三十五、論理くん、優衣&沢田くんをお母さんに引きあわせる

最近、少し悩んでいることがある。それは、合唱部でのことだ。部長としてはなんとか慣れてきたつもりなんだけれど、一部の二年生と一年生の私を見る目が、陰湿になっているような気がする。練習中も、どこか険悪な目で私を見ていると思うし、練習後に私のほうを見て、くすくす笑っている。どうしてだろう。私は、できる限り丁寧にみんなのことを思って合唱部を運営しているつもりなのに…。

「ねぇ優衣、やっぱり、私一部の人に気に入られてないみたいなんだけど、大丈夫かなぁ」

私は心配になって、優衣に聞いた。でも優衣は、からからと笑った。

「あはは、どこの世界にも気にいる気にいらないはあるよ。百人全員に気にいられるなんて無理だよ。ぶんちゃんはぶんちゃんのやり方で部長をすればいいんだよ。私も副部長としてがんばってるんだからさ!」

優衣にそう元気付けられ、私は、まぁ大丈夫か、と、少し胸のつかえが取れた。


もうすぐ中間試験がある。いつもの休み時間、いつもの四人でしゃべっているとき、中間試験の話題になった。

「なぁなぁ、試験までの一週間、この四人で、お互いの家に行って勉強しないか?」

沢田くんが、爽やかにそう言う。

「いいね!私も久しぶりにぶんちゃん家行きたいし!二人はどう?」

優衣が、論理と私に聞く。

「私はいいよ。論理は?」

「うん、俺も賛成。でも、俺ん家で勉強するのは、やつが許してくれないかもしれない」

論理は、悲しげに目を伏せた。

「そうなのか。俺、論理のお袋さん、一度見てみたかったんだけどな」

「私も!どんな人なのか気になる!」

二人は、おどけながらそう言った。もう、二人とも、論理のお母さんの怖さを知らないからそんなこと言えるんだよ。

「でも、親父に言えばなんとかなるかもしれない。今日聞いてみるよ」

「おぅ、よろしく頼むぜ」

沢田くんは、論理の肩を叩いた。

「優衣と沢田くんは、どこを受けるの?」

そういえば、二人の志望校は聞いてなかった。

「私たちはね、滝部(たきべ)を受けようかと思ってるの。ね、義久」

「俺は、尾州(びしゅう)でスポーツやりたいと思ってるんだけどなぁ」

「ダメでしょ!義久は私と滝部に行くの!」

「まいったなぁ…」

沢田くんはそう言ってため息をこぼす。でも、その顔はなんだか嬉しそうだった。これは、沢田くんの進学先は決まったな。

「ぶんちゃんと論理はどこ受けるの?やっぱり同じ所?」

「うん、青島に行きたいの、ね、論理!」

私が論理に話を振ると、論理は、待ってましたと言わんばかりに語り始める。

「青島高校はね、夏の制服が独特なんだ。背ボタン開きのブラウスなんだよ。俺、背ボタンの服を見ると萌え立つんだけれど、ぜひそれを着た文香と三年間過ごしたいんだ」

語り終えた論理を、優衣と沢田くんがしばらくぽかんと眺めていたが、いきなり優衣がブッと吹き出すと、二人で大笑いをした。

「あははははは‼︎論理らしいな」

「あははははは‼︎制服萌えで学校を決めるなんて!しかも後ろボタンで!」

論理は、膨れツラをした。

「な、なんだよ。そこまで笑い者にされる覚えはないぞ」

「そうだよ、私たちだって真剣に決めたんだから」

しばらく二人は笑っていたけれど、やがて沢田くんがやや真剣な顔をして論理に言った。

「いやいや、笑ってすまねぇ。確かにあそこの夏服は個性的だよな。池田にもよく似合うと思う。ただ、学力的にはどうなんだ?」

「その点は問題ない。文香も俺も、遥かにボーダーラインより上だ」

「でもさぁぶんちゃん、ぶんちゃんの成績だったら、明立でも、ひょっとしたら菊山(きくやま)や明戸(あきど)だって狙えそうじゃない?ちょっともったいなくない?」

「うん、でも私は、論理の望みを叶えてあげたい。青島の制服を着た私を見せてあげたいの」

私の言葉に、優衣が、笑う。

「ははは!ぶんちゃんらしいよねぇ!論理、ありがたく思いなさいよ!」

「うん、もちろんだ」

論理は、みなぎる眼力で私を見つめながら、うなずいてくれた。

