手紙の答え 望夢

「本当に良かったねえ」

「本当に! めぐちゃん、もうキラキラしてたね!」

興奮して話す先には友達の森ちゃんこと盛岡きいがいる。

私、葉加瀬望夢はかせのぞむは現在、幼馴染で親友のめぐちゃんの演劇の舞台を見終えて友達とカフェで感想を語り合っているところ。

「あのジャックが急に切りかかるところで避けるエリーの動き、すごかったねえ」

「わかる! 動きもそうだし、今回のめぐちゃんの演技は感情がこもっててすごく引き込まれたなあ」

しみじみと、思い出しながら言う。


つい3日程前にめぐちゃんの家で宿題会をした時、めぐちゃんから「私はどんな風に演劇と接してると思う?」って聞かれた時は驚いた。

あまり悩み事がない子……というか、あったとしても隠すのが上手いし話さない子だったから。悩んでいるような姿を見て驚いた。

けど私を頼ってくれてるのかなと嬉しくも感じて答えたくて、でも上手い言葉は言えなくて、帰ってから1人であの時なんて答えればよかったんだろう。大丈夫かな? 改めて伝えたいけど変にまた言及したらその方が迷惑なんじゃ?なんて、色んな思いが生まれてきて舞台当日の今朝も胸の内に不安があった。

でも観てみたらそんな不安はすぐに吹き飛んだ。

「何よりも、なんていうか、楽しそうだった」

そう言う森ちゃんの表情は明るい。それにその通りだ。

「本当に」

そう答えながら気づく。

「森ちゃん、服の系統変わったね」

気にしているという肩幅を隠すようなビッグシルエットの服を着ていることが多くてその印象が強かったんだけど今はその反対みたいな服装をしている。

肩幅がはっきりと分かるぴったりした服。系統としてはかっこよかったり大人っぽいものだ。今まではふわふわした女の子らしい服やシンプルなものが多かったから大分イメージが変わる。

めぐちゃんの舞台に意識を持ってかれていて気づけていなかった。

「うん、そうなの」

どこか嬉しそうに、でもどこか不安そうに言う。

「すっごく似合ってるし、素敵だよ!」

感じたことをそのまま言うと森ちゃんは照れたように笑う。

「嬉しい……。実は、夏休み中に推しを見つけて、その人の服装を真似てみてるの。私、肩幅があることずっと気にしてたけどその人はむしろそれを活かすように、目立たさせるように服を着ているのにすっごく素敵で……。朝日アケミさんっていう人なんだけど、食生活も凄いんだあ」

そう言って楽しそうに推しの話を続ける森ちゃんの話をうんうんと聞きながら嬉しくなる。

私にはアイドルの推しがいるけど、その話をした時に森ちゃんが「私はそんなに好きになれる芸能人の人いないなあ」とどこか寂しげに言っていたのを覚えているから。


それから暫く2人で話してから解散する。

カフェで売っていた美味しそうなクッキーを家族分お土産で買ってきた。その袋を揺らしながら、明るい弾むような気持ちで歩く。

めぐちゃんの舞台本当に良かったし、森ちゃんには推しができてて、楽しそうで本当に良かったなあ。

スマホとかSNS断ちしてたからこそ、舞台っていうエンタメがより身に染みて楽しく感じられたのかなあ。

思案しながら歩いてたけどそれがある人が視界に入ったことでピタリと止まる。

さり気なく道の隅っこに寄る。

ここなら電柱で見えない……よね?


さっき見かけたの、見間違いでなければ……。


電柱に寄り添うように立っていると自転車の漕ぐ音と男子の笑い声がこちらに近づいてくる。

息を潜めるようにしていると目の前をその人含めた男子の集団が自転車で通り過ぎて行く。


はあ……よかった……。

気づかれてはいないよね?


