【短編】天国及び地獄における長箸の受容について

圧力鍋

天国及び地獄における長箸の受容について

「暇ねぇ。。。」


地上の人間が【天国】と呼ぶこの場所の管理スタッフとして着任してもう1万年。善良な人間たちを集めてるだけあっていたって平和。たまーに善意?正義感?ってやつが行き過ぎた人間をたしなめるくらいしか仕事がない。


それに比べて【地獄】は楽しそうでいいな。去年なんか住人が集団で蜂起したらしく、その鎮圧に3か月もかかったんだとか。智謀策謀の果てに帝国を作り上げた武将や、文字通り一騎当千の戦士が何百人も集まっているんだから、激しくなって当然よね。


地獄に入った時に力は相当弱められているにも関わらず、平の管理スタッフ(鬼)では全然抑えられなくて、部長クラスも何人か業務から離脱させられたみたい。


流石にこれ以上長期化すると被害が大きくなりすぎるってことで、閻魔さまが8000年ぶりに陣頭指揮をとられたのよね。部長連中もやられた住民の主力部隊を単騎で制圧したとかマジ痺れる。制圧時のクライマックスでは、あの閻魔ビームを繰り出したとか!


あの閻魔ビームよ閻魔ビーム。私がまだ1000年目くらいの若造だったとき、研修で見学させてもらったことがあるけど、ものすごくかっこよかったからね。今回閻魔ビームを見れた地獄のスタッフ達が羨ましい。。


対峙している筈の住民側からも大喝采が起こったらしいわよ。「よっ閻魔屋!」って花火じゃないんだから。大勢が決まると後はあっさりしたもんで、住民の幹部連中はあっさり降伏。次回は何年後に蜂起するか今から作戦練ってるみたい。地獄は日課の罰があったりするんだけど、結局のところもうからね。


不撓不屈の猛者共にとっては、死なない≒無限コンティニューのあるゲームみたいなもの。時間も無限にあるから、オリンピックみたいに定期的に蜂起するのよね。


はっきり言って、このあたりに地獄制度の限界を感じるわ。。。あいつら苦痛を無視するメンタルの技術を身に着けてるから罰がもう罰でもなくなりつつあるし。そろそろ大規模アップデートが入ってもおかしくないわね。


そうそう。大型アップデートと言えば、違ったタイプの罰を考えなさいって上から指示があったのよね。経営陣への仕事やってるアピールかしら。そんなのもう何万年も運営しているんだからもう出尽くしてるのにね。面倒くさいから下界でみたを案として提出してみようかしら。


下界でみたとは:

食事は背丈を超える長さの箸でのみOK、という制度。

天国の住人は人格者だからお互い食べ物を与え合って問題なしなんだけど、地獄の住人は自己中心的な人間ばかりだからいつまでたっても食事をとれない、っていうあれ。


上手くいくかどうかはわからないけど、出さないと仕事しろ!って指導が入るからね。。。


・・・ 1年後 ・・・


え!?あの案が採用されたですって?? 意外だわ。そして、発案者の私はこの制度の導入リーダーをやれと。ふふふ、天国担当も飽き飽きしてきたところだし、ラッキーだわ。


制度導入リーダーってことは地獄の導入も指揮しないとよね?業務で地獄を訪問できるとか役得役得♪


そうとなれば制度の細かいところを決めていかなきゃ。


まずは肝心の箸よね。長さは3メートルくらいあれば十分長いかしら。腕で持てるようにしちゃうと、箸を短く持ってズルする人も出てくるだろうから、持ち手の部分をトングのようにくっつけちゃおう。そして、使うときはそのくっつけた部分を腰に巻き付けないとダメにしましょう。そう箸は端しか持っちゃだめ(劇ウマギャグ)なんだから!


そんなこんなで導入当日。備品生産部隊に結構な無理をいって住人全員分の長箸を用意してもらったわ。裏では賽の河原の石が不足する、なんて事件も起きてしまってた申し訳ない。4段くらいまで積み上げたら速攻で鬼が崩さないと石が足りなくなるくらいまで逼迫してたらしく、賽の河原ってよりワニワニパニックじゃんって鬼たちからの悲鳴が。ごめんなさい。


でもさ、賽の河原の石が人手で作られてたとか普通思わないじゃない?人手で石の外見と実際の重心をずらしたりしないと、あっさり積み上げてクリアされちゃうとかそんなの知らないわよ。


さて、天国の住人はどうかしら。ふむふむ、大して騒ぐこともなくすんなりと受け入れてお互いの口に食事を運び始めているわね。


一方地獄の住人たちは案の定というかなんというか。助け合いって言葉が頭にないのか、自分の食事が他人に取られないようにするのが第一で、全然食事が食べられないわね。想定通りだわ。


