五十、論理くん、かわいくなる私を見守る

期末試験も済んで、いよいよ二十四日の音楽祭が目前に迫ってきた。練習にも熱が入る。その一方、気合いを入れるためなのだろうか、女子も男子も、髪を切ってくる子が増えた。よし、私も切ろう。そう思って私は、論理に声をかけた。

「ねえ論理、私次の日曜日、おかっぱ揃えに行こうと思うんだけど、一緒に来てくれるよね?」

論理は、洞窟で金貨を探り当てたときのように、顔を輝かせた。

「もちろんだよ!また文香がかわいくなっていく様子が見れるんだ!楽しみだな!」

論理ったら、相変わらずなんだから。でも、そんな論理を見てにやけてしまう私だった。


日曜日。公園で待ち合わせた私たちは、梅通りにある美容室にやってきた。論理が初めてこのお店に来てから、もう数回になる。店の人たちもすっかり論理を覚えていて、論理の細かいオーダーも快く聞いてくれた。最近では斎藤さんは、論理の好みにも慣れて、カットの最初から最後までほとんど論理が何も言わないことも増えている。今回も、椅子に座った私の後ろに論理がどかっと座って、一言二言言ったあとは、黙って私のカットされていく姿を見ていた。論理の熱い視線を感じる。私のうなじを舐め回すようだ。私は思わず、「あっ…」と、声を漏らしそうになる。斎藤さんのハサミが進む。うなじの真後ろよりも、横の方がわずかに長い後ろ上がりのカット。論理の好みのスタイルだ。ああ私、カットされてる。かわいくなっていく。論理好みの女の子になる。ああ、私、論理への愛情の海に沈んでいく…。

「じゃあ、後ろと横を揃えましたので、これでいいですか?」

斎藤さんの言葉に、論理が後ろでうなずくのが、鏡ごしに見られた。続いて私の襟足にバリカンが当てられ、カットライン下のうぶ毛が(かなりたくさん。襟足ぐっと短くしてるもんね)剃られる。いつもの真っ白うなじになっただろう。

「それならヘアブローをして、細かい所を揃えていきますね」

斎藤さんはそう言って、ドライヤーを取り出した。私の髪を手際よく乾かし、ロールブラシで軽い内巻きに仕上げていく。これでざっと出来上がり。そして斎藤さんは、改めてハサミで私のカットラインを正確に揃える。背後の論理の顔が、一層真剣になった。少しずつ少しずつ、私は論理にとってのかわいい女の子になっていく。論理、見ていてくれるよね。ああ、胸が熱い。きっと私の血管の中は、血液じゃなくてハートが流れてるよ。斎藤さんのハサミは、右サイドからうなじ、そこから左サイドへと一巡した。後ろで論理が、大きくうなずく。ああ、私の後ろ姿は、論理好みになったんだ!私の細胞の一つ一つが、論理で満ちた。そして次は、一番のクライマックス。

「それじゃあ、前髪切りますね。いつも通りでよかったでしたか?」

斎藤さんは、後ろの論理にそう確認する。

「はい、いいです。校則通りに、眉毛の一センチ上でまっすぐ揃えてください」

私は、たまらなくなって目を閉じた。私の伸びかけの前髪が、眉上できれいに揃えられたとき、論理にぴったりの女の子になれる!斎藤さんのハサミが、慎重に進む。チョキチョキとハサミが進むたびに、私の鼻先にかなりの毛くずが落ちる。ああ、私、論理のためにこんなに変身してる!やがて斎藤さんは、私の顔の毛くずを払って、言った。

「さあこれくらいでどうでしょうか」

私は一気に目を開けた。そこには、論理が一番愛してくれる、きれいに揃ったおかっぱ頭の女の子が座っていた。前髪は眉上一センチ、サイドはリップラインよりちょっと上、襟足はそこから後ろ上がり。みんなカンペキ!

