三十四、論理くん、沢田くんと聖者の帰還をする

十月になった。休み時間。秋の風が吹く廊下にたたずみ、私はいつもの通り、論理、優衣、沢田くんの四人でおしゃべりをしていた。そのとき、沢田くんがいきなりこんなことを言い出した。

「池田は、肌が白いよな」

「え?そ、そう?」

私は、少し嬉しかった。肌が白いのがちょっと自慢でもあったからだ。

「うん、文香は肌が雪のように白くてきれいなんだ。おかっぱがよく似合う。そのおかっぱもきれいな黒髪ストレートで艶やかなんだ。見て、ここに天使の輪が二重にできてる」

論理が、私をそう褒めてくれた。論理に褒められるのは、本当に嬉しい。

「お、本当だ。池田は肌は白いし、本当にきれいな黒髪だよなぁ。これは自慢できるぞ」

沢田くんが、私のおかっぱをじーっと見てくる。私は、恥ずかしくて、でも嬉しくて照れ笑いをした。と、沢田くんの隣の優衣を見ると、なんだか不満げな表情をして私を見ていた。

「優衣?」

私が優衣に聞くと、優衣は、沢田くんを睨みつけた。

「別にぃ。どうせ私はぶんちゃんと違って、肌は黒いし、髪はきれいな黒髪じゃないですから」

確かに、優衣は、肌は小麦色で、髪の毛はもともと少し茶色い。

「なんだよ、優衣、怒ったのか?別に優衣がどうとかは言ってないだろ」

沢田くんは、ニヤつきながら優衣にそう言った。しかし、優衣は怒ってしまったようだ。顔が、怒ったときの表情をしている。

「じゃあ、義久は、肌が白いのと、黒いの、どっちが好きなの?」

「…まぁ、どちらかと言えば、白いほうが好きだけど」

沢田くんが、あっけらかんとそう言った。それを聞いた優衣は、目を大きく開いて、顔を赤くした。沢田くん…そこは、嘘でも黒いほうって言った方が良かったんじゃ…。

「義久のバカ!デリカシーなさすぎ!義久っていつもそう!この、無神経男!」

優衣は、沢田くんに向かって怒鳴った。怒鳴り声が、廊下中に響き渡った。

「なんだよ、優衣、いきなり怒鳴るなよ。びっくりするだろ」

「びっくりするだろ、じゃないわよ!サイテー!もう、あんたとは別れようかしら!」

「なに言ってんだよ、まったく、優衣はいつもそうだな。すぐ怒る。温厚な池田とは大違いだ」

「はぁ⁉︎池田池田って、そんなにぶんちゃんが好きなら、ぶんちゃんと付き合いなさいよ!」

「池田には論理がいるだろ!」

優衣と沢田くんの喧嘩を、論理と私は、唖然としながら見ていた。優衣たちも、喧嘩するんだなぁ。

「じゃあ、義久は、誰が好きなのよ!」

優衣は、一段と大きな声で、沢田くんに聞く。沢田くんは、ムッとした表情を優衣に見せた。

「そんなこともわからなくなっちまったのか?見損なったぜ、優衣」

沢田くんは、怒りながら、でも、悲しそうな表情を垣間見せた。そんな沢田くんの答えに、優衣は、凄まじい怒りと不満を、眉の辺りに這わせた。

「私は、ちゃんと口で言ってほしいの!」

「何を!」

「だから…!ちゃんと好きって言ってほしいって、いつも言ってるじゃない!どうして言ってくれないの!」

私の気のせいか、優衣の目は潤んでいるように見えた。そういえば、優衣、この前も、沢田くんが私のこと好きって言ってくれないって、言ってたな…。優衣、結構そのことで悩んでいるのかもしれない。

