心地悪さと心地良さ
それからみんなで学校を出ると目的のカフェに向かう。駅前にあるカフェだから特に地図もださずに行けるけど、駅前じゃなかったらどうやって行けば良かったんだろう。スマホがない時代ってどうやってそこら辺やってたんだろ。
目的のカフェは外観からしてオシャレで1人だと入るのが躊躇われるようなところ。
先頭のめぐちゃんが扉を開けると扉の上についている鐘がコロコロお音を立てる。
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
耳に飛び込んできた声の主は背丈が高く肌が白くて顔立ちの整ったアイドルでいそうな男の人。
すぐに紗莉がキャーッ!と声を上げる。
そんなのお構いなしにめぐちゃんは「6人です」と答えている。
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
にこやかに席に案内してくれるその人。
私のすぐ近くを歩く紗莉は明らかにテンションが高い。
「ねえ、のん! やばくない? あの人! 韓国アイドルみたい!」
私はあんまり騒いで本人に聞かれるのも恥ずかしくて控えめに「そうだね」と返す。
案内されたのは6人以上でも触れそうな広めのボックス席。窓に接していて明るい日の光が差し込むそこはかなり雰囲気が良くて普通に写真を撮るだけで写真映えしそう。
「注文が決まりましたらそちらのボタンでお呼びください!」
爽やかにそう言うと去っていくその人。
「ねえねえ、やばくない?! 本当にイケメンだね!」
隣に座った紗莉がジタバタと動くともう隣に座るれいちゃんが怪訝そうな声をあげる。
「あんま暴れんなっつうの」
「ごめんー。でもイケメンだったよねえ?」
「まあ。タイプじゃないけど」
「なんでそんなすかしてるの、れいちゃーん!」
「すかしてないし」
そんな会話に苦笑してたら目の前に座る森ちゃんの嬉しそうな声が耳に飛び込んでくる。
「シフォンケーキあった! すっごく美味しそう」
手元にあるメニュー表を見てうっとりとした表情を浮かべている。
私もメニュー表を覗き込むとシフォンケーキの隣のチョコレートケーキが目に飛び込んでくる。
「これも美味しそうだね」
「うわあ、本当だぁ。迷ってきちゃう」
困り眉になった姿を見て「なら、半分こしない?」と提案するとすぐに「するぅっ!」という返事が帰ってくる。
「じゃあ、私達は決まったからみんなも」
そう言ってメニュー表を移動させる。
みんなが色々話しながらメニューを選んでいる中、窓側の端に座る言乃の表情が冴えないことに気づく。
スマホが使えないことに怒っているのかな。窓の外を黙って見つめている言乃の姿を見ながらそんなことを思う。
言乃はグループの中でも特によくスマホを触っていたし、写真投稿型のSNSアプリ、ミニスタを暇さえあれば開いていた。オシャレな写真を投稿する人が多いそのアプリの中でも言乃のあげる写真は群を抜いてオシャレで、フォロワーの数は一般人の域をでそうなくらい多く、近隣の高校の子からミニスタを通じて『ファンです』とか『今度会えませんか?』という連絡をもらうこともあると聞いたことがある。
このカフェ、すごくミニスタ映えしそうだから、写真を撮れないことが不満なのかも。
「言乃は? 何にするの?」
言乃の隣に座っているめぐちゃんが声をかけるとゆっくりメニュー表の方に目を向ける。
「……何にしよう。……これミニスタ映えしそうだと思ったけど撮れないし……」
メニューの中でも特に目を引く星型の黄色いケーキを指さしてどこか力なく言う。
「もー、ウジウジしてんなよ。もう決めたことなんだからさ」
れいちゃんのその言葉に少し慌てる。
ズバズバ言うのはれいちゃんの良いところでもあるけど大丈夫かな?
