三十、論理くん、坂口くんに渋々私を貸す
九月一日。二学期一日目の朝。スッキリとした目覚めを迎えた私は、カーテンを開けた。朝の日差しが降り注いで来て、私は目を細めた。ちゅんちゅん、という小鳥たちの声が、遊んでいるように聞こえて、私は思わず微笑んだ。さぁ、二学期もがんばるぞ!そして、論理くんと一緒に過ごせる学校生活。私は、期待に胸を膨らませた。
公園で論理くんを待つ。好きな人を待つのって、こんなにドキドキするんだね。この気持ち、一年経っても五年経っても十年経っても忘れたくない。
「池田さん!」
論理くんの快活な声が聞こえて、私は振り返った。論理くんが向こうから走ってくる。私は、思わず笑ってしまった。
「論理くん、そんなに慌てなくてもいいのに」
はぁはぁと息を弾ませる論理くんに、私はそう言う。
「だって…早く池田さんに会いたかったんだもの」
論理くんは、いつも私を喜ばせることを言ってくれる。
「ありがとう、論理くん。私も早く論理くんに会いたかったよ」
「池田さん、二学期もよろしく」
「うん、こちらこそよろしくね」
もう九月だけれどまだまだ暑い。でも空気には、秋の匂いが漂っている。論理くんと紡ぐ新しい季節。私たちは手を繋ぎ、歩き出す。
始業式を終え、教室に戻ってきた。席に着くと、論理くんが話しかけてきた。
「池田さん、このあとは席替えだよね。俺たち、席離れちゃうね」
「あっ!そうか!このあと席替えなんだ!」
やだ…論理くんと離れるなんて…。もう、授業中に架け橋をしてくれたりできないじゃん!
「俺…次は、池田さんの後ろの席になりたい」
「後ろ?なんで?」
論理くんは、私のうなじに手を伸ばし、優しく触り始めた。
「池田さんの、うなじや襟足や剃り跡がよく見えるから。それに、おかっぱの中身が一生懸命動いてるの、俺、後ろから見たい」
論理くんは、熱い眼差しで私を見つめながら、そう言った。
「論理くん、相変わらずだね。論理くんのそういうところ、大好き」
「俺、絶対に池田さんの後ろの席になるから」
論理くんが力強くそう言ったとき、先生が教室に入ってきて、席替えになった。席替えのしかたは、席に一から三十までの番号を決めて、箱に、一から三十までの数字を書いた紙を入れてシャッフルする。それを、順番に引いていって、出た数字の席に座る。そういうやり方だ。私は、十九番の紙を引いた。後ろのほうだ。論理くんが二十番を引けば私の後ろの席になるけど、そんなうまくいくかな…。番号の紙をじいっと見ながらうつむいている論理くんのもとへ行き、私は話しかけた。
「論理くん、何番だった?」
論理くんは、花瓶を割ってしまった子どものような顔をして私を見た。
「一番だった…」
論理くんは小声でそう言い、私に紙を見せてきた。そこには、一と書かれている。一番は、その名の通り、いちばん前の席だ。
「私は十九番だった。席、遠くなっちゃったね…」
「嫌だ…。俺、なんとしてでも池田さんの後ろの席がいい…」
論理くんは、小さな子どものようなことを言った。論理くん、いつもは妙に大人びているのに、私のことになると子どもっぽくなるよね。まぁ、そこが愛おしいんだけど。
「じゃあ、二十番の人を探して、交換してもらわなくちゃ」
「うん…」
すると、優衣と沢田くんが、私たちに話しかけてきた。
「ぶんちゃんと論理、何番だったぁ?」
「十九番。論理くんは一番だよ」
「おい!沢田!お前、何番だ?」
「なんだよ論理、怖い顔して。二十八番だよ」
論理くんはしょぼんとした。そして、優衣を見る。
「向坂さんは?」
「二十三番。ふふふ、義久と隣どうしなの」
優衣はそう言って沢田くんと腕を組み、後ろを振り返る。後ろでは、花菜がニヤリと笑っていた。なるほど、そういうことか。
「論理、二十番の人を探してるんだろ?」
坂口くんが会話に入ってきた。ハルシマのときのことを思い出して、少しだけ緊張する。論理くんは露骨に嫌な顔をした。
「聞き耳を立てていたのか、坂口。趣味悪いな」
「趣味悪い?池田を好きになった者どうしなのに、趣味悪いっていうのか?池田に失礼だろ?謝れよ」
論理くんは、さらに顔に嫌悪を表した。
「お前っ!誰が謝るもんか!」
「馬鹿、池田に謝れって言ってんだよ」
坂口くんは、してやったり、という顔でほくそ笑む。論理くんは、今にも坂口くんに飛びかかりそうだったので、私は、不安げに論理くんを見ていた。
