花火大会
「ちょっと気合いいれすぎかな?」
「そんなことない。可愛い」
短くてもはっきり力強く言ってくれるめぐちゃんに苦笑を返す。私、
去年の夏にお小遣いで買った手頃な値段の浴衣を着て、髪の毛はめぐちゃんにセットしてもらっている。
かなりお祭り感がでた格好にめぐちゃんちの玄関の姿見を見て気合いいれすぎかなと少し恥ずかしくなったけど、めぐちゃんの言葉で安心する。
一緒に待ち合わせ場所に向かうめぐちゃんは普段通りの私服。
他にも浴衣着てくる子いるかな。
「よし、忘れ物ないね」
「うん」
「じゃあ、行こう」
2人でお家を出てめぐちゃんが鍵を閉めている間空を見上げる。
天気予報通り雨は降らなそう。晴れてて良かった。
それから並んで待ち合わせ場所の駅近くにある時計台に向かう。
「今日は叔父さんがうちのチビ2人連れて花火大会に行ってるんだ。心配」
「そうなんだ。まあ、2人とも元気いっぱいだもんね」
「そう。あの2人のおねだり最近特にすごいし」
そう言うめぐちゃんだけど表情は柔らかい。
めぐちゃんには保育園に通う4歳の双子の妹さんと弟さんがいて、私は会う度に癒されているけれど、家族としてずっと一緒にいるとまた違うのかな?と話を聞いていて思う。
私自身は兄弟がいないからそれすら少し羨ましくも感じる。
それから2人で何気ない会話をしているうちに待ち合わせ場所に着いた。
人が多くてパッと見て誰が来ているか分からないなと思ってキョロキョロしていたら誰かがこちらに駆けてくる。
「望夢ちゃん、恵ちゃん」
「あっ、森ちゃん!」
下駄をカタカタと鳴らしながらこちらに駆けてきたのは森ちゃん。
クリーム色の優しい色合いをした浴衣を身につけていて腰に届きそうな長い髪の毛はお団子にされている。
「可愛い!」
「望夢ちゃんこそ」
「森ちゃんものんも可愛いよ。写真……は撮れないから目に焼き付けとく」
そう言うめぐちゃんの言葉に笑っていたらめぐちゃんの後ろからフラッとれいちゃんが現れる。
「よーっす!」
右手には大きなりんご飴、左手にはチョコバナナを2本持って現れるれいちゃん。
「あんた……」
呆れた顔を向けるめぐちゃんの反応も気にせずに食べかけのりんご飴にかじりつきモグモグと食べながら「いいりんご飴日和だね」と言う。れいちゃんらしくて笑ってしまう。
あれ? 暗くて見えづらいけど……。
「れいちゃん、焼けた?」
「あっ、そうなのー。部活仲間で海行ってきたんだけどさあ、日焼け止め塗ったのにマジ焼けて。最悪なんだよねー」
「そうなんだ。日焼け止め塗っても焼けちゃう時あるよね」
「そうなのよー。太陽ガン照りだったし。まあ、楽しかったからいいんだけどね」
そんな会話をしていたら輪に入ってくる人。
「久しぶり」
言乃だ。普段通りのメンズライクな服装で現れた言乃はなんだか表情が明るく見える。
「えー、なんか、あんた雰囲気変わった? ダウナー系っぽかったのに目に光宿ってない?」
訝しげに言うれいちゃんに対して言葉乃はふっと口角をあげて笑う。
「どうかな」
「なんかうざあ」
そんなやりとりに微笑みながら時計に目をやる。
もう18時になる。
あとは紗莉だけだけど、大丈夫かな?