「好きかどうかなんて、言わなくてもわかるだろ⁉︎それともなんだ?言わなきゃわからないって言うのか?俺の愛はそんなものなのかよ⁉︎」

そんな優衣の悩みとは裏腹に、沢田くんは、そんなことを言った。優衣は、怒りと悲しみと不満で満ちた絵の具を、顔のパレットに一気に流し込んだ。

「もういい‼︎義久のバカ‼︎」

優衣は、悲痛な叫びをあげると、一目散にその場から駆け出してしまった。

「あ、優衣!」

私は、優衣が心配で、優衣のあとを追った。

「優衣ー!待ってー!ストップストップ!」

階段を駆け降り、廊下を走る優衣に、私はその後ろから、走りながら声をかけた。優衣は、私の声を聞くと、立ち止まってくれた。

「優衣…はぁっ、はぁっ…大丈夫?」

優衣は、泣いていた。優衣は、滅多に泣かない。小学校から一緒の優衣と私だけれど、優衣が泣いているところを見るのは、これで三回目だ。沢田くんの言葉がかなり悲しかったんだろう。

「いいよね!ぶんちゃんは、肌が白いし!きれいな黒髪だし!温厚だし!うっ…ひっく…ううぅ…」

「優衣…」

私は、優衣の背中に手を添えた。

「やめて!」

優衣は、そう叫び、その手を払いのけてしまった。

「…同情しなくていいよ。ぶざまでしょ、私」

「そんなことないよ!私たち、親友でしょ!それに、論理と私が喧嘩したときも、助けてくれたし、私は優衣の力になりたいよ!」

私は、また払いのけられるかもしれないと思いながらも、もう一度、優衣の背中に手を添える。幸い今度は、払いのけられることはなかった。

「ぶんちゃん…ごめん。私、ぶんちゃんに嫉妬した。親友なのに」

「いいよ、私も優衣に嫉妬すること、たまにあるし」

優衣は、うつむいていた泣き顔を、私に向けた。

「ぶんちゃん…私、もう、義久とうまくやっていく自信ないよぉ…。どうして義久は、私のこと好きって言ってくれないの…は、はああああっ!うわあああああ…ああ…あああ…あ…」

優衣は、大粒の涙を廊下の床にポタポタと落としながら泣き喚く。激しく泣きすぎて息が吸い込めない。

「はあああああっ‼︎」

お腹をぐうっとふくらませて、優衣がブレス。そしてまた「わああああん」と悲しげに泣き叫ぶ。こんなの論理が見たら、優衣に萌え立つだろうなぁ。でも、優衣の悲しむ顔は見たくない。なんとかして、優衣と沢田くんを仲直りさせなくちゃ。私は、心に決めた。


授業のチャイムが鳴り、優衣と私は、教室に戻った。優衣は、沢田くんと顔を合わせるのは嫌だって言ってたけど、なんとか説得して、渋々優衣は、教室に入ってくれた。優衣が席に着くと、沢田くんは、優衣に何か言ったみたいだったけど、なんだか険悪そうだった。

「ねぇ、論理、あれから沢田くんは何か言ってた?」

まだ先生が来てなかったので、私は、後ろを振り返って、論理に聞いた。

「寂しいなぁって、一言」

「論理は沢田くんに何か言った?」

「言ってわかりあうカップルもいるもんだぞ、と」

「そしたら?」

「それは、俺のやり方じゃない。優衣には、それをわかってもらおうと何度も努めてきたが、結局駄目だった。と言ってた」

論理と私は、お互い好きって言いたい、言われたいカップルで成り立ってるけど、優衣と沢田くんのところは、そこら辺が食い違っちゃって、難しいなぁ。でも、女の子は、ほとんどみんな、好きって言ってもらいたいタイプだと思うけど、沢田くん、わかってないよねぇ。先生が入ってきて、私は、前を向く。例によって、私のうなじに愛おしい視線を感じながら。


放課後。まだ泣き顔の優衣は、部活にも出ようとしなかった。なので、私もそれに合わせて、部活をサボり(部長と副部長が一緒にサボる。明日西山先生に会うのが怖い)論理と私と優衣の三人で、教室にいた。沢田くんは、授業が終わると、優衣に一言も声をかけずに、さっさと部活に行ってしまった。そんな沢田くんの態度がまた優衣には悲しかったらしく、切なげに泣いていた。

「向坂さん…そんなに泣かないで」

論理が、心配そうに声をかける。優衣は、机に突っ伏したまま、ひーっと息を吸うと、

「これで泣かずにいろって言うの⁉︎」

と、叫んで、また泣き出す。私と同じ腹式呼吸の優衣の背中は、上下に激しく動いていた。私は、念のため論理を見る。まさか変な所を見てないよね。でも、論理は、私とすぐに目が合った。一安心。