「で、だ。二十番が欲しいんだろ?論理」
「ああ。どこにいるんだよ」
「お前の目の前にいるぞ」
坂口くんはそう言って、紙を自分の顔の前に出した。そこには、二十と書かれていた。論理くんはすかさずその紙を奪おうとしたけど、坂口くんにサッとかわされてしまった。
「これが欲しいか?論理」
「くっ…」
坂口くんは論理くんに、勝者の余裕を見せる。論理くんは、本当に悔しそうに坂口くんを睨んでいる。
「坂口くん…。それ、論理くんと交換してくれないかな…私からもお願いします」
私は、坂口くんに頭を下げた。
「…池田のお願い事はなんでも聞いてあげたい。だから、これは論理と交換してやろう」
「本当⁉︎」
私は、そう言って顔を上げた。
「ただし、一つだけ条件がある」
坂口くんは、私を熱く見つめた。論理くんと同じ眼差し。私は、少しドキッとしてしまった。
「なんだ」
論理くんは、坂口くんを厳しく睨む。
「今度の日曜日、一日だけ、池田とデートさせてくれないか」
坂口くんは、私に熱い眼差しを向けたまま、はっきりとそう言った。えっ、そんな、坂口くんとデートなんて…。やだ、なに私ドキドキしてるの!まぁ、人に好かれるのは嫌じゃないから…。
「そんなこと、させるもんか!」
論理くんが怒鳴った。みんなの話し声が消え、その視線が私たちに集中した。
「いいのか?論理、池田の後ろに座って、池田のおかっぱの中身が一生懸命動いてるの、見たいんじゃないのか?」
坂口くん…聞いてたんだ。
「坂口…お前…っ!」
「何も心配するな、デートと言っても、池田と肉体関係を持つことはしない。これは約束する」
「当たり前だっ!そんなことしたら、五体満足でいられると思うなよ!」
「そう怖い顔をするな。じゃあ、そういうことで。いいかな、池田」
坂口くんはそう言って、私を見つめた。私は、論理くんを見た。
「論理くん…どうする?」
論理くんはしばらくの間坂口くんを睨んでいたけれど、そのうち口を開いた。
「くっ…しかたない…。一日だけ池田さんを貸してやる。その代わり、絶対に変なことするなよ!」
「もちろんさ。じゃあ、池田、日曜日は尾風大通の噴水に、十二時に集合でいいか?」
尾風大通の噴水って、論理くんとも待ち合わせしたところだ。
「う、うん…わかったよ」
坂口くんとデートなんて…緊張する…。論理くん、本当はすっごく嫌だろうな…。
「ありがとう。じゃあ、そういうことで。ほら、論理、やるよ」
坂口くんは、論理くんに二十と書かれた自分の紙を差し出した。論理くんは乱暴にそれを取ると、一と書かれた自分の紙を、坂口くんに投げつけた。
「池田。デート、楽しみにしてる」
坂口くんはそう言って、席に戻っていった。
「くそっ!何がデートだ!ふざけるなっ!」
論理くんが、机に思い切り拳を叩きつけた。論理くん、かなり怒ってる…。
「大変なことになっちまったな…」
沢田くんが、腕組みをしながら、そう言う。
「坂口くん、かっこいいけど、嫌なやつ。ぶんちゃん。前科があるし、日曜日は襲われないように本当に気をつけるのよ!」
優衣は、私の手を取りそう言ってくれる。
「う、うん…」
そのうち、どこかに行っていた先生が帰ってきて、席替えが終わった。無事にではないけれど、論理くんと私は、前と後ろの席になることができた。
私は、いつも通り論理くんと手を繋いで帰っていた。
「論理くん…。二学期早々、波乱万丈な展開になっちゃったね…」
「どうにか池田さんとあいつの予定をなくすことはできないか考えているけど、あいつの足の骨を一本折って、動けなくさせることしか思いつかない」
論理くんは、相変わらず怖い顔をして、大真面目にそう言う。
「もう、いつもそういうことばっかり言うんだから。大丈夫だよ、私、防犯ブザー持って行くから!」
私が、論理くんを宥めようとそう言うと、論理くんは、呆れた顔を見せた。
「池田さんは、本当に楽天家だよね。それに、池田さんの『大丈夫』はときどき当てにならない」
「なによ、論理くん。私を信用してないの?」
「…信用してないわけじゃない」
「絶対、坂口くんは私の嫌がることはしないよ」
「なんで、絶対なんて言い切れるんだよ!あんなことがあったくせに!」
論理くんは、声を荒げた。ハルシマのときのことを言ってるのかな。確かにあのときは私が悪かったけど、私が謝って済んだことじゃん。私は、少しイラッとしたけれど、論理くんの悲痛な表情を見て胸が痛んだ。
