おなかいっぱい 玲華

「ねえ、お姉ー! アラーム時計持ってなーい?」

「はあ? そんなもん持ってねえよ」


スマホなし生活1日目の夜にして重大なことに気がついた。

私は近藤玲華。

友達グループの間で夏休み中だけSNSをやめてみる為にスマホ自体を今日封印してきた。

まあ封印っていっても友達の母親が預かってくれてるっていうゆるーいやつだけど。

軽い興味とその場のノリで承諾してやってきたけど夜になって気づいた。

アラームどうすんの?ってことに。

私は小学5年生の時に初めてのスマホを買ってもらってから今に至るまでずっとスマホのアラームで起きてきた。

それまでは多分目覚まし時計で起きてたと思うんだけどサッと探しても見当たらないからダメ元で1階の居間でゲームをしているところの姉に声をかけた。

「大体スマホはどうしたんだよ」

「スマホは友達と一緒にSNS断ちするために封印してきた」

ゲーム画面を1度停止させてテーブルに広げているお菓子類に手を伸ばしてそれを口に放りながらこちらを見る。

「あんたらの歳はそういう影響受けやすいもんね」

どこか生あたたかい目で見られる。

「なんか分かんないけどうざっ」

「オカンはあと少しで優斗連れて帰ってくるってSINEで連絡来てたし待ってれば?」

その言葉を受けて居間に入る。テレビの前にある大きめのテーブルの右側に姉が座っているので私は真ん中に座る。スマホも持ってないから自然と視線は目の前のテレビにいく。

「これなんのゲーム?」

テーブルの上に広がる菓子に手を伸ばしつつ尋ねる。

「ジェノサイドオーバーってやつ。ホラーとアクションが掛け合わさってておもろいよ」

停止ボタンを解いてゲームを始めると早速主人公にモンスターが襲いかかる。ホラーというだけあって結構な見た目をしている。

でもそれより気になることがある。

「待って。この声、南雲さんじゃん!!」

「正解」

お姉の口角があがる。

「で、この相棒の声誰だと思う?」

操作するキャラクターを切り替えて手近にいるモンスターを倒し始める。

発する声はどれも短いものだけどすぐに気づく。

「三ノ宮さん!」

「おお! あんた結構声優さん知ってんだね」

「お姉こそ」

私はオタクと言える程かは分からないけどアニメやゲームが割と好きで、声優さんも好き。お姉もゲームをよくやっていることは知っていたけど声優さんのことまで知っているとは知らなかった。

そもそも居間で座って話しながらこうやってお姉のやってるゲームを見るのだって何年ぶり?って感じだ。

スマホを持つ前まではこの時間すごく楽しみにしてたな。忘れてた。

その時はホラーじゃなくもっとマイルドでファンシーなやつをやってた気がするけど。 

「南雲さんと三ノ宮さんって共演マジで多いよね」

言って伝わるか分からないけどとりあえず言っとく。

「あーね。うち、『境界上の眠り姫』のWEBラジオ聞いてたけどあの2人マジで仲良いらしいね」

「え! お姉もあれ聞いてたの?」

「聞いてた。家族公認の仲なんでしょ」

コントローラーを置いてお菓子を食べながら話をする。

「家族公認って、恋人じゃないんだから」

「そうだ、あんた腐ってんのいけるくち?」

姉がそんなことを言いだしたところで玄関の方で扉の開く音がする。

「ちょっと待って。ママに聞かれたくないし」

腐ってるの、が指すのは多分、いや、多分もなくBLだろう。アニメが好きな女子なら一度はアニメグッズショップでチラリとでも見かけるやつ。まだ読んだことはない。興味はあるけど親には知られたくないし聞かれたくない。

「おかえりー!」

大きな声を出すとすぐに声が返ってくる。

「ただいまー!」

「ただいま」

元気な声は弟の優斗の声だ。ドタドタという音が居間の方に近づいてくる。

それからすぐに優斗の顔が居間を覗き込む。

「ねえね!」

まだ幼稚園の年長さんの優斗は周りの子よりも幼さの残る子で来年小学校にあがるの大丈夫かな?なんて姉ながら勝手に心配になることもあるけどこの無邪気さがたまらなく可愛い。