「それにしても、お前たち将来は何になりたいとかあるのか?俺は、そうだな…公務員かな。その方が家庭も安定するだろ、な、優衣」

「えっ⁉︎あ、そ、そうね…!」

沢田くんにいきなりそんなことを言われて、優衣の顔が真っ赤になる。

「わ、わ、私は…義久の…お、お嫁さん、かな!」

告白しあった二人は、顔を真っ赤にして視線を逸らしていた。二人ともすっかり仲良しさんに戻ったね、よかった!私は、心がほこほこした。

「い、いや、話はお前らだ!二人とも、将来何になりたいんだ?」

沢田くんが、気を取り直した様子で、私と論理に聞く。

「俺たちは、教員になりたい。同じ大学へ行って、同じ学校で働くんだ」

「ふーん、先生志望なんだ。だったら大学は、尾風教育大学かな。でも、青島から尾教大(びきょうだい)って、かなり難しそうだけど」

優衣が、ちょっと下からのぞき込むような視線を私に送る。

「うん、三年間、学年一番を通すくらいじゃないといけないらしい。私が一年生のとき、理科を持ってくれた藤原(ふじわら)先生、青島から尾教大に行ったらしいけど、三年間ずっと一番だったって」

「お前らそんなことできるのか?」

沢田くんの言葉に、私はすぐに、うんとは言えなかった。

「やる」

論理の、意志の力に満ちた言葉が、隣から聞こえた。

「だって、俺と文香の絆のためだから」


翌日放課後。中間試験の勉強会のために、私たち四人は、論理の家に集まってきた。昨日論理がお父さんに交渉してくれたようで、論理の家で勉強会ができるようになった。

「わーい!論理のお母さんに会える〜!一体どんな魔物なんだろー!気になる〜!」

優衣は、やけにはしゃいでスキップまでしていた。まったく優衣ったら…論理のお母さんの怖さを目の当たりにしたら、さすがの優衣だってビビっちゃうぞ。

「優衣、そんなにはしゃぐな。でも、俺もワクワクしてきたぜ!」

沢田くんまで…二人とも…無知って幸せなことだよね…。

「着いたぞ」

論理が、私たちに言う。私は、目の前の、恐怖の塔を見上げた。秋風が吹いて天気はとても爽やかだったけれど、三階建の塔は相変わらずおどろおどろしげで、私たちを拒んでいるかのようだった。これから論理のお母さんに会うのか…正直言って怖いけれど、論理のお母さん、みんなで会えば怖くない!だよね!

「今日も今日とてだが、あのババアは機嫌が悪い。ババアの部屋はすんなり通過して、さっさと俺の部屋で勉強を始めようぜ」

論理…そんなうまくいかないと思うよ…。

「えーっ!私、論理のお母様に是非ともご挨拶したいわ!」

優衣!怖いもの知らずだなあんたは!

「俺も、初めてお邪魔するわけだから、一言ご挨拶したい」

沢田くんまで…。

「優衣!沢田くん!ここは、論理の言うことを聞いた方が身のためだよ!」

「そんな心配しなさんな、いざとなったらこの優衣様が、一肌脱いでやりましょう!」

優衣はそう言って、遠山の金さんの真似をした。

「二人とも、心強い言葉をありがとう。だが、相手は宇宙人だ。俺たちの理屈が通る相手じゃない。さっさと通り過ぎて俺の部屋に逃げ込むのがいい」

「そうか、宇宙人か。そういえば俺、宇宙語話せるぞ。見てろ、ワ・レ・ワ・レ・ハ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ」

沢田くんは、喉元を自分の手でチョップしながら、宇宙人の声を真似した。

「もうふざけてないで!論理の言う通りにして!さぁ、行こ、論理」

論理は、観音開きの扉を開く。さあ、いよいよだ。小さな玄関に、私たち四人の靴を置き、床に上がった瞬間、

「論理‼︎論理なの⁉︎あんた、ふざけるのもいい加減にしなさいよ‼︎」

お母さんの怒号が、奥から響いてくる。私はある程度聞き慣れてきたけれど、いきなり聞いた優衣と沢田くんは、キョトンとしていた。

「なにあれ?今の、もしかしてお母様の声?」

「なんだ?いきなり怒ってるが」

「いつものことだよ。あれが普通だ」

論理はそう言って、私たちを淡々と導いた。やがて、お母さんの部屋の前を通る。論理がボソリと「ただいま」と言って、通り過ぎようとするが、そうさせてくれるお母さんではなかった。