「論理くん…」
「俺は、池田さんを取られるのが嫌なんだ!」
論理くんは立ち止まった。そして後ろに回り込み、私を強く抱きしめてくれた。もう、論理くんったら…またこんなところで…。でも、嬉しいよ。論理くんの腕に、私は優しく手を添える。論理くんは、私のうなじにキスをした。
「このうなじにキスできるのはだあれ?」
「論理くん」
「他には?」
「いない」
論理くんは、喜んだように、私を抱きしめてくれる。
「池田さん…この、かっちり揃ったおかっぱの中身は?」
えっ…こんなところで?まだ生徒がまばらに通るのに…恥ずかしい…。でも論理くんは、私の言葉を待っている。論理くん…しょうがないなぁ。私は、呼吸を整えると、口を大きく開いて、「すはあああっ」と息を思いきり吸い込んだ。私独特のブレス音とともに、腹式呼吸のお腹がぐうっとふくらむ。
「論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くん論理くんっっっ!っすはああっ、はぁっ、すはああっ、はぁっ…」
私は、息を出し切った。苦しい…苦しい…。
「ありがとうっ!池田さん!」
論理くんが、私を、壊れるほど強く抱きしめてくれる。
「こんなんでよければ」
「ねぇ池田さん。どうしてそんなに苦しくなるまで、論理くんって言ってくれるの?」
「論理くんが喜んでくれるから」
「どうして、俺が喜んでくれることをしてくれるの?」
「論理くんが好きだから!」
私は、論理くんの腕を思いっきり抱きしめる。すると論理くんも、私をさらに強く抱きしめてくれた。
「ありがとうっ!俺も池田さんのこと、大好きっ!」
私たちはきつく抱き合う。そこには、空気の分子さえ入らない。周りの冷やかしの視線だって、目に入らない。私には、論理くんだけなんだから。
次の日の国語の時間。私は、黒板に書かれた文字を真面目にノートに書き写していった。と、いきなり、うなじに指の感触がして、私は心の中で「ひゃっ!」と叫んだ。後ろを向くと、論理くんが子どものようにあどけなく笑っていた。
「もー!論理くん、授業中だよ!」
私は、小声でそう言う。
「池田さんが、ピッとうつむいて、一生懸命ノートとっているのを見てたら触りたくなっちゃった。池田さんのおかっぱの中身が、一生懸命動いてる!と思うと、俺、池田さんの虜になるよ」
「もう、論理くんったら。ありがと」
私は、もう一度前を向き、黒板の文字をノートに書き写す。論理くんの隣の席の峰岸くんが、
「論理、お前、うなじ好きなのか?」
と、からかう声が聞こえた。
もうすぐ授業が終わる。はぁ、早く終われーと、思っていると、うなじに、今度は舐められた感触が!
「ひゃっ!」
思わず、声が出てしまった。
「どうしたー?池田」
先生の声。みんな、私を見ている。
「い、いえ、なんでもありません!」
私がそう言うと、先生は黒板に向かった。すかさず、私は論理くんに振り返る。
「もー論理くん!」
「だって、舐めたかったんだもの。いいじゃん」
恥ずかしいけど、論理くんのこういうところが好きだ。そのあとの数学の授業中も、論理くんは私のうなじを触ったり、舐めたり、私が変な声を出したりして楽しかった。
日曜日。その日はすぐにやってきた。昨夜は、論理くんと優衣とラインをして(今日のことを二人にかなり心配された)夜は緊張してあまり眠れなかった。坂口くんとデートなんて、何を話したらいいんだろう。まぁ、せっかくの日曜日なんだし適当に楽しも!私は、結構気楽に考えていた。
「行ってきまーす」
「あら、今日は論理くんとデート?」
お母さんが、私にそう聞く。
「いや、今日は坂口くんとデートなの」
私がそう言うと、お母さんは眉間に皺を寄せた。
「お姉ちゃん、坂口くんって、誰?」
「え?同じクラスの男子だけど…」
「このこと、論理くんは知ってるの?」
「うん。いろいろあって、私と坂口くんがデートすることになったの」
お母さんは、口をへの字に曲げた。
「そう。よく事情はわからないけど、論理くんを悲しませることだけはしないのよ」
「もちろんだよ!私が好きなのは、論理くんだけだもん!」
自信を持ってそう言える。
「ならいいわ。気をつけて行ってくるのよ」
「はーい!」
私は、玄関を開け、待ち合わせ場所に向かった。
