再会

夏休み明け。

始業式を終え、クラスルームも終わり放課後になるとみんなが私の机のところに集まってくる。

「ついにこの日が来たか……」

「なんかドキドキしちゃう」

「分かる」

そんな会話を交わす私たちの目の前には6つのスマホが入れられた禁欲ボックス。

もうその鍵は解かれているものの、中々みんな手を伸ばそうとしない。

「不便だったけど大事なものにも気づけたし、時間ってこんなに余ってたんだなあって分かったから、また元に戻るのが怖いわ」

珍しくお菓子を食べずに固唾を飲むように禁欲ボックスを見つめるれいちゃん。

「分かる! もう一度手にしたらすぐ元に戻っちゃいそうっていうかさあ」

ジタバタする紗莉の横で言乃が動く。

「こうやってても進まないし……じゃあ、僕から」

そう言って禁欲ボックスの蓋を開けて自分のスマホに手を伸ばす。

それに倣うように今度はめぐちゃん、森ちゃん、私、れいちゃん、紗莉と順に自分のスマホをとっていく。

「スマホを触ったらまずやりたかったことがあるんだよね」

どこか弾む声でいう言乃。

「ミニスタの更新かトークルームの返信でしょ」

そう言うれいちゃんに言乃は首を横に振る。

「その逆。ミニスタを消すこと」

「……はあっ!?」

一際大きな声をだしたのはれいちゃんだけどそれ以外のみんなも驚いた様子。

唯一紗莉だけ聞いていたのかそこまで驚いていない。

「あんた、本当に大丈夫なの? アプリをってことだよね? アカウントじゃないよね?」

れいちゃんの動揺は大袈裟なものではない。

それくらいに言乃はミニスタにハマり込んでいた。暇さえあればすぐにアプリを開いていたし、他校の子と連絡をとったりもしていた。

それがないと生活できる訳ない。そう言い切れるくらいに大事にしていたはずなのに……。

「アプリもアカウントも消したよ」

薄く笑みを浮かべてどこかからかうようにそう言う言乃に対してれいちゃんは「はあっ!?」とまた大きな声を出す。

「もう今の僕にはいらないって思ったからさ。でも代わりにこれやる」

そう言って言乃がみんなに見せるのは動画投稿アプリだ。

「実は僕、曲作るの好きなんだ。音楽もギターも好き。……1回、曲投稿して、全然ダメでやめてたけどもっかいやってみたいんだ」

「え! すご!」

「ギター弾けるなんてかっこいい」

「言乃、そんなことまでてきたんだ……」

みんなの返す言葉はどれも明るい。

そしてなぜか言乃の横でドヤ顔している紗莉。

「ふっふっふ。言乃の曲は実に実に素晴らしいからね。私のお墨付き」

「あんたは聞いたことあんの?」

「もちろん!」

「えー、うちらにも今度聞かせてよ」

「もちろん」

そう言う言乃の顔に映る感情はポジティブなものだけには見えない。楽しみ、期待、不安。

色んなものが内包されているように見えるけど、その全部の感情に対して嬉しそうにも見える。

「うわ……」

不意にめぐちゃんから漏れる心底嫌そうな響きの声。

「どうしたの?」

気になって尋ねるとスマホの画面を向けてくれる。

見るとそれはめぐちゃんの彼氏さんの耀平ようへいさんとのSINEのトークルーム。

大量に同じスタンプが打ち込まれているのが目にはいる。うざがるような表情をしたウサギを目がハートになっているキツネが抱きしめて頬にキスしているスタンプ。

「あいつさあ……」

めぐちゃんが少しうなだれる一方でみんなその画面を見て冷やかし始める。

「ひゅーひゅー! 熱々だね、めぐみん!」

「仲良くていいじゃん」

「憧れるなあ」

「私なんて、2次元の彼氏からしか連絡きてないんだからさあ、喜べよお」

れいちゃんに肩に手を置かれてめぐちゃんは目を細めて言葉を返す。

「面と向かってるとめちゃくちゃ奥手の癖にってムカつくわ」

「おおー、それはつまり面と向かってもこれくらいして欲しいということですな」

ニヤニヤして言葉を返す紗莉にれいちゃんがのっかる。

「そうだよ。恵は直接言えなさそうだからうちらで伝えといてあげよ。ほら、恵、スマホ貸して」

「貸すか!」

鋭いツッコミを返されて2人はニヤニヤ冷やかしている。


わちゃわちゃしたその雰囲気に微笑みながら自分のスマホに触る。

1ヶ月経ってもパスワードは忘れないもんだなあ。

開いてすぐに目に飛び込んでくるホーム画面は恋愛成就の壁紙。

自然消滅しても好きな気持ちは消えないからどうか……と縋るような気持ちで探して設定したそれ。

もういらないな。

「ねえ、みんなで写真撮りたいんだけどいいかな」

声をあげるとすぐにみんなから「いいよ」と返ってくる。



「じゃあ、撮るよ」

みんながギュッと集まってくれて、私はスマホを掲げてシャッターボタンを押す。

「ありがとう」

そう言いながら撮れた写真を確認する。

みんないい笑顔。

「いい感じ! 壁紙にさせてもらうね」

そう言うとみんな嬉しそうにする。

「そうだ、今度みんなでファンタジーランド行かない? ハロウィンのCM見たんだけど行きたくなっちゃって」

森ちゃんのその言葉にみんなすぐ「行く!」と返す。

「今ってカチューシャどんなのあるんだろ。あと、どフードとお土産!」

「フードは私が調べる。あとよろ」

「もう、れいちゃんはしょうがないなぁ」

6人でスマホを見て話をする。

でも夏休み前よりも、なんていうか、お互いのことがよく見えている気がする。


結局スマホって便利だし、完全になくさなきゃいけないものとは思わない。


でも、夢中になる力も持っているからこそ、近くの大事なものがよく見えなくなる事もある。


そのことをちゃんと理解して、たまにはスマホを置いて目の前のことを見て、感じて、今を精一杯楽しんで生きられたらそれが一番いいんだろうな。


「のん、どうかした?」

めぐちゃんに不思議そうに尋ねられて首を横に振る。

「ううん、なんでもないの。みんなと過ごす時間が楽しいなってだけ」

「もー! のんは可愛いなあ。なでなでしてあげる!」

「私も!」

「じゃあ、私も」

気づいたらみんなに頭を撫でられる。

照れくさいけど嬉しい。


今を楽しむってきっとこういうことだよね。

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