統計情報はどうでしょう。天国の幸福値は変わらないけど、地獄の不満値がぐんぐん上昇しているわ。これは思いがけず大成果なんじゃないかしら。下界の人間の発想もなかなかエグいわね。これからも参考になりそうな罰があれば導入していこうかしら。


・・・ 導入から1年後 ・・・


おっと、少し成果がでたからってぼーっとしてしまったわ。さーてみんなどうしているのかなっと。


あれ?天国の不満値が地味に上がってるんだけど。じゃあ地獄側はって、え?もう不満どころかみんなの幸福値が上がってる??まずいまずいまずい、これじゃあ上司に怒られちゃう。一体何が起きてるのよ。


まず天国の住人に話を聞いてみることにしましょう。なになに、良い人のふりをし続けるのに疲れた、生理的に受け付けない人の箸で食事をとりたくなかった、モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ、、、なるほどね。


じゃあ地獄側はどうなってるのよ。ちょっとそこの鬼、どうなってるのか教えなさいよ。


「最初はみんな不満たらたらで、食事中の喧嘩はそこらじゅうで起こってたし、ご飯が食べれなくてお腹を空かせてる人がイライラいてていい感じだったよ。」


想定通りね。地獄らしくなってよかったじゃない。


「だけどね。」


だけどね?


「ある時、喧嘩の最中に箸でつかんだ食べ物を相手にぶつけた奴が出てきたんだ。」


あー、想像つく。地獄の住人は食べ物の大切さとかも考えない奴らばっかりだもの。少しムカついたらすぐ手も出るし。


「食べ物をぶつけられた側はそりゃ激怒するんだけど、そこで気づいちゃったんだよね。」


何に?


「食べ物は投げていいんだって。」


いやだめでしょ。


「そこからは早かったよ。最初は食べ物を他人への嫌がらせのためにぶつけてたんだけど、しばらくして周りに人がいなくなってさ。ぶつける相手がいないから、戯れに自分の頭上に投げたんだよね。何気なく口を開けたら食べ物がスポンと収まって。こりゃ楽しいぞと。」


あー、子どもが食べ物で遊んで怒られる奴だ。


「そうして地獄の住人は自分の頭上に放り投げて口に運ぶようになったのさ。もちろん最初はみんな上手くないから顔も服もドロドロになってたんだけど、一か月経たないうちに楽しそうにみんな食べるようになっていったよ。」


え。でもでも、中には投げるのがうまくない住人もいるでしょ?その人たちは不幸なままなんじゃないの?


「それがさ、上から食べ物を落とせばいいってことなんだから、よく考えれば別に投げる必要もなかったんだよ。箸で食べ物をつまんで自分の真上にもっていって、そこで離せば自分の顔に落ちてくるって寸法さ。」


あ、


「もうこの段階まで来るともう罰でもなんでもなくなっていたね。技を極めて見世物にする人間も出てきたし。YOICHIは10メートル以上も食べ物を上に投げ上げて口に収めてたよ。」


すご。なにそれ見たい。


「見世物以外だと、食べ方を知らない地獄の新人が、その方法に気づくまで何日かかるかっていうのが賭け事としてブームにもなってきた。」


エンタメになってる。。。


「罰なんだからちゃんと罰らしくしないといけないんだけど、管理している鬼スタッフも面白くなっちゃったみたい。食べ方が他の住人から漏れないように新人を隔離したり、他の住人と食事が一緒になるときはあえて食べれないふりをさせたりして。」


おい鬼、スタッフが罰のエンタメ化に協力したら駄目だろ。


「エンタメといえば、長箸早食い大会も最近開催されるようになったな。KOJIROって名の元剣士とBENKEIって名の僧侶の一騎打ちになったんだが、体格の差でBENKEIが、、、」


あああもういい! KOJIROもBENKEIも知ってるよ。てかYOICHIも知ってたよ。みんな地獄にいるんだ、じゃなくてもう全然罰じゃなくなってきてるじゃん。


「面白そうなことになっているな。」


げ、上司だ。


「なるほど、新しい罰を導入したが逆効果になってしまったと。」


も、申し訳ございません。。。。。


「地獄の運営は一筋縄ではいかんってことだ。さっさと天国からこの制度を撤回してこい。」


あれ、地獄の方は?


「表向きは罰なんだし、蜂起以外のガス抜きの手法が増えてもいいだろ。閻魔様も先の鎮圧でお疲れだ。今回のことは今後の運営に教訓として活かすように。」


へへー。


(おしまい。)



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