十一時五十五分に噴水の前に着いた。坂口くん、いるかな…。なんだか緊張するな。噴水の辺りを探していると、坂口くんが噴水の前に腰掛けて私を待っていてくれた。
「坂口くん!お待たせ」
私は、そう言って坂口くんに駆け寄る。
「あ、池田。おはよう。…池田の私服姿、初めて見た」
坂口くんは、私の体を舐め回すようにじいっと見た。私は恥ずかしくなる。今日の私の服は、ピンクのワンピース。Babyの洋服や、後ろファスナーのワンピースを着ていこうかと思ったけど、それは論理くん専用だからやめた。
「やだ…そんなに見ないで。坂口くんの私服姿も初めて見たよ」
「池田、かわいいよ。他のどんな女子よりも、ずっと」
坂口くんは、私の目を熱く見つめながらそう言う。私は照れてしまう。
「もう、やだ坂口くん…。それで、今日はどこへ行く?」
「西ノ谷(にしのたに)動物園に行こうかと思うんだが、どうかな」
「動物園か!いいね!行こう!」
動物園には久しく行っていないので楽しみになってきた。でも、本当は論理くんと行きたかったな。
「じゃあ、行こうか」
坂口くんは立ち上がり、右手を私に差し出してきた。
「池田、手、繋ごう」
ドキッ。ハルシマのときのことが思い浮かぶ。え…もう坂口くんと手なんて繋げないよ…論理くんとしか、繋ぎたくない。
「それはできないよ…私には論理くんがいるから…」
私がそう言うと、坂口くんは微笑んだ。
「池田。今日一日は、論理のことは忘れろ。俺だけを見ろよ」
ドキッ。坂口くんの言葉に、不覚にもドキッとしてしまった。そして坂口くんは、私の左手を取り、ギュッと握った。
「さぁ、行くぞ、池田」
噴水の水しぶきが私の顔にかかる。論理くん、ごめん!またやってるよ私!振りほどかなくちゃ!でも、でも…あぁぁ…。私たちは、手を繋いで歩き出してしまった。
栄穂から地下鉄に乗って、西ノ谷動物園まで向かった。席に座ると、坂口くんは私の肩に手を伸ばしてきた。
「坂口くん…ここ、電車の中だよ。それに、私たち恋人どうしに見られるよ…」
私は恥ずかしくなって、坂口くんに言った。
「いいじゃないか。今日だけ俺たちは恋人どうしさ。あの流水プールのときだってそうだっただろ?」
恋人どうしなんかじゃなかったし、今も恋人どうしなんかじゃない。
「私の恋人は、論理くんだけだよ…」
「今日は、論理のことは忘れろって言っただろ」
「…忘れられるわけないよ、坂口くんには申し訳ないけど、私が好きなのは、論理くんだけだから」
私がそう言うと、坂口くんは、ふう、と息を漏らし、肩から手を離した。
「じゃあ、俺が忘れさせてやるよ。このデートが終わった頃には、池田の頭の中を俺でいっぱいにしてやる」
坂口くんは、自信満々にそう言い切った。そんな自信、どこから湧いてくるんだろう…。私の頭の中は、論理くんでいっぱいなのに。それから、坂口くんといろいろな話をした。テレビの話や、アニメの話、芸能人の話など。
「池田、キンキキッズが好きなんだな、俺も好きだよ。硝子の少年はいい曲だよな」
「うん!大好きでいつもカラオケでよく歌うよ!」
この前論理くんとカラオケ行ったときも、たくさん歌ったなぁ。
「池田は、どっちが好き?俺は、剛かな」
「あ!私も剛のほうが好き!」
「一緒だな!」
「うん!あと、私、菅田将暉も好きだよ!『まちがいさがし』って曲、知ってる?」
「ああ、知ってる。聞いたことある。でも、フルで聞いたことはないな。今度ダウンロードして聞いてみるよ」
「うん!ぜひ聞いてみて!すっごくいい曲だから!」
音楽の話をして盛り上がったり、
「最近何か映画見たか?」
「『鬼滅の刃』の映画見たよ!面白かった」
「俺は、『君の膵臓をたべたい』を見たな。泣けたぞ」
「そうなんだ!それ、気になってるんだよね。今度見てみようかな」
映画の話をしたりした。こういう話は普段論理くんとは話さないので、なんだか新鮮だった。論理くんはいつも、呼吸がどうとか、おかっぱがどうとか、うなじがどうとか、家族のこととか、思い返すとそれくらいの話題しかない。でも坂口くんと話してると、いろんな話題があって、結構会話が弾んで楽しかった。
「そうだ、池田。ライン交換しないか」
「えっ、ライン?うん、いいよ」
何も考えずに、いいよと言ってしまったけれど、いいのかな…。いいよね!私、坂口くんとも友だちになりたい!