バクバクした胸を抱えながらまた帰路に着く。


先程見かけた人、それは元彼氏の男の子、三上璃空みかみりくくん。


隠れたくなったのはやましい事があるとかそういう訳ではなく単に恥ずかしくて顔も見れない状態だから。



夏休みが始まってすぐの頃、友達の紗莉が家に来て一緒に想い人に向けて手紙を書くことになった。


璃空くんとは元彼氏といっても自然消滅という形だったのと、自分から「好き」という言葉を一度も言えなかった後悔からずっと気になっていたしなんで言えなかったかなって考えることが多かった。

それに好きな気持ちは消えていなくて片思いしていた。

また付き合いたいとまでは思ってない、と思ってたんだけど紗莉と話してたら気づいた。


やっぱり私はまた璃空くんと付き合いたいんだなって。


付き合いはじめてからできたことは何度か一緒に帰路を歩いたことくらいで付き合ったといえるのかすら分からなかったから。


歩きながら璃空くんとのことを思い出す。

1年生の時に璃空くんと私は隣の席で、はじめて声を掛けられたのは「葉加瀬って変わった苗字だね」だった。

そんな細かいことまで覚えてる。


璃空くんは整った顔立ちをしていて背が高く、爽やかな雰囲気を纏う、誰にでも優しい人。よく女子にキャーキャーと黄色い歓声をあげられているモテる人。

そんな子と一時的に両想いになれなだけでも感謝すべきなのかも。


私は数学が得意で、隣の席の時はよく璃空くんに質問されて答えていた。

葉加瀬はかせって苗字だけど本当に博士みたいに頭がいいって褒めてくれたりしたな。


告白されたのは1年の冬。

その日の朝に放課後あいてる?って聞かれた。

別段2人でもグループでも一緒に遊びに行ったことはなかったから驚いた。

でもその日の放課後は特に何もなかったからそれに応えた。

そして放課後。誰もいない空き教室まで一緒に行って、そこで改まって向き合って「好きです。付き合ってください」と言われた。

あの時のドキドキと嬉しさは今でもよく覚えてる。差し出された手に自分を手を添えて「お願いします」と返した。


それからできる時は一緒に帰ったけど、璃空くんのサッカー部の活動が忙しくて中々一緒に帰れなくなった。私も美術部だけど都合はつけられる。でも璃空くんは難しそうで……。


SINEでのやりとりは活発だったけどそれも段々減っていった。自然消滅した後もやり取りが続いてはいたけど本当に他愛もないことを時間をかけて話している感じで、終わらせた方が璃空くんの為になるのかなと考えたりもしたけど自分のわがままな心が繋がりを断ちたくないって叫んでいてそのまま続けていた。

スマホ断ちする前に「しばらく返せない」とは伝えたけど、それに対する璃空くんからの返答は見ていない。


それに、璃空くんにはもう新しい相手もいるみたいだった。

放課後の教室に忘れ物を取りに行った時に璃空くん含めた男子の集団がいて会話が聞こえてきた。「お前、綾瀬とはどうなんだよ?」「うっせ」そんな会話。

茶化すような友達の雰囲気とそれに邪険そうに返す璃空くん。でも照れ隠しに思えた。

それにその頃、情報通のれいちゃんから同じサッカー部の1年の綾瀬って女の子と璃空くんの仲が良く一緒に帰ったりしているという話を聞いていた。

そこで自然消滅なんてしてないんじゃないかという希望も消えてこれからはちゃんと片想いしていこうと思った。


そして紗莉と一緒に書いた手紙を、私は璃空くんに直に手渡すのは怖くて、切手を貼ってだすのもなんか違うと思って直接璃空くんの家のポストに届けに行った。

マンションの号室まで覚えてるなんてキモイかな。そんなことを少し思いながらも気持ちが伝わるといいなと願いながらそれをポストにいれて帰ろうと振り返ったら璃空くんがいた。

なにか話しかけてくれてたけど瞬間的にパニックになっていて恥ずかしくてそのまま逃げ出してしまった。


だからさっき見かけた時もめちゃくちゃに恥ずかしくて……。

気づかれてないよね?