「優衣…」

私は、優衣の背中に手を当てて、優しく摩る。私の手の下で、優衣の吸い込んだ空気が、気管を震わせるのが感じられた。論理は、こういうものに萌え立つのだろう。ふむふむわからん。優衣が泣き止むまで、どれくらいかかっただろう。ようやく、優衣は顔を上げた。

「ねぇ、ぶんちゃん、論理。私が義久に求めたことって、そんなに間違ってる?私はただ義久に、好きって言ってほしい、それだけなんだよ」

優衣は、鼻から零した鼻水を、スカートに落としながら、悲しげに言う。

「沢田くん、好きって、全然言ってくれないの?」

「うん。言ってくれるのは、エッチのときくらい」

「うーん、俺も、長いこと、文香のことを名前で呼べなかったけれど、沢田の中にも、好きって言えないこだわりのようなものが、あるかもしれないな」

「なにそのこだわりって!」

優衣が、噛み付くように論理に聞いた。

「俺は、話すと長くなるけど、母親との関係が拗れて、俺自身の考え方までおかしくなって、文香には迷惑をかけた。ひょっとすると、沢田の中にも、プライベートな面で、何かあるのかもな」

「何かあるのかもしれないけど、好きな人のお願い事なら、なんでも聞いてもらいたいよね!特に、好きって言う言葉は、私は、ちゃんと伝えた方がいいと思うし、言ってほしいよね!」

優衣は、私の言葉に、一つ一つ深々とうなずいた。

「その通りだよ!何か何万もするようなプレゼントをねだっている訳でもないし、好きだよの一言を、どうしてそんなにケチるの?もうわからない!やってられない!」

「ねぇ、向坂さん、それで、向坂さんと沢田は、この先まだやっていくの?少なくとも、向坂さんにその気持ちはあるの?」

論理のその問いに、優衣は、苦い薬を飲んだあとのような顔をした。

「そんなこと言わなきゃわからないの⁉︎私はね、私はね…」

優衣は、そう言って、口ごもってしまった。沢田くんに、言わなきゃわからないか、と言われて、泣いた優衣が、今沢田くんと同じことを言うのも(優衣には悪いけど)どことなく笑えて見えた。

「私はね、なに?」

論理が、優衣に、畳み掛ける。

「私は…義久のこと…」

優衣は、また口ごもってしまう。

「好きだよね!好きなんだよね!わかるよ、その気持ち!」

私は、優衣に、そう言葉をかけた。私も、この前論理と喧嘩して、もう心底嫌になったけど、でも、それでも好きだったから、優衣の気持ちもわかる気がした。

「うん…嫌いになれないよ…悔しい…」

私を見る、優衣の目に、涙が盛り上がった。その涙には、沢田くんが映っているはず。

「うう…うっ…はああああっ‼︎わああああ…ああああんっ‼︎はあっ、はあああああっ‼︎わあああああああああああんっ‼︎」

優衣は、切なさが極まったのだろう。お母さんと逸れた小さな子どものように、また泣き出した。論理、優衣の「はああああっ」ってブレス、萌えないよね?私は、もう一度、優衣の背中を摩り続けた。


帰っていく優衣を見送ったあと、私たちは、サッカー部が終わるのを待って、沢田くんと合流した。

「おつかれ」

と、論理が声をかけると、沢田くんは、「おぅ」と、片手を上げて応えた。沢田くんから汗の匂いがする。でも、論理の方がいい匂いだな。うんうん。

「なぁ、たまには、三人で帰らんか」

「おう、かまわないぞ。なにやら、俺に話がありそうだしな」

「まぁまぁ。じゃあ、帰ろうか、沢田くん」

私たちは、歩き出した。

「それでだな」

と、論理が、切り出す。

「拗れちゃったけど、結局問題点は一つだけ。どうして沢田が、向坂さんに、好きだよ、と、言えないか、ということだ」

「沢田くん、女の子はね、好きって言ってもらわなくちゃ、かわいくなれないんだよ。何か、好きって言えない事情があるの?」

私が、沢田くんにそう聞くと、沢田くんは、露骨に困った顔をした。

「事情か…事情といえば、事情はある。そもそも、俺は、そう滅多やたらに好き好きと言うのは、カッコ悪いと思っている」

「カッコ悪いか…」

と、論理も、困った顔をする。

「カッコどうこうという問題じゃなかったが、俺も、文香を名前で呼べなかった期間が長かったから、沢田の気持ちもわからないでもない。でも、俺たちも、ずいぶん危ない状態になったから、それと同じ状態に沢田たちになってほしいとは、思わない」