「ありがとう」
そして私たちはラインを交換し、そうしているうちに、西ノ谷公園駅に着いた。
「着いたね!早く行こう、坂口くん!」
地下鉄に乗っている間、結構坂口くんと盛り上がったのですっかり緊張は取れた。そして私たちは動物園に入っていった。
「わぁー!キリンがいる!大きい!こっちにはゾウがいる!大きい!坂口くん!見て見て!」
私は動物たちをスマホで撮ったりしながら、すっかり子どものようにはしゃいでいた。そんなとき、坂口くんのほうからスマホのシャッター音。
「池田、かわいいよ」
そう言って坂口くんは、自分のスマホの画面を私に見せた。画面には、私が写った姿があった。
「もう、坂口くんったら。盗撮だよ〜。あ、あっちあっち。ライオンがいるよ!」
そうして、私たちは動物園を回っていった。はしゃぎ回る私を、菩薩のように温かく見守る坂口くん。私は、結構楽しんでいた。でもやっぱり、論理くんと来たかったな…。
「わーお猿さんだ!ちょっと臭いね」
「そうだな、あ、あの猿毛繕いしてる」
「ほんとだー、かわいい。あ!あの猿、なんだか論理くんに似てる!」
私は、一匹の猿を指差して言った。論理くん、今頃、私のこと心配してるかな…。坂口くんが、私を見つめた。
「その名前は、今日は禁句だぞ」
「あ、ご、ごめん…」
「まぁ、いいさ。行こうか」
坂口くんは、私の手を取り、歩き出した。
お昼は、動物園にあるカフェテリアで食事をした。
「池田は、高校、どこ受けるんだ?」
坂口くんが、そんなことを聞いてきた。
「私は、青島に行きたい」
「青島?なんで?」
「…論理くんが、青島の制服を着た私を見たいって言うから」
私が、照れながらそう言うと、坂口くんは、苦笑いをした。
「青島の制服って、独特な感じだったよな、論理らしい。でも、論理の願いを叶えようとするなんて、さすが池田だ、優しいな」
「優しくなんかないよ…」
「じゃあ、論理と同じ高校に行くってことか?はぁ、ラブラブで羨ましいな」
坂口くんは、悲しそうな顔をして、箸を止めた。ごめん…坂口くん…そんな顔させて…。
「坂口くんは高校どこ受けるの?坂口くんは頭いいから、やっぱり花宮(はなみや)?」
「そうだな、俺は、花宮狙ってる」
「すごいねー」
「俺、両親が医者だから、将来は俺も医者になりたいんだ。内科医になって、俺の手で、少しでも多くの患者を助けたい。この前祖父ちゃんが死んじゃってさ、めちゃくちゃ悲しかったんだ。俺は、そんな悲しい思いを、患者の家族にはさせない」
そう心から力強く言った坂口くんの目は、輝いていた。かっこいい…。
「かっこいいね、坂口くん!」
私がそう言うと、坂口くんは、照れたようだった。
「池田は、将来何になりたいんだ?」
「私の家は、両親が教師なの。だから、私も教師になりたいの!」
「おお、俺ん家と似てるな。夢を持つっていいことだよな!お互い、がんばろうな!」
坂口くんは、そう言って微笑んだ。
一通り動物園は見終わった。坂口くんとの動物園デートは楽しかった。もう帰るのかな?と思ったとき、坂口くんが、口を開いた。
「池田、観覧車乗らないか?」
観覧車?観覧車なんて、密室で二人きりじゃん!私は、少し躊躇ったけれど、まぁ、何もないよね!と自分に言い聞かせた。
「うん、いいよ」
観覧車のゴンドラに乗る。ドアを閉められ、私たちは密室に二人きりになった。あぁ…なんか緊張するよぉ…。まともに坂口くんの顔が見れない。徐々に、ゴンドラは上へと動いていく。動物園や尾風の街並みが見下ろせる。坂口くんは、しばらく窓の外を見ていたけれど、突然、私に熱い眼差しを向けた。
「池田、…論理のどこが好きなんだ?」
坂口くんが、真剣な目をして私に聞いてきた。え…論理くんのどこが好きか?それは…。
「優しいところと、かっこいいところ、愛情深く私に接してくれるところ、あと、おもしろいところ、一緒にいて楽しいところ、ちょっと変わってるところ、あとは、いろいろとマニアックなところかな…」
私は、少し照れ臭くて、はにかんだ。坂口くんも、はにかむ。
「なるほどな。論理も、池田にここまで愛されて、幸せ者だな。心底羨ましい」
坂口くんは、そう言って、この状況を直視したくないというような目で、窓の外を見つめた。どんどんと高度を上げるゴンドラ。坂口くん…ごめんね…。
「俺はな、池田」
坂口くんは、再び私を見つめる。その目は、恐ろしく厳粛としていた。
「池田の、優しさに惚れたんだ」
「え?」
坂口くんは、そのまま、言葉を続ける。
「中一のとき、俺がバスケ部の練習で怪我したことがあっただろ?そのあと、保健室にいた池田が落ち込んでた俺を、必死に慰めてくれた」
