私を生きること きい

「はあ、面白かったあ」

読み終えた本を丁寧に閉じてテーブルに置く。


私、森岡きいはSNS断ちをしたことで、自分が元々読書が好きで、読書に癒されていたことを思い出した。


私は周りからも指摘されるし自分でも痛感する程、勝手なくらいの気遣いをする。

グループSINEでも友達との1対1のSINEでも、打ち終えた文章の中に、何か相手を不快にさせる文がないか、何度も何度も確認をする。

何度確認しても本当の安心はこないけど、何度も確認して疲れてくるとそれを送信する。

そんなことの繰り返しを毎日やっていた。

森ちゃんの愛称で友達達は呼んでくれていて、『森ちゃんは優しい』とか『森ちゃんだから話せる』とか嬉しい言葉を言われるともっと文章気をつけなきゃとか、期待に応えなきゃってしてきた。


夏休みがはじまってもう2週間程。スマホがない状態で久々に過ごしていて少し客観的に自分を見れるところがでてきた。


あの余計に考えていた時間を減らしたら、スマホが手元に戻っても読書の時間をとることはできるよね。

ああやってひたすら同じ文に向き合っているとそれだけでドッと疲れて余計にエネルギーを消費していた気がする。


読書した時は必ずつけていた感想ノートも、ずっと記録が途絶えていたのが、この夏休み中でもう10冊は記録が増えた。

先程読み終えた本の感想も記録していく。


夏休み中に読んだどの本よりも心を揺さぶられたその本。

思ったままにバーッと言葉を書き連ねてから一度立ち止まる。

何がそこまで私にとって面白かったのかなあ。


今座っている椅子と目の前にあるテーブルを照らすように座している大きめの窓から外の景色を眺めながら考えてみる。

あっ、今日は久保田さんが来てるんだ。あのお花はなんだろう。

庭の手入れをしてくれている知り合いを見ながらボーッと考え続ける。


そっか。この本の子は強いんだ。

私にはない強さをもってる。


人に流されない、人とは比較しない、自分は自分だっていう強さ。

だから面白いだけでなく感動もしてるのかも。

自分の胸に手をあてて考えてみる。


人の気持ちに流されたり影響を受けることが多い私は、自分の気持ちの細部まで分かれないことが多い。

でも、SNS断ちをしているお陰なのか、今は少し分かれた。


私はこの話の中にでてくる意地悪なヒロインみたいだ。

周りの人から見たら何もかも持っているように見えても中身は空っぽでいつも人を見て羨ましがっている。


私のお父さんはお医者さんでお母さんは自分で起ち上げた会社の社長さん。2人とも裕福な家系のうまれでもあって、お家は地域では少し有名な豪邸。広いお庭もついていてみんなからはよく羨ましがられる。

でも私にとってそれはあまり意味をなさない。

わがままだよねとは思う。


でも、やっぱり、それだけじゃ意味があるとは思えない。


お父さんとお母さんにほとんど会えないし、家族との思い出は数える程しかない。

お父さんとお母さんが顔を合わせても、2人とも我の強い性格だから喧嘩ばかりしていて仲裁する為の言葉ばかりを覚えた。

バランスをとる事だけ上手くなってきた気がする。


それに、自分の見た目も気に入らない。

友達はみんな『可愛い』とか『そんなに気にすることない』と言ってくれるけど、自分の体型が嫌で嫌でしょうがない。

肩幅があって太りやすくて、華奢の正反対に位置していると思う。

SNSをやっている時は、華奢で可愛い女の子に沢山いいねを押すのにふとした時にぐっと気分が悪くなったりしてた。

私はこうなれないんだなって考え始めると息がしづらくなる気がした。

比較に意味がないことは、頭ではよく分かっているのに、いざ自分の正反対の憧れる子を見るとそうなれない自分を比較して非難したくてたまらなくなる。

それに友達グループの子達はみんな魅力的だ。いつか仲間外れにされてしまわないかなんて考えてしまうくらい。

彼氏がいる子やいた子もいて、相手と話したこともない片想いを続けている私にとっては羨ましいというか、羨ましいという言葉すらでない、私のずっと先にいる子達だなと思ったりもする。

