第13話「これで良かったのだろうか」



「きゃあ!」


 いくら待っても痛みは与えられず、その代わりにミゼットの悲鳴が聞こえた。

 何が起きたのか。ステラが目を開けると、目の前に藍色のマントが風に揺れていた。


「え……?」


 ぽた、と水音が聞こえ、ステラが足元を見ると、赤い血が床を濡らしていた。

 その色を見た瞬間、喉の奥がひゅっと鳴った。怪我をしたのは自分じゃない。目の前にいる人物の足元が血に染まっている。

 なんで、誰が。そう思ったが、ミゼットと自分の間に割って入ったのが誰かなんて、すぐ分かった。


「ノ、ックス、王子……」


 ステラが名前を呼ぶと、ノックスが振り返った。

 彼はミゼットが振りかざしたナイフを素手で受け止め、刃を握ったまま彼女から取り上げた。そのせいで手のひらからずっと血が垂れている。


「間に合ってよかった。今朝、ミゼットの屋敷へ行ったら出掛けたとだけ言われてな。それで色んな人に話を聞いていたら君の屋敷へと入っていったと聞いて……」

「ま、待って。その前に手、手が……」

「ああ、すまない。庭を汚してしまったな」

「そんなことはどうでもいい! 早く手当を……」

「いや、その前に大事な話をしなくてはいけない」


 ノックスは血の付いたナイフを駆け寄ってきた執事に預け、怪我をしていない方の手でステラを抱きしめた。


「ミゼット、君に婚約破棄を言い渡す」


 その台詞に、思わず感動してしまったことだけ心の底から謝りたいとステラは思った。

 散々漫画やアニメで見てきた悪役令嬢の断罪イベント。その台詞を生で聞くことが出来るなんてと、うっかりオタク心が前のめりになっている間に話が進んでいってしまった。

 ノックスとミゼットの言い争いに、この場にいる誰もが口を挟めないでいる。しかしこのままでは、ミゼットは本当に断罪されてしまう。それはステラの望む展開ではない。彼女が怒るのは当たり前で、やり方を間違えただけ。

 むしろ、その方法を選ばせてしまった自分に落ち度がある。彼女はまだ16歳だ。感情的になるのも、まだ幼い彼女がそれをコントロールできないのも仕方ないこと。ステラがミゼットを庇おうとした、瞬間だった。


「これは、思った以上に凄いことになっているな」


 聞こえた声に、周囲がざわついた。

 当然だ。誰もが予想しなかった人物がそこにいるのだから。


「ソリス兄さん」


 ノックスが兄と呼んだ相手。この国の第一王子、ソリスだ。

 ソリスは共に来た側近の騎士に何か声を掛け、こちらへと歩み寄ってきた。燃えるような赤い髪から受ける印象とは逆に、とても涼し気な笑みを浮かべた彼は地面に座り込んで泣いているミゼットに自身の肩に羽織っていちゃコートをかけてやった。


「ほら、もう泣かないの」

「ソ、ソリス、さま……」

「大丈夫、落ち着いて」


 柔らかな笑みに、ミゼットは少し落ち着きを取り戻したのか、ソリスに支えられながら立ち上がった。

 彼女を宥めるように頭を撫でながら、ソリスはノックスの方へと目を向けた。


「もう少し、やり方があったんじゃないの?」

「……はい、申し訳ありません」


 優しい口調だったが、どこか怒気を含む声だった。

 深々と頭を下げるノックスに、ステラも同じように頭を下げた。


「えーっと、君がステラ、さん……いや、カーライル伯爵子息だね。弟が迷惑をかけて申し訳ない」

「いえ。今回は自分にも責任があります。ミゼット様にこのような方法を選ばせてしまってすみませんでした」


 ステラの謝罪に、ミゼットは一瞬目を見開いてすぐに顔を伏せた。

 この謝罪が彼女にどう響いているのか分からない。だけど、素直な気持ちを伝えておきたかった。


「君が悪いんじゃないよ。いい加減な態度を取ったノックスが悪い。まぁ、ミゼットのことは僕に任せてくれるかな。大丈夫、心配はいらないから」

「ソリス兄さんと一緒ならミゼットも安心できるだろうし、任せます」

「うん。お前も城に戻ったら僕のところに来るんだよ」


 そう言ってソリスはミゼットを連れて屋敷を出ていった。

 彼と一緒に来た騎士は、いつの間にかノックスの手当てを済ませて去っていく。足元を見ると地面の血もちゃんと拭き取っていた。


「……ステラ、今日はすまなかった。俺のせいでこんなことに……」

「あ、いや……まぁ、なんか丸く収まりそうだし、いいですよ」

「改めて詫びはする。カーライル伯爵夫人も、本当に申し訳ありませんでした」


 離れた場所で腰を抜かしている母に、ノックスは頭を下げる。

 そしてこの場にいる全員に謝罪をして、屋敷を後にした。

 ひとまず、国王やステラとミゼットの父たちと話し合って、結論が出たら報告をすると言っていた。ひと悶着あったが、この件は解決したということで良いのだろう。

 ステラは母を介抱し、これから先のことを考えながら周囲の人に騒ぎを起こしてしまったことを謝っていった。



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