スマホとの別れ
その後私たちは実際どうやってSNSをやめるかについて話し合った。
SNSはスマホを持っていたら必然的に開くものだし、アプリを一時的に消したとしてもスマホが手元にあれば再ダウンロードして開きたくなるよねという話になり、最終的にスマホごと断つことになった。
まず1週間はうちのお母さんに全員分のスマホを預かってもらうことになった。
誰のお母さんでも良かったけどうちのお母さんはそういうの頼まれると喜ぶ方だから私から声を上げた。
それから1週間経っても支障がない時は禁欲ボックスというものにスマホをいれる。
禁欲ボックスというのはタバコとかスマホとかゲームなんかの依存性の高いものをやめる為の道具。その入れ物の中に物を入れて、鍵を閉め解除される日時を決めるとその日まで絶対に開かないという依存性の高いものをやめるために打って付けの物らしい。
紗莉のお兄さんがタバコを辞めるために以前買って放置してあるのを借りることになった。
そうしてあっという間に終業式の日はやってきて……。
「いよいよお別れかあ~。辛い~」
自身のスマートフォンを抱きしめるような仕草をしながらそう言うのは紗莉でかなり辛そうな顔をしている。
「言いだしっぺが何言ってんの?」
めぐちゃんの机の前の席に後ろ向きに座っているれいちゃんは間髪入れずに呆れた声を出す。
「言いだしっぺでも辛いものは辛いんだよ~」
たった1ヶ月、というと短く聞こえるけど、それは内容による。
スマホを1ヶ月やめるのは想像してみるだけで途方もなく長く感じる。
私もいざその時が近づくと辛いというか、大好きなアイドルの配信が明後日あるのも見られないんだなあとか電車の中でよく暇つぶしにやっているリズムゲームもできないのかと考えて少し寂しいような、不安な気持ちになってきた。
でも、みんなでやるって決めたことだもん。
私は一度めぐちゃんの机から離れて自分の机に置いてあるバックから両手分くらいの大きさの入れ物を取りだしてめぐちゃん達のところに戻る。
「あっ、それに入れるのぉ?」
森ちゃんに尋ねられて頷く。
「そう。ここにみんなのスマホをいれてほしいんだ。それでお母さんに管理してもらうから」
蓋を開けてまず自分のスマホをその中に置く。柔らかいタオルが敷かれている上に今度はめぐちゃんがスマホを置く。
「てか、このタオルさ、望夢が小さい頃お気に入りっていってたタオルじゃん?」
不意にめぐちゃんの猫のような目と目が合って、それから自分でも改めてそのタオルを見る。言われてみれば幼稚園の頃にお気に入りって言ってたアヒルのキャラクターがプリントされたタオルだ。
「たしかに……。よく覚えてるね、めぐちゃん」
「恵は記憶力いいよね」
スマホをもう中に入れたれいちゃんはいつものようにポケットから取りだした小さな袋菓子を開けてどんどん口の中にそれを放っている。
「まあね」
「私もここに入れるね」
森ちゃんのスマホも入って
「私は真ん中に置こうっと!」
紗莉も入れて、あとは言乃だけ。
そう思って窓際に腰掛けてスマホを見て指を動かし黙ったままの言乃を見る。
紗莉が言乃の横に行きそのスマホ画面をのぞくと大きな声で報告してくる。
「今チムチムやってるみたい!」
それから少しすると「あーっ!」という悔しそうな声が響く。
「どうした?」
お菓子を食べるボリボリという音に混じらせてそう問いかけるれいちゃんに言乃は若干項垂れながら
「もうちょっとで最高スコアだったのに……。ダメだった」
と返す。
「もう1回やるわ」
当たり前のようにそう言う言乃にすかさず紗莉がおちゃらけた口調で言葉をかける。
「ダメだよ~! もうみんな、スマホ入れてるんだよ。言乃もはよいれて」
それに対して言乃は若干イライラした様子。
「1回くらい良くない?」
「その1回がずっと続くからダメなんだよ。大体、言乃、あたしとこの間デートした時だってずーっとスマホ見てたしずっとチムチムやってたじゃん!」
「別に僕が何してようと良くない?」
喧嘩になりそうな雰囲気を感じて慌てる私とは対照的にめぐちゃんは落ち着いた声を出す。
「一旦落ち着きなよ。とりあえずあと1回やったらスマホ入れて。で、とっととスマホ封印し終えたらみんなで例のカフェ行こう。うちも演劇の方ないし、みんなも部活や予定ない日だし」
「……わかった」
「例のカフェって、例のカフェ!? あのイケメンが沢山いるって噂のとこだよね?」
「そうそう。噂になってるとこ。明らかに顔採用だろっていわれてるとこ。みんなで行こうって話してからずっと行けてないでしょ」