私は思い出す。あれは昨年の七月頃。放課後、合唱部の練習のときにお腹が痛くなって、保健室で休んでいたとき、足を捻った坂口くんが保健室にやってきて、いろいろと話を聞いてたんだった。
「俺は、小学生の頃からバスケをしてたから、期待の新人だった。でも、この怪我のせいで、もう大会に出られないと思ったから、俺は絶望の中にいた。そんなとき池田は俺に、『坂口くん、大丈夫だよ、絶対、治って大会に出られるよ』と言って、俺の足を撫でてくれた」
確かにそんなようなことを言った覚えがある。
「その言葉に俺、ズシンときた。本当に、池田の言う通りになるって思えた。それに、池田の撫でてくれる手が、すごく温かかった。そして俺は、池田の言った通り、ちゃんと治って、大会に出ることができた。池田のおかげだよ。ありがとう」
坂口くんは、私をまっすぐ見た。坂口くんは、私の言葉を前向きに信じてくれたんだ…。論理くんは、私の「大丈夫」っていう言葉や、「絶対」って言葉を否定したけど、坂口くんは、違う。嬉しい…。ゴンドラが、頂点に達する。
「それから俺は、池田が好きになった。そんな優しい池田を。それに、俺は池田といると楽しいんだ」
ドキドキ。心臓が高鳴っている。坂口くん、もともとかっこいいけど、何故か、今はもっとかっこよく見える。ダメだよ、私は、論理くんが好きなんだから…。でも、論理くんは、私の呼吸やおかっぱやうなじとかしか見てくれないけど、坂口くんは、私といて楽しいって言ってくれる…。嬉しい…。
「文香」
ドキッ!坂口くんに、文香と呼ばれた。論理くんにも呼ばれたことないのに。文香。その言葉が、私の胸を強く打つ。顔が熱くなるのを感じる。心臓が、肋骨を折るんじゃないかというほどに轟く。
「好きだ」
坂口くんの目には、一点の曇りもない。真剣そのものの表情だ。心臓が、このゴンドラの中に響きそうなくらいうるさく鳴っている。
「さ、坂口くん…」
でも、私は、論理くんのことが好きなんだし…。
「俺は、論理よりも、文香を幸せにできる!」
坂口くんは、そう明言し、私を抱きしめた。ゴンドラが、ゆっくりと降りていく。坂口くんの匂いと息遣いで、目眩がする。こんな…抱きしめられてちゃ、論理くんに怒られるよ…でも、なんでだろう。拒絶できない。坂口くんの、私への思いがすごく伝わってきて…。確かに、坂口くんと付き合うことになれば、論理くんのあの家族からはおさらばできる。そうすれば、どれだけ幸せなことか…って、なに考えてるの!論理くんの家族がどんなんだって、私は、論理くんのことが好きなんだから!
「坂口くん…私、でも、私が好きなのは…」
「言うな!何も言うな!俺の目を見ろ!」
坂口くんはそう叫ぶ。私は、涙目で坂口くんの目を見た。すると、坂口くんは、私の頭に手を当て、グッと下を向かせると、私のうなじにキスをした。稲妻が落ちる。この前の論理くんとの会話が、頭をよぎる。
『この襟足にキスできるのはだあれ?』
『論理くん』
『他には?』
『いない』
ごめん!論理くん!他にいたよ!うなじは、論理くんオンリーなのに!
「だめっ!」
私は、坂口くんをしりぞけた。ゴンドラはもうすぐ、地上に着く。
「ごめん…文香…」
「ううん、いいよ…でも、私が好きなのは、論理くんだから…」
気まずくて、坂口くんの顔が見れない。でも、まだ心臓はドキドキしていた。
「あぁ、わかってる。今日限りで、文香のことは諦めるさ。もう、今みたいなことはしない」
坂口くんの、消え入るような声。諦めると聞いて、何故か落胆している自分がいた。ガチャリ。地上に着き、ゴンドラの扉が開く。私たちは外に出た。
「これからも、友だちとして仲良くしてくれるか?」
坂口くんが、不安そうに私に聞く。もちろん!と答えようとした、そのとき──!
「坂口ぃぃぃぃっ‼︎てめぇぇぇっ‼︎」
後ろから、猛獣の雄叫びのような声がしたと思ったら、突然、誰かが坂口くんに飛びかかり、坂口くんは転倒した。その誰かとは、よく見ると、論理くんだった。
「論理くん⁉︎」
「てめぇぇっ‼︎よくも!よくも池田さんのうなじに‼︎このやろう‼︎」
論理くんは、坂口くんに跨り、殴ろうと、拳を振り上げた。
「論理くん!やめて!」
私は、間一髪のところで、論理くんの腕をつかんで止めた。抵抗する論理くんを、なんとか坂口くんから遠ざける。
「やめろ!池田さん!一発殴らせろ!ハルシマでも卑怯な真似しやがって!加えて今回も!こんなやつ、一発殴り倒さないと気が済まない!」
「なんで論理くんがここにいるの⁉︎」
私は、ふぅ…ふぅ…と、荒い息を吐きながら、坂口くんを睨みつけている論理くんに聞く。
「ずっと俺たちのあとをつけてきたんだよな、論理。地下鉄に乗ってるときも、動物園にいるときも、観覧車に乗ってるときも。後ろのゴンドラからの刺すような視線、痛かったぞ」