「うん。私は、優衣とは親友どうしだし、優衣の悲しむ顔は見たくない。沢田くん、なんとか優衣に好きって言ってくれないかなぁ」

私にそう言われて、沢田くんは、少し気色ばむ様子を見せた。

「なぁ、男が、女の前で、カッコつけようとするのは、そんなにいけないことか?美学なんていう難しい言葉があるけど、俺は、俺の美学で優衣に接したいと思ってるんだ。好きって言って欲しい優衣は、尊重されて、俺のカッコは、どうでもいいってことはないよな?」

わ…沢田くん、なんか怒ってる。

「まぁ、どうでもいいってことはないけど、優衣の気持ちもわかってあげてよ」

「だから池田、俺のカッコもわかってあげてほしいわ、この野郎」

沢田くんが、本気で怒り出す寸前に、論理が割って入る。

「わかったわかった。要は、好きだと言われたい向坂さんと、カッコを大切にしたい沢田の食い違いだよな。まぁ、簡単そうで根は深いかもしれない…俺たちのように、予想もしないアクシデントが起こって、お互いの目が覚めるようなことがないと…な」

「覚めるようなことがないとって、俺たちどうなると思ってるんだ、論理」

「なら逆に聞き返すが、沢田はどうなると思う?どうしたいと思う?」

「どうなるってったって…俺は、優衣と…優衣と…」

沢田くんは、優衣が見せていたような表情を見せて、やはり口ごもった。二人とも、問題は大きいけど、まだ好きあってる。その点では、安心できるけど、食い違いもまた大きいんだよね。最近やたらと日が短くなった。太陽が、南の方にそそくさと沈んでいくのがわかる。道端を見ると、セイタカアワダチソウの黄色い花が、秋の風に揺れていた。


翌朝の部活では、優衣の姿があった。表情は、相変わらずだけど、大きな口を開けて元気に歌っていて、私は少し安心した。朝練が終わったあと、優衣に、沢田くんと仲直りした?と聞いてみると、優衣は、寂しげに首を横に振った。

「もうだめかも…」

「そんなことないよ、大丈夫だよ!」

優衣と、そんな会話を交わしながら教室に戻る途中、廊下で、みんな何かざわついていた。沙希がいたので、聞いてみる。

「ねぇ、沙希、何かあったの?」

私がそう聞くと、沙希は、少し顔を青ざめさせていた。

「なんかね、高洲(たかす)の交差点で、トレーラーがひっくり返って、そこに車が何台か追突したらしいの。歩道にまで車が乗り上げて、被害者出てるって。丁度、登校途中だったから、うちの学校の生徒にも、影響があるかも」

高洲といえば、学校のすぐ近くだ。論理、まさか…⁉︎脇を見ると、優衣も震えている。きっと、沢田くんが心配なんだろう。

「優衣!早く教室行こ!沢田くん、いるかもしれないよ!」

「うん…!」

教室への廊下が、すごく長く感じられる。私と優衣は、走ってはいけない廊下を、駆け足で走った。

「ぶんちゃん!義久、無事だよね…?」

走りながら、優衣は、涙声だった。

「大丈夫!無事だよ!沢田くんも、論理も!」

私は、優衣にそう言いながら、自分にも言い聞かせた。やがて、教室に入ると、中は、事故のことで沸き返っていた。論理は…!いない!沢田くんは…!やっぱりいない!傍で、優衣が、しくしく泣いている。私も泣きそうだった。実際にまだ、クラスの中で登校していない人は、十人以上いる。一人やってくるごとに、クラスで歓声が上がり、まるで勇者が帰還したように出迎えた。一人還り、二人還り、十人還っても、論理も沢田くんもやってこない。論理は、帰宅部だから、まだにしても、沢田くんはサッカー部で部活があったはず。クラスの他のサッカー部の人は、いるのに…!私は、論理のことが不安で不安でしかたなかったけど、サッカー部の、浪川(なみかわ)くんのもとへ駆けた。