そもそも、紗莉はもう想いを伝える手紙を言乃に渡しているのかな。
もし渡しているとしたら気まずくて来れないとかあるかな。
手紙のことは誰にも言う気はない。
けど、誰もそのことを知らないからこそ私が、あまりに紗莉が来ない時は『紗莉はそういえば今日来るの無理そうだった』とかうまく話す必要があるかな。
そう考えていた時、れいちゃんとめぐちゃんの間に割り込むように飛び込んでくる人。
「ギリ間に合ったー!!」
見ると浴衣を着た紗莉がいる。
薄いオレンジ色の星が鏤められた浴衣を着た紗莉は若干息を切らしている。
「いやあ、慣れないもんで歩くと予想以上に時間かかるね。ってか、下駄しんどい」
そう言ってからこっちに目をやる。
「おっ! のんともりりんも浴衣なんだ! めっちゃ似合ってる! 下駄しんどくない?」
私も森ちゃんも「まあ」みたいな反応を同時に返して、紗莉は項垂れる。
「2人とも女子力高いし慣れっこかあ」
「そんなに辛いなら僕の靴と変える? サイズ同じでしょ」
不意に声を上げるのは言乃。
他のみんなからしたらいつもの光景だけど、私だけやけにドキドキしてそのやり取りを見つめてしまう。
「いや、いい。言乃がしんどくなっちゃうじゃん」
「分かった」
「あっ、そうだ。5人でジャンケンしてよ。買った人にこのチョコバナナあげるー」
「チョコバナナ屋のおじさんみたいなことし始めた」
言乃が呆れたような目を向けているのもお構いなしに「ほら、じゃんけーん」というから慌てて手を出す。
「ぽん!」
だされた手はチョキ、チョキ、パー、チョキ、パー。
「おお、そしたら勝った紗莉とのんでじゃんけんね」
「ええ、でもチョコバナナ2個あるじゃん」
「これ、一個は私んだから」
途端ムッとした顔を向けるれいちゃん。らしい。
「えー、れいちゃんのケチー。りんご飴だって食べてるのにー。1個くらいいいじゃーん」
「だーめ。ほら、さっさとジャンケンして」
その言葉を受けて紗莉は渋々という感じで私と向き合う。
「じゃあ、いっくよー。じゃんけんぽんっ!」
紗莉がだしたのはグー。私がだしたのはチョキ。
「やったあ!」
「はい、どーぞ」
れいちゃんが紗莉にチョコバナナを手渡す。
「紗莉、ジャンケン強いよね」
めぐちゃんがそう言うと紗莉は早速チョコバナナをモグモグと食べながら頷く。
口元に沢山チョコがついてるからあとでティッシュを渡そうと思うけどその前に言乃がいつの間にかだしたティッシュを手に紗莉の前に行き口元を拭く。
「んー」
「ほら、動くな」
手紙の件もあって少し心配したけどいつも通りみたいでちょっと安心する。
それにしても距離が近いと思うけど。
「それじゃあ、屋台見て回ってから適当に花火見る場所探そうか」
めぐちゃんがそう言ってみんな「はーい」と返事をして歩き出す。
自然と2人ずつ横に並んで歩く。
先頭を紗莉と言乃。真ん中をめぐちゃんと森ちゃん。最後尾を私とれいちゃんが歩く。
祭囃子の音に屋台とその周辺に集まる賑わいが加わってまだ何も食べてなくてもこの空間にいるだけですごくお祭り感があってワクワクしてくる。
「あっ、このじゃがバタ食べたい。みんな止まってー」
そんな風に声をかけてりんご飴もチョコバナナも食べ終えたれいちゃんは今度はじゃがバタを買って食べ始める。
「にしたってよく食べるよね」
めぐちゃんがこちらを少し振り返って言うとれいちゃんは食べてるものを飲み込んでから答える。
「食べなきゃもったいないぞ! 恵」
「私は焼きそばだけ食べれればいい」
「もったいないなぁ」
「あとカニカマ棒」
「最近ハマってるんだよね」
微笑んでそう言うと頷くめぐちゃん。
「カニカマ棒かー。美味そう」
「あそこにあるお面屋さん、紗莉ちゃんが好きそう」
森ちゃんが指さす先には色んなキャラクターの仮面と色とりどりの袋に入った綿あめを売る屋台がある。
「行くっ!」
すぐに駆け出そうとする紗莉をすかさず言乃が制する。
「はぐれるだろ」
「はーい」
紗莉の声、不服そうだけど嬉しそう。
お面屋に着くと紗莉は子供向けアニメのキャラのお面を買い嬉しそうに頭に着ける。
「良かったね」
お面屋で買い物してからまた歩き出す時に今度は紗莉の隣を最後尾で歩く。1番前に言乃と森ちゃん、真ん中にめぐちゃんとれいちゃんがいる。
言乃が森ちゃんとの話に集中している様子を確認して、この賑わいだし……と小さな声で隣の紗莉に尋ねる。
「手紙の件……どうだった?」
