自分自身のQ&A 紗莉

あたし、月見里紗莉やまなしさりは困っている。

「うあああっ! なんでこんな気持ちになるのぉっ!」

夏休み2日目。大好きな1人カラオケに来て、いつも見かける可愛い店員のお姉さんに「フリータイムで」と伝えた時からはや2時間程。


自分の胸に手をあててみる。

若干鼓動が早い。

椅子にゴロンと上半身だけ寝転がる。


「もう、なんなんだよー……」


いつものようにドラマの主題歌から好きなアーティストの曲、流行りのよく分からないアーティストの曲まで色々いれまくって歌っていた。

そうするとその中に恋愛関係の曲が1曲は入ってくる。

私の場合は5曲。特に片思いの曲を歌った後で耐えられなくなってきて困っている。


なにが耐えられないのかと言うと……。

考えたくないことを考え始めるから。

スマホがある時はどうにかなってたことだしそんなに頻繁に起こることでもなかったのにな。


……あたしは、友達グループの中のひとり、高橋言乃たかはしことののことが好きかもしれない。

それが私の考えたくないこと。

もちろん友達として大好きなのは当然で恋愛的な意味の方だ。


スマホがある時はちゃちゃっと調べて、同じようなモヤモヤを抱えた同年代の子を見かけてはその子のした質問に対する回答を見て落ち着いていた。

『私も学生の頃女子校で女子とばかりつるんでいたから女子のこと一度好きになったけど、今は全然。旦那さんもいて今度第1子も出産予定です。今だけだと思って心配しすぎない方がいいよ』

って書かれてたのは特に印象的で頭に残ってる。別にうちは女子校じゃないけど帰宅部でクラスでも特に男子と関わる機会のない私はほぼ女子校のような環境で過ごしている。

だから、似たようなことなのかな。

今だけの心の迷い的なあれか、って安心できた。

他にも同年代の強い子もいた。

『私は女なのですが、友達の女の子のことが恋愛的に好きで、先日告白をしました。案の定振られてしまいました。振られたのはいいのですが、どんな顔をして接すればいいいのかわかりません。なにかアドバイスなど下さい』

そんなことを書いている子もいた。

そういう質問と回答を読んでいると一瞬湧き上がってきたモヤも消えていって落ち着くからそんなもんだよねーなんて流していた。


でも今はスマホがない。

友達達と一緒にSNS断ちする為に友達の母親に預けている。

1週間特に支障なく過ごせたら私が兄から借りた禁欲ボックスってやつ(期限を決めるとそこまで開かなくなるボックス)に入れてもらうことにもなっている。


とりあえず、恋愛の曲はいれないどこ。

それがいい。

そう思ってとりあえず歌いまくることで気分を晴らそうとする。


それから1時間。

楽しいけどやっぱモヤモヤする。

同じような悩みの人の質問と回答が見たくて仕方ない。

……誰かに話したい。

そう思ったらそこからは早かった。

周りから『突発的』とか『思い立ったらすぐ動くよね』と言われるけどこういうところは確かにそうだと思う。

ただ皆は私がこんなモヤモヤを抱えていることは知らない。

絶対に知られたくもない。特に言乃には。

でもあの子になら相談できる気がする。

私は荷物をまとめると個室を出た。


会計を済ませてカラオケ店をでるとまっすぐ向かう場所。

その子の家には何度か遊びに行ったことがあるから場所は覚えてる。

標識を見て間違いないと確認もする。

『葉加瀬』って苗字は珍しいし、この家で間違いなさそう。

標識の下に着いているインターホンに手を伸ばしボタンを押す。

「はーい。どちら様ですか?」

インターホン越しに聞こえてくる声にすぐ答える。

「こんにちは! のん……望夢の友達の月見里紗莉っていいます。望夢ちゃん、今お家にいますか?」

「ああ、望夢のお友達。今家にいますよ。どうぞ入ってきて」

その言葉のすぐあと玄関の扉が開く。

のんと見た目は似ているけどふんわりした雰囲気ののんとは違い、かっちりした雰囲気のお母さんが顔を出す。

「どうぞ」

にこやかにそう言われて小走りでそっちに向かう。

「突然すみません。お邪魔します!」

靴を脱いで玄関先にあがるとのんのお母さんが廊下の先に大きな声を響かせる。

「望夢ーー、お友達が来てるわよ」

改めて見て素敵なお家だなあ。白い床オシャレすぎない? うちはアパートだから狭いしオシャレじゃないし、憧れるなあ。

「紗莉!」

廊下の奥から現れたのんが驚いた顔をする。

「のん! お久!」

「久しぶり……って程でもないけどどうかしたの? あっ、私の部屋に来て話そうか。お母さん、飲み物とお菓子もらってもいい?」

「いいわよ」

「ありがとうございます」

お礼を伝えてからのんに続いて歩いていく。


のんがあだ名の一つである葉加瀬望夢はかせのぞむは、めぐちゃん経由で高一の頃から仲良くなった。物静かなんだけど変なとこにツボがあったり突然毒を吐いたり見てて面白い。

