第2話「生まれ変わったってことですか」



 18年前の春の日。ステラはこの世に生まれた瞬間から、確かに記憶があった。

 それは前世と呼ばれるもの。この世界とは異なる、異世界での記憶。普通の暮らしをする、普通の社会人として生きてきた一般男性だった。

 死んだ瞬間のこともよく覚えている。イベントの帰りに階段から落ちたのだ。重たい荷物を持って足を滑らせてしまった。

 落下していく瞬間、周りの光景がスローに感じたのを鮮明に覚えている。

 そして気付いたら、母を思われる女性の腕で産声を上げていた。


「まぁ……なんて可愛い子。満天の星空の日に生まれたあなたの名前は、ステラ。ステラよ」

「ふふ、それでは女の子みたいではないか?」

「あら、いいじゃない。こーんなに可愛いんだもの」


 そんなノリで名前を付けられたステラは、カーライル伯爵家に生まれた三男。上の兄弟と歳が離れていることから特別可愛がられて育った。

 前世の記憶があることから、物覚えも良く言葉を話すのも早かった。


「おかあさま、ステラもかわいいのが着たい」

「あらあら」


 ステラがそんなことを言い出すのには理由があった。

 前世で彼の趣味はコスプレだった。それも女装コスプレイヤーとしてそこそこ有名だった。

 そんな彼がノーメイクで完璧な美少女、ではなく美少年として生まれ変わったのだ。ドレスを着たくなるのも当然なのかもしれない。


「まぁ、可愛い。ステラ、こっちのドレスもどうかしら?」

「素敵です、おかあさま!」


 女の子が欲しいと思っていた母は、女装をしたがる息子をあっさりと受け入れて、いくつものドレスを買い与えた。ステラも自分でも前世の知識を生かして衣装を作るようにもなった。

 出来上がった美少女っぷりに、二人の兄も、堅物な父も溺愛し、今では娘のように扱っている。


「いやぁ、マジで可愛いな俺」


 鏡を見ながら、ステラは自分の姿を確認する。

 どんなに近くで見ても毛穴の見えない陶器のような白い肌。サラサラで僅かな光でも輝いて見える金色の髪。カラコンでわざわざ黒目を大きく見せなくてもパッチリとした瞳。

 前世でどう頑張ってもここまでのクオリティは出せなかっただろう。


「はぁ……異世界最高かよ。美しすぎて惚れ惚れするわ。最初はどうなることかと思ったけど、何事もなく生きていけそうだし」


 そんなこんなで18歳になったステラは、学校に通いながらある程度この世界のことを把握できるようになっていた。

 生まれたばかりの頃は分からなかったが、次第に文字の読み書きが出来るようになってから気付いたことがある。

 それは、この世界が前世で有名な乙女ゲームの世界だということ。自分の暮らす国名が一緒であったり、魔法があったり、自分が通う学校の名前も、調べれば調べるほどゲームの世界に出てくるワードと酷似していた。

 そのゲーム、『君と恋と運命の物語』は主人公であるヒロイン、つまりプレイヤーが異世界であるこの世界に迷い込み、五人の攻略対象であるイケメンたちと出逢い、光の聖女となって世界を滅ぼそうとする邪龍を倒す旅に出るという、剣や魔法を使うバトル要素も含まれた恋愛ゲームだ。


「あのゲームに俺みたいなキャラはいなかったし、完全なモブってことだよな」


 ゲーム本編に関わることがなさそうで、ステラは安心していた。

 数年前、この国の王子の名前を知ったときは焦った。ゲームに登場する攻略対象、ノックス・ウィーゼル。

 自分が生まれ育ったウィーゼル国の第三王子で、ヒロインが一番最初に出会う攻略対象だ。

 彼の年齢的に、今はまさにゲーム本編と同じ時間軸。邪龍討伐に関わるようなことがあったら怖いと思っていたが、自分のような存在がゲームに出てきたことはない。

 きっと知らぬ間にヒロインがやってきて、知らぬ間に旅に出て邪龍を倒してくれるのだろう。

 そう思っていた。



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