「浪川くん!沢田くんは⁉︎」

浪川くんも、心配そうな顔をしている。

「義久のやつ、今日、部活来なかったんだ。事故がいつ起きたのか知らないけど、おい、どうしちまったんだよ…義久…」

それを聞いた優衣が、泣き崩れる。

「嫌だぁぁっ‼︎義久ぁっ‼︎そんなぁぁぁっ‼︎」

私も、涙が滲んできた。沢田くんのことも心配だけど…論理…どうして来ないの…まさか、事故に巻き込まれたの…?やだ…早く来てよ論理…!キーンコーンカーンコーン。とうとう、始業のチャイムが鳴ってしまった。

「論理ぃ…」

もうダメだ…論理も沢田くんも、事故に巻き込まれたんだ…もう、論理に会えないんだ…もう、論理と話せないんだ…もう、論理に抱きしめてもらえないんだ…。そう思うと、嗚咽が私の胸にも突き上がって、私は、両手で顔を覆った。泣こうと大きな口を開けて息を吸い込む。「すはああああっ」と音。私のお腹がいっぱいにふくらむ。その瞬間──。

「おい!先生来てないだろうな!」

と、沢田くんの声。優衣が、感電したように、立ち上がる。私も、涙で滲んだ目を沢田くんの方に向けた。そこには、論理と、沢田くんの、二人がいた。空から降り注ぐ天の光が、私たちを照らした。

「論理‼︎」

「義久‼︎」

私たちは、それぞれ、一番大切な人の胸の中に飛び込んでいった。

「え?ふ、文香、どうした?」

「優衣、何号泣してるんだ?」

と、戸惑う二人に、クラス中から拍手。

「えええええええええええん…っ‼︎すはあああっ‼︎論理ぃぃっ‼︎生きててよかったぁぁぁ‼︎」

「うわあああああああああん…っ‼︎はああああっ‼︎義久ぁぁっ‼︎生きてたんだねぇ、はああああっ‼︎ごめんね、ごめんねぇぇ‼︎」

浪川くんが、私たちの傍にやってきた。

「いやぁ、聖者のご帰還だぜ。お前ら、心配かけさせやがって」

そう言って、浪川くんは、今のこの状況を二人に説明する。

「あぁ、そういうことか」

と、論理。

「実はさぁ、今朝、俺たち、二人揃って寝坊しちまって、沢田と二人で登校したんだよ。その途中高洲で、すげーことになってて、ちょっと野次馬してたら、こんなに遅くになっちまった。まさか、クラスでこんな騒ぎになってるとは、思わなかったよ」

「寝坊⁉︎ふざけんな‼︎どれくらい心配したと思ってるんだよぉぉぉぉっ‼︎」

優衣が、泣き叫ぶ。

「でも、無事でよかったぁぁ!ほんとによかったぁぁぁっ‼︎」

私は、そう言って、論理に縋り付いた。

「いやぁ、まぁ、心配かけた。たまたま寝坊しただけで、二人ともかすり傷一つない」

沢田くんがそう言うと、優衣は、また沢田くんを抱きしめる力を一層込めた。

「ほんと⁉︎私もう、義久は死んだんだ、もう抱きしめてもらえないんだって思って、好きって言ってもらえないとか、つまらないことで喧嘩しっぱなしで、義久と別れるなんて、たまらなかった。もういい、私、義久が傍にいてくれるだけでいい!」

「馬鹿だな、俺は、いつでも優衣の傍にいるさ。優衣、大好きだぞ」

その沢田くんの言葉を聞いた優衣の瞳に、歓喜の雨が涙となって降り注いだ。

「義久…義久ぁぁぁ‼︎はああああっ‼︎わあああああああああんっ‼︎はああああっ‼︎私も大好きだよぉぉぉぉぉ‼︎」

沢田くんの胸で「はああああっ」と思いきり息を吸い込んで優衣が泣く。その泣き声を聞きながら、論理と私は抱き合いつつ、微笑みあった。よかったね、優衣。

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