私のところに駆け寄ってきてそのままハグしてくれる。

「今日はお友達の家で遊んできたんでしょ?」

クリクリした目を見てそう言うとその目がより光を帯びる。

「うん! けんくんがね、ブルドーザーのおもちゃね、貸してくれた」

「おお! 良かったじゃん」

「ただいま……って、あんたたちまたお菓子食べてるの? こんな時間に食べてたら太るわよ?」

居間に顔を覗かせた母さんはパート終わりの服装で少し疲れた顔をしている。

「大丈夫。私、部活で運動するし」

「だとしてもよ。栄養が偏っちゃうじゃない。お母さん大学の時に栄養学科だったけど」

そこまで言ったところで「わかったから」と無理に話を終わらせる。

ママのその話、もう何回聞いたか……。

「もう……。じゃあ、そのお菓子早く片付けて。優斗まで食べちゃうでしょ」

「ええー、僕も食べたい」

「ほら、始まった」

頭を抱えるようにそう言いながら買い物袋を居間の隅に位置するキッチンへ移動させるママ。

「しまうの手伝うよ」

「ありがとう」

立ち上がってママの方に行きエコバッグから牛乳や冷凍食品、野菜やお肉を順に取りだしてどんどんしまっていく。そうしているとまた玄関の方で扉が開く音がする。

「ただいまー」

聞こえてくる声はパパのものだ。

「おかえり〜」

みんな大きな声を出す。

それから少しして居間に顔を出したパパはまず

「おお! お菓子パーティーしてるのか?」

と言う。

居間のテーブルの上を見ればまだお菓子は片付けられておらず優斗はアニメのキャラクターの顔の形をした棒付きチョコをペロペロと舐めている。

ママは台所で自分とお父さんの分の夜ご飯を温めていたから今それに気づいたようで大きな声を上げる。

「ちょっと、来夏! 片付けてって言ったわよね?」

お姉は悪びれるでもなく「へーい」と返事をする。

「まあまあ。せっかくだし今日はみんなでお菓子パーティーでもしないか? 玲華が居間にいるのも珍しいし」

そう言われてハッとする。

「そうだったっけ?」

すぐ近くのママが少し呆れた声を出す。

「そうよ。部活ある日もない日も帰ってきてご飯食べたらすぐ自分の部屋に行ってるでしょ」

「言われてみれば確かに」

あんまり自覚してなかったけどそうだ。

アニメを見るのに機械はいらない。スマホさえあればサブスクで見放題だし帰ってきたら大体の場合は部屋にこもってアニメか漫画見てたかも。

「パパが言うようにせっかくだしお菓子パーティーしよ! 玲華のオススメのお菓子たくさんあるから持ってくる」

「えっ、ちょっ」

お母さんの戸惑う声は聞こえていないふりをして居間をでて階段をのぼり、2階の自分の部屋に向かう。部屋に入ってすぐ目に入る大きな収納用のカゴ。そこには大量のお菓子が入ってる。

どれ持ってこうかな。

これはママ好きそうだし、こっちは優斗に良さそうで……。

お菓子を沢山手にとりながらワクワクした気持ちを感じる。

単純に明日から夏休みだからかもしれない。

でも、違うな、この感じ。

私、家族とこうやって過ごそうとしていることが楽しみなんだ。

なんかずっと忘れてたかも。


お菓子を全部は持ちきれなくて手近にあった放置されているビニール袋に入れて下に向かう。


「わあ! それお菓子?」

居間に入るとすぐに優斗が袋に飛びついてくる。

「そうだよ。みんなへのオススメ持ってきた」

「玲華、あなたそんなにお菓子を隠し持ってたの?」

「別に隠し持ってたわけじゃないし、悪いことじゃないでしょ」

母さんにそう言ってからテレビ画面を見て気づく。

「うわ! 懐かしい。チムドンドンパーティだ!」

画面に映っていたのはパーティゲーム。最大8人で遊べるすごろく系のゲームで昔家族でやって楽しかった思い出がある。

「チムドンドンパーティのリメイク版」

若干のドヤ顔で告げるお姉。

「今日だけだからね」

お母さんは呆れながらもテーブルの前に座り優斗を膝に乗せている。

「みんなでゲームなんて久しぶりだなあ、ほんと」

パパ、すごく嬉しそう。

父の日とか何あげればいいかよくわかんなかったりパパが何に嬉しいと思うのかわかんなかったけどこういう事が嬉しいんだ。


それから家族5人でお菓子を食べながらパーティゲームをした。

終わってから考えると何を話したかも覚えてないくらい何気ない会話を沢山した。それだけなのにすっごく楽しかった。


ゲームの電源を切って、食べ終えたお菓子のゴミは捨てて食べきれていない袋菓子に封をしている時に気づく。

「そうだ。誰か目覚まし時計持ってない?」

「目覚まし時計? それなら優斗に前に買って、音が怖いって言って使ってないのがあるけど」

「おお! じゃあそれ貸して」

「いいけど……。スマホはどうしたの?」

そんな質問にお姉にしたように簡単な説明をする。ママもパパも好印象みたいだ。

「正直最近の若者はスマホばかり触っていて良くない影響があるんじゃないかって心配だったんだ」

「勉強にも集中できそうだしいいじゃない」

母さんが持ってきてくれた目覚まし時計を受け取って軽く使い方を聞くとみんなに「おやすみ」と言ってから自室に向かう。


自室に入ってベッドに腰掛ける。

いつもならここでまずスマホを見るしSNSチェックするとこだけど、今日はないからできない。

できないけどなんか、心地良いかも。

解放されてる感も感じる。


目覚まし時計をセットするとそのまま布団に入る。

「めっちゃ健康的……」

そんな独り言を呟いて少しとしないうちに私は眠りについていた。




『ネエネエアサダヨ! ネエネエアサダヨ!』

特徴的な声が何度も聞こえてきて目覚める。

枕元に手を伸ばしてその音の発生源を手に取り音を止める。

……確かにこれは優斗嫌がるかも。

ぼんやりした頭でそんなことを思いながらベッドのすぐ横の窓のカーテンを開ける。

「まぶしっ」

陽の光がめいっぱい差し込む室内。

そういえばスマホがある時はカーテン開けずに暫く暗い部屋の中でSNSチェックしてたな。起きてすぐカーテン開けるとかいつぶり?

窓を少し開けて心地いい朝の空気をおなかいっぱい吸い込んだ。

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