五十一、論理くん、音楽祭の最後の練習をする

二十三日。とうとう音楽祭の前日になった。今日は部活も休止し、全校が音楽祭の準備に当たる。私のクラスも練習に励んでいた。沢田くんの、微に入り細に入る指導を受けて、着々と音作りが行われた。

「ちょっとみんなで『ひーかりの』の『ひー』出してみろ。いくぞ、スリー、フォー!」

「ひーー」

「花澤(はなざわ)半音低い! 柏部(かしわべ)も! 男子芹沢(せりざわ)一音上がってる。ちょっとひどいぞ。あと坂口、なんとかしろや!」

沢田くん、気合入ってるなあ。西山先生みたい。

「それじゃ『みんなーいのちを』からいくぞ、スリー、フォー!」

ピアノの音と共に、私たちは息を吸い込む。

「みんなーいのちをもやーすんだーほしのようにーほたるーのよーにー」

「吸えっっっ‼︎」

「ひーかりのこーえがそらーたーかくきこーえるー」

「だめだ!」

沢田くんの一喝。私たちの歌声も、ピアノの伴奏も止まる。

「まだ『る』が弱くなる。胸がはちきれるくらい吸い込め!」

沢田先生の厳しい指導は五時まで続き、私たちもそれに必死でついていった。帰り際には、みんなで円陣を組み、気合を入れた。

「音楽祭、絶対成功させるぞー‼︎」


「どうだ名指揮者、全体的な進み具合は?」

五人で帰る帰り道、論理が沢田くんに言った。

「俺はあくまでギタリストだ。指揮者は本業じゃねえ。まあそうだな…うーん、うちには一人問題児がいるからなぁ」

沢田くんは、秀馬くんを横目で見る。

「すまない…」

「ちょっと坂口くん、せっかくの義久の晴れ舞台なんだから、なんとかしてよ!」

「まぁ…楽譜は一応頭に入っているから、あとは明日、できる限り音を外さないようにがんばるだけだ」

「頼むぜ」

沢田くんがタクトを振る真似をする。

「ああ…」

秀馬くん、気が重そうだなあ。私は音痴じゃないから秀馬くんの気持ちはわからないけれど、つらいのかも。

「そういえば沢田、あの『る』は相変わらず弱いか?」

「いや、論理、練習ではああ言ったが、ずいぶんしっかりしてきた。一時期は池田のブレスにみんなついていけなくて、『る』が池田の声しかしなかったけれどな」

沢田くんの言葉に、私は照れる顔を隠せない。

「いやぁ…」

そうだよね。その『る』を、論理が聞き逃さずに聞いてくれたんだったよね。

「文香は息を吸い込む力が、本当に強い。一瞬でブレスして、しかもその息で、人が何息も継がなくちゃいけないフレーズを、楽に歌ってしまう」

論理が自慢げにそう言ってくれる。

「うん。それは私もそう思う。ぶんちゃんの胸とお腹、どうなってるのか一度見てみたいわ」

「もう、そんな褒めても何も出ないよぉ」

口ではそんなこと言ったけれど、内心では得意満面だった。


みんなと別れて、寒空の下を論理と二人で手を繋ぎながら歩く。

「いよいよ明日だね、音楽祭。うまく歌えればいいなあ」

論理はうなずいた。

「うん。とにかく沢田の気合がすごいからな。みんなそれに引っ張られて、ぐんぐん良くなってると思う」

「そうだね。四月と比べたら、みんなの歌声が全然違うって感じるよ。これなら、もしかしたら最優秀賞取れるかもね」

「ここまでがんばってきたから、何か賞は取りたいよな。沢田に最優秀指揮者賞取らせてやりたい」

明日は音楽祭もあるけれど、同時に終業式でもある。もう、長かった二学期も終わりなんだなあ。

「明日で二学期終わっちゃうね。明後日から冬休みだよね。また、論理に会えなくなっちゃうかな。でも、冬休みも会いたいな。クリスマスは一緒に過ごすけど、できたらお正月も一緒に過ごしたい…」

「もちろんそうとも!あんな家にこもって二週間過ごすなんてたまるもんか。切りたて文香と一緒に毎日でも過ごしたい」

論理は、拳を握ってそう言い切った。

「論理、うちは構わないから、毎日だって来てくれたっていいんだよ。もう家族同然なんだしね」

「ありがとう。つらいときに逃げる先があるというだけで、本当に心強いよ」

論理が命がけで家まで来てくれたときのことを思い出す。あのときは、あんな思いをしてまで論理が家に来てくれたことが嬉しかった。

「うちはみんないい家族だと思ってるけど、論理と一緒にいたほうが楽しい。だから、冬休みもたくさん一緒に過ごそうね」

「うん」

論理はまた私の背後に回る。両手が伸びて、私の胸を抱く。私はその腕に、そっと手を添える。

「文香、ちょっとうつむいて」

私は昨日と同じように、ピッとうつむく。

「文香、切り立てカットラインと剃り跡、かわいいよ」

「ありがとう」

「赤あざかわいいよ」

「ありがとう」

「このカットラインの中にいるのは?」

「論理!」

「他には?」

「いない!」

「このかわいい後ろおかっぱの中にいるのは?」

「論理!」

「他には?」

「いない!」

「ありがとう!俺も文香しかいない!」

論理は、その腕に力を込めて、私を揺するように抱いた。論理にこうやって抱きしめられると、論理の愛の星が輝く空に吸い込まれそう。吸い込まれて、私も星になって輝くの。街路灯の薄明かりの下で、私たちは、寒さを忘れていつまでもそうしていた。

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