「葉加瀬!」

不意に名前を呼ばれて振り返る。

「璃空……くん」

振り返ったら自転車から降りて、自転車を手で押しながらこちらに近寄ってくる璃空くんがいた。

「さっき見かけた気がして戻ってきたけどやっぱいた」

気づかれてたんだ。恥ずかしい。穴があったら入りたい。

「……このあと時間ある?」

その言葉を聞くと告白された時のことを思い出して自然と胸が高揚してしまう。

それに、こうして2人きりで、面と向かって話すのっていつぶりかな。

「あるよ」

「じゃあ、そこの公園で少し話そうぜ」

「うん」

今いる場所から1番近くにある公園へ2人並んで向かう。

お互い何も言葉を発さない。私の場合はだけど、璃空くんは何を考えているんだろう。顔を見たいけど恥ずかしくて見れないや……。


公園に着くといくつか置いてあるベンチのうちの1つに座る。


それからまた沈黙が続く。

大体、璃空くんはあの手紙を読んでくれたのかな? 読んでてほしいような、読んでて欲しくないような……。


「ごめん」

最初に発された重みを感じる声音の言葉を聞いて、あたたかくなっていた胸の内が一気に冷めていく。

「ああ……ううん、全然! 私の方こそ、ごめんね」

私、今、振られたんだ。


……そしたらこの片想いも終わりにしなきゃだな。

でも、不思議とスッキリもしてる。

直接言えなかったことは悔やまられるけど、伝えられただけで私としては上出来かな。

涙がにじんできて慌てて上を向く。

ここで泣いたらもっと迷惑だから。やめて。

でも止まりそうになくて慌てて立ち上がる。

「ごめん、もう行くね」

涙を見せたら、璃空くんは優しいから優しい言葉をかけて慰めてくれる。

でもそしたら私はより想いが断ち切れなくなるし璃空くんにとっても迷惑だ。

そう思うのになぜか璃空くんは立ち上がった私の手首を掴む。

「待って、話少しさせて……ってなんで泣いてるの!?」

驚いた顔をして自分の荷物の中やポケットをまさぐった後、道端で配られているようなティッシュを手渡してくる。

「こんなのでごめんだけど、良ければ使って」

「ありがとう……」

力なくまた座って、受け取ったティッシュで目元と鼻を拭く。

「俺のせいだな……」

落ち込んだような声音にそちらを見ると、璃空くんは悲しそうな表情を浮かべて下を見ていた。

「まず、最初に伝えとくとさ、俺は自然消滅したなんて思ってなかった。だから、葉加瀬からの手紙読んで驚いた。でもよく考えたらそう思わせちゃうような感じだったよな。ごめん」

頭を下げられて慌てる。

「え、全然……。私の方こそ、その……ちゃんと好意を伝えられてなくてごめんね……」

自然消滅したと思ってなかった?