「それにさ、あんた今までずっとミニスタ映え気にしてばっかだったし、本当に食べたいもんでも食べたら? 前に原宿のカフェ行った時も写真撮ってちょっと食べて残そうとしてたじゃん。結局あたしが食べたけどさあ」
「わかる! 紗莉も、言乃と前に天使のパンケーキ屋さんに行ったの! そしたら」
「もう、わかったから」
言乃は邪険にするような仕草と表情を見せるとメニューのひとつを指さす。
「これにしようかな」
指しているのはお店名物のコーヒーとカヌレのセットだ。
「なんのデコレーションもされてないけど大丈夫そう?」
「それ、煽ってるよね?」
若干バチバチした空気が漂うけどすぐに言乃は切り替えた様子で店員さんを呼ぶボタンを押す。
注文をとりにきてくれた店員さんは先程の人とは違い女の人。だけど顔採用という言葉に頷けるくらい顔立ちが整っていて、髪型も淡い茶色の髪をゆるくウエーブにしていて、スタイルもいい。
注文をみんなが言い終えると「かしこまりました。しばらくお待ちくださいね」と言って去っていく。去り際に良い香りがしてさらに素敵だな。大学生に見えるけど私もあんな大学生になりたいなと思う。
「やっぱ、ここ、顔採用だね」
紗莉がひとりでうんうんと頷いているところにすかさずめぐちゃんがツッコミを入れる。
「まだ2人しか会ってないけどね」
「まあね~。にしても、言乃って、本当はああいう系の食べ物が好きなんだね?」
目の前にある水の入ったグラスを握りながらそう言う。
「……まあね」
そんななんともいえない声音の声の後に間が空く。
改めて考えるとスマホなしでみんなで面と向かってこうして話するのって初めてかも……。
いつもならこういう時みんなスマホを先ず開いていて「コレ見て」って話したり自分の見たいものを勝手に見てたりする。
何も手元にないって不思議だしソワソワするしスマホがある時よりもなんて話しだせばいいのか難しいな。
視線の行先もなんとなく気まずいっていうか……。
「そういえば、今年も夏休み中に舞台やるから観に来れる人いたら観にきてよ」
「今年もやるんだ! どんな舞台やるの?」
めぐちゃんの言葉にすぐに言葉を返す私。
「今年は海賊の話。宝物を探しに行ったら船が難破してたどり着いた孤島で色んな不思議なものに出会って、本当の宝物を見つけていくってやつ」
「ありきたりな感じね」
れいちゃんにそう言われてめぐちゃんはすぐに「まあそう思うと思うけどそうでもないよ」
「何その含みのある言い方」
言乃にそう言われてもめぐちゃんは表情を変えることなく「まあ、見てのお楽しみだよ」と言う。
「日にちはいつなの?」
「えーと……」
自然と自身のスカートのポケットに手を伸ばしためぐちゃんが今度はバックの中からスケジュール帳をだす。そのスケジュール帳は高校入学時にみんなもらった3年間使える手帳。今週は何時間勉強したかとか書いて提出する機会があるから持ち歩くだけでスケジュール帳として使うことはほとんどない。
スマホで管理した方が通知もくるしやりやすいし……。
改めて考えると色んなところでスマホを使ってたんだな。
「ここ。8月の12日。水曜日」
みんなも自然と手帳をだしてメモをとる。
なんだかその光景が不可思議で慣れなくて不思議な笑いがでてくる。
「え、なにどこで笑ってるの? のん」
「ごめん、なんでもないの」
「望夢ちゃんって変わったところがツボだよねぇ」
森ちゃんに優しくそう言われて「そうなの」と頷く。
「あっ、あと、花火大会みんなで行こう。りんご飴食べたい」
れいちゃんが手を上げる。
「理由」
「いやあ、祭りのりんご飴は最高だからね」
「花火見ようよー」
「花火も見るさー」
ワイワイ騒ぎながら花火大会の日をメモしようとするけど誰も把握していない。
スマホで調べることもできない。
「そういえば駅前の広場の掲示板にでっかくポスター貼られてた!」