「待ちなさい‼︎誰をぞろぞろと連れてるの!」

「クラスの友だち」

「たわけ‼︎誰の許しを得た‼︎」

「この家の」

「なにをっ‼︎」

お母さんは、赤い目を最大限に見開いて、私たちを睨みつけた。その目が、私を見たとき、お母さんの怒りは早くも沸点にたちした。

「あ…こ…この娘はっ…‼︎論理‼︎二度とこの娘と付き合うなと言ったでしょう‼︎出て行け‼︎お前の顔など、見たくもない‼︎」

お母さんの口から大量の唾が飛ぶ。灰皿からは、煙が上がっている。この人、いつも怒ってて、早死にするだろうな。

「あんたがどう言おうと、今日俺たちが勉強会をするのは、親父に認めてもらっている」

「私の頭越しによくもそんなことをやったね‼︎出て行け‼︎お前たちみんな出て行け‼︎」

お母さんは、激しく怒鳴る。始めからパワー全開だ。と、そのとき、優衣が、ぴょこっとお母さんの前に出てきた。

「まぁまぁお母様、そんなにお怒りにならないで」

「向坂さん!やめろ!近づくな!」

そんな論理の制止を聞かず、優衣は、お母さんに話しかけ続ける。

「はじめまして、向坂優衣と申します。論理とは、仲良くさせ…」

「やかましいぃぃっっ‼︎」

お母さんの、最大限の一喝。でも、優衣はひるまなかった。

「なになにお母様、いきなり大きなお声を出されるもんだから私びっくりしちゃった」

優衣…もうやめておきなよ…。

「小娘の分際で、なにを言っているの‼︎向坂?その名前忘れないからね‼︎」

優衣の猫撫で声が、嫌味に聞こえたのだろう。お母さんは、一段とヒートアップした。

「あらぁ、お母様に名前を覚えていただけるなんて、この向坂、至極光栄でございま…」

ビシャッ!次の瞬間には、優衣のセーラーのスカートが、派手に濡れていた。お母さんが、お茶を投げつけ、それが命中してしまったのだ。優衣の表情が、見る間に変わっていく。

「このクソババア‼︎なにしやがる‼︎」

優衣が本性を現した。怒りに任せた優衣は、お母さんの髪を鷲つかみにし、激しく揺すった。

「小娘っ‼︎こんなことしてただで済むと思ってるの‼︎」

「うるせぇっ‼︎初めからただで済まそうなんて思ってねぇよ‼︎」

「ふざけた小娘がぁっ‼︎死んでくるがいい‼︎」

「その前にてめぇが死ね‼︎」

優衣とお母さんは取っ組み合いをしていて、もう収拾がつかない。どうしよう…論理…。論理を見ると、何故か台所にいた。

「静まれぇぇぇっっ‼︎」

いきなり、沢田くんの威力のある声が響く。

「静まれぇぇぇっっ‼︎」

突然の沢田くんの声に、二人は取っ組み合いをやめて、沢田くんの方に向き直る。

「この生徒手帳が目に入らぬかぁぁぁ‼︎」

沢田くんは、印籠代わりの生徒手帳を、お母さんに向けた。一瞬、ポカンとする私たち。しかし次の瞬間、ブッと優衣が吹き出し、ゲラゲラと笑い出す。

「あはははははは‼︎義久、なにそれぇ!笑える〜!あははははは!」

私も釣られて笑えてきた。沢田くんも、笑う。私たち三人は爆笑していた。

「黙りなさいっ‼︎」

お母さんの一喝。場が再び静まり返る。

「あんたたち、根っからのふざけものだね!生徒手帳など目に入らんわ!どこの黄門様だか知らんがね!論理もすっかり馬鹿な人間と付き合うようになったもんだ!それもみんなお前のせいだ‼︎」