まず、こんな見た目で彼氏ができるわけないって頭の中で声がする。


でもその考えを振り払う。

さっき読んだ物語の主人公ならどうするんだろう。

考える。

あの主人公なら、例え一時的にそう思ったとしても、そこで止まり続けたりはしない。

必ず動き出す。

例えその一歩が小さなものであっても、確実に……。


私もあの主人公みたくなりたい。動こう。

そういう気持ちまではでてくるけれど、そこからどうしたらいいのかがさっぱり分からない。


とりあえず椅子から立ち上がり、次に読みたい本をしまっている本棚のスペースを見る。

あと一冊しかない。

ストックがなくなるのは嫌だし、このは違う気がするけど、動くという意味でも今から買いに行こう。

そう思い立つと部屋着から着替えはじめる。


本屋さんは家から歩いて15分程のところにある。だからもっと気楽な格好でいいのは分かってるけど、これも違う。あれも違う。

これじゃ変に見えないかな? これ肩幅が目立つように見えてきた、とか色々やっているうちに30分ほど経っていた。

だんだん疲れてきて投げやりになってくる。

最初に着たこれでいいや。

最初に来た服を着直すと改めて本屋さんに向かう。


本屋さんに着いてまず向かうのは新刊の特集コーナー。面白そうと感じたものは必ず手に取り裏面のあらすじを読む。そこを読んでも尚面白そうと感じるものはカゴに入れていく。

10冊程の本をカゴに入れて店内を歩く。

あとはもういいかな。

そう思った時、不意に視線の先に気になる雑誌が目に入る。

吸い寄せられるようにそちらに向かって、改めてその雑誌を見て驚く。

可愛い……。

普段買うことはない女の子のファッション雑誌。その表紙でオシャレにきめている女の子。

ただ単に可愛いだけでなく、その体型に目がいって驚く。

私と同じような、女の子っぽくはない広い肩幅。すこしがっちりした体型。

なのに、めちゃくちゃ可愛い。

むしろその体型を活かすように服を着ている。

こんな子がいたんだ……!

SNSもやってそうだし、回ってきてもおかしくなかったのに知らなかった。


そう考えてから気づく。

私が華奢な子ばかり見ていたからだ。

SNSは特に自分が過去に見たコンテンツと類似したものをオススメに載せてくるらしいから。


自分で自分の視野を狭くしていたのかもしれない。

私は裏面も見ることなくその雑誌を手に取りカゴに入れた。




家に帰るとまず雑誌を読み始めた。 

表紙に映る子のファッションも、インタビューで語るその子の言葉も全部に感動して、そして救われる気持ちになった。

『どんな体型だってどんな顔だって私だけの宝物なんです。それはこの先もずっとそう。それを誰かの基準で測るなんてこと自分ではもう絶対にしたくない。自分と同じような悩みを抱えている子がもしこれを見ているなら伝えたいのは、ありのままのあなたが1番可愛いよってこと。ありきたりかもだけど、これが真理で

私はそこにたどり着くまでにめちゃくちゃ遠回りしてきたからみんなにはそういう思いして欲しくない』

文章1個1個を丁寧に読み込む。

読み込むほどに胸が高揚する。

そういえば、望夢ちゃんはアイドルの、玲華ちゃんは声優さんの、紗莉ちゃんは前田先生っていう『推し』がいるって話してたけど、これが推しってことなのかな。

高揚感は3人が話していた推しに対する気持ちと似ているのかも。


そんな時部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。

「きい、ちょっといい?」

扉の先から聞こえてくるのはお母さんの声。

「うん!」

扉が開けられると疲れた顔をした母さんがいる。でも私の顔を見ると笑顔を浮かべる。

「久しぶりに一緒に外食しに行きましょう」

「うん、行きたい! ……けど、お父さんは?」

「あー……お父さんは遅いみたいだしね」

この感じ、喧嘩してるんだって雰囲気でわかる。

いつもなら言わないけど今ならこの高揚感にのっかって言えるかも。

「喧嘩してるの?」

「えっ! ああ……まあね。きいが気にするようなことじゃないから」

「じゃあ、仲直りしようよ。私は三人でご飯食べに行きたい」

推しの力ってすごい。

言いたかったこと、不思議とスラスラ言えてる。

「きいがそういう事言うなんて珍しいわね。何かあったの?」

「何か……はあったけど、普段から思ってたことだよ」

そんな言葉にお母さんは少し目を丸くしてから微笑む。

「……分かった。3人でご飯食べに行きましょう。そこで仲直りもできたらするわ」

「できたらじゃなくてするんだよ」

和ますような柔らかい口調でそう伝えるとお母さんは笑う。

「きいにそう言われたら敵わないわ。分かった。そしたら父さんが帰ってきたらまた声をかけに来るわね」

そう言って部屋を出ていくお母さん。

胸がドキドキなってる。

気持ちを落ち着けるように手にしている雑誌を胸に抱えて抱きしめる。


私、ちゃんと私で今生きられてるのかな。

……そうだったら嬉しいな。


人と比べてばかりで冷たかった胸に暖かい春風が吹き込むような感覚がした。

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