坂口くんがそう説明してくれた。え?論理くん、ずっと私たちを尾行してたってこと?どうしてそんなことを?私のこと、信用してくれなかったの?悲しみと怒りが、頭の中にグルグルと渦巻いた。
「わかっていて、池田さんのうなじに…さすが卑怯者だな!」
「まあいいだろ、それくらい」
そう言って坂口くんは立ち上がる。
「それくらいだとっ⁉︎」
論理くんが、また坂口くんに殴りかかろうとするのを、私は必死に止める。
「しかたがないから、このあとは二人で帰ればいい」
坂口くんは、私に目を向ける。
「ありがとう、文香。今日は、すごく楽しくて、幸せだった。じゃあまた、学校で」
「文香だとっ⁉︎」
論理くんは、また襲いかかろうとする。私は、それを抑える。
「あ、ありがとう、坂口くん。…わ、私も、楽しかったよ。また明日ね」
論理くんがいる前で、楽しかったとは言いづらかったけれど、言った。
「池田さん!」
論理くんが、責めるように私を見た。私は、何も言わなかった。そして、坂口くんは去っていった。論理くんと私だけが取り残される。
「池田さん!どうしてあいつにうなじにキスさせたんだ!うなじにキスできるの、俺だけじゃなかったの⁉︎池田さん、隙がありすぎだよ!」
論理くんは私に怒った。私は、カチンときた。
「そんなの、急にされたんだから、防ぎようがないじゃん!それに、論理くん、私たちのあとを尾行するなんて、私のこと信用してくれてなかったの⁉︎」
「俺は、池田さんが心配だったから!坂口のことだから、何をするかわかったもんじゃないじゃないか!水の中のどさくさ紛れに、あんなことをするやつだぞ!」
「あのことは、坂口くんも謝ったんだし、もういいじゃん」
私が、坂口くんを擁護したとき、論理くんは、悲しみと怒りに顔を歪めた。
「池田さん、坂口のことを庇うのかよ!」
「別に庇ってないよ!論理くんは、人を信用しなさすぎるよ!どうして私たちのことをつけてきたの?信用してないってことでしょ!」
「俺が、池田さんを信用してないように見えたのかよ。そんなこと言われるのは、心外だな!」
「……っ!」
私は、言葉に詰まる。論理くんは、私に対して怒りの色を表している。論理くんは、いつもそう。いつも誰かに怒ってばっかり。それに対して坂口くんは、ハルシマのときも、今も、論理くんに飛びかかられても全然怒りはしなかった。坂口くんのほうがよっぽど大人だ。それに、坂口くんは、私のこと、文香って呼んでくれたし…。論理くんは、意味のわからないことを言って、いつまで経っても呼んでくれない。もう付き合って一ヶ月過ぎたのに。
「もういい!私、帰る!坂口くんと違って、いつまでも文香って呼んでくれない臆病者!」
「なんだとっ‼︎」
論理くんの怒鳴り声が聞こえたけど、私は、その場から走り去った。もう!論理くんのバカっ!そんなんじゃ、私、坂口くんに取られちゃうよ!
その夜、私は、自分の部屋のベッドに仰向けになり、今日あった出来事を思い返していた。坂口くんとのデートは楽しかったけど、論理くんと喧嘩しちゃったな…明日、会うの気まずいな。でも、ちゃんと謝って仲直りしなくちゃ。それにしても、坂口くん、かっこよかったな…。文香って呼んでくれたし…楽しかったし…坂口くんと、またデートしたいな…。なんて、なに考えてるの、私!私には、論理くんだけだよ!…その論理くんとは喧嘩しちゃったしなぁ。論理くんにライン、入れとこかな。私はスマホを手にした。でも…指が動かない。論理くんに何て言っていいのかわからない。考え込む私。頭の中がぐるぐる、ぐるぐる…。あぁ、めんどくさ。チッ、と舌打ち。そのとき、手の中のスマホが鳴る。優衣からだ。さては、今日のデートのことを聞きたいんだな。
「もしもし?優衣?」
『ぶんちゃん!坂口くんとのデート、どうだった⁉︎』
テンションが高い…。
「あー、そうだねー」
私は、優衣に、今日あったことを簡単に話した。
『そっかぁ、論理と喧嘩しちゃったのね。でも、尾行されたからって、そこまで怒らなくてもいいんじゃない?』
「でも、私のこと信用してなかったってことでしょ?」
『論理は心配だったんだよ』
まぁ、確かにそう考えれば、私のことを思っての論理くんの行動だし、そんなに怒ることはないと思う。でも…。
「論理くんは、私のこと文香って呼んでくれないんだもん」
そう。全てはこれが不満なのだ。
『確かに、論理はいつも、池田さんって呼ぶわね。文香って呼んでよ〜って、ちょっとぶりっ子してみたら?』
「無駄無駄。俺はダメ人間だの、烙印を押されただの言って、聞く耳持たないもん」
『え?なにそれ。でも、坂口くんに文香って呼ばれたなら、論理にも呼んでほしいねぇ』
坂口くんに呼ばれた、『文香』という言葉が、頭をよぎり、私は、ぽわーっとしてしまった。
「でもいいよねぇ、優衣は、沢田くんから名前で呼ばれて」
『でもね、私も、義久に不満はあるのよ』
優衣は、声を暗くした。
「え?どんな?」
『まぁいろいろあるのよ。貧乳だとか、貧乳だとか…酷くない⁉︎』
「確かに優衣は貧乳だよね」
『おい!ぶんまで酷いぞ!』
「あはは、冗談だよ〜!」
そのあと、優衣とたわいのない話をして、電話を終えた。
それから私は、ベッドの上で何もできないままかなり長い時間を過ごした。今日の坂口くんのことが、頭に張り付いて離れない。いきなりキスされたうなじが、今もジンジンと熱い。あんなことをするなんて…。そして、論理くんの怒り。私、どうしたらいいんだろう。私は唇をぎゅっと噛み締めて、布団を頭からかぶった。
「ライン!」
ハッと気づいて布団から飛び出る。論理くん?スマホの画面を見た。そこには、坂口くんの名前がある。
「坂口くん…」
私は、指先を震わせながら、スマホの通知をタップした。坂口くんの、白い吹き出しが目に入ってくる。
『文香。今日はありがとう。かけがえのない一日を過ごさせてもらった。俺は今日のことを一生忘れない』
坂口くん…。どう返事しよう…。またうなじが熱い。とりあえず私は、画面に指を走らせた。
『坂口くん、こちらこそありがとう。とても楽しかった。また遊ぼうね』
『俺に期待を持たせるようなことを言うんだな。文香は論理だけ見ていればいい』
確かにそうだけど…。論理くんとはああなっちゃったし。坂口くんに期待を持っていてほしい自分もいる。しばらく会話が止まった。でもそこに、坂口くんの吹き出しがやってくる。
『論理との間は大丈夫か?』
『知らないあんな人。私たちのこと勝手につけてきて、散々覗き見して、勝手に怒って。論理くんなんかより、坂口くんのほうがずっと優しい』
私がそう書くと、坂口くんはしばらく考える様子を見せてから、こう書いてきた。
『俺の好きな池田文香は、論理のことをいつも思いきり愛している、魅力的な女の子だぞ。そんな子のままでいろ』
またそんなかっこいいことを言って…。
『そんなこと言ったって…。明日から論理くんに会うのが不安だよ』
『文香、気をしっかり持つんだ。そのおかっぱも、そのうなじも、論理のものじゃなかったのか』
うう…。確かにそうだけど…。じゃあ、なんでそんなところにキスするんだよぉ…。
『坂口くんは、かっこいいし頭もいいし、要領もいいだろうから、恋人とケンカなんてしたことないでしょ?だからそんなこと簡単に言えるんだよぉ』
『ははは』
小さな吹き出しの中で坂口くんが笑う。そして、追ってこんな書き込みをしてくる。
『確かに、少しくらいは自分に自信がある。だがそんな俺も、それなりにいろいろあった。だから文香の気持ちもわかるつもりだ』
え?それなりにいろいろあったってどういうことだろう?気になるけど聞けないよね。
『文香。恋をしていれば、いろいろ行き違いもある。相手のことが信じられなくなることもある。だがそれを乗り越えてこそ、得られる愛があると思う。論理との間に温めてきた時間というものがあるはずだ。その時間が生み出す絆を信じてみろ』
『坂口くん…』
『とにかく、明日論理に会ったら、最高の笑顔でおはようと言ってやれ。俺が文香に望むのはそれだけだ。遅くにラインしてすまなかった。おやすみ』
私は慌てて指を走らせる。
『待って坂口くん』
『どうした?』
ゴクリ、と唾を飲み込む。でも、これだけは聞きたい。
『坂口くん、私のこと、どう思ってる?』
少し間が空いた。そして、白い吹き出し。
『観覧車で言ったとおりだ』
うう…。だからそんなこと言わないでよ。私、坂口くんと論理くんの、どちらに進めばいいかわからなくなる。苦しい…。胸が苦しいよ…。
『わかった…。ありがとう坂口くん。おやすみなさい』
『ああ、おやすみ』
ラインは終わった。胸がドキドキと苦しく高鳴っている。枕元の時計が動いた。こんなことをしている間にも、明日論理くんと会う時刻が、刻一刻と迫ってくる。とりあえず論理くんのことだけを考えよう。論理くんの、あんな顔、こんな顔。あんな言葉、こんな言葉。頭の中からたぐり寄せてみる。でもなぜか手応えがない。論理くん…。あんなに怒って…。
「池田さん!どうしてあいつにうなじにキスさせたんだ!うなじにキスできるの、俺だけじゃなかったの⁉︎池田さん、隙がありすぎだよ!」
論理くんの言葉が、頭に蘇ってくる。確かに、私はうなじを坂口くんに明け渡した。それは責められることかもしれない。明日会ったら一応謝っておこう。でも…。私は無理やり布団をかぶった。そして、当然のように眠れなかった。
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