アイデンティティ 恵

「それにしたって不便だよね」

「んー、まあ、そうだね」

どこか曖昧な返答を返してくるのは幼馴染で親友の望夢のぞむ。私含め友人からはよくのんといわれている彼女は宿題を一緒にやる為に私の家に来ていて、今は勉強していた私の部屋からは出て、居間で一緒にお菓子を食べながらくつろいでるところ。


のんが前に美味しいと言っていたクッキーを自然と手に取りのんの方に置く。


私の名前は伊藤恵いとうめぐみ

自分のことは特に特徴のない人間だと思っている。特徴と言えるのかわからない特徴は、地域の演劇塾に所属していること。

あとはキツいとか睨んでると思われがちなこの目かな。

のんは猫目で可愛いなんていってくれるけど自分としては気に入ってない。

大人になったら整形しようかなあ、なんて軽く考えたりする。


「スマホは便利だもんね。あとこれ、ありがと」

クッキーを手に取り封を開ける仕草をただ見ながら考える。


友達グループで夏休み中にやっていること。

それはSNS断ち。そしてその為にスマホを使えなくすること。

興味本位で、まあいうても1ヶ月だし、と思って了承したもののやり始めてみると結構きつい。


演劇塾の連絡は後からグループSINEで確認することができなくなって全部メモることになるし、メモするっていう習慣がなかった私には割ときつく感じられている。


「親にも面倒臭いっていわれた」

「そうなの?」

「うん。父親が来れない時は母親に演劇の後迎えに来てもらうからさ、その時になんとなくの時間で来てもらうと待つことあるし面倒って」

「そっかぁ」

うんうん頷いてくれるのんを見ながら言葉を続ける。

「あと、彼氏が……」

そこまで言って言葉に詰まる。なんて言えばいいかな。

私は思ってることを言葉に変換するのが苦手だ。今も言えそうで言えない何かが喉のとこで詰まっているのを感じる。

「SINEで連絡とれないことに興味無さそうで……」

それで、なんなのか。気持ちがあるはずだけど上手くでてこない。

「そうなんだ。それは悲しいよね……」

のんが形にしてくれた言葉に、形にしてもらっといて、そうなのかな?って疑問に思う。

「うん、まあ……」

「あの……詳しくは言えないんだけど、紗莉と一緒にちゃんと自分の気持ちを伝えられるようにって、手紙書いたり気持ちを話したりしたの。それってSNSに頼ってたらできてなかったことだと思っててね……」

「うん」

「だから、よければめぐちゃんもそういう気持ち、本人に伝えてみるといいかも。めぐちゃんは大人だからそういうことあんまり伝えていないのかなって思うし」

「私は……」

そこまで言って何を言えばいいかわからなくなって、黙って頷く。

「やってみる」

それから言葉を続ける。

「のんと紗莉はすごいね。不便なことより良い事の方に目が向いてる感じ」

「んー、そう言っていいのかはわからないけど、ありがとう」

「たぶん、私とは見てる世界も違いそう」

「まあ、違う人だからね。違うとは思うけど……。私は結構紗莉の影響受けたんだ。不便だなって思うところがあったんだけど捉え方を変えてみた方が楽だよって言われて……。紗莉さ、本当に楽しそうに、めんどいけど楽しくない?って言うの。スマホがないから直接友達の家に行くのも、暇つぶしのスマホゲームができないから昔買いためた少女漫画引っ張り出してきて読むのも、全部面倒だけど楽しいって話しててね。私もそれを見習って捉え方を少し変えてみたの。最近は暇つぶしにレンタルビデオ屋さんのビデオ借りてきてて、面倒だけど楽しくてオススメだよ」