喧嘩に発展しそうな雰囲気は徐々に落ち着いて消えていく。
言乃がもう1回をやり始めるとさっきまで喧嘩しかけていたのも嘘みたいに紗莉は言乃の近くにぴったり寄り添ってスマホ画面を見つめる。
本当にあの2人仲良いし距離感近いなあ。
「のんもこれ食べ」
不意にれいちゃんに差し出された袋菓子。
「ありがとう」
その袋に手を入れて星型のスナックをひとつ取りそのまま口に持っていく。
「どう?」
口の中に仄かに酸味が広がって柑橘系の果物の匂いが鼻から抜ける。
「レモン味? なんていうか、不思議な味だね」
れいちゃんは口を動かしながら無言で袋を掲げて味が書かれたところを指さす。
「青春の……甘酸っぱい恋の味……」
そのまま読み上げた私はなんとも言えなくてそのまま黙る。
「私は結構好きだなあ」
森ちゃんが優しい声で言う一方でめぐちゃんはいつもと表情を変えずに言葉を紡ぐ。
「森ちゃんは好きそう。にしても、こういう変わってるやつをよく見つけてくるよね」
「だって新作のお菓子情報全部SNSでチェックしてるもん」
そう言ってから丸くて薄く茶色がかっている瞳を大きく見開く。
「待って! 夏休み中お菓子情報チェックできなくなるんじゃん。死んだ……」
急に項垂れだしたれいちゃんにめぐちゃんがツッコミをいれる。
「今頃気づいたの?」
無言で動くれいちゃんの頭。ショートボブの髪が揺れるのを「あはは……」なんて苦笑いしながら見ていたら紗莉が声を上げる。
「言乃が最高スコアいけたよ!」
「おお! マジ?」
すぐに顔を上げるれいちゃん。
言乃は薄く笑みを浮かべながら画面をみんなに見せる。
そこにはキラキラ輝く文字で最高スコアと書かれた下にこのゲームの経験者ならまず考えられないくらいの高いスコアの数字が並んでいる。
「やばっ。これアイテム使って?」
同じゲームをよくやっているめぐちゃんが興味深げに声を上げると言乃はゲーム画面を名残惜しそうに消してそのままスマホをケースに入れながら答える。
「ヤシの木ボム使ってこれだね」
「ええ! それだけで行けんの? この数字。やば」
そんな会話を聞きながらそっと蓋をしめる。
「じゃあこれはお母さんに預けるね」
みんな「了解」とか「お願い」なんて答えて、その後に改めてめぐちゃんが声を上げる。
「じゃ、早速カフェ行くか」
「おー! いこいこ! イケメン彼氏ゲットだぜ!」
「紗莉、あんた、前田先生のことはどうなってんのよ」
みんな自分の荷物を持って自然と下駄箱のある方へ歩みを進め始めながら話をする。
前田先生は紗莉がよく、キャーキャー言っている新任の若い男の先生のこと。
前田先生と結婚したい、と本気なのか冗談なのかよく話している。
「前田先生は前田先生というか、今はまだお付き合いもできない訳だし、将来的に前田先生と付き合う為にも経験はしとかなきゃでしょ?」
「ふーん」
聞いといて興味なさそうな反応を返すれいちゃんはいつの間にだしたのか棒付きのキャンディを舐めている。
「そこのカフェ、シフォンケーキはあるかなぁ。私、最近シフォンケーキにハマってて」
私の隣を歩く森ちゃんが柔らかい声で言う。
「調べてみる?」
言乃がその一言を言った後に絶妙な間が空く。
「そっか、こういうとこでもスマホ使ってたのか~」
感慨深げに言う紗莉の横で言乃は不満げにしている。
「普通に不便」
「まあ、その分想像して楽しめるよね」
私は少しでも空気が良くなるように言葉を考える。
「確かコーヒーがすごく美味しいって聞いたから、コーヒーに合うものは置いてあるんじゃないかな」
「コーヒーに合うものってなに?」
れいちゃんに尋ねられて言葉に詰まるけどすぐに森ちゃんが答える。
「カヌレやマーマレード、アップルパイとか甘い焼き菓子系はコーヒーによく合うと思うなあ」
「なるほど。さっき食べた青春の味は合うかね?」
「合わないと思う……」
つい口に出してて慌てるけどみんな笑ってる。
「望夢って不意に毒吐くよね」
「毒じゃなくて本音がポロッとでるんだよね。普段は優しくてそんな言わないだけ」
れいちゃんとめぐちゃんに立て続けにそう言われて少し照れて顔が赤くなるのを感じる。
もう下駄箱に着いて皆それぞれ自分の靴入れを開けて靴を玄関に置く。
「ちゃんと中履き持って帰ろうね~」
森ちゃんのその声で中履きをロッカーにしまいかけていた私と紗莉が慌ててシューズ袋に中履きを入れる。
「森ちゃん、ありがとう……!」
「もりりん、感謝!」
「いいえ~」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます