スマホ・ホリデー
爽月メル
SNSやめてみない?
「ねえねえ、SNSやめてみたくない?」
「は?」
「えー、どゆことー?」
夏らしい青が目立つ空の下、学校の屋上で友達達とSNSにあげる動画を撮影し終えた時、不意に耳を疑いたくなるような声が上がる。
私、
手元にあるスマホ。
SNSをやめる、なんてとても考えられないことだとは思うけど私も正直興味はあった。
本屋さんでSNSをやめたら人生が変わる系のタイトルの本を見かける度に興味は湧いていた。でも、現実的にはSNSをやめるなんてできないよなと思って結局その本を手に取ることはなかったけど……。
「明日から夏休みじゃん?」
SNSをやめよう、なんて今の時代から考えれば突飛なことを言い出した本人は楽しそうに話しだす。けどすぐに「夏休みは明後日からな」とツッコミが入り「そかそか」なんて軽く返す。
「まあまあ、それでさ、夏休みはもうすぐでしょ? それで私考えたの!」
楽しそうに語るその子の名前は
周りからはよく『アホの子』なんて言われているけど、突然よくわからないところでテンションがあがったり騒いだり、面白くて、見てて飽きない子だなあと私は思っている。
私は思っていてもそれを中々口にはださず、みんなの話を基本聞いてるのが好きな方だから、どんどん発言していくのもすごいなって思ってる。
薄く茶色がかった肩には届かないポニテを揺らしながら腰に手をあてもう片方の手は拳を握り話し続ける。
「夏休み中みんなでSNSやめるのはどうかなって。だってさ、一度きりの高2の夏だよ? SNSなんかに時間費やしてたらもったいなくない?!」
力強いその言葉は確かにそうなんだけど、いまさっき撮ってたSNSにあげる動画は紗莉が「撮ろうよ」と言いだしたものなのであまり説得感がない。
「あんたさ、今さっきMIKMIKに動画あげたいって言って撮影したばっかだよね?」
呆れた様子でそう言うのは
「まあ、あれはノーカンだよね。だってまだ夏休みじゃないもん」
胸を張って堂々と言い切る紗莉。紗莉らしい。
紗莉が唐突にこういうことを言い出すのは珍しいことではない。
「またなんかの影響受けてんでしょ」
膝を立てて座りスマホに目をやりながらそう言うのは
ふうと短く息を吐くと立ち上がり紗莉に近づく。
「ほら、スマホ、貸して」
「えぇー。まあ言乃だしいいけどぉ」
不服そうにしながらもスマホを手渡す。
紗莉と言乃は距離感が近くてスマホのパスワードも当たり前のように把握し合っているから言乃は受け取ったスマホの上で素早く指を動かしはじめる。
「あー、これね……」
呆れたような、納得したような声を出すとすぐに紗莉にスマホを返す。
「え、なに? なにがあったの」
少し険しげな顔でそういう子は私の親友で幼馴染の
めぐちゃんって私は呼んでいて、しっかり者でグループの中ではまとめ役やツッコミ役になる事が多い。地域の劇団に所属している役者さんでもある。
お家がすぐ近くで昔からよく遊んでいたんだけど、本格的に距離が近くなったのは高校から。
今このグループに私がいるのはめぐちゃんが引き入れてくれたことが大きい。色んなところで感謝している子。
「SNSやめたら人生変わった系の動画がズラッと……」
そう答える言乃にすぐれいちゃんが
「やっぱりなー」
と言う。
「紗莉ちゃんは影響受けやすいとこあるもんね。まあ、私も他の人のこと言えないけど」
なんて言って少し頭を搔くのは森岡きい《もりおかきい》。私たちのグループの中で一番背丈が高く少し大柄な体型と広めの肩幅をよく気にしている女の子。雰囲気が自分と似ていて接しやすさを感じる子。吹奏楽部に所属しているて、成績は学年上位。
お家は地域で有名な豪邸で両親はお医者さんと社長さんっていう色々すごい子。
おっとりしていて癒される感じがする子で、みんなからは森ちゃんの愛称で呼ばれている。今も森ちゃんが話した瞬間空気が柔らかくなった気がする。
「いや、まあ、影響は受けたけどさー、これ本当にいいんだよ!」
豪語する紗莉にすぐれいちゃんの声がとぶ。
「『これは』って、あんた毎回言うよね」
「まあ、そうかもしれないけどぉ、とりあえずこの動画見てよ!」
そう言うとスマホを操作し画面をこちらに向けてくる紗莉。私たちは自然とスマホ画面の前に集まる。それを見てどこか意気揚々と停止状態になっている動画の再生ボタンを押す。
「なんかこの人見たことあるわー」
キャンディを舐めながら興味のなさそうな声を出すれいちゃん。
「うちもなんか本屋で見かけた気する。この間本屋であったよね?」
隣にいるめぐちゃんにそう問いかけられて
「うん、あった!」
と答える。
そう、画面に映っているのは私が興味を持ったものの、手に取ることもしなかったスマホ断ちの本の帯に載っていた写真の人。
赤いパーマされた髪に瓶底メガネという特徴的な見た目をしていたからよく覚えてる。
そこから15分程私たちはその動画を見た。
15分の中でギュッとその人がスマホをやめた理由や良かったことが詰め込まれていた。
現在35歳だというその人は『スマホがなかった時代よかったな』という話から話し始め、『将来自分が亡くなってしまう時にあー、あのSNS良かったなあ、まじ見れてよかったなあって思うと思いますか?』という話を始めた。