そして美少女。そして話しやすい子。

「最初めぐちゃんかな?って思ったけど、めぐちゃんならお母さん、『めぐみちゃんが来てるわよー』って言うだろうし、誰かな?ってちょっとドキドキしちゃった」

微笑みながらそう言って自分の部屋の扉を開ける。

「どうぞ」

「ありがとう。突然で驚かせてごめんねー。そんでのんの部屋はいつ見ても綺麗。えっ! 宿題やってたの?」

部屋の端に置かれている机の上には夏休みの宿題と筆記用具が広げられ、それを照らすように机上のライトもついている。

「うん。やってたよ」

「流石だ……」

自然と拍手を送る。

「もう、やめてよ。あっ、荷物はどこでも置いて大丈夫だよ。そこ、座って」

ベッドの前にあるテーブルとその手前に置かれているフワフワの座敷。私はそれの上に座りベッドの側面に背中を預ける。

「この部屋めっちゃいい匂いするー。流石のんだー」

「この間、誕生日プレゼントで紗莉がくれた芳香剤の匂いだと思うよ」

「あっ、あれか。めっちゃオシャレなやつ。こんな匂いすんだー」

肺一杯に空気を吸い込んでいたらトントンというノックの音がなる。

「はーい」

のんが返事をするとすぐに扉が開く。

「大したものじゃないけど良かったら食べて。貰い物なの。あと紅茶ね」

のんのお母さんがテーブルにお盆をコトンと載せて差し出してくれるのは美味しそうなチーズケーキと紅茶。

「ええ! いいんですか! めっちゃ美味しそう! ありがとうございます!」

「喜んでくれてよかった。じゃあ、ごゆっくり」

そう言って微笑むとのんのお母さんは部屋を出ていく。

「いいお母さんだ……」

しみじみそう言うとのんが隣に座る。

「それで、今日はどうしたの?」

腰に届きそうな薄い茶色の髪の毛を耳にかけて紅茶を一口飲む。

そんなのんの姿を見て綺麗だなって思う。

「のんはやっぱり美人さんだよね!」

「ええっ!? 突然どうしたの?」

戸惑っている顔も可愛いし美人さん。スーッと通った鼻筋に形の綺麗な眉に綺麗な形の目。

いいなあ。

「私ものんくらい美人なら悩まないのかな……」

「悩みがあるの?」

「……うん。直感的にのんに話聞いて欲しくて来ちゃった」

「嬉しい」

のんは嬉しそうにそう言って私の方を見る。

「紗莉のペースでいいからゆっくり話して」

「のん、優しい……」

「ありがと」

軽い感じでそう言ってチーズケーキを食べる。

「のんさあ、元彼とどうなの?」

尋ねた瞬間のんは思い切りむせる。慌ててその背中をさすって謝る。

「ごめん、急に言って」

「う、ううん、大丈夫。璃空りくくんとはね、たまにSINEでやり取りするかな」

「自然消滅したんだっけ」

「うん、そう」

口元をティッシュで軽く拭くとそれをゴミ箱に入れてこちらに目線をやる。

「璃空くんがどうかしたの?」

「ううん。そういう訳では無いんだけど……」

自分でも何が言いたいのかよくわかんなくなってる。てか、のんは彼氏と自然消滅して傷ついてるのになんで私はいきなりそこに触れたのかな。自分でもたまに自分の考えてることがよくわからなくなる。口だけ先回りして思考は置いてけぼり。

「嫌だったら答えなくていいんだけどさ、たしか璃空くんから好きって告られたんだよね」

「うん。私も好きだったからお付き合いして……。でも、さ、私、私も璃空くんのこと好きだったのにちゃんと好きって伝えられたことないの。恥ずかしくて」

のんの顔が曇ってるを見てその背中を優しくさする。

「だからこうなったのかも」

「後悔……してる?」

「うん……。私が悪い事だし璃空くんにはもう新しい相手もいるみたいだからもういいんだけどね。後悔はしてる。……それに今はたまにSINEで話せるだけで嬉しいの。片思いできるだけで幸せっていうか……」

躊躇っていても自分の気持ちをちゃんと見て、言葉にできるのんはかっこいいな。

「のん、実は私……」

そこまで言って心臓がバクバクいいだす。

そりゃそうだよね。私、ネット上でも人の相談見るだけしかしてないし、人の言ってる恋愛名言に勝手に共感してハートボタン押してすぐ忘れるくらいで、自分からこうやって相談も発信もしたことない。

でも、今、言わなきゃ。

誰に言われた訳でもない自分の胸の内の焦燥感に負けるように口を開く。

「言乃のこと好き……かもなの。恋愛的に」

そう言ってから手があわあわと動く。

「あっ、変な意味じゃないよ? 変な目は向けてないよ? 単に好きかもーってだけでぇ」

のんは黙って聞いてくれていて、ひとりであわあわして変な言い訳している自分が恥ずかしく思えてきて一旦黙る。

「……たぶん……ほぼ確で……好き」

改めて言葉にしたら急に怖くなってきた。

「ねえ、どうしよ、のん! 言乃にバレちゃってないかなあ? 私いつも変じゃない?」

一度口にすると怖くなってきた。

もしこれが男女の恋ならこんな不安はないのかな。いけない事をしてる気がするっていう不安。世間的に多様性が謳われるようになってきていて同性愛も認められるようになってきてる。でもメジャーじゃないのも分かってる。偏見がある人がいるってことも知ってる。

なにより言乃にどう思われるかが怖くてたまらない。

「全然変じゃなかったよ。いつも私、2人のこと本当に仲良いなあって思って見てた」

仲良い、その言葉に反応して胸がポッとあたたかくなる。

「嬉しっ!」

「それに、言乃ちゃんが仮にその気持ちに気づいたとしても絶対に嫌なんて思わないよ。答えるかどうかみたいなところは私にはなんとも言えないけれど嬉しいことだと思う」

「うう、ありがどう、のん」

「全然だよ。まあ、そうは言っても簡単に言えるものではないよね」

苦笑いしたのんをみてある事をピコンと思いつく。

「ねえ、2人で手紙書かない?」

「手紙?」

「うん。のんは璃空くんに、私は言乃に書くの」

「手紙……っ何を書くの?」

戸惑っているのんに笑顔を向けてみせる。

「もちろん、愛の手紙だよ!」

「ええっ!?」

「だって、のん、まだ璃空くんのこと好きなんでしょ」

「好き……だけど……」

「私も言乃のこと……好き。SINEは使えないし私らって意外と奥手だし直接言えない時の保険の意味も兼ねてとりあえず書こ」

「えええ?! 私は伝える気なんて……」

そこまで言って少し考え込むような表情を見せる。

「……手紙なら、迷惑なら捨てられるもんね」

「ゔっ。急に残酷なこと言うなあ」

「あっ、ごめんね。私の話なの。……書こっか、手紙」

「え、いいの?」

「うん。それに紗莉がそうやって引っ張ってくれる今じゃないと私は動けそうにないし、ありがたい。ありがとう」

まさか感謝されるとは思ってなくて戸惑う。

「ちょっと待ってて。便箋はここに入れてあるから」

立ち上がり机の引き出しを開けてファイルを取り出す。そこにはたくさんのオシャレな便箋が詰まっていて、それをこちらに見せて「どれに書きたい?」と尋ねられる。

「んー、じゃあ、これ!」

直感でピンときた薄紫色の便箋にする。

「はい、どうぞ。私はこれにする」

のんが選んだは真っ白な便箋の端に綺麗な白い羽が舞っているデザインが施されたもの。


そこから私たちは2人並んでラブレターを書き始めた。

なんて言えば伝わるのかな、なんて2人で相談して、たまに見せあって、完成した。


「うわあ、もう暗くなってきてる。長い時間ごめんね」

「全然大丈夫だよ」

なんとか一緒に書き上げた手紙を大事にカバンにしまうと立ち上がる。

「気をつけて帰ってね。割ともう暗いから」

「ありがとう、のん」

のんの部屋を出て玄関に行く。

靴に足を通す。ただその仕草さえすごく軽く感じられる。

「じゃあ、またね!」

「うん。私は基本家にいると思うし、また何かあったら遊びに来て」

優しくそう言ってくれるのん。

「のん見てるとさ、思うよ。天使様ってこんな人なんだろうなって」

「もう、急になに?」

照れたように笑うところも可愛い。


……私はなんで言乃のことが好きなんだろう。

女の子が私の恋愛対象だっていうんならそこにはのんも入る訳で……。


のんと違って言乃は気分屋で優しくない時も多いし、そこまで考えてから慌てて「じゃあ、また」といって扉を開けて外に出る。

背中に「またね」という声を受けながら外に出て歩きながら思考を再開する。


言乃は……そうだよ。2人でデートっていって遊んだ時もずぅーっとスマホ見てるし! 他校の子とミニスタで連絡とってるし! 全然私の事見てくれなくて……。

でも、誕生日とか何気ない日にも私の好きな物覚えててプレゼントしてくれたり、私がミスっちゃったり暴走しても空気悪くならないようにしてくれたり、急におでこコツンってされた時とかどこの少女漫画?って思ったけど嬉しかったし、正直ドキドキしたし……。

1回認めると気持ちってこんなに溢れてくるもんなのかな。ついスキップしてしまう。

でもすぐに通りすがりのお散歩中のワンコに吠えられてやめる。そんなに私のスキップ変でしたか……。


バックの中から改めて今日のんと書いた手紙を取り出す。

沢山気持ち込めたし伝わるよね?

伝わったその先はずっと怖くて人の人生見てうやむやにごまかしてたけど、私、そういうのもうやめたい。

どうなっても私は私だもん。

「しゃあっ! がんばるぞぉー!」

気合いをいれるように私は家まで駆け出した。

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