嬉しそうにそう言うのんが眩しい。

紗莉もたしかにその明るさがすごいなって尊敬しているけど、素直に吸収できるのんが私にとっては自分と遠い存在に感じられる。

大人っぽいと言われるけどそれは達観してて冷めた目で物事を見るともいえると思う。

のんがなんでも吸収できるスポンジだとしたら私はカラカラでもうなにも吸い込めない状態のスポンジだ。

唯一くらいのアイデンティティの演劇だって、流れでやりはじめてなんとなく続けているってだけ。


私の父親は舞台俳優で地域でも大人も子供も入塾可能な演劇塾をやっている。その塾の去年公演の時に人手不足で代役を頼まれてそのままの流れで入塾した。

父親は舞台俳優といっても、有名な方じゃない。芸能人や有名な舞台俳優が主役の舞台の脇役をよくやる。大事な役どころも演じるけどいわゆる主人公を演じることはない。

まあ、整ってないことはない容姿だけど、これといった特徴もない見た目をした人だし演技力はあると思うけど華はないから妥当なのかなと思う。

でもいつも楽しそうで、ずっと不思議だったから「なんでそんなに楽しそうなの?」って尋ねてみた時がある。そしたら父親はすごい笑顔で答えてくれた。

「自分じゃない誰かを演じられることが楽しいんだ。それに僕自身は特徴のある人間じゃないからね。特徴のある人間になることが楽しいんだよ」

そんな言葉を聞いた時から演劇に興味は持っていた。

だから代役を頼まれた時には割と直ぐに快諾した。

私も、を演じて父親のように楽しくなったりするのかなって気になった。

それでやってみた感想はまあまあ。みんなと何かを作り上げるとか、演じるとか楽しくないとは思ってないけど、特段楽しいとも思わずなんとなく淡々と続けている。

それが私。推しもいないし、特徴もないから、彼氏から告白された時は驚いた。

私も気になっていた相手だけど私のどこに惹かれる要素があったんだろうって。

2歳年上で演劇塾を通じて知り合ったその人は、おちゃらけているところと、落ち着いているところを併せ持つような人。

明るくふざけてみんなを笑わせたかと思うと、少し悩んだり落ち込んでる時に不意に隣にいて言葉をかけてくれる。その言葉もその時の悩みや落ち込みにちゃんと寄り添ってたりダイレクトに効くものが多くてすごいなと思っている。

人柄的に「大好き」とか沢山言うタイプかと思ってたけど、実際はそんなことなく、あんまりそういうことを言葉にしてくれない人。

お母さんと休日2人で出掛けた時に少し相談したら「男の人ってそんなものよ」と言われた。

まあ、そう言われたら、そんなもの、なのかな。そう思って過ごしていた。


スマホがなくてめんどいけど楽しい……。

私もそう思えたら何か変わるのかな。

私もカラカラから、少しは潤ってるスポンジの状態になりたいけどやり方はわからないし、できるとも思えないな。

ずっと私はこのままなんだろうな。

それは諦めなのか、受け入れなのか、自分でもよくわからない。


「それでやってみようってなるのんもすごいよ」

短い言葉になるけどのんは嬉しそうにする。

「そういえば、めぐちゃんの舞台あと3日後だよね。今からすっごく楽しみにしてて」

嬉しそうに続けてくれる言葉を聞きながら考える。私、演劇のこと、なんとなく続けてるだけなのに公演がある度に友達に声を掛けてる。自覚ないけど心のどっかで見に来て欲しいって思ってんのかな。業務連絡的というか、言わないとって感じで言ってたところもあるけど。

のんが嬉しそうにしてるのを見てて嬉しくなる。

「ねえ、こんなことのんに聞くのも変だけどは、私って演劇に対してどういう風に接してると思う?」

のんは私の言葉を受けて不思議そうな顔をするけどすぐに思案顔になる。

「んー、なんて表現すればいいのかわからないけど、誠実に向き合ってると思うな。ほら、前に台本を少し見せて貰ったけど、沢山書き込みしてあって」

たくさんの書き込み。それはたくさんの指導を受けてのもので、自分自身のアイデアとか、そういうものではない。


役者には色んなタイプがいると思う。

例えばうちの父はその人物に心からなりきるタイプ。理解をどんどん深めて、表現のアイデアもポンポン浮かぶ人。

それに対して私は粛々とそこに書かれた人物を演じる人。表現のアイデアが自分から浮かぶこともなく人から言われたことをただ忠実にこなしていく。


「すごいと思ったの覚えてる。ちょっとしたアドバイスも全部メモしてあったでしょ? なかなかできる事じゃないし、すごいなって」

メモ。そういえば私、スマホがなくなってメモをとるのが苦痛に感じていたけど、演劇の時のメモは苦痛に感じてなかった。

話していて気づく。

「だからね、めぐちゃんは演劇に真正面からちゃんと向き合ってる、そんな感じがするよ!」

「ありがと。教えてくれて」

のんの言葉のお陰で自分のこと少し分かりそうな、明るい気持ちになる。


それから私たちはまた私の部屋に戻って勉強を続けた。夕方には保育園から双子の妹と弟がお母さんに連れられて帰ってきて遊べ攻撃がはじまり、そこで今日の宿題会は終わりにすることにした。