尋ねると紗莉は笑顔を向けてくる。
「ばっちり! 渡せたよ。渡して逃げるみたいになったけどね」
「分かる……。私もポストにいれて逃げ帰るみたくなって……。そこで鉢合わせちゃったし」
「うわあ、それはしんどかったね」
「そうなの。でも、上手くいったよ。紗莉のおかげ」
「おっ! 上手くいったっていうと?」
「自然消滅してなかったことに気づけたしデートもこの夏休み中に何回かできたんだ」
「うわあ! やったじゃん!」
自分の事のようにはしゃいでくれる紗莉に嬉しくなる。
「あのデートもしないし一緒に下校も数回しかしてなかった初々しい2人がデートかあ」
改めて言葉にされると照れるな。
「紗莉の方はどうなの?」
聞いていいか少し迷ったけど流れのままに尋ねてみる。
「私はね、曖昧……かな」
そう言うけど表情はなぜか明るい。
「特別な方法で言乃が気持ち伝えてくれたの。……恋愛的な好きじゃないと思うし付き合うことも今はないと思う。でも可能性ゼロじゃないなって思えるし友達としてこれからも仲良くできそうって感じの」
「そうなんだ」
特殊な伝え方、ってなんだろう。
そう思いながら答える。
「私もさ、のんがいたお陰で行動できたから。ありがとう!」
「嬉しい。こちらこそ、ありがとう」
それからみんなで色々と屋台を見て回って、それぞれ食べ物や飲み物を買ったり金魚掬いをしたりしながら歩いているうちに屋台の通りを抜ける。
「あっ、望夢!」
不意に自分の名前を呼ぶ声が聞こえてそちらを見るとこちらに手を振る璃空くんがいる。
「璃空くん!」
花火大会に来ることは知っていたけどここでたまたま会うことができるなんて……。どうしよう。運命を感じたくなってしまう。
「さっきそこのチョコバナナ屋でジャンケンに買ってこれもらったんだ。良かったら食べて」
そう言ってチョコバナナを差し出してくる。チョコバナナの中では珍しくピンク色のチョコがかかっていてハートのトッピングがされているもの。
「ありがとう」
大事にそれを受け取る。
受け取る時に少し指が触れてドキッとしていたら
「あとさ、浴衣、すげえ似合ってる」
と少しぶっきらぼうな声音で言われる。
その言葉の直後お互いの友人たちが「ひゅー」と茶化すような声を上げる。
恥ずかしくなって俯く。
「じゃあ、また」
そう言って友達達と去っていく璃空くん。
「ちょっとちょっとお~、いつの間にヨリ戻したのよ」
私の肩にドシッと手を置いて嬉しそうに尋ねてくるれいちゃん。
私は自然消滅していたことが勘違いだったことやデートもできたことを伝える。
めぐちゃんと紗莉以外は知らなかったのでみんな驚いたり嬉しそうにしてくれる。
「美男美女カップルうらやま」
そんなれいちゃんの言葉に照れながらもらったチョコバナナを食べる。
甘くて美味しい。
スマホがあったなら写真を撮りたかったけど今はできないから目に焼き付けてずっと忘れないでいたいな。
璃空くんとのことも、大事な友達達とのことも全部。
「ねえねえ、あっちらへん、よくない? 土手の上に微妙に隙間ある!」
紗莉が指さす方向は川を前にした土手。
人混みの中でもスペースがありそうなところ。
「よし、あそこ行こう」
めぐちゃんがそう言って、みんなでその場所に向かう。
着いてみると6人で並んで座れる程度のスペースがある。
「これ使おうか」
森ちゃんがバックの中から取り出したのはレジャーシート。
「流石、森ちゃん」
みんなで森ちゃんにお礼を言いながら靴を脱いで敷かれたレジャーシートの上に座る。
それから買ってきた食べ物をレジャーシートの真ん中に置いて好きにシェアして食べていく。
「今何時なんだろうね」
私が不意にそう言った時、ヒューッという花火が空に上がる時特有の音が聞こえてくる。
みんな自然と目の前の空を見上げる。
バーン。大きな音を立てて花火が空に広がり光が落ちていく。
「めっちゃ綺麗……」
息を飲むくらい綺麗に感じられる。
それはみんなも同じみたい。
周りのグループがスマホの画面を空に向かってかざす中で私たちはただ空を見上げる。
私は花火を見る大事な友人たちの顔を見る。
花火の光が映る楽しそうな横顔。
ずっと、ずっと、忘れたくない。
今この瞬間をこの目で見て、感じて、目いっぱい楽しもう。
そう思いながら私は花火に目を向け続けた。
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