すぐに思わないなって答えがでた。
SNSを使う時間が無駄だとは言わないけど、あなたの夢や目標を叶える為に使えたはずの時間とエネルギーがどんどん吸われている。そんな話も興味深かった。
みんなそうやってエネルギー吸われて、自分の本当のやりたいことできない自分が嫌で、逃避するように他の人を批判しだす。それが所謂炎上なんだという自論も面白かった。
『そもそもSNSはダラダラ見るように作られているから』とか、『やめてみてまず思ったのは一日の時間が長いし疲れないし生きやすいこと』という話も聞いていて自分もやってみたいと思えた。
SNSをやっていると自然と見ず知らずの人のプライベートも垣間見えて、そうすると人間比較をしてしまうもの。その無意味な比較がなくなると格段に人生生きやすくなるし、本当に自分がやりたいことが見えやすくなる。
そして今、自分は本当にやりたいことに今までSNSにあてていたエネルギーや時間を使えている。
そんな一連の話の最後には『特に今学生のみんな、青春は一度きり、なんてよく聞く話だけどまじで一度きりの戻りたくて戻れない超大切な時だから! スマホ置いて今しかできない友達や恋人、勉強に向き合う時間をとってほしい。1ヶ月でも違うから』
そんな話をして動画は終わった。
エンディング場面で特徴的な音楽と共に「チャンネル登録よろしくね!」という文言が流れているのを見ていたらちょうどお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「やばっ!」
「次の授業、遠田だよ! やばいって」
自然と走り出す私たち。私たちは皆同じクラス。次の授業、数学の遠田先生はかなり厳しい先生だからもうほぼ確定で叱られるよ、なんて話しながら走る。
「でもさ! さっきの動画見てどうだった? 私はめっちゃ良いと思うんだよね」
先頭を走る紗莉が大きな声で言う。
いつもは他のみんなの意見を聞いてから言葉を発する私だけど今回はスッと口が動いていた。
「私も! 1ヶ月、みんなとやってみたい。ひとりだと難しそうだし」
「のんが言うの珍しっ」
隣を走るれいちゃんが視線をこちらに向けてきて少し恥ずかしくて俯く。
「具体的にどうするかは後で決めるとしてとりあえずやってみる方向で行く?」
後ろからめぐちゃんの声が聞こえてみんな「私も反対ではない」とか「面倒そうだけど」とか一貫して肯定的とは言えないけど否定的でもない声があがっていく。
そんな会話をしているうちにもう教室近くについていたからめぐちゃんが
「あとは放課後ちょっと話そ」
と言ってみんなそれに頷く。
結局遠田先生は珍しく遅れてきた為怒られることはなかった。
だけど授業中、改めてSNSを使わないで生活することを想像して、こんなに生活にSNSが馴染んでいるのにできるかな?
そんな風に考えてボーッとしちゃってたから不意に指された時にちゃんと答えられなくて少し叱られてしまった。
放課後の時間になるとみんな自然とめぐちゃんの机の周りに集まる。
「ねえ、あの後考えたんだけど私はSNSやめるの難しいかも……。夏休み中部活あるし連絡はSNSにくるから」
森ちゃんが躊躇いがちに声をだす。
「あー。うちもバド部の練習あるし、連絡はSINEにくるから困るわ」
思い出したように言って自身の右手に握るスマホをひらひらさせるれいちゃん。
そうだよね……。簡単にやめようといってやめられるほど私たちとスマホは切り離せるものじゃない。
「んー、そこはさ、確かお母さんたちのグループトークもあるんだよね? そこでも部活の練習予定送られてくるって話してたじゃん。それでいけるんじゃない?」
にこやかに言う紗莉。何かを発信して巻き込む力が強い子だけど、反対意見が何回かでると「まあいっか~」なんて諦めることが多いのに今回はやけに粘るな、と感じる。
「先生ー、うちは彼氏がいるんですけど。その場合どうするんですかー?」
手を上げて少しふざけた口調で尋ねるめぐちゃん。
「そこは、文通しちゃお!」
「めっちゃ非現実的じゃん」
スマホに目をやりながらボソッという言乃。
「命がなきゃ何もできないけど、スマホがなくてもできることは沢山あるよ!」
「それはそうだけどめっちゃ極論」
「極論でもいいからやりたいの」
私以外のみんなも今回の紗莉が簡単に引かないことを察する。
「……まあ、夏休みだけならいいよ」
スマホを机に置いて紗莉の方を見るれいちゃん。
「1ヶ月っていうけど、とりあえずやってみてどうしようもない支障がでたらやめればいいんじゃない?」
腕を組んでそう言うめぐちゃん。
「まあ、紗莉がここまでいうのも珍しいし、いいよ」
スマホから目を離す言乃。
「私も部活動だけが心配だったけどそこもどうにかなりそうだし大丈夫だよ」
柔らかく言う森ちゃんの声の後に私も同意の声をあげる。
「私ももちろんやりたいしやる!」
「じゃあ、決まりだね」
嬉しそうに紗莉がそう言った。
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