この調子なら宿題は1週間くらいの余裕を残して終われそう。

きっと紗莉あたりが最後の1週間は「宿題写させてー」ってくるだろうと思って余裕を残している。 


のんを見送ってから演劇塾に行く準備を始めて、18時になると母さんの車で市民会館まで送ってもらう。

演劇塾の時間だ。

本番も近いので今日は市民会館でリハーサルをする。父親に送って貰えたらそれが一番いいけど、父さんは座長ということもあって色々と準備もあり、仕事が終わり次第そのまま市民会館に向かう。


いつもの演劇塾の時もたまに一緒に行って、帰れる日もあるけど基本的には母さんに送り迎えしてもらっている。


市民会館に予定より早くに着いたので小腹も空いたしと近くのコンビニでカニカマ棒を買ってきて市民会館入口近くのソファに座ってそれを食べはじめる。

最近のブームはこのコンビニで売ってるカニカマ棒。どう食べてもタレが手につくところが鬱陶しく感じるけど、そのタレの味がかなり好みでハマっている。


私はいつも好きになったものを一定の期間食べまくって嫌いになってを繰り返してる。

周りからはやめなよと言われるけどやめようと思ってやめられるものでもない。


きっとこのカニカマ棒もあと1ヶ月後には嫌いになってるんだろうな。

そんなことを考えながら黙々とそれを食べてたら、不意に誰かが私の肩に手を置いた。

「よっ! またカニカマ棒食ってんの? あんま食べ過ぎんなよ〜。好きなもんなくなっちまうぞ」

見ると明るい表情を浮かべた私の彼氏、柳耀平やなぎようへいがいた。

大学に入って少ししてから染めた見慣れないオレンジがかった茶髪で一瞬誰?と思うことも多いけど、最近は少し慣れてきた。

「……そうだね、気をつける」

隣に座ると私の顔を覗き込んでくる。

「なんか、機嫌悪い?」

「別に……」

昼間のんとした会話を思い出す。

寂しいってことを伝えた方がいいって話。

でも、そもそも、本当に私はそのことを寂しいって思ってんのな。よくわかんない。

不意に耀平がテーブルに置いたスマホの画面が光って目がいく。

近くで見なくてもそのメッセージに赤色のハートが含まれていることが分かる。アイコンは遠目に見てもわかる可愛い女の子で名前はせなとかかれているのがわかって、自分の視力がいいことを喜びたいような悔やみたいような気持ちになる。


でも……そういうことか。


私は一気にカニカマ棒を食べ終えると立ち上がる。

頭にカッと血がのぼっていて、自然と口が動く。

「変にキープするくらいならちゃんと振ってよ」

どこか吐き捨てるように言うとその場を去る。

とりあえず近くの女子トイレに入り、カニカマ棒のタレで汚れていた手を洗ってから鏡を見る。

酷い顔……。それに感情的な自分、すごく嫌だ。


そう思いながら頭にさっき見たものが浮かんでくる。


普通、環境も違う、ほとんど会えない彼女とSNSで連絡がとれないってなったら嫌がったり寂しがったり、心配するものだと思うのに耀平はなんで?って思ってた。

けど、他にもう女がいたんなら納得。


「はあ……」

肺の中の空気全てを吐き出すように大きく息を吐き出す。

スマホが手元にあったならすぐにでも友達に連絡していた。


でも今はそれもできない。

心の中で気合いをいれてトイレを出る。


案の定耀平がいて話しかけてきたけど逃げるように集合場所に向かう。

集合場所に着くともう準備運動をみんなではじめるところ。

挨拶もして準備運動もしてって、その間も耀平から話しかけようとしている雰囲気は感じたけど避けた。


無事リハーサルも終わると市民会館の外の階段のところで座って母さんの迎えを待つ。

父さんはこの後まだ打ち合わせがあるらしい。

ボーッとしていたら不意に隣に人が現れる。


「今日ずっと俺のこと避けやがって」

むくれた顔をした耀平だ。

「……」

返す言葉もなくてただ黙って目の前を見ていると、目前にスマホの画面が現れる。

「これの通知を勘違いしたんだろ」

見せられたのはSINEの画面。

例のせなって人とのトークルーム。

見える範囲の会話だけでは何も分からない。

大学の授業で使う資料の用意を頼む相手とそれを了承する耀平。そしてハートマーク付きでお礼を言う相手……。

アイコンはアイドルみたいに可愛い女の子。

……どうせ他にいくならこんなあざとい子はやめてほしかった。改めてアイコンを見て思う。

「これがなに?」

自分で出しといて随分ドスのきいた声が出たなと思う。

「ん」

トークルームの写真を見せられる。

でてきたのは耀平も混じっている男子7人の写真。

「こいつがせな」

せなだというその人は薄い茶髪をクルクルにセットしたガタイのいい……男の人。


でも、写真で見てもまだ信じきれないところがある。

「このアイコンは?」

冷めた目を向けると耀平はアイコンを見て

「これはこいつの好きなアイドルの……名前忘れた人! ちょっ、待って」

と言って急にトークルームの電話ボタンを押す。

それから少ししてスマホ越しに聞こえてくる声。

「はいはい、もしもーし」

少し聞いてすぐわかる。男の声だ。

「お前のSINEのアイコンの人、誰?」

「はあ? 急に電話してきてなんの話だよ。Nine'sのリヨちゃんだよ」

ああ……なんか聞いたことある名前。 

耀平は私の方を見て微笑む。

なんの微笑み?と思ってたらまた電話口に話し出す。

「あとさ、せなに彼女の話してたじゃん?」

「おう」

「今隣にいるから自慢しようと思って電話した」

その言葉に戸惑っているうちに通話はビデオ通話に変わって耀平は私の肩に手を添えてくっついてくる。

「おまっ! 羨ましい~。いきなり電話してきて彼女自慢とか、彼女欲しいやつにすることじゃねえし!」

「ごめん、ごめん」

明るい声音の全然悪びれていない謝罪を聞きながら心が強ばっていたのが和らいでいるのを感じる。

「じゃ、それだけだから」

なんて言って相手が何か言ってる途中で電話を切る。

「……男……だったんだね」

電話を終えて少し静まり返った空気で気まずくて視線を逸らしながら言う。

「おう。……やっぱ女だと思ってたんだな」

「だって名前的にも内容的にもアイコンだってそれっぽかった」

どこか子供のように言うと頭を撫でられる。

髪の毛のセットにはとくにこどわるほうなので一瞬ムッとはするけど嫌ではない。

「あいつふざけてよくハートマーク付けてくんだよ。最初はやめろよ!って突っ込んでたんだけど最近はもうしつこくて面倒くさいから放置しててさ」

そこまで言うとこちらに向き直り頭を下げてくる。

「嫌な思いさせてごめん」

……なんて、心が広いんだろう。

私は結局明確な証拠もなく勝手に勘違いして怒ってしまっていたのに。

私も改めて耀平の方に向き合って頭を下げる。

「私の方こそ、勝手に騒いでごめんなさい」

顔を上げると耀平の手が差し伸べられていた。

「仲直り」

「……うん」

照れ臭い。そう思いながらもその手に自分の手を重ねたらその手を引かれてそのまま抱きしめられた。

心臓がドキドキと音を立てる。

耀平の服、良い匂いがする。それに心地にいい。好きな人の胸に顔を埋める。幸せだ。

去年の9月に付き合い始めたからもう少しで付き合って1年が経つけれど、抱きしめられたのは3回目だ。片手で数えられるくらいに少ない。


手を握って歩くこともなかった。

友達からは『もっとラブラブしなよ』とか、『付き合いたてとは思えない』とヤジを飛ばされたり、『最初からなんか夫婦みたい』とか『そういうカップルもいるよね』とか色々な言い方をされてきた。

「俺、恵のことしか見てないから」

その言葉を受けてあたたかい胸の内に少し曇りが生まれる。

「……だったら、なんで……SINEで連絡できないこと、辛くないの?」

言ってしまった……。

こんなこと、恥ずかしくて認めるのも口にするのも嫌だったのに。

「辛いに決まってるじゃん!」

返答はすぐにきた。

体を離してその顔を見る。見たことのない必死そうな顔。

「ずっと連絡できないこと辛いけどさ、ただ我慢してるだけ!」

「我慢……するなら、ちゃんと伝えてよ。辛いとか」

「恵だって我慢してる癖に、俺だけ辛いなんて言えねえよ」

「なっ、別に私は」

そこで止まる。違うと否定するのは簡単だけどちょっとの勇気をだして胸の奥を覗いて言葉を吐き出してみようか。

ストッパーに引っかかってた言葉。色々。

「大体! 大学入学してからすぐにチャラい見た目になるし! 明らかに合コンとかサークルで女子と交流してそうな外見で不安になるし!」

「めっちゃ偏見」

「偏見だけど! ……ずっと不安だった。大学には可愛い女の子沢山いるだろうし、私なんてなんの特徴もない人間なんだから。すぐに違う子にいかれるんじゃないかって怖かった。それでSINEもできなくて私は寂しかったけど全然寂しそうじゃなかったから……悲しかった……」

