加えてとんだクソ野郎である。
馬も御者もくたびれており、襲われる危険はなさそうだが、一抹の不安を禁じえない。目的地に着く前にこの馬車、壊れるんじゃないだろうか。
整備されていない道を進み、ガタゴトと揺られること数時間。
開け閉めするのにも勇気がいる、今にも粉々になりそうな窓から見る景色にも飽きてきた頃、土煙を上げて近づいてくる連中を発見した。
「それじゃ、俺はここで」
御者が馬車を止め、素早く降りると馬を外してしまう。
どうやら娼館へ連れていかれるどころか、ここで慰み者にされた挙句、殺される可能性が高まった。とんだクソゲーだ、これ。
本物のベアトリーチェと話して以来、どんどん思考が投げやり気味になっている気もするが、これは恨みを抱いていた二人へ、勝手に復讐を果たされたせいなのだろうか。
別にNTRでもBSSでもなかったはずなのだが。
そんなことを考えている間にも、盗賊と思われる連中が、手を振る御者の方へ馬で走ってくる。
「こっちですぜ、お頭! 薄汚れてますが上ものです!」
「元王妃様だって話は聞いてる。そんな女を好きにしていいとはな」
案の定、国王側がベアトリーチェを処理するために雇ったごろつきらしい。
首尾よく俺を殺せたら、働いている最中に病気で亡くなったと発表し、罪を償ったとか言って涙でも流すのだろう。あの元夫なら確実にやる。
そうなると黙って殺されてやるのも業腹なのだが、生憎とこちらの中身は平和ボケした日本人。無限ハンドガンを持たされていても覚悟が決まらない。
「殺しさえすればいいみてえだから、まずは楽しませてもらうとするか」
頭目と思われるひげ面のおっさんが、窓から馬車の中、つまりは俺の顔を見て舌舐めずりをした。
途端に立つ鳥肌。肉体は女でも意識は男のまま。そんな俺が慰み者にされるなんて展開はちっとも嬉しくない。
さらに思いだされる元夫とのキス未遂のシーン。倍増の吐き気に苦しんでいると、馬車の扉が乱暴に開けられた。
「抵抗していいんだぜ、ククク」
男たちの反応を見るに、ベアトリーチェはやはり相当な美人らしい。
すでにアラフォーなのだが、同年代らしき盗賊連中は、気にもせずに俺の腕を掴んで馬車の外へ引っ張り出そうとする。
そのうちのひとりが、おもむろにスカートをめくった。
元王妃なのにストッキングもなにもはいていないので、生脚がお目見えする。ついでに下着が見えかけたところで、ハンドガンの存在を思いだす。
見つかって取りあげられたら一巻の終わりである。
下着を隠すような動作で素早くハンドガンを抜き、銃口をスカートをめくった馬面へ向けて引き金を引く。
小気味いい音が響き、馬面の額に穴が開く。ゲームみたいに派手に吹き飛んだりはしなかったが、一発で致命傷を与えられた。
言葉もなく倒れる味方を見て、目を点にする盗賊ご一行。動きが止まり、俺の左腕を押さえる犬面の男の力も緩んだ。
「では、遠慮なく抵抗させていただきます」
銃を撃つ前の葛藤はどこへやら。なんだか妙に楽しい気分で撃ちまくる。
赤い血が舞っても顔面が笑みの形を崩さない。酒を飲んでも車のハンドルを握っても人格が変わるタイプではなかったはずが、これはどうしたことか。
首を傾げながら軽やかに引き金を引いていると、いつの間にやら生き残りはくたびれた御者のみになっていた。
中年で痩せている彼は、地面に尻もちをついて失禁をしている。
自然とそういう動作を取ってしまうのか、銃も知らないのに両手を上げた。
「た、助けてくれ。俺はこいつらに命令されただけなんだ」
盗賊の一味でもないと言いだしたが、ウキウキ気分で頭目に手を振っていた姿を見ているので、とても信用はできない。
「そうなんですか。一味ならアジトへ案内させるために生かしておこうと思ったんですけど、その必要はなさそうですね」
俺がわざとらしくため息をつくと、御者は首を横に振った。
「一味ではねえけど、アジトの場所は知ってるぜ。へへへ、案内するから殺さないでくれよ、な? な?」
「……わかりました。次はきちんと目的地に着くのを期待します」
従来の人生で癖になっている、取引先へ対するような口調で告げたあと、俺は御者の案内に従い、徒歩で盗賊のアジトへ向かった。
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