お母さんが、目が飛び出るかというほどに大きな目で、私を睨みつける。

「お前が論理に擦り寄って馬鹿な入れ知恵をしなければ、論理は今頃!…今頃!あんたたち、みんな出て行け‼︎出て行け‼︎わからんかっ!出てい…」

バァン‼︎部屋中に大きくて恐ろしい音が響く。お母さんは、顔を歪めてカーペットの上に蹲ってしまった。いつの間にそこにいたのか、論理が、大きなフライパンを持って、そこにたたずんでいた。

「論理…」

私は呆然としながらも、ようように論理に声をかけた。

「どしょっぱつからみんなには迷惑かけちまった。向坂さんすまない。今日のところはこれに免じて許してやってほしい」

論理は、フライパンを指差しながらそう言う。相変わらず、論理とお母さんの親子喧嘩は次元が違う。私たちは少したじろいだ感じで、無言で論理の部屋に向かった。


論理の部屋に入り、私たちは勉強を始めた。…というわけにはいかなかった。

「もう!あのクソババア信じられない!スカートが濡れちゃったじゃない!弁償してもらわなくちゃ!あームカつく!キーッ!」

優衣はめちゃくちゃに怒っている。

「とにかくそこまで濡れちゃっては着ていられないな。すまない、俺のズボンでよければ着替えてくれ」

「キーッ!なんで私があんたのズボンなんて履かなくちゃいけないのよ!もー!本当にムカついてしかたない‼︎」

「まぁまぁ優衣、落ち着きなって。ここはさっさと着替えたら?」

私は、優衣をなだめるけれど、優衣はさっきから怖い顔をして落ち着かない。

「だって考えてみなさいよ!玄関に入ったら怒ってて、とにかく怒鳴り散らしてて、礼儀のれの字もなくて、あんなやつ人じゃないわ!死ねっ!死ねばいいのに‼︎」

「おいおい、あれでも論理の母親だぞ。死ねばいいはないだろ。それに論理はもとから言ってたじゃないか、相手は宇宙人だって」

沢田くんも優衣をなだめる。でも、怖い顔は変わらない。

「私はただ挨拶しただけなのに!なんで怒られてお茶ぶっかけられなくちゃいけないのよ!死んでくるがいいって…てめぇが死ねよ‼︎」

「向坂さんすまない。この中の誰よりも、あいつに死ねと思っているのは俺だ。みんなは俺の大切な友だちだが、やつは俺のことを大切だ大切だと言うくせに、その俺がいちばん大切にしている人たちに、こういうことをする。論理が破綻しているんだ。だから、俺に免じて向坂さん、許してやってくれ」

論理は目を伏せて、心から謝罪するよう見えた。優衣は、はぁっとわざとらしくため息をついた。

「息子に論理という名前を付けておいて論理が破綻してるなんて、あーなんて愚かしいのでしょうか!論理もあんなやつが母親でつくづくかわいそうね!…はい論理、ズボン貸して」

優衣は、論理からズボンを受け取り、トイレに着替えに行った。

「お袋さんのことは論理からいろいろと聞いていたけど、俺の想像を遥かに超えていたぜ。…つらくないか?」

論理は、力無い微笑みを顔に浮かべた。

「慣れというものは恐ろしいもので、俺にとってはこの家が普通だ。だからたまに、そうでない家に行くと、羨ましさで胸が熱くなる」

論理はそう言って、私の方をちらりと見た。私は、論理に申し訳ない気持ちと、論理の家も私みたいな家だったら良かったのにという気持ちと、論理はどうしてこんな家に生まれたんだろうという気持ちで、胸がもやもやとした。

「そうか……、俺たちは、論理の味方だから、つらいことがあったらいつでも言えよ。一緒にサッカーしようぜ。運動するとストレス発散になるぞ」

「そうだよ、つらいことがあったら、いつでも言ってね」

「………ありがとう」

論理の大きな目から、涙がこぼれた。この家に慣れていると言ったけれど、そんなことは全然ないんだな…論理は本当につらいんだ…あのババアのやつ…。私は、私ができることを、論理にしてあげよう。と、私は思って、目が潤んできた。


優衣が戻ってきて、勉強会が始まった。どの科目からやろうかという話になって、私はさりげなく国語にしようかと提案した。特に他の科目をという話はなかったから、四人で国語をやった。案の定、論理がみんなに教える形になって、少し得意げだった。こんなことでも論理を明るくできたから嬉しかった。