吐き出してから、じっくり、ゆっくり、自分でも自分の気持ちを理解してみる。

そっか、私、悲しかったんだ。

認めたくないけど認めざるを得ないくらいに。

「伝えてくれてありがとう」

真っ直ぐに目を見て真剣な顔でそう言った後、言葉を続ける。

「俺も言わせてもらうけどさ、恵は俺のこと好きって言葉にしてくれたことないからずっと不安だった。大人っぽくて落ち着いてるし俺より年上に思える時もあるからさ、本当は俺のこと好きじゃないけど気を遣って付き合ってくれてんじゃないか、なんて思う時もあった」

そんな風に思われていたなんて考えもしなかった……。

それに、私から「好き」という言葉を伝えていなかった事実に今更気付かされる。人にばかり求めて私ってなんて愚かだったんだろう。

「SINEやめるって話した時も本当は嫌だった。でも、高校生の夏休みって戻りたくても戻れないもんだし、友達とそうやって何かに挑戦する大切な機会を俺の勝手なわがままで邪魔したくなかった」

そこまで言ってから立ち上がり口元に手を当てて声を出す。

「俺はずっと恵と連絡取りたい!!」

私に向けてでなく何故か目の前に向かって叫ぶように言う。

恥ずかしいからやめてと普段の私なら止めるところだけど今は不思議とそうならない。

気持ちが溢れてきて声にして、言葉にしてみたくなる。

私も立ち上がって口元に手を当てお腹の底から大きな声を出す。

「私は耀平のことが大好き!」

言ってみると意外と恥ずかしくないかも。なんかスッキリした気がする。

そんな気持ちで耀平の方を見たら何故か座り込んでいた。

「どうしたの?」

「いきなりは心臓に悪いっす……」

こんなへなへなしている姿、あんまり見ないから面白くなる。

私も隣に座り込んで耳元に口を近づける。

「好き」

「うわあ! だからさあ」

あげられた顔は真っ赤で、それだけで、ああこの人は本当に私のことが好きなんだって思える。勝手に安心できるしくすぐったい気持ちになる。

「……あと、恵は全然特徴ない人間じゃねえから。魅力いっぱいで目が離せないし……」

髪をかきながら照れくさそうにそう言うとバッと立ち上がり階段を駆け下りていく。

階段を降り終えるとこちらを振り返る。

「続きはまた明日な!」

そう言うと返事も待たずに駆け出していく。

……耳、真っ赤だったな。

あっという間にいなくなっちゃったけど思い出すだけで自然と笑みがこぼれる。


……それに、耀平の言葉でなんか、気づけた気がする。

私、周りのこと見過ぎて自分のことがよく見えていないだけだったのかも。

人のことばかり見てるから「大好き」を求めていたけど自分からは伝えられていなかったことに気づけなかった。

それに自分のこと特徴ないって決めてたのは無意識に他の人と比較した結果だ。自分のことだけ見たら好きなものを一定期間食べすぎて嫌いになるところも、目つきが悪いところも、演劇やってるのだって立派な特徴だ。

カラカラの何も吸収できないスポンジみたいなところだって、そう、私の特徴。


特徴なくなんてなかったんだ。


全部、私の魅力。

そう思っていいのかな。


両親は忙しいし、妹弟はいるし、私が小さい頃は両親は祖父母の介護で忙しかったから、両親の助けに少しでもなれるようにって両親のことをよく見ていつも気を張ってた。

それは学生になってから、友達に対してもそういうところあったな。

少し振り返って考える。


だから自分の気持ちは置いてけぼりにしてたのかな。


まあ、なんでもいいや。

特徴あるって気づけて認められただけで、それ以上は今の私に考えても分かりそうにないし。


それに、人のと比較して違うなって線引きしてただけで、私はきっと……ううん、確実に演劇が好きだ。

食べることだけでなく物事でもやりすぎたら嫌いになる私が、演劇は何よりも長く続いてる。

それってきっと好きなことの証拠になるよね。


だから、友達にも毎公演伝えてたのか。

自分で自分の中の謎解きをクリアしたみたいな不思議な気分。


不意にアイデアか浮かんでくる。

そうだ。私が今回の舞台で演じるエリーってあの場面ではこんな気持ちだったんじゃないかな。そしたらそれを表すためにこんな演出を入れてみたい。

カバンの中から台本を取りだしてページを開いてメモする。

いざ言葉にするとなるとやっぱり苦手で他の人が見たら理解できないような書き方になる。


でも、今はそれでいい。


いつか、他の人にも分かってもらえるようになれればいい。


初めて自分のアイデアを書き込めた台本は途端になんだか愛おしく感じられて、私は大事にそれをカバンにしまった。

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