「文香、めちゃかわいいぞ!いつもありがとう。後ろ姿も前髪も、萌え立つものがある」

論理は熱い息を吐きながらそう言って、斎藤さんが傍にいるのにも関わらず、素早く私のうなじにキスをした。

「やっ!もう、論理ったら~!でも、私、論理好みの女の子になれたかな…」

「うん、十分だよ。このうなじのカットラインと、襟足の剃り跡がたまらない」

論理は、もう一度キスをしてくれた。斎藤さんが困っていた。やがて私たちは、美容室をあとにして、栄穂の街に出た。街中でも論理は「ああ、ああ」と呻きながら、私に後ろから抱きついて私のうなじにキスをしたり、街中なのに私の髪を梳かしたりしてくれた。私はそれが恥ずかしかったけれど、論理の愛情を感じて嬉しかった。もうすぐクリスマス。お店の飾り付けは、もうすっかりクリスマス仕様になっている。

「ねえ、論理、クリスマスさ、プレゼント交換する?」

私は、ガラスケースの中で爛々と輝く指輪たちを見つめながら論理に聞いた。ダイヤモンドだよねあれ…あんなのを論理からもらった日には、私はもうお姫様だよね。でも、まだ私には早いか。

「うん、いいね、しようしよう」

やったあ!初めて論理からのプレゼントがもらえる!

「じゃ、じゃあさ、今からお互いプレゼントを買いに行くってのはどうかな?一緒に買うと何買ったかバレちゃうから、待ち合わせ時間を決めて、それまでに買うの!」

「よし、じゃあ、今から買いに出て、三時に噴水前に集まろう」

「うん!決まり!じゃあ、また三時にね!」

私たちは、別れて別々の方向に歩き出した。うーん、何をプレゼントしようかなあ。論理、何をあげたら喜んでくれるかなあ。迷うよぉ。文房具とか好きそうだけど、でも消耗品だよね。できたらずっと手元に残るやつがいいな。こうやって考えてみると、男の子へのプレゼント選びってなかなか難しいなあ。うーん…。あ、そうだ、時計とかどうかな。この前、電車の中で佐伯さんが秀馬くんにもらったとか言ってたもんね。うん、そうだ、そうしよう!私は、百貨店の中にある時計屋さんへと足を運んだ。遠目で見るからにも高級感漂うフロアだったけれど、私の手に届くものがあればいいなと思った。

「うっ…高い…」

案の定、何万、何十万もする時計がズラリと並んでいた。これじゃあ私の手には届かない。他のお客さんもいたけれど、みんな大人で、中学生の私がここにいるのは場違いだった。

「他のところに行ってみよ…」

私は、次は栄穂地下にある時計屋さんに行ってみた。ここは、気楽に入れそうだ。お客さんも、私ぐらいの年頃の人や、もう少し上の人が多い。店内に入って見てみると、男の子らしいかっこいい時計が値頃な値段で売られていた。うん、これなら買えそう。私は、論理が喜んでくれそうな一本を選び、レジへ持っていった。きれいにラッピングもしてもらう。

「クリスマスプレゼントですか?」

店員さんにそう聞かれた。

「あ、はい」

「彼氏さんへですか?」

「あ、ま、まあ…」

「いいですねぇ、私も、彼氏ほしいなぁ」

店員さんに冷やかされて、私は店を出た。ふふふ。論理への、初めてのプレゼント。きっと喜んでくれるよね!私は、上機嫌で歩いた。その体からは、きっと音符が出ていたと思う。そして、噴水前へと向かった。待ち合わせ場所には、もう論理が先に着いていた。

「ごめん!待った?」

「いや、俺も今着いたばかりさ。しっかり買ってきたぞ」

論理はそう言って、右手の小さな紙袋を振ってみせた。

「ありがとう!嬉しい。何が入ってるのかなあ、楽しみ!私も買ってきたよ!」

私もそう言って、紙袋を振った。お互いの紙袋は、大きさが似ている。

「お互いの中身は、二十四日のお楽しみ。ワクワクするなぁ」

論理は素早く私の後ろに回り込むと、私を後ろ抱っこした。

「文香、ちょっとうつむいて」

ピッとうつむく。論理に私の切り立て襟足を見せる。どうかな?

「ねえ文香、どうしてそんなにピッとうつむいてくれるの?」

「論理が喜んでくれるから!」

「どうして俺が喜ぶことしてくれるの?」

「論理が好きだから!」

「ありがとう!俺も文香のこと大好き!」

論理はそう叫んで、私の剃り跡に何度も熱くキスをしてくれた。街行く人が、ジロジロと私たちを見ていくけれど、そんなことなど気にならない。私は、論理好みの女の子になって、論理は、そんな私を愛してくれる。それだけで十分だった。

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