「やぁー、論理、国語だけはすげーよな」

沢田くんが、感心する。

「論理、どうして国語だけそんなにできるわけ?他はそれほどでもないのに」

論理は、優衣の言葉に苦笑いした。

「一言余分だ。まぁ幼い頃から本を読んだりものを書いたりするのが好きだったせいだな」

「そうだよね、論理、博学だよね」

「文香、持ち上げても何も出ないぞ」

論理はそう言って笑った。少し元気になってくれたみたいでよかった。


勉強会が終わり、帰ることになった。

「またあそこ通るわけ?邪魔なゴミが一袋置いてあるんだけど」

優衣が、あからさまにそう毒づいた。そんな私たちが階段を降りて行くと、行く手に論理のお父さんが現れた。

「今日はよく来てくれたね。向坂さん、家のやつがすまなかった」

優衣と沢田くんは、お父さんとは初対面なので言葉を失ってドギマギしている。

「優衣、論理のお父さんだよ」

「あ、あ…向坂優衣です。すまなかったなんて、そんな、大丈夫です」

「沢田義久です。はじめまして」

「ああ、よろしく頼むよ」

お父さんは、ニコニコした。

「やつは、俺のほうで言っておいたから、みんな普通に玄関に出て帰ればいい。これに懲りずにまた来てくれると嬉しい」

ああ、やっぱりお父さんは神だ…。

「はい!絶対また来ます!」

優衣が、さっきまでの激怒をすっかり忘れて、顔を輝かせる。お父さんに優しくされて嬉しいのかな。

「それと論理、殴るものは選べ。怪我をしたり死んだりすれば、お前の負けだぞ」

「……わかった」

私たちは、お父さんの脇を抜けて廊下から玄関に向かった。途中で、お母さんの部屋の前を通る。恐る恐る中を見ると、お母さんが、鬼のような顔で私たちを睨んでいた。玄関を出て、論理が観音開きの扉を閉める。外はすっかり暮れていて、街路灯の明かりに浮かぶ恐怖の塔が、今日も不気味だった。

「なにあの人!かっこいい…!あれ、論理のお父さんなの⁉︎あのババアと夫婦⁉︎全然釣り合ってない!なんであの二人が夫婦なの⁉︎」

優衣が、小躍りして論理に聞く。

「不思議だ…あの夫婦、実に不思議だ…」

沢田くんが、腕組みして考える。

「俺が物心ついてからは、ずっとあんな調子だよ。結婚した一九八〇年近辺は、それなりの夫婦だったようだね。まあお袋が本性を現して、親父は気の毒になったというところだろう」

「お父さんは、お母さんのこと愛してるの?」

私は、ふと気になって論理に聞いてみた。

「俺には想像もつかないが、あれでも愛しているんだろうと思う。自慢するようだが、親父は尾風でも一、二を争う表具師だ。その気になれば俺たちなんか捨てて、誰と結ばれることもできるだろう。そうしないということは、やっぱり親父に思うところがある、と、俺は思っている」

論理は、遠くのほうを見ながら、想いを馳せるようにそう語った。

「ふーん、あの人、物好きなのね。私だったらさっさと離婚するけど!」

と言って、ズボン姿の優衣はまた怖い顔をした。

「だろうな。実のところ俺も、親父が何故お袋や俺たちを捨てないのかよくわからない」

「家族だからじゃないかな」

私は、論理の言葉に反応して言った。論理が、え?という顔で、私を見る。

「お父さんが、他の女の人のところへ走ったら、お母さんや論理やお姉さんはどうなっちゃうの?お父さんは、仮にお母さんのことが嫌だったとしても、家族を路頭に迷わせないために、今のような形でいてくれるんだと思う」

「なるほどな。親父さん、男気を見せているんだろうな。くぅー!かっこいいぜ!」

「そう?嫌ならさっさと捨てちゃえばいいのに。残された子どもなんて、なんとでもなっていくものよ、ね、論理」

「ああ、俺も、親父が三行半を叩きつけたら、そのときはそのときだという覚悟はある」

優衣も論理もそんなこと言って。なんだか話がきな臭くなってきたな。

「さあ、みんな帰ろ。明日も早いし、遅くなったら家の人心配するよ」

私はみんなを促し、私たちは論理と手を振り合う。みんなそれぞれ家路についた。

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