紗莉が大きな声を上げる。
「じゃあ、帰りにそれ見てこう」
そんな風に会話しているうちに店員さんが来てみんなの注文したものをどんどんテーブルに並べていってくれる。
「めっちゃ美味しそう!」
「ね。珈琲の香りもすごくいい」
「いただきまーす!」
みんなそれぞれ自分の頼んだものを食べたりシェアしはじめる。
「これ美味しいから食べて」
「うちのも」
なんて言って1口食べさせあったり、味の感想を話す。
写真を撮らない分暖かい飲み物とスイーツが食べれたと思う。
ゆっくり、味わうように食べながら話にも花が咲いて、どんどん話題がでてくるけど外はもう暗くなってきている。
「ねえ、時間やばくない?」
れいちゃんのその声を受けて近くの壁を見ると大きな時計が目に入る。
「18時10分みたい」
「じゃあ、そろそろでようか」
めぐちゃんのその声にみんな頷いて帰り支度をはじめる。
それからみんなでお会計をしてから外に出る。
「お会計の人もやっぱカッコよかったし、もう顔採用確定じゃん?」
紗莉のその言葉に「ね。いい目の保養になったわ」と返すと駅の広場の方へ歩き出すめぐちゃん。
「掲示板確認して帰ろ」
「うん」
みんなで並んで掲示板まで歩く。
まだスマホと少しの間しか離れていないけど不便さも心地良さも感じる。不思議な感じ。
「えーと、8月の27日だって」
「夏休みの終わりごろだね」
「楽しみ! メモもしとかなきゃ」
面倒だ、と文句は言いつつもみんな手帳を開いてメモする。
「じゃあまた、SINEで連絡するね」
めぐちゃんがそう言ったところでみんな固まる。多分、思っていることはみんな同じ。
「SINE使えないじゃん!!」
大きな声を出すれいちゃんの横で紗莉が楽しそうに言う。
「じゃあ、8月27日の18時にあそこの時計台の下に集まろうよ!」
「なんか、すごい、昔っぽい……」
つい声に出る。なんだろう。なわか、楽しい。
「漫画でよくある修行して強くなって何年後に会うやつっぽくない? ワクワクしてきた」
いつの間にか棒付きのキャンディをだしていてそれを口にくわえながらそう言うれいちゃん。
「恵ちゃんの演劇の時間はいつなの?」
「ああ、それは13時から。市民会館でやるよ」
それを聞いて自然とメモをとる。
「じゃあ、それまではみんな会わないってこと?」
不意に言乃が声を上げると紗莉が嬉しそうにその横に行く。
「なになに? 寂しいの? もっと会いたい?」
「いってない! まあそれならそれでいいし単に宿題写したかっただけ」
言乃みたいな感じをツンデレって言うのかな。
あんまりデレることもない気がするけど。
「別にみんなお互いの家は知ってるし、家に顔出すとかはいいんじゃない?」
めぐちゃんがそう言って会話はしまった空気になる。
「んじゃあ、また」
「また」
みんなでまたねと手を振りながら不思議な気持ちになる。
いつもならこの後SINE(個人でもグループでもトークルームを作って話せるアプリ)のグループで話したりするから本当の意味でまたねって感じがしなかったけど、今は本当にまたねって感じがする。
自分で考えといてよく分からないけど。
私はみんなと別れると自然とめぐちゃんと並んで歩き出す。私たちの家はご近所さんだから、こうしてみんなで遊んだ後に一緒に帰るのはもう当たり前みたいなこと。
「どうなるかね」
どこを見ているかよく分からない目でそう言うめぐちゃん。
「良い方向にいけるんじゃないかな」
「どこら辺が?」
「どこら辺……とかはないけど、なんとなく、そんな予感がする」
そう言うとめぐちゃんはクスッと笑う。
「予感か。じゃあ、私もその予感信じる」
その言葉がなんだか嬉しくて私も自然と微笑んだ。
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