そう……なんだ。胸の内が少しあたたかくなる。

「手紙、すげえ嬉しかった。……俺、葉加瀬が思ってる以上に葉加瀬のこと好きで、手繋ぐだけでめっちゃ照れるし手汗やばいし、だから……さ」

璃空くん赤くなってる。可愛い。嬉しい。

「どうしたらいいか分かんなくなって。ごめん」

「私の方こそ受け身でごめん」

2人で顔を見合う。

好きな人と今、想いが通じてる。

なんて素敵なことなんだろう。

「今、隣にいるだけでその……めっちゃやばいんだ」

私の手を取り自分の心臓の位置に持っていく璃空くん。

あてられた手に感じる鼓動ははやく熱い。

それに合わせるように自分の鼓動もはやく熱くなるのを感じる。

赤くなっていることを自覚しながら手を離すとひとつ気になったことを聞く。

「でも、その……綾瀬さん?って人といい感じ……って話を小耳に挟んだんだけど……」

聞くのは怖いけど気になるなら聞かないと……。

「綾瀬? え、全然。ああ……夏休み入る前に告白はされた。でも断ったよ。彼女いるからって」

「そう……なんだ。一緒に帰ったりもしてるって聞いてたから」

ちょっと意地悪かなと思いつつ聞いてみる。

「ああ、あいつ、同じマンションに住んでるから、帰る方向同じなんだ。ずっと同じ方向で前後で歩くのも気まずいから一緒に帰ってた。けど、葉加瀬が嫌ならやめる」

そういうことだったんだ……。

「ううん。そういうことなら全然。ちょっとヤキモチ妬いちゃっただけ」

「美術部っていつも何時に部活終わんの?」

「えっ……。大体17時半だよ。夏休み明けて少しすると文化祭の準備期間だから、その間はもう少し遅くなると思うけど」

「分かった。俺はいつも大体18時まで部活あるんだ。だから、文化祭の準備期間は校門のとこで待ち合わせて一緒に帰ろうぜ」

「うん!」

嬉しいな。こんな夢みたいなことあるんだ。

「それに……デートもしような」

「……うん」

気まずいような甘酸っぱいような空気。

「そういえば、スマホ断ちしてるってどういうこと? なんかあったの?」

「友達がみんなで夏休み中SNS断ちしようって誘ってくれて私も興味があったから。SNSをやめる為にそもそものスマホを断ってる感じ」

「へえ~。すげえな。俺にはできそうにないや」

「やってみると良いことが色々あるし、楽しいよ」

「そうなんだ。葉加瀬はすげぇな」

感心したように言われて嬉しくなる。

「……でも、そのお陰で気づけたかも」

どこか感慨深そうに呟くから気になって「何が?」と尋ねる。

「葉加瀬とSINEだけで繋がってる気になって、ちゃんと気持ち繋げてなかったこと。SINEで話すだけで勝手に繋がれた気になってたんだ、俺」

「……それを言ったら私も。SINEで話せるだけでいいって、思ってることがあってもちゃんと伝えられてなかった」

璃空くんはニコッと笑ってこちらを見る。

「これからはちゃんと思ってること、お互いに伝え合うおうな」

「うん!」

嬉しくて、嬉しくて、自然とどんどん頬が惚けていく。今私すごい表情してるんだろうな。


「そういえば、スマホないって暇つぶしとかどうしてんの?」

「えっと、暇つぶしは、最近はビデオを観てるかな。レンタルビデオ屋さんに、ビデオを借りに行ってるの。サブスクが今の時代の普通になってきてるから、昔よりビデオコーナーは狭くなってるけどそれでも充分楽しいし、サブスクにはない楽しさがあるの。サブスクだと沢山作品があっていいけど情報も沢山で読んでるうちに疲れるけど、ビデオ屋さんは気になったものを手にとって見るのそんなに苦痛にならないし……」

「へえ。オススメのなんかある?」

「うん! この間観た『海上シェフは休まない』ってやつ。船上のコックさんの話なんだけど、アクションもあるし料理も美味しそうだし景色もすごく綺麗なんだよ! アンディ・パーソンが主演でね、ヒロインの女優さんもすごく綺麗なんだ」

「コックなのに戦うとか面白そうじゃん。それさ、良ければ今から借りに行ってうちで観ない?」

「えっ!」

あまりに展開が早くて驚いて止まってしまう。

まだちゃんとしたデートもしたことないのにお家に行くなんて緊張する。

「あっ、親はいるし、2人きりじゃないし、ビデオ観る機械は居間にしかないから安心して」

そう言われて安心するような、残念なような気持ちになる。

「親にも俺の彼女なんだって紹介したいんだ。今度良ければ望夢の両親にも挨拶させて欲しい」

「うん、分かった」

そう答えてから考える。

え、今望夢って、名前で呼んでくれた!?

「今……望夢って言った?」

「うん、言った」

そう言う璃空くんの顔は少し赤く見える。

胸がいっぱいになる。

「じゃあ、行こう。よく行くビデオ屋さんここの近くなんだ」

「おう!」

璃空くんも立ち上がって一緒にビデオ屋さんに向かう。


ちょっとずつ、でも確かに、私たちのペースで進んで行けたら嬉しいな。

そして甘えたりせずちゃんと言葉にして大切なものが消えたり見えなくならないようにしたい。

そんなことを胸の内で思いながら私は璃空